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客人

 なんだか心地よい夢を見ていた。

 どんな夢なのかは、頭が覚醒した瞬間に一気に霧散してどこかに行ってしまったが、心地よかったという余韻だけは確かに残っている。


 それはきっといつもの安心する匂いと、暖かい腕に包まれているせいだろう。

 一旦は覚醒した筈の頭が、まだ心地よい夢を追いかけたくて、まどろんでいく。

 半分ねぼけたまま、身体は夢の続きとばかりに暖かさと心地よさを求めて隣に横たわる熱に擦り寄り、手がシャツを握りしめる。

 無意識に頬をすり寄せて、もぞもぞと動いていると、急に力を込めて抱きしめられて、フィオナの頭は急激に覚醒していった。


 はっと気が付くと、向かい合って眠っているシキに思い切り抱きついていて、心臓の鼓動が一気に二倍の速さになった様にばくばくと音を立てる。

 まるで寝起きに猛ダッシュさせられたようだ。絶対に身体に良くない。


 フィオナは、慌ててシキから離れようと、身体をひねって腕から逃れようとするが、どうにも寝起きの悪いこの男は、なかなか離してはくれない。

 それでもなんとか、反対側に身体を向ける事には成功して、少しだけほっとする。


 また夜中にシキがベットに潜り込んできたのだと知って、ほんの少しため息を吐く。


 確かにどうしても眠れない時は入っても良いとは言ったが、おそらくシキはあれからフィオナのベット以外では寝ていないと思う。

 管理棟に帰って来ない時は、研究棟で一晩中仕事をしているようだし、帰って来た時は、フィオナのベットに潜り込んで来る。


 一度シキに、ベットに入ってくるのは眠れない時だけにして欲しいと頼んだら、真顔でこう返された。


 「フィオナを抱いてないと眠れない」


 この返事に対して散々反論したが、結局言い負かされたのはフィオナの方だった。


 シキにとっては、子供やペットを抱いて寝る感覚なのだろうが、フィオナにとってはそうではないのだ。


 シキを好きだと気づいてしまってから、朝起きて、その好きな人が自分を抱きかかえて眠っているという状況に、心臓がもちそうもない。

 それに、この状況が不覚にもとても心地よく幸せだと感じる一方、相手が自分と同じ気持ちではない事を思い知らさせているようで、辛い気持ちにもさせられた。


 ベットサイドの時計を見る。

 まだ五時過ぎだ。

 あと一時間、幸せではあるが、それと同じくらい悶々とさせられると思うと、やはりため息が出てしまうのだった。



 魔植物園に本採用になり、更にシキの専属補佐官になったのはつい先日の事だ。


 今日も相変わらず、シキと二人管理棟で朝食を食べ、薬剤室の奥の通路を通り、魔植物園内へと入っていく。


 徐々に本格的に夏になりつつある季節に、園内の気温も少し上がって、日差しが強いと、汗ばんでしまう。


 「なんだか暑くなってきましたね」

 「そうだね。それでも園内はルティが温度管理しているから、たとえ外が灼熱地獄みたいに暑くても、そこまでは上がらないはずだよ」

 「確かに、暑いけどカラッとしていますね」

 「でしょ?じゃあ、行こうか」


 シキは魔法で箒を出すとひらりと乗って、ゆっくりと飛んでゆく。

 本採用になってから、森の中を箒で移動する練習を始めたのだ。

 まだまだ蔦だらけの森の中では、ゆっくりしか飛べず、あまりスピードは出せないが、そのうちシキやルティアナのように、森の中をふっ飛ばして飛べるようになりたいと、毎日ほんの少しずつ、速度を上げているつもりである。


