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嫌いになった?

 「シキ、それじゃあ、配達に行ってきますね」

 「もう研修期間が終わったんだから、別に配達に行かなくても良いんだよ?取りにこさせるから」

 「いいんです。他の部署を見て回るのも結構楽しいし」

 「そう?ならいいけど」

 

 シキは少し不満気だが、フィオナがやる事に反対はしない。


 「じゃあ、行ってきます」


 箒を出して、ふわりと飛び立つと、フィオナは南のゲートへ向かってスピードを早めた。


 ゲートにつくと、すぐ側にある南騎士団用の訓練場から、騒がしい声が聞こえたので、箒に乗ったまま様子を見に行くことにした。


 明日の王宮騎士杯に向けて、皆気合が入っているのか、多くの騎士達が模擬戦をやっていた。

 ひときわ気合の入った様子のアルトゥールの姿もある。


 訓練場の横でその様子をじっと見ているシオンの姿を発見して、その横にひらりと降り立った。

 シオンには張り紙事件の時に随分世話になったのに、あれからずっと会えずじまいで、ずっとお礼を言いたいと思っていたのだ。


 「シオン副隊長、お疲れ様です。あの、張り紙の時は色々としていただいて、本当にありがとうございました」

 「ああ、フィオナさんか。気にしないで仕事だからね。それにしても随分派手にやったみたいで笑わせてもらったよ」

 「ぐっ、そのことについては、あまりふれないで頂けると嬉しいです」


 山吹っ飛ばし事件からもうだいぶ経って、やっとその話題をされる事もなくなり、忘れかけていた所にぐさりと刺されてしまった。話題を振ったのは自分なので仕方がないが。


 「あはは、そうだね。ポーション持ってきてくれたの?」

 「はい、傷薬を注文分持ってきましたよ」

 「悪いね、他の騎士団からも注文が入ってるだろうに、沢山頼んでしまって」

 「ええ、まあ。でも、みんな気合入っているみたいだから仕方ないですよ」

 「一番傷薬使ってるのはアルトだから、あいつに文句言ってやって。僕とナック隊長にしつこく模擬戦しろって付きまとってきて、いい迷惑。君が言ってくれたら、少しは自重するかも」

 「私が言っても無理だと思いますよ?」

 「何俺の悪口言ってるんですか、シオン副隊長」


 いつの間に来たのか、すぐそばにアルトゥールが立っていた。

 

 「悪口じゃないよ。事実。こんなの悪口とは言わない。言ってもいいなら、この子の前で君の悪口散々言ってあげれるけど?」

 「すみません。やめてください」


 あっさりと謝るアルトゥールに驚いてシオンに思わず聞いてしまう。


 「凄い。シオン副隊長!凄いです!アルトをこんな風に素直に謝罪させられるなんて、どうやって躾けたんですか!?」

 「知りたい?」

 「はいっ!」

 「お前らっ!」


 ぷっとフィオナが吹き出すと、シオンもくすりと笑ってそのまま、意地の悪い目をアルトゥールに向けた。

 アルトゥールは悔しそうにくっと息を吐くと、突然フィオナの手を掴んで引っ張った。


 「フィオナ、ちょっと話しがあるんだ!」

 「え!?なに!?」

 「いいから、ちょっとこっち来て」


 意地悪く笑みをたたえて、じっとアルトゥールを見ているシオンから距離を取ると、やっと手を離された。


 「もう、何?シオン副隊長に聞かれたくない事?」

 「ああ、というか、誰にも聞かれたくない」

 「何?」

 「フィオナ!俺、その……」


 アルトゥールの顔が真っ赤になる。

 そういえば前にもこんな事があったなと、ふと思い出す。あの時もアルトゥールは何か言いかけて、途中でやめてしまったのだ。


 「何?」


 じっと目を見て聞き返すと、アルトゥールがぱっと視線を外した。

 ふと訓練場の方を見ると何故か皆訓練をやめて、こちらをちらちらと見ている。


 「ねえ、アルト。なんかみんなに見られてるんだけど」


 アルトゥールは、ぱっと顔を上げて訓練場を見ると、くそっと小さく呟いた。


 「フィオナ、俺、今回の王宮騎士杯優勝するから」

 「アルトなら本当に優勝しちゃいそうだね」

 「王宮騎士杯は副隊長以上は参加できないから、俺は確実に優勝する。それで優勝者は、副隊長以上の人間に試合を申し込めるんだ。俺はシオン副隊長を指名するつもりだ。この前フィオナの目の前で負けたからな。だけど、今度は絶対に勝つ。だから、勝ったら、二人きりで話す時間をくれないか?」

