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好き

 何度も何度も怖い夢を見た。


 あの日の夢だ。


 デーモンミノタウロスに両親が殺された時の夢。

 でも、その夢はあの時とは違った。


 デーモンミノタウロスは、いつの間にか、シュレンに変わり、血を流して立っているのは、胸を真っ赤に染めたシキだった。


 そして、次の瞬間には、シキの腕がシュレンの蔓に切り落とされ、更に心臓を鋭い蔓が貫いてゆく。


 ボロボロと涙を流して、叫び続けているのに、全く音がしない。

 何度も何度もシキの名前を叫び続けると、柔らかな光が降り注ぎ、夢が途切れる。


 それを何度も何度も繰り返した。

 夢だと分かっているのに、目を覚ましたくなくて、悪夢を見続ける。


 目を覚したとき、シキを失っていたら、もう壊れてしまいそうだったからだ。


 だからまだ目を覚ましたくない。

 怖くても、泣いても、叫んでも、それでもまだ……。



 ぱちりと目が開いた。

 見慣れない天井。

 柔らかいベッド。


 どこ?ここ。


 頭をゆっくり反転させると、見た事のある部屋だった。

 ルティアナの部屋だ。

 

 なんでここに?

 管理棟ではなくて、なぜルティアナの部屋?


 一気に記憶が蘇り、何度も見た夢が頭の中でくっきりと映像となる。

 頭から氷水を掛けられた様に、全身が凍りついた。

 

 管理棟は誰もいないからここに寝かされていた?

 シキが……。

 いないから?


 ガタガタと身体が震えて、音もなく涙がこぼれ落ちる。

 

 嫌だ。

 嫌だ。

 シキがいないなんて、もうそんなの考えられない。


 止まらない涙を、ボロボロこぼしながら、嗚咽を漏らしていると、唐突に扉が開いた。

 泣きじゃくりながら、視線を向けると、そこに立っている人物に、息が止まりそうになる。


 「シキ……?」

 「良かった。目が覚めたんだね、心配したんだよ」


 心配した?

 心配したのはこっちの方だ。

 心配なんて言葉では収まりつかないくらい、心配したのだ。


 夢ではないかふれたくて、ベッドから勢い良く飛び降りようとして、足がもつれて思い切り転げ落ちた。


 「フィオナ!?」


 思い切り膝を打って、うずくまると、いつもの腕が優しく抱き起こしてくれる。

 見上げると、そこにはやはりシキの顔があって、手を伸ばすと指先が頬に触れた。

 そのまま抱き上げられて、ベッドの上に座らされる。


 「シキ?」

 「何?」

 「生きてる?」

 「死んでるように見える?」


 ふわりと微笑まれて、くしゃりと顔が歪む。


 「腕は?」

 

 シキは左腕を持ち上げてにっこり微笑む。


 「胸は?」


 今度はシャツの上のボタンを数個外して、めくって見せる。

 そっと胸の貫かれたはずの場所を指でふれると、くすぐったいとささやかれた。

 もうだめだった。


 思い切りシキに抱きつく。


 「シキ、シキ、シキ、シキっ!」

 「うん、ごめんね。怖い思いさせたね」


 シキの腕が優しく背中を撫でてゆく。

 涙が溢れて止まらない。


 「怖かった!怖かったよ!」

 「ごめん。僕が悪いんだ。満月だったのに、すっかり忘れてた。一人で外に出ない様に言っておくべきだったのに。本当にごめん。君が無事で良かった。二度とあんな目に合わせないから」

 「違うっ!そうじゃない!怖かったの!シキが、シキが死んじゃうかもって思ったら、死ぬほど怖かった!」


 撫でていたシキの手がぴたりと止まる。


 「僕もだよ。フィオナが死んじゃうかもって思ったら、死ぬほど怖かった」

 「もう、嫌なの。大事な人がいなくなるのは、もう嫌っ」


 ぎゅっときつく抱きしめられる。


 「うん、ごめん」

 「シキっ」

 「うん」

 「いなくならないでっ」

 「うん、約束する」


 抱きついてボロボロと泣きじゃくっていると、無理やりシキに引き剥がされ顔を向けさせられる。

 

 シキが切なそうな顔で、頬の涙をぬぐう。

 茶色の瞳にじっと見つめられ、胸の奥に熱が灯る。

 シキが吐息のようにささやいた。

 

 「フィオナ。好きだよ」


 言葉と同時に唇をシキの唇で優しく覆われた。

 

