デモンストレーション
一番隊による王宮騎士杯デモンストレーションが始まった。
闘技場の上空に次々と舞っていく一番隊のメンバーに続いて、フィオナも上空まで箒で浮き上り、全員で円を描くように飛び回る。
ロアルが飛びながら魔力を発動して炎を上に向けて飛ばした。それを合図に全員が飛び回りながら炎を同じように上空に飛ばし始める。まるで大きな火の輪が空中に出現したかのようになり、会場がわっと歓声に包まれた。
少しの間フィオナも同じように炎を出していたが、ロアルの目配せで、炎を止めて、闘技場の中心に一人降り立つ。まだ上空では一番隊の炎の輪が繰り出されて、会場の視線はみなそちらにくぎ付けだ。
フィオナは炎の輪の中心に向かって、魔力を発動し光の柱に見えるように、上空に向かって光魔法を発動した。
シキが前に、魔法の透明な屋根があると言っていたので、最初は遮られてしまうのではないかと思ったが、リハーサルで試したら、ただの光だからかあっさりと透過したので、これをやろうと急遽決めたのだ。
光の柱は空高くまで炎の輪の中心を貫いていく。
次に光の柱を二本、三本と増やし、炎の輪の中に五本の光の柱を立て、最後にはそれを太い一本の光の柱にして上空に飛ばした。
わっと会場は沸き立ち熱気に包まれる。
思わず笑みがこぼれえしまう。良かった成功だ。
光の柱が消え去ると、炎の輪も消えて、メンバーはバラバラに宙に散っていった。
鳴り響いていた拍手がおさまると、観客席は次は何が起こるのかという期待で急に静まり返った。
宙に散っていったメンバー達が今度は水魔法を発動する。
発動された水は最初は外側から中央に向かって放射状に孤を描くように放たれ、それが徐々にクロスしていき、美しい水のショーが始まった。
一番隊はこの水を使った演目を相当練習したのだろうなと、フィオナは感心しながら上空を見た。下から見てもとても美しい。
メンバーたちは箒を巧みに操り、次々に場所や隊列を変えて、水の軌道を変えていく。
円を描くように水を噴射したり、一列に並んで水の強弱で動きを付けて魅了したりと、観客を沸かせていった。
さすがに全く練習をしていないフィオナがこの水の演目に加わる事は出来なかったので、今のうちにと、次の準備に取り掛かる。
ぶつぶつと口で長い呪文を唱えて、魔力を練っていった。
次にフィオナが使う魔法は魔力を大量に使う広範囲魔法だ。しかも連続で別々の範囲魔法を発動させないといけない。
ロアル達が水魔法で会場の視線を引きつけている間に、どんどん魔力を上げていつでも発動できるように集中した。
準備が整ってロアルを見ると、向こうも気づいて、中央に固まって飛んでいるメンバー達から、ひときわ大きな水の噴水が放たれた。
これがフィオナへの合図だ。
一気に魔力を発動させる。
闘技場の地面のあちらこちらに、濃い緑色の魔方陣が一瞬で展開されて、そこからにょきにょきと木が生えてきた。ただその木は葉がついておらず枝だけで、まるで真冬の林のように、闘技場に何本もの木が出現する。
フィオナは魔力を更に込めると、その木はどんどん成長し、枝を伸ばし、上空のメンバー達に届くくらいまで枝を伸ばした。噴水を続けていた彼らは今度は二人一組でバラバラに散っていき、闘技場全体に水魔法と風魔法で細かい雨を降らせていく。
会場は突然生えた木と降り出した雨に、これから一体何が起こるのかと、興奮と期待で、ざわざわと異様な雰囲気になっていった。
フィオナは木の成長を止めると、上空に向かって手を上げて、べつの魔法を発動させた。今度は上空一面に白い魔方陣がいくつも展開される。水魔法と風魔法の応用で冷気の術式を展開したのだ。
いつかのルティアナの雨降らしを思い出す。まだまだあんな風にはできないが、闘技場内に冷気を吹き下ろすくらいは余裕でやって見せなくては。
魔力を込めて魔法を発動すると、魔方陣から凍えるような冷気が流れ込み、細かい雨が雪へと変わり、会場に白くひらひらと舞い散っていった。
どっと会場から割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こる。
そんな盛り上がりに嬉しくてたまらなくなってしまうが、まだまだお楽しみはこれからだ。
今度は地面に冷気の魔法を発動させて、生えていた木々を一気に凍り付かせ樹氷へと変えていく。
闘技場が一面の白銀世界に塗り替えられて、ますます会場は興奮の渦に包まれた。
魔力をだいぶ使って消耗してきているが、もうあと一押しだ。
フィオナは箒を出すと、上空で待っているメンバー達の元へと飛んでいく。