 「いいけど、別に今話してくれてもいいよ?」

 「いや、勝ってから話したいんだ」

 「分かった。応援してるよ」

 「ああ。フィオナ見に来てくれよ」

 「うん、シキに時間取ってもらえるように頼んでみるね」

 

 そう言うと、アルトゥールが少し顔を曇らせるが、すぐに笑って、約束だぞと言って去っていく。


 「アルト!待って!」


 走って行こうとするアルトゥールを呼び止めると、ぱっと振り向いて、立ち止まり、じっとフィオナを見つめてきた。


 「な、なんだ?」

 「はい、これ、注文分のポーション」


 ずっしりとした箱を渡すと、ものすごく微妙な顔をされてしまったので、フィオナは唇を尖らせて付け加えた。


 「これ昨日シキと夜中までかかって作ったんだからね。大事に使ってよ」


 何故か更に微妙な顔をするアルトゥールに手を振ると、フィオナは次の納品先に向かって箒を飛ばしたのだった。


 「フィオナさんって、国宝級に鈍いよねー」


 アルトゥールのすぐ後ろでシオンがささやいたのは、もちろんフィオナには聞こえるはずもなかった。



 さくさくと納品を終えて、寄り道することなく管理棟に戻ったフィオナは、いつもより早く帰ってこれた事ににんまりとして、薬剤室の奥の扉を開き魔植物園内に入る。

 箒を取り出して研究棟まで飛ぶと、建物の横の芝生に横たわる白く大きな塊に向かって駆け寄っていく。


 「シルフ!」


 名を呼ぶと、顔を持ち上げた雷獣がフィオナに気づいて、長い尻尾をぶんぶんと揺らし始める。もうフィオナはこの大きなペットにメロメロになっていた。

 すぐ側に近づくと、立ち上がって顔をベロベロと舐め回してくる。


 「ちょっと、シルフ、だめ」


 顔中唾液だらけにされてしまいそうなので、ふかふかの首に抱きついて地面に押し倒し、身体を撫でまわす。

 一応いつシルフの雷撃が襲ってきても大丈夫なように、防御魔法を発動できるように準備をして、そのもふもふの巨体を余すところなくもふり始めた。


 「ふかふかだよー。シルフー、可愛いー」


 まるで抵抗することなく大人しくしている雷獣だが、ルティアナにきつく言われている事を思い出して、ほどほどで手を止めた。

 

 「いいかい、フィオナ。この雷獣は見た目こんなんだし、人懐っこくて可愛いけど、ソレルの街の精鋭部隊を全滅させた猛獣って事を忘れたらいけないからね。こいつがじゃれているつもりでも、あんたにとっては致命傷になりかねない。私がちゃんと躾おわるまでは、可愛いからってあんまり構い倒して雷獣を興奮させるんじゃないよ。いくら私でも即死されたら治しようがないからね」


 そう真剣な顔で忠告されたのはまだ昨日の事だ。

 もっと構いたいのを我慢して、そっと頭を撫でる。頭に生えた角がいつもちょっと危ないなと思うが、シルフもルティアナにこっぴどく怒られたせいか、角をこちらに向けて来ることはない。