 暖かくて、優しくて、心地よくて、そっと目を伏せると、最後のひと粒の涙がこぼれ落ちた。


 ☆


 フィオナが目覚めてから二日経った。

 眠っている間に、追加分のポーションはシキが一人で作ってくれていたが、更に追加の依頼が来て、今日までまたろくに寝る暇もなくポーションを作り続る事となった。


 フィオナは最後の一本のポーションを瓶に移し替えると、金のシールを貼ってケースにしまい、疲れに机に突っ伏した。

 机に顔を伏せていると、あの日シキに言われた言葉とキスを思い出して、顔が熱くなってしまう。


 あれって、どういう意味だったんだろう……。


 キスの後、シキはそのままフィオナを抱きしめて、なんと眠ってしまったのだ。

 仕方がない。相当疲れていたのだと思う。

 倒れた自分の分まで、きっと眠らずに仕事をしていたのだろうから。

 でも、そのせいで、ちゃんとあの言葉の意味を聞きそびれてしまっている。

 

 ただ、キノやルティに対するように好きなだけなのか。

 それならなんでキス?

 それとも、本当に恋人にしたいという意味の好きなのか?

 でもキスはキノにもしているし。

 そもそもシキは女性に興味がないと言っていたではないか。


 そんな風にフィオナの頭の中は絶賛混乱中だった。

 大体シキが悪い。

 起きて来たあと、何事もなかったように、仕事をし始めたのだから。

 

 でもそれはやはり、キノと同じ好きなのではと、がっかりしている自分がいて情けなくなる。


 もうフィオナは自分の気持ちに気づいていた。


 シキが好きだ。

 これは動かしようのない事実だ。


 だからこんなにも混乱しているのだった。

 うんうん言いながら、頭を抱えていると、作業場の扉が勢いよく開いた。


 「よお!帰ったぞ!」

 「ルティ!お帰りなさい!」

 「ポーションの方はどうだ?」

 「依頼分はさっき終わったところです」

 「そうか。よくやった。それにしても、フィオナ、元気そうでよかったよ。見ててやりたかったけど、そうもいかなくてね」

 「シキに聞きました。ルティが助けてくれたって。ルティ、ごめんなさい。私がちゃんとシキに声を掛けてから行けばこんなことにならなかったのに」

 「まあ、その事は後で話そう。それよりシキを呼んできてくれ。アドミューの街の事も、泉の件も色々話すことがあるからね」

 「はい……」


 さすがのルティアナも、今回の件については怒っているのだろうと、肩を落としながら地下の研究室に降りてノックをする。


 「シキ、ルティが帰ってきましたよ。話があるから来て欲しいそうです」

 「分かった、今行くよ」


 中からシキの声が返ってきたので、そのままキッチンで手早くお茶の準備をして、ソファに運ぶ。

 すぐにシキもやってきて、ルティアナの顔を見て顔をほころばせた。


 「ルティ、お帰り。お疲れ様」

 「そっちも、ポーション作りは終わったようだね。ご苦労様。さて、いろいろ話したい事があるからねえ。とりあえず座りな」


 シキがソファに腰かけると、ルティアナは続きを話し始める。


 「まずアドミューの街だけど、雨も止んで、だいぶ落ち着いて来た。まだ街や近隣の村は土砂でぐちゃぐちゃだけど、それは国が早急に復旧部隊を編成して派遣することになっているから、問題ないだろう。

けが人もここと薬室のポーションで緊急を要する者はもういない。医療室からも人員が派遣されているから、今後ポーションの追加依頼はあったとしても少量だろう。そんなわけで、そっちの方は安心してもらっていい。あんたら二人はポーション作り大変だったろうけど、おかげで瀕死の者や大けがした奴が随分助かったよ」


 その言葉だけで嬉しくて胸が熱くなってしまう。

 感動している所に、ルティアナが間を空けずに声のトーンを落とした。


 「さて、それはともかく、泉の件だ」

 「ルティ、その件は全面的に僕が悪い。だから……」

 「いいから黙って最後まで聞きな」


 シキが言い終わる前にぴしゃりとルティアナが遮った。

 

 「確かにシキが悪い。満月なのを忘れていたのも、うかつに眠ったのも、ポーションを持たずに泉に来たのも、アホタレとしか言いようがない。九十九パーセントシキが悪い。けど残りの一パーセントはフィオナ、あんたの責任だよ」


 分かっている。一パーセントどころではなく自分が悪いと痛感しているのだ。


 「言われていただろう?一人で出歩く時は必ず声を掛けるようにって」

 「はい」

 「まあ、分かっているみたいだから、責めるのはもうなしだ。二人とも死ぬほど反省はしているみたいだからね。それで、本題はここからだ。アドミューの街でばたばたしていたけど、フィオナ、三ヶ月の研修期間が過ぎた。あんたはここに残るとずっと言い続けてきたけど、今回の事もある。改めて言うが、ここは第一級危険地区だ。今後ここに残れば、特区にだって行くことになる。泉の時のような事だってまた起こるだろうさ。いつだって危険がつきまとう。私やシキだって人間だ。あんたを守ってやるって意思は変わらないが、それだって、絶対じゃない。今回みたいにあんたがほんの少し約束を軽く見ただけで、誰かが死ぬかもしれない。その覚悟を持って、ここで働けるというのなら、歓迎しよう。よく考えて決めな」