 シキの姿はとっくに見えなくなっていて泣けてくるが、フィオナは自分なりにギリギリの速さで研究棟まで飛んで行った。


 管理棟に到着すると、シキが中に入らず待っていてくれて、慌てて横に降り立つ。


 「シキ、お待たせしましたっ」

 「そんなに待ってないよ」

 「えー、どのくらい待ってました?」

 「うーん、五分くらい?」

 「箒で五分の差って、私相当遅いですね」


 がっくり肩を落とすと、ぽんと頭に手を乗せられた。 


 「まだ、箒で移動するようになって数日なんだから、そんなに焦らなくていいんだよ」

 「また甘やかす」

 「そんなつもりはないけど?」


 そう、ふわりと微笑まれると、何も言えなくなってしまう。

 この顔に弱いのだ。


 「さ、中に入って仕事しよう」

 「はいっ」


 誰もいないと思って、何の気なしに作業場の扉を開けると、ソファにルティアナとナック隊長、それに見知らぬ男性が二人腰かけていて驚いて立ち止まってしまう。

 急に立ち止まったせいで、後ろからきたシキがどんと背中にぶつかった。


 「フィオナ、ごめん。急に立ち止まるから」

 「あ、ごめんなさい。お客様がいらしていたみたいで」


 フィオナの後ろからシキが作業場をのぞきこんで、小さく、うわっ、と嫌そうにつぶやくのが聞こえた。

 シキは知っている人らしい。


 「よう!フィオナ、シキ。おはよう!」

 「おはよう……」

 「おはようございます。ナック隊長もお久しぶりです」


 もちろん嫌そうに挨拶したのがシキだ。ナック隊長は、膝の上にキノを乗せていて、それはそれは機嫌がよさそうにしている。


 「フィオナ、こっちに来な。二人を紹介するよ」


 ルティアナに言われてソファに近寄ると、二人の男性がこちらをにこやかに見ていた。

 一人は五十歳くらいの丸眼鏡をかけた男性で、少し白髪の混じった焦げ茶色の長い髪をオールバックにして、後ろで結んでいた。もう一人はこちらも焦げ茶色の髪の二十代前半くらいの男性で、細長い眼鏡をかけている。二人とも穏やかそうな顔付きで、よく見ると、顔のパーツがとてもよく似ていた。きっと親子なのだろう。

 二人とも魔導士のローブでもなく、騎士団の制服も着ておらず、普通にラフな普段着を着ていた。


 「こっちのじじいが、レイヴン、若い方がケインだ」


 ルティアナはどこの所属だとかは何も言わず、名前だけしか紹介してくれない。それに年配の男性は、じじいと言われるほど全然年をとっているようには見えないし、いくら見た目が十二、三の少女とはいえ、今年三百歳になるルティアナにそんな風に言われるのはどうなんだろうと、内心顔が引きつってしまう。

 それにしても、レイヴンとケイン、どこかで聞いたことがあるような名前だなと首を傾げる。


 「レイヴン、ケイン、これが例のフィオナ。なかなか見所があるよ。なにより面白い」

 「初めまして。フィオナ・マーメルです」

 「初めてではないけれどね。まあ、近くで見るのは初めてだね。それにしても、君みたいな可愛らしい子が山一つ吹っ飛ばすとは驚いたよ」


 レイヴンに笑顔でそう言われて、心臓が跳ね上がる。

 初めてではないという事は、どこかで会っているのだろうか?

 それになぜ今更その話!?

 元医療室の魔導士エレノラに悪質な嫌がらせをされて、怒りでブチ切れたフィオナが、北の山を一つ吹っ飛ばしたのは、もう一月以上前の話だ。


 「いやあ、若いのにすごいね。シキ君もいい専属補佐官が付いて良かったじゃないか」


 レイヴンがそう言うと、シキは小さくため息をついて、作業台の横から椅子を二個持ってきて、一つをフィオナに勧めて、もう片方に座った。


 「良かったですよ。でもあの件は競技場を作ったからチャラでしょう?今日は何の用事でいらしたんですか。国王」

 「え!?」


 今なんて言った?国王!?