 寝そべったシルフのふかふかの柔らかそうなお腹にたまらなくなり、自分も芝生にごろんと寝そべると、そのお腹に頭を乗せた。


 これは、まずい。

 とんでもなく気持ちがいい。


 「シルフー、お腹もふもふだねー。こんな極上の枕は他にないよー」


 とろんとした声でそのまま目をつぶると、丁度木陰になっている事もあって、そよそよとした風が心地いい。

 雷獣の柔らかな腹が、呼吸と共にゆっくり上下するのがまた一段と眠りに誘ってくる。

 このところ、シキがフィオナのベッドに全く入ってこないので、こんな風に自分以外の体温を感じながら心地くまどろむことに餓えてしまっていたのかもしれない。


 ちょっとだけならいいよね。

 そっと目を閉じると、とろとろと頭の中が睡魔に侵略されていった。


 「フィオナ、起きて、フィオナ」


 そっと揺すられて、目を開くと、目の前にシキの顔があった。

 ああ、今日はここに寝に来てくれたんだなと思って、嬉しくなってふにゃりと笑う。いつもならぎゅうっと抱きしめてくれるのに、なかなかこない腕にしびれを切らして、自ら腕を伸ばしてシキを掴んだ。


 「フィオナ、寝ぼけてるでしょ」


 ふふっと笑う声に、急激に頭が覚醒していった。

 シキの背に腕を回そうと脇腹の辺りを掴んでいることに気づいて、慌てて手を離すと、がばっと身体を起こした。

 いつの間にか管理棟のソファの上に運ばれていたようだ。


 「シキ、ごめんなさい。気持ちよくて寝ちゃってました」

 「うん、ものすごく気持ち良さそうに寝てて、なんか妬けた」

 「はい?」

 「シルフが動けなくて困った顔をしてて面白かったよ。どうしようかと思ったんだけど、昨日、夜遅くまで仕事だったから起こすのも可哀想で、こっちに連れてきて寝かしておいたんだ。さ、ご飯できたよ。食べよう」


 シルフに悪い事をしてしまった。

 フィオナは夕飯を食べながら、後でシルフに謝ろうと心に決めるのだった。

 夕食を済ませ、お風呂から上がると、シキに声を掛ける。


 「シキお風呂空きましたよ」

 「うん、ありがとう」


 シキはそう言うと、テーブルの上で何か書いていた紙を畳んで、バスルームへと歩いて行った。


 フィオナは寝室に入ると、ベッドにごろりと横になってみる。

 昼寝をしてしまったので、全然眠くなかった。

 自分の左側のシーツをそっと撫でる。夏でも空調の管理されたこの建物内は程良く涼しく、ひんやりとしたシーツの感触にぐっと寂しくなった。

 もうここ数日シキはここに寝に来ていない。

 今日も来ないのだろうか。

 ごろりと寝がえりを打つ。

 目を瞑って、眠くなるのを待つが、さっぱりその気配はなかった。

 しばらくベッドの上でごろごろともがいていたが、諦めて起き上がり、何か飲もうとキッチンへと行くことにした。

 階段を下りると、驚いた事にキッチンに明かりがついていた。


 そっと覗いてみる。

 シキがテーブルに紙を広げて、真剣な表情で何やら書き込みながら、ぶつぶつつぶやいて、考えこんでいる。


 珍しく管理棟で仕事をしているようだった。

 邪魔をしては悪いと思って、寝室に戻ろうとすると、なぜか、自分の真横でガタンと音が鳴った。


 「フィオナ?」

 

