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緊急依頼

 「もうすぐ研修期間も終わるね」


 しみじみつぶやくシキをフィオナは見上げた。

 なぜ見上げたのかというと、それはチューリップ畑で倒れて膝枕されているからだ。


 「あと一週間ですね。そうしたら私、魔植物園に本採用してもらえるんですよね?」

 「君があと一週間で心変わりしなければね」

 「しないって言っているじゃないですか」


 軽く頬を膨らませれると、シキがその頬を軽くつまんで、くすりと笑った。

 見上げたシキ越しに天井に視線を向けると、ガラスの屋根に大量の雨粒が叩きつけられていた。


 「このところずっと雨ですね」

 「まあ、雨季だから仕方ないけど、それにしても降り続いているね」

 「これだけ雨が降っていると、警備隊とか騎士団の人達なんか見回り大変でしょうね。外の訓練場も使えないだろうし」

 「それも仕事だからね。あと訓練なら闘技場の中でやれるし、そこは困らないと思うよ?」

 「あれ?闘技場に屋根はなかったですよね?」

 「ああ、言ってなかった?あそこ、魔法で透明な屋根がついているんだよ。見た目は吹き抜けに見えるけどね」

 「ええええ!?どれだけすごい物を一晩でつくったんですか!?」

 「そんな大した技術じゃないよ、それに……」


 シキは急に話をやめると、首を研究棟の方へ向けた。

 つられてシキの視線を追うと、ルティアナが箒で飛んでくる。

 ルティアナは二人のすぐ近くまで来ると、箒から降りずに、膝枕されているフィオナを見て呆れた声を出す。


 「お前らは本当にいつも仕事中にいちゃいちゃして……」

 「違います!」

 「ふふっ、いいでしょう」

 「シキっ!」


 最近膝枕されることにすっかり慣れてしまっていて、ルティアナに見られても一瞬なんとも思わなくなっていた自分に慌てて飛び起きる。


 「まあ、いいさ。それより緊急の依頼が来たよ。お前らすぐに戻って、依頼書のポーションを作りな」


 急に顔を険しくするルティアナに、シキが眉を寄せる。


 「緊急?何かあったの?」

 「この大雨で、アドミューの街やその近辺で土砂崩れが多発しているらしい。それに加えて、雨の影響か第二級魔獣のリクオオヤドカリが大量発生して、街を襲っているらしいんだよ。私は今からアドミューに行ってくるさね。シキ、何日か留守にするけど、ここを頼んだよ」

 「分かったよ。行ってらっしゃい」


 すぐにルティが箒で飛び去ろうとしたので、急に不安になって呼び止めてしまった。


 「ルティ!」

 「なんだい?」

 「そのっ!気を付けて!」


 ルティアナはぶはっと吹き出して笑いだすと、にっと口元を上げた。


 「私を誰だと思っているんだい。大魔導士ルティアナだよ?この私を心配するなんぞ百年早いわっ!でもまあ、出来るだけ早く片付けて来るから、帰ってきたらカレーを作るんだよ!」


 自信満々な様子に、ほっとしてうなずくと、今度こそルティアナは飛び去って行ってしまった。

 


 シキと二人急いで研究棟に戻ると、すでにキノが倉庫から素材を取り出して準備を始めていた。


 本当によくできた子だ。作業台の上には依頼書らしき紙が置いてあり、シキはそれを手にして小さくため息を吐く。


 「これはまた、よっぽど被害が出ているのかな……」


 シキのつぶやきにフィオナも依頼書に目を通して、ぎょっとした。


 上級体力回復ポーション 五百本

 上級魔力回復ポーション 三百本

 傷薬 五百本

 上級解毒ポーション 百本

 特級体力回復ポーション 三十本

 特級魔力回復ポーション 二十本


 緊急につき出来る限り早急の納品。

 

 「解毒ポーション百本?崖崩れと第二級魔獣の被害なんですよね?なんで解毒ポーション?」

 「ああ、フィオナは知らないのか。北には生息してないからね。オオリクヤドカリは、ハサミの先から麻痺毒を出すんだよ。人間を挟んで麻痺させてから、そのハサミでバラバラにして食べるんだよ」


 想像してしまい、そのおぞましさに顔をしかめてしまう。

 

 「それなら、急がないと。とりあえず在庫のものを先に納品しますか?」

 「いや、在庫はすでにルティが持って行ったみたいだよ」


 シキは保管庫を見て苦笑いする。


 「多分在庫とは別にこの数をって事だろうね。フィオナとりあえず素材の在庫確認をして」

 「それなら、頭に入っています。今在庫で残っているのは、リンドルグの実の粉末に、ルリイロアゲハの鱗粉、ダマシハジキの果肉。これは沢山あります。チューリップの蜜は魔力用が百本分くらいは残っていますね。あとはみんな在庫が心許ないです」