 ルティアナが真っすぐにフィオナの目を見つめて来る。

 誰かが死ぬかもしれない覚悟。

 それがぐさりと心臓に突き刺さった。未だに、シュレンにシキの腕が切り飛ばされた光景は、鮮明に残っている。

 その光景が鮮やかに蘇り、すぐに返事が出来なくて、言葉を探すように、口だけが小さく開いたり閉じたりを繰り返した。


 「すぐに決められないのなら、少しだけ時間をやる。明日の朝までだ」


 そう言って、ルティアナが一枚の紙をテーブルの上に置く。

 転属希望届だ。


 「ここに残るのなら、明日の朝、手ぶらでここに来な。どこかに異動したいのなら、その紙に行きたい部署と署名をして持ってきな。いいね」


 フィオナはじっとテーブルの紙を見つめる。


 「じゃあ、話はこれでおしまいだ。依頼分が終わったなら、お前らも早く帰ってちゃんと寝な」


 ルティアナはぴょんとソファから飛び降りると、二階に上がって行った。


 テーブルの紙をじっと見つめたまま固まっていると、頭をそっと撫でられた。


 「フィオナ、前に冗談で、君が他に行きたいって言っても、阻止するって話、本気じゃないから。だから、君の思う通りにしていいんだよ」

 「シキは私が居なくなってもいいんですか」

 「良くないよ。君が居なくなったら嫌だよ。でももし、今回みたいな件にもう二度と合いたくないって言うなら止められない。ルティも言ったけど、特区に行ったら何があるか分からないから」

 「シキ……。嘘つかないで答えてくれますか?」

 「なに?」

 「もし、特区に行って、また今回みたいな事があったら、シキは私にも戦わせてくれますか?」

 「その時になってみないと分からないよ。でも、フィオナが危険だと思ったら、多分僕は、君の安全を優先してしまうだろうね」

 「それでシキが死ぬことになってもですか?」

 「……そうだね。でも死なないよ?約束したからね」


 シキはそう言ってにこりと笑う。

 最後の言葉は嘘はついていないけど、絶対とは言い切れないだろう。


 フィオナはテーブルの上の紙を手に取って、たたんでポケットに入れた。


 「シキ、今日は一人でじっくり考えさせて下さい」

 「分かった。今晩はこっちで寝るよ」


 そう言って微笑んだシキの顔はとても寂しげに見えた。


 管理棟に戻っても、まるで食欲がなく、二階のソファに身を沈める。

 考えても考えても答えが出ない。


 フィオナは管理棟を出ると箒を取り出して、ふわりと夜の空へと舞い上がった。


 頭の中で何度も同じ事を考えて、考えて、やっぱり分からなくなって、フィオナは、王宮の入口に降り立ち、建物の中へと入っていった。

 足が自然と動き、気が付くと開発室の前まできていた。


 少しためらってから、思い切ってノックをする。

 夜の七時過ぎなので、まだ誰か居ると思ったが、なかなか扉が開かない。


 もうみんな帰ってしまったのだろうか?


 半ばあきらめながら、もう一度ノックすると、扉が開いて、ベリスが顔を出した。


 「あれ?フィオナさん、こんな時間にどうしたんですか?」

 「あの、ちょっと、ユアラさんに会いたくて……」

 「ああ、まだ研究室に居ますよ。どうぞどうぞ。場所わかりますよね?中に居ると思うので行ってみて下さい」

 「ベリスさん、ありがとうございます」


 人の少なくなった開発室内をよこぎって、ユアラの研究室の扉をノックすると、すぐに返事があり、扉を開けて、中に入る。


 「あら!フィオナ!?どうしたの?こんな時間に!」

 

 いつ見ても綺麗なユアラが、フィオナを見て嬉しそうに顔をほころばせて駆け寄ってくる。


 「ユアラさん、この前は差し入れのカレーありがとうございました」

 「アキに聞いたわ。すごく喜んで貰えたって。作ったかいがあるわ!もしかして、わざわざそれを言いに来てくれたの!?」

 「いえ、あの、ユアラさん……」


 ユアラの顔をみたら、急に感情がこみあがって涙が堪えられなくなり、思わずうつむく。

 うつむいた拍子に、ポタポタと地面に涙がこぼれ落ちた。


 「え!?何!?どうしたのっ!フィオナ?」


 急に泣き出したフィオナにユアラがあわてふためく。


 耐えられずユアラに抱きつくと、その暖かさに余計に涙が止まらなくなってしまった。

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