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天然無意識女たらし

 結局シキの前で、再び踊るはめになってしまったフィオナは、精神的にぐったりと疲れて、研究棟に戻った。ルティに文句を言ってやろうと、意気込んで作業場に入るが、作業場には、キノがいるだけだた。


 「キノ、ルティは?」

 

 キノは二階へ続く階段を指さす。

 フィオナが階段を上ろうとすると、後ろからシキに止められた。


 「フィオナ。二階には上がってはいけないよ。もし勝手に上がったら、どうなっても責任は取れないからね」

 「え?それってどういう……?」

 「二階はルティの研究室だ。なんの研究中かわからないところに、むやみに入っていったら、どんな巻き添えをくうか分からないよ」


 シキは笑顔だが、その言葉を聞いたフィオナは、すぐさま階段を上るのを諦めた。


 「フィオナ。今日の仕事はここまでにしよう。片付けはキノがやってくれるから、管理棟に戻って夕飯にしようか」


 外はもうすっかり暗くなっている。確かにお腹が空いたなと、フィオナはうなずいた。

 管理棟に戻ると、なんやかんやと動き回って、すっかり汚れていたフィオナに、シキは先にシャワーを勧めてきたので、甘えてバスルームに行く。浴室はきれいに掃除されており、バスタブには湯も張ってあった。

 フィオナは、身体の汚れを落とすと、バスタブに身をゆだね、ゆっくりと息を吐いた。


 「気持ちいい……」


 疲れた身体を温かいお湯が癒してゆく。気づけば、うっかり長湯してしまい、フィオナは慌ててバスルームを出た。ゆったりした服に身を包むと、風魔法で髪を乾かして、キッチンへ向かった。

 なにやら、いい匂いが漂ってきて、フィオナの腹がぐうっと音を立てる。


 キッチンでは、シキが鍋をかき回していた。


 「シキ、また料理させてしまって……」

 「だから、いいんだよ。そんな事は気にしないの。お風呂どうだった?すっきりした」

 「はい!」


 フィオナが風呂上がりの上気した顔をほころばせると、シキも嬉しそうに笑う。


 「そうだ、洗濯物は、バスルームの籠の中に入れておいてね」

 「え?まさか洗濯までシキがするつもりですか!?」

 「あはは、違うよ。管理棟には掃除と洗濯をしてくれるお手伝いさんがいるんだよ。料理ができないのが残念なところだけど。けど、まあ、料理は僕が好きだからいいんだ。お手伝いさん味覚がちょっと人と違うから」

 「お手伝いさんですか。一度ちゃんとご挨拶しなきゃ」

 「ああ、残念だけど、それは無理かも。ものすごい恥ずかしがり屋さんだから、人前に出てくることはまずないよ」

 「そうなんですか」

 「フィオナに慣れたら、そのうち、顔を見せてくれるかもしれないね」


 シキが鍋の火を止める。野菜のシチューだ。フィオナが見ている中、シキはフライパンを出して、バターを溶かす。


 「そういえば、フィオナ、食べられないものってある?エルフって肉とか食べないんだっけ?」

 「いいえ、エルフって言っても、ほんの少し血が入っているだけだし、なんでも食べますよ。ただ、ものすごく辛いのは苦手かもです」

 「了解」


 シキは、フライパンにチキンを乗せてこんがりと焼くと、調味料らしき瓶が沢山ある中から、数種類選び、それらを振りかける。ハーブのいい香りが広がった。


 「よし、完成。フィオナ、鍋をテーブルに運んで。あとスプーンと、お皿もね。食器類はそこの棚だよ」


 食器を並べていると、シキがチキンとパンを持ってくる。


 「フィオナ、飲み物は?僕はワインを飲むけど。お酒は飲める?それともレモン水とかがいいかな?」

 「お酒も飲めるけど、今日はレモン水がいいかも」

 「オーケイ。ちょっと待ってて」


 シキはすぐに自分のワインと、レモン水を持ってきて、フィオナに渡す。


 「それじゃあ食べようか」

 「はい、頂きます!」


 シキの作った料理は、どれもこれも優しい味がして美味しかった。フィオナが夢中で食べていると、シキはワインを傾けながら、ふわりと微笑んだ。

 食事を終え、二人で片付けを済ませると、シキは、フィオナに温かいココアを淹れてテーブルに置く。


 「フィオナ、僕はこれから、ちょっと戻って、キノの様子をみて来るから、それを飲んだら休んでね」

 「はい」

 「もしかしたら、こっちに戻るのが少し遅くなるかもしれないけど、勝手に一人で魔植物園に入っては駄目だよ。僕が向こうにいる時に、困ったことがあったら、そこの通信機で呼んでね。使い方は分かる?」