 「そうか。じゃあ、フィオナはマッド君三号と一緒に、オドリコナズナを採って、そのまま帰りに魔力水を汲めるだけ汲んできて。その間僕は他の素材を取りに行ってくるよ。キノはここに残って特級ポーションの準備をしていて」

 

 最近ではここに慣れた事もあって、チューリップ畑と魔力水の泉、管理棟と研究室の往復になら一人でも行ってもいいと言われているので、フィオナはためらうことなくマッド君を連れて、一人で森へと入っていった。


 「体力ポーション五百本って事は、オドリコナズナも五百本ってことよね……」


 数の多さについため息が出そうになってしまうが、アドミューの街の事を考えれば頑張らなくてはと気を引き締める。

 この雨続きではまだまだ被害が出る可能性もあるのだ。

 フィオナは急ぎ足でナズナ畑につくと、脇目も振らず次々と力任せにナズナを抜いていった。


 研究棟に戻ると、倉庫には大量のチューリップが山積みになっていた。

 シキの姿は見当たらない。

 きっと他の素材を集めているのだろう。

 

 とりあえず蜜を絞って、体力回復ポーションを作らなくてはと思い、チューリップの処理に取り掛かろうとすると、キノがやって来てフィオナの腕を掴んだ。


 キノはチューリップの山を見て首を振ると、作業場へと引っ張っていく。

 そこには、今フィオナが採ってきたオドリコナズナ以外の体力回復ポーションの素材と器材の準備が整えられていた。


 きっと、ポーションを作れと言っているのだろう。キノは本当に優秀すぎる。


 「キノ、ありがとう。ポーション作るね」


 そう言うと、キノは口を笑みの形にして、倉庫へと歩いていった。


 それからはもう怒涛のような毎日だった。

 シキと二人、素材を採ってはその処理をしてポーションを作り、朝になると、騎士団の誰かが、出来た分だけでも欲しいと取りに来る。

 王宮からも、騎士団に魔法警備隊、医療室の編成部隊が現地に派遣されたようだが、降り続く大雨で被害は広がっているらしい。


 シキはもうあれから三日、全く眠らず仕事をしている。同時に何種類もの作業をこなしながら、在庫をチェックして、素材を採りに行き、フィオナやキノ、マッド君達に指示を出していた。


 フィオナは流石にポーションを飲みながらでも、全く眠らないというのが出来ず、時折数時間ソファで気を失うように眠った。


 『シキー、フィオナちゃーん。いるかーい?』


突然聞こえてきた聞き覚えのある声に、驚きつつ通信機に手を当てる。


 「アキ室長?」

 『あ!フィオナちゃん?』

 「こんな夜中にどうしたんですか?」


 今は夜中の一時だ。もう朝も夜も時間の感覚がなくなりつつあるが、外の暗闇と時計の針の指す数字に、首を傾げる。


 『大変だと思ってさ、ユアラの作った差し入れ持って来たんだけど、どうしようかな。一人でも行けない事もないんだけど、荷物が大きくて、箒で飛ばせないないんだよねー。蔦に絡まれると面倒だしな……』

 「アキ室長こっちに一人で来た事あるんですか?」

 『うん、何回もあるよ』

 「ちょっと待っててくださいね」


 差し入れは正直有り難かった。まともに食事を作る時間もなく、パンや果物で簡単に済ませてしまっていたのだ。

 念のため地下に降りて、アキレオを一人でこちらに向かわせててもいいか聞くと、シキは突然の友人の訪問に驚いたが、あっさりと許可をくれた。

 急いで通信機に手を当てると、再びアキレオを呼び出した。

 

 「アキ室長、五分経ったら、こっちに来てください。あの子達に言い聞かせておきますから」

 『え!?どういう事?』

 「とにかく大丈夫なので」


 そう言うと、外に出て、一番近くにいた蔦に手を伸ばす。


 「ねえ、お願いがあるんだけど」


 蔦がフィオナの言葉に反応して、うなずくように動く。


 「管理棟から一人男の人がこっちに来るんだけど、私達に差し入れを持ってきてくれたの。他の子たちに、手出ししないように伝えてくれないかな?」


 蔦は分かったという様にくねくねと動くと、さっと森に消えていった。

 これで大丈夫だろう。

 蔦達の伝達速度は速い。あっという間にこのあたりのいたずらっ子達に伝わるはずだ。


 作業場に戻ってポーションを作っていると、扉がノックする音がして、明るい声と共にアキ室長がやって来た。


 「やっほー!差し入れに来たよー!あ!フィオナちゃん