 「あれ?フィオナちゃん今頃気が付いた?この人国王様で、隣が第二王子だよ?ねーキノたん」


 キノを膝に乗せながら、のほほんとした口調で言うナック隊長を凝視してから、フィオナは慌てて椅子から立ち上がる。


 「あ、あ、そ、その、失礼を致しました!国王と王子だとは知らずにっ!とんだご無礼をっ!あの、北の山の件は本当に申し訳ありませんでしたっ!」


 心臓をばくばくさせながら、がばっと頭を下げて固まっていると、全員から一斉に笑われた。


 「あははははは!フィオナ!とんだご無礼っていつの時代だよ!私でもつかわないさ!あはははは!」

 「いやあ、なんだか私、独裁政権をとっている悪の大王みたいな気分だねえ」

 「父上の腹黒さはそんなようなものでしょう?」

 「フィオナちゃん、面白いねえ!あはは、この人にそういう反応するのって新人くらいだから新鮮でいいねえ」

 「フィオナ、そんなに緊張しなくていいんだよ。この人ただの腹黒いおっさんだから」

 「シキ君、酷い。私国王なんだけど……」


 眉を下げて、おそるおそる顔を上げると、また全員に吹き出されて、さすがにちょっと不貞腐れたくなる。なんだか緊張するのが馬鹿らしくなって、くったりと椅子に座ると、シキが微笑んでそっと頭を撫でてくれた。


 「うわあ、シキ、君そんな顔出来るの!?初めて見たかも!」

 「ケイン王子、あなたには絶対しません」

 「いらないよ」

 「それより二人とも、本当になんの用事できたんですか?王族暇なんですか?」

 

 国王と王子相手に一応敬語を使ってはいるが、アキレオに対すような態度をとるシキに、フィオナは内心ひやひやしていた。


 「そうそう、丁度ルティに話そうと思ったところに君たちが来たからさ。別にね暇なわけではないんだよ?そりゃあ山を吹っ飛ばした子がどんな子なのかなあって、気になって来てみた事には違いないけど、大事な要件があったんだよ。あ、でもね、ケインはただフィオナ君に会ってみたいからって付いてきただけだから」

 「父上、余計な事は言わなくてよろしいです」

 「ケイン王子、僕がゲートまで送って行きますから、用事がないなら今すぐ帰れ……お帰りになった方がいいのでは?」


 シキの視線が一気に冷たくなる。


 「ほおらね、ケイン王子言ったでしょう?フィオナちゃんにちょっとでも興味を示すような事をしたら、そこの笑い能面が魔王化するって。ねー、キノたん」


 ナック隊長の言い方にむっとしたのかシキが、視線をケイン王子からナック隊長に移す。


 「キノ、こっちにおいで。そのおっさんにくっついていると、馬鹿が移るよ」


 すぐに、キノがナック隊長から降りて、シキの膝に行くと思ったのだが、予想に反してキノはナック隊長の膝から降りずに双葉の間から蔓を出して、シキの頭を撫でただけだった。


 「ほおら、キノたんもここに居たいって」


 勝ち誇ったように言うナック隊長にシキは舌打ちをする。

 シキが人前で思い切り舌打ちをするところなんて、初めて見てしまった。それにしてもシキの言動がいつにもなく荒っぽく、びっくりしてしまう。


 「お前ら、いい加減にしな。それで?さっさと要件を言わないと私は研究室に戻るよ」

 「ああ!ルティ、待って。言うよすぐに言うから」


 レイヴン国王は慌ててルティアナを止める。


 「実はね、ルティにお願いがあるんだよ」

 「お前が来る時はいつも何かのお願いだろうが」


 国王にお前って言った……。

 さすがとしか言いようがない。ルティアナもシキも一体国王と王子をなんだとおもっているのだろうか。


 「実はソレルの街の警備隊から書状が届いてね、オーム山脈の麓の村が雷獣に襲われたって報告が来たんだよ」

 「雷獣!?本当かい!?」

 

 レイヴン国王とケイン王子以外の全員が目を見開いた。

 雷獣は第一級魔獣に指定されている、狂暴で恐ろしい魔獣であり、第一級に指定されている中でも特に危険とされているものだった。


 「本当に雷獣なのかい?もうここ百年以上雷獣は目撃されていなんだけどねえ。そもそも人里に降りてくるような奴でもないし」


 ルティアナが顔をしかめて尋ねると、レイヴン国王も眉間にしわを寄せる。


 「もちろん目撃した人間も雷獣を見るのは初めてだけどねえ。でも外見の特徴といい、その強さといいどうやら間違いないようなんだ。ソレルの街はコロラ王国との国境付近にあるから、あそこの警備隊はかなり精鋭揃いなんだけど、討伐に向かった部隊は全滅したそうだよ」