 「通信機の魔方陣に手を当てて、魔力を流して話すんですよね?」

 「そうそう。それじゃあ、ちょっと行ってくるね。明日もまた沢山仕事があるから、今日は早めに休むんだよ。朝は七時にはここに降りてきてね」

 「はい。分かりました」

 「ふふ、結局敬語が抜けないね。まあ、それは慣れるまでしかたないか」


 シキは、いつもの優しい笑みを浮かべると、おやすみ、と言って部屋を出て行った。

 フィオナはココアを飲み終えると、寝室へと入った。時計は夜の九時。いつもなら、まだまだ起きている時間だ。

 部屋の明かりも付けないまま、窓だけ開けて、ベッドに横になる。


 今日が初仕事だったが、一日で色々な事がありすぎて、チューリップ刈りをしたのが遠い昔のようだ。

 それにしても、本当に内容の濃すぎる一日だった。

 チューリップに唇を奪われるわ、めしべに口の中を蹂躙されるわ、催淫効果で動けなくなるわ。

 それでもって、シキに口移しで薬を飲まされるし!

 フィオナはベッドの上で、思いだして身をよじる。

 それに、リンドルグの根に掴まった時も、何度も抱きかかえられて助けられた。

 オドリコナズナを採りに行った時は、くねくねダンスを見られて死ぬほど恥ずかしかったけど、そのあと、パニックになったフィオナを抱きしめてなだめてくれた。

 何かあると、大丈夫?といって、心配してくれる。


 「これって、なんだか、いやいやいや!ないから!」


 フィオナは、毛布を頭からかぶると、恥ずかしさと、胸のドキドキで、悶々としていたが、やはり疲れの方が上回り、あっという間に眠ってしまった。



 朝、目が覚めたフィオナは、ぶるりと身震いして起き上がった。

 うっかり窓を開けっぱなしにしたまま寝てしまっていた。この時期まだ、夜は冷えるのだ。時計は朝の六時。ベッドから起き上がり、窓から顔を出すと、朝もやの中、巡回中なのか警備兵が歩いていくのが、遠くに見えた。


 窓を閉めて着替えると、部屋をそっと出た。隣の部屋でまだシキが眠っているかもしれないと思い、なるべく物音を立てないようにする。

 階段を下りて、顔を洗おうと、洗面所に向かった。

 すると、洗面所の隣のバスルームから、シャワーの音が聞こえてきた。


 「あれ、もうシキが起きているのかな?」


 フィオナは、ちらっとバスルームの扉を見てから、洗面所で顔を洗い、タオルで顔を拭いていると、バスルームの扉が突然開いた。フィオナが顔を向けると、けだるそうな表情のシキがズボンに、上半身裸といい格好で出てきた。


 「シ、シキ!」


 真っ赤になって、顔を逸らせると、シキがフィオナに気が付いて、優しい声を出す。


 「フィオナ、おはよう。早いね」

 「お、おはようございますっ!シキ、上着てください!」

 「え?ああ、風呂上がりで暑くて」


 ちらっと、シキを見ると、彼はタオルで濡れた髪を拭きながら、ふわりと笑う。


 「せっかくだから、朝ごはん一緒につくろうか」


 何事もないようにそう言って去っていくシキに、フィオナは朝から心臓がはちきれそうだった。

 

 朝食は、卵とハムのサンドイッチに、野菜のサラダ。それに淹れたてコーヒーだ。

 シキの淹れたコーヒーは、香りがよく、程良い苦みでとても美味しかった。


 「フィオナ、口の端についてるよ」


 シキがすっと手を伸ばして、フィオナの頬に手をあてると、親指で、口の端についていた、パンくずを拭っていく。もう朝から、血液が沸騰しそうだった。


 食事を終えると、早速二人で研究棟へ向かった。作業場につくと、シキが仕事の説明を始める。


 「今日は昨日集めた素材で、ポーションを作るよ。まずチューリップから蜜を取り出す。これは、こんな風に、めしべだけ取り出して、手でしごくと先端から蜜が飛び出してくる。蜜はこの容器に入れてね。じゃあ、僕がめしべだけ取り分けていくから、フィオナは蜜を絞り出してくれる?」