上から見ると、真っ白に彩られた樹氷がきらきらと輝いて、とても美しかった。
すぐ近くを飛んでいるロアルを見ると、ものすごく楽しそうな顔で魔法を操っている。赤い髪が太陽の光を受けて燃えるように真紅に染まって輝き、一瞬目を奪われた。
フィオナが上空に合流すると、皆雪を降らすのをやめて、一気に魔力を高めていく。
ロアルの合図と共に、全員が強力な風魔法を下の樹氷に向かって発動した。
パリンパリンと派手な音を立てて、樹氷が粉々に砕け会場にきらきらと光を浴びて散っていく。
最後に中央に残ったひときわ大きな樹氷を、全員で一気に砕くと、その氷の飛沫に太陽の光が反射して虹色にきらきらと散っていった。
うおおおおおおおおお!という歓声と共に、闘技場全体が地鳴りのように揺れ、拍手が鳴り響いた。
一番隊のメンバーは上空で箒に乗ったまま一列に並ぶと、手を振ってその声援にこたえている。
ここで一人やらないのも変なので、一緒に並んで恥ずかしそうに手をふると、横に浮いているロアルが、フィオナの腕を掴んで、高々と持ち上げた。
それと同時に、全員が腕を上に突き上げると、もう一度大歓声が鳴り響いた。
興奮と嬉しさで、身体中が震えるほどに高ぶっている。
おさまることなく続く拍手と歓声を背に受けて、フィオナと一番隊は会場を後にした。
箒から降り立って、通路に入り、会場から一番隊の姿が見えなくなると、湧いていた会場も徐々におさまっていった。
通路に着いた途端、ほっとしてふらついてしまうと、ロアルががしっと受け止めてくれた。
「フィオナ、お疲れさん!すっげえよかった!もう最高だよ!」
ロアルが肩を貸してくれたと思ったら、反対側の肩もさっきの小柄な女の子ががしっと支えてくれる。
「フィオナちゃんすごいよ!私めちゃくちゃ興奮しちゃった。リハで木を一面に生やすとは言ってたけど、予想以上で、もうびっくりして、でも興奮して、もー!とにかくすごかった!」
「おい、チエリ。お前興奮しすぎ!」
「隊長だってめっちゃ興奮してたくせに!」
周りのメンバーもそうだそうだと騒ぎ立てる。
「まあな!みんなよくやった!最高だったぜ!お前ら全員大好きだ!」
通路でロアルが叫ぶと、一番隊の面々は興奮で、フィオナごとロアルに抱きついてきて、もみくちゃにされたのだった。
☆
「ロアルさんて、なんだかすごいですね」
ロアルと二人通路を歩きながら、ぼそっとつぶやく。やっと興奮がおさまった一番隊は午前中は時間が空くらしく、皆試合を見に行くと言って階段を上がって行った。
魔力を使いすぎてふらつき気味のフィオナの為に、回復ポーションをもらいに行こうと医療班の元にロアルは付き添ってくれているのだ。
「え?俺はフィオナの方が凄いと思うけど。あんな広範囲魔法次々と見せられたら、もう、隊長として肩身がせまいよ。げど、ほんっと凄かった!」
「そういう事じゃなくて、あの一番隊のみんなを見てて思ったんですよ。みんなロアルさんを信頼していて、いいチームだなあって。すごく生き生きしていて楽しそうで。だからそんな風にチームをまとめ上げているロアルさんが凄いなあって」
一緒にデモンストレーションに参加して、フィオナ自身とても楽しかったのとは別に、このチームがとても羨ましいと感じてしまったのだ。
ロアルが目をぱちくりさせて、急に照れたように頭を掻いた。
「あいつらみんないい奴でさ。別に俺の力じゃないんだよ。元々気が合うっていうかさ。みんなフィオナの事も気に入ったみたいだから、なんなら転属してきてもいいよ?そしたら一番隊に歓迎するからさ」
「ちょっとそれもいいかなって思っちゃうくらい、楽しかったです」
「マジで?」
「はい」
「やべ!俺に惚れた?」
「うっかり惚れそうになりました」
「え!?」
「冗談ですよ」
くすくすと笑うと、ロアルがなんだよと、苦笑いをする。惚れるは冗談だが、今日のロアルをみて、なんて素敵で格好いい人なんだろうと思ったのは確かだ。
闘技場の試合会場のすぐ横に設けられた医療班のテントに近づくと、アザリー室長の姿が見えた。あんまり会いたくないなと思っているせいか、無意識に歩調が遅くなってしまう。
「フィオナ、大丈夫か?辛いのか?」
「あ、違うの。実は……、アザリー室長ちょっと苦手で……」
ロアルにだけ聞こえるように小声で話すと、ああ、と納得したかのようにうなずいている。
「分かる。俺もあの人ちょっと苦手。さくっとポーションだけ貰ってさっさと観戦に行こうぜ」
「そうですね」