 見つかってしまっては仕方がないので、そっとキッチンに入っていく。


 「なんだか昼寝をしちゃったせいか眠れなくて。シキも何か飲みますか?」

 「ああ、僕は飲んでるからいいよ」


 シキはお酒らしき琥珀色の液体が入ったグラスを傾けてふわりと笑う。フィオナがプレゼントしたグラスだ。


 「よくお酒飲みながら仕事できますね」


 自分なら絶対に無理だ。頭が回らなくなってしまう。


 「これはそんなに強くないからね。僕にとってはジュースみたいなものだよ。眠れないならちょっと飲んでみる?」


 シキが飲みかけのグラスを差し出してくる。

 受け取って匂いを嗅ぐと、アケビ酒とはまた違った不思議な香りがした。


 「不思議な匂い。なんですか、これ?」

 「イチジク酒。美味しいよ」


 そういえば確かにイチジクの香りだ。

 こくりと一口飲んでみる。冷たい果実酒がふわっと口の中で香り、喉を滑っていった。


 「美味しい!!」

 「じゃあ、グラスを持っておいで」


 シキはくすりと笑うと、保冷庫から酒の入った瓶を持ってきて、フィオナのグラスに注いでゆく。

 そうしてから、またテーブルの上の紙に難しそうな術式を書き始めた。


 イチジク酒を飲みながら、フィオナは頬杖をついてその様子をじっと眺めていた。あんまりじろじろ見るのはまずいと思い、術式を見る振りをする。

 仕事をしているシキは格好いい。

 真剣で少し冷たい表情も、ペンを握る大きな手も、たまに考えこむときに左手の中指でコツコツとテーブルを叩くしぐさも。

 ぼおっとシキを眺めながら、あっという間に一杯目のイチジク酒を飲み終わってしまった。

 一杯でも少し酔いが回ってきているが、今日はなんだかもう少し飲みたい気分だった。


 「シキ、もう一杯飲んでもいいですか?」

 「いいけど、大丈夫?アケビ酒よりは度数は低いけど、ストレートでしょう?」

 「もうちょっとだけ!ね、シキ」

 

 シキは苦笑すると、グラスにイチジク酒を注いでくれた。

 二杯目を飲み終わると、さすがにかなり酔っぱらってしまった。

 ふわふわして気持ちいい。

 顔が火照って熱いので、テーブルに頭を乗せて、頬をくっつけると、冷たくて気持ちよかった。

 そのままじっとシキを見る。


 このままずっと仕事するのかな?

 今日も寝ないつもりなのかな?

 シキと一緒に寝たいのに。


 「フィオナ、酔っ払っちゃったんでしょう?眠かったらちゃんとベッドで寝ないと」

 「うん、シキ、動けない」


 本当は動ける。けどこうでもしないと、シキは寝室に来てくれないかもしれない。


 「しょうがないな」


 言葉とは裏腹に優しく微笑むと、シキはいつもの様に軽々とフィオナを抱き上げた。


 ぎゅっとシャツを握る。捕まえた。

 思わずふにゃりと笑ってしまう。


 三階の寝室に着くと、シキはゆっくりとフィオナベッドに降ろし、身体を起こそうとして困惑した声を出した。


 「フィオナ?」


 それはそうだろう。

 だって、シキのシャツを掴んだまま離してないのだから。


 シャツの胸元を掴まれて立ち上がれず、シキはベッドに手をついて顔をのぞき込んでくる。


 「どうしたの?具合悪い?」

 「シキ、今日も寝ないの?」

 「え?」

 「もうずっとここに寝に来てないでしょ?ダマシハジキの時怒ったから、シキ、私の事嫌いになった?だから来ないの?」


 きっと酔っぱらって理性が吹っ飛んでいたのだと思う。

 口が勝手に思っている事をぺらぺらと暴露し始めた。


 「シキが来なくて寂しかったのに、今日も仕事するの?」


 目にうっすら涙がたまっていく。そう、寂しかったのだ。

 ここにいて欲しくて、更にぎゅうっとシャツを握りしめて見つめると、シキが驚きに目を見開いて見つめ返してくる。


 「ああ……、もう、嫌いなわけないでしょう。すごく好きなんだから」


 シキの目がせつなそうに揺らいだと思ったら、唇を塞がれていた。

 なんだかよく分からないけど気持ちがよくて、そのままさるがままになる。

 唇が離れて顔が遠ざかっていくのを見て、きゅうっと心臓が締め付けられた。

 

 「シキ、行っちゃうの……?」


 もう一度行かないで欲しいと思いを込めて尋ねると、シキがベッドにもぐりこんできて、ぎゅっとフィオナを強く抱きしめた。


 「行かない。ここにいる」

 「仕事は?」

 「いいよ」

 

 行かせないようにしたくせに、つい聞いてしまう。


 「ルティに怒られない?」

 「怒られてもいい」


 シキが怒られるのは可哀想だが、この温もりを離したくなくて、ぎゅうっとしがみつくと、胸に顔をすり寄せて眠りについた。



 翌朝起きてから、酔ってとんでもない事をしてしまったと死ぬほど後悔する事など全く知らずに、フィオナはシキの腕にすっぽりと包まれてすうすうと寝息を立てるのだった。

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