 レイヴン国王の言葉に沈黙が落ちた。


 「それで?私にどうしろと?」

 「えー、言わないと分からないかなあ?」

 「分かっているけどちゃんと言いな。他に証人がいる前でな。貸しにしておいてやるから」

 「分かりましたよ。ルティ、一人でさくっとなんとかしてきてよ。その雷獣」


 まるでお使いに行ってきてという感覚であっさりと言い放つ国王に、フィオナはあいた口が塞がらなかった。

 レイヴン国王は更に、にこりと笑って続ける。


 「今から部隊の派遣をしても、ソレルの街に着くのは早くて五日後。それまでに他の村やソレルの街に雷獣がやってこないとは限らないし、部隊を派遣したら多分そっちの被害も尋常じゃないだろうし、これ以上精鋭を失いたくはない。それにコロラ王国は友好国だけど、大規模部隊を国境に向かわせて変な勘違いさせたくないし」

 「最後のは言い訳だろう?コロラ王国のフェニクス国王とお前は無駄に仲いいくせに」

 「あはは、バレた?まあ、でも本当にこれ以上被害が出る前に、何とかしたいと思っているんだよ。それで一番手っ取り速い方法といったらこれかなあって思って」


 フィオナは我に返り、思わず相手が国王だという事も忘れて、叫んでいた。


 「だめです!そんな危険な事をルティ一人にさせるなんて!雷獣って、あの雷獣ですよね!?文献で読んだことがあります。ものすごい魔力と目に見えないくらいの速度で、襲われたら気づかないうちに殺されているって!そんな魔獣を相手に一人だなんて!それなら私も行きます!」


 思わず立ち上がって怒りをぶつけると、ルティアナがなんだか嬉しそうににやにやしていた。


 「レイヴン、この子いい子だろう?腹黒いお前らには、真っ白すぎて目がつぶれそうだろう?」

 「いや、本当に。ぜひここをやめて私の側近になって欲しいくらいだよ。ねえ、ケイン」

 「いや、あなたの側近になったら一週間で真っ黒になってしまいます。それなら私の側近にしますよ」

 「え?フィオナちゃんはアルト君の嫁に来てくれるんじゃなかったの?」


 そんな話をしているのではないと、ぷるぷる怒りを抑えていると、腕を掴まれてシキの膝の上に抱き込まれた。


 「え!?」

 「だめだよ。この子は僕のだから」

 「シキ!は、離してっ!今はそんな話をしているんじゃないでしょう!?」


 シキの膝の上でもがいていると、また全員に笑われた。

 もうこの人達嫌い!


 「フィオナ、あんたねえ、私が雷獣程度にやられるとでも思っているのかい?」

 「でも雷獣ですよ!?」

 「雷獣なんて片手でちょいっと倒せるよ。それに私なら一日でソレルまで行けるしねえ。フィオナ、あんたが私の箒についてこれるなら一緒に連れて行ってやってもいいけど、行くかい?」

 「そんなの無理に決まってるじゃないですか……」

 「じゃあ、ここで大人しくシキと待っていな。明日には帰ってくるから」


 シキの膝に抱きかかえられたまま、不安そうな顔をすると、後ろから耳元で優しく諭される。


 「フィオナ、ルティなら本当に大丈夫だよ。心配するだけ無駄だから」

 「本当に?絶対ですか?」

 「本当だよ」


 ふふっと笑いながら、シキが耳元でささやくので、くすぐったくって身をよじると、こほんとケイン王子が咳払いするのが聞こえた。

 ぱっと顔を上げると、レイヴン国王とナック隊長がにやにやとして、ケイン王子は少し顔を赤らめて視線を逸らしている。ルティアナはいつもの事だという様に呆れたような顔をしていた。


 「シキー!はーなーしーてー!」

 「嫌だよ。離したらこの腹黒親子に連れて行かれそうだもの」


 結局フィオナは、この国で一番偉い客人が帰るまで、シキに離してもらえず、どうしていいか分からずに泣きそうになるのだった。

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