医療班のテントに行くと、早速アザリー室長が目を輝かせて、近寄ってきた。
「フィオナさん!まあまあ!見ていたわよ!素晴らしかったわ!やっぱりあなたの才能は魔植物園に閉じこめておくには勿体ないわねえ」
「はあ、ありがとうございます。あの、ちょっと魔力を使いすぎてふらついてしまって、魔力回復ポーションを貰えますか?」
「もちろんよ!」
アザリー室長はためらいなく金のポーションを差し出してくるので慌てて断る。
「金じゃなくていいんです。そんなにひどくないですから」
「まあ、本当に謙虚ね、あなたは。なあに?あなたが作っているのに、シキに金のポーションは使わないように言われているの?」
「いえいえ、シキはそんな事言いません。本当にそこまでじゃないんです」
「そう?じゃあ、薬室のポーションを渡しておくわ」
本当にこの人はシキになんの恨みがあるのだろうか?会うたびに、シキを悪く言われいい加減頭にきてしまう。
そんなフィオナの様子を察したのか、ロアルがそっと袖を引く。
フィオナはアザリー室長に愛想笑いを浮かべ礼を言うとさっさとその場を立ち去った。
「あの人、シキに何か恨みでもあるのかしら」
通路に戻ってぽろっとこぼしてしまうと、ロアルが苦笑いして答える。
「昔ちょっといざこざがあったんだよ。シキさんとアザリー室長」
「え!?そうなんですか?」
「ま、俺も詳しくは知らないけど、無理やりシキさんを薬室に転属させようとしたアザリー室長にシキさんが反発して、なんだか薬室を半壊させたとかって話だよ」
「半壊!?シキが?それになんでアザリー室長が薬室にシキを転属させられるの?」
「ああ、アザリー室長、前は薬室にいたんだよ」
「そうなんですか。それにしても半壊って、本当にシキがそんな事を?」
「それは本当みたいだよ。結構有名な話。だから王宮で怒らせたら怖い人ランキング一位は去年までずっとシキさん。今年はもしかしたら一位変わるかもしれないけど」
「何そのランキング!?」
「毎年年末に王宮ランキングっていうのが裏で出回るの。結構面白いよ。例えば付き合いたい男ランキングとか、上司にしたい人ランキングとかね。今年の怒らせたら怖い人ランキングはきっとフィオナになると思うなあ。何せ張り紙一つで山を吹っ飛ばす女だからね」
けらけらっと笑うロアルにフィオナは愕然とした。そんなランキングがあるとは知らなかった。薬室を半壊させるのと、山一つ吹っ飛ばすのはどっちが怖い人になるだろうか……。
山かな……。
客観的に見て怖いのは山一つ吹っ飛ばす方だよね。
がっつり落ち込むフィオナの肩をぽんぽんと慰めるようにロアルが叩いて笑っていると、急に通路の先から名前を呼ばれて顔を向けた。
「フィオナ!」
「あれ、アルト。ああ、これから試合?」
「よ!アルト、応援してやるからな。まあ、しなくてもお前勝つだろうけど」
「ああ、言われなくても勝つさ」
「そうだ、フィオナ、さっきの話なんだけど、こいつ、去年の付き合いたい男ランキング一位だよ。笑えるだろ」
「へえ!そうなんだ。ロアルさんが一位じゃないんだね」
そう言った途端、ロアルとアルトゥールの二人が固まった。
「ん?どうしたの?」
「フィオナ、それは自分ならロアルが一番だと思うって事か?」
アルトゥールにがしっと肩を掴まれて壁に押し付けられる。
「おい、アルトやめろ」
「お前ならロアルに投票するのか?」
何故か怒った様子のアルトゥールと、やめろと言っておきながらも、質問の答えを言うのを待っているロアルに、内心どうしようとうろたえる。
客観的に見て、ロアルが人気がありそうだと思っただけで、深く考えずについこぼしてしまっただけなのに、なんでこんなに必死に詰め寄られるのだろうか。
ロアルとアルトゥールが実は付き合っているのではないかと思っているフィオナは、はっと気が付いた。アルトゥールはロアルをとられると心配しているのではないかと。
「私はシキに投票するかな」
なんとかアルトゥールの怒りを鎮めようと、二人以外の男性の名前を言わなければと思って、思わず口から出た名前に自分が一番どきりとしてしまう。
よくよく考えれば自分がシキと付き合いたいと言っているようなものではないか!
そんな本心を知られたくなくて、慌てて言い訳をする。
「ほ、ほら、上司だから!投票してあげないと!」
あわあわと手を振りながら言いつくろうフィオナにアルトゥールは肩をがっくり落として去って行った。
ロアルを見ると、こちらもものすごく微妙な顔をして、立ち去っていくアルトゥールを見て、小さくつぶやいた。
「あいつ、負けるかもな」