 「分かりました」


 フィオナは、シキが取り出しためしべを手に取ると、力を入れてしごく。だが力を入れすぎてしまったようで、途中でちぎれてしまった。


 「あ、ちぎれちゃった……」


 フィオナがちぎれためしべから、手をベタベタにして、ぎゅうぎゅうと蜜を絞っていると、シキがフィオナの後ろに回り込む。


 「フィオナ力入れすぎ。もう少し優しく」


 シキがフィオナの後ろから、手を回してくる。新しいめしべをフィオナにもたせると、フィオナの手に自分の手を重ねて、動かす。


 「このくらいの力加減で。こう、ね」


 耳元でシキの声がして、フィオナは真っ赤になる。


 「もう一本やってみて、こう。うん、いいね」

 「おいおい、朝からいやらしいな」


 二階から階段を下りて来る足音にフィオナが振り向くと、昨日とは違った、フリルのワンピースを着たルティアナが、あくびをしながら降りて来る。


 「ルティ、おはよう」


 シキはフィオナの手を掴んだまま、爽やかに挨拶をする。


 「ル、ルティ、お、おはようございます!」


 真っ赤になって挨拶するフィオナを見て、ルティアナは苦笑いをする。


 「おいおい、シキ、そのくらいにしといてやれよ。フィオナが真っ赤になってるぞ」

 「何が?」

 「そんな後ろから抱きしめられて、蜜のついたぬるぬるの手で握られたら、普通の女子は卒倒するんだよ」

 

 フィオナは心の中で、そうだそうだ!と声を上げる。


 「え?蜜の絞り方を教えているだけだけど?」

 「あー、いいから、離れてやれ」


 シキはフィオナの手を離すと、不思議そうにフィオナを見てから、尋ねる。


 「ちょっとしか教えてないけど、今ので分かった?」


 フィオナはぶんぶんと首を縦に振る。

 ルティアナは、はあ、と大げさにため息をつく。


 「シキ、いいかい?普通の年頃の女の子は、そういう風に、さわられたり、撫でられたり、抱きしめられたり、昨日みたいに口移しで薬飲ませたりとかされると、恥ずかしいもんなだよ。それに、そういうことは、普通気がある相手にするものなんだよ」


 なんで口移しの件まで知っている!?と思いながらも、はっきりとシキに言ってくれるルティアナに感謝する。


 「そうなの?でも僕、女性に興味ないし。ただ単に仕事を教えているだけだしねえ」


 シキの爆弾発言に、フィオナは固まった。女性に興味がないと聞こえたのは空耳だろうか。まさかの同性愛者だったのかと、どう反応していいのやら、うろたえる。


 「ごめんねフィオナ。そんなに恥ずかしかった?でも安心して。僕が好きなのは、小さい女の子だけだから」

 「え!?」


 さらなる爆弾発言に、フィオナは思わず声が出てしまった。


 「おい、シキ。それだと犯罪者に聞こえるぞ」

 「あ、えーっと、誤解しないでね。僕が言っているのは、性的な意味で小さい女の子が好きなんじゃなくて、純粋に可愛いものが好きなだけだから。小さい女の子といると、可愛くって、なんかこう、心が温まるんだよねえ」

 「はあ、確かに小さい子は可愛いですけど……。それと女性に興味がないのは関係ないような?」

 「いや、そんな事はないよ。ここに来るまで、僕は結構沢山の女性と付き合ってきたけど、全然楽しくないし、満たされない。でもね、小さい子は違う。純粋で、真っすぐで、そしてすごく可愛い。一緒にいると、とても心が満たされる」

 「はあ。じゃあなんで楽しくないのに沢山の女性と付き合ったりしてたんですか?」

 「別に女性が嫌いというわけじゃないし、女性だからと思って普通に優しくすると、なぜかいつの間にか付き合う事になっていたんだよ」

 「……はあ」


 それは、ただの女たらしなのでは、とふと思う。


 「フィオナ。そういうわけで、こいつは、幼女好きの天然無意識女たらしだ。気をつけな」

 「なるほど」

 「ちょっとその言い方はどうなのかな?でも、とにかく、僕は、小さい女の子が好きなんだ。だからフィオナ、心配しないで。僕は今後も、君に仕事の面でふれたり、薬を口移ししたりするかもしれないけど、決して下心とかないし、それが必要だと思うからしているだけなんだ。それは分かって欲しい。君は少し恥ずかしい思いをするかもしれないけれど、それも仕事のうちと思って我慢してね」

 「は、はあ」


 なんだか納得はできないが、そう答えるしかなく、フィオナは先が思いやられるのだった。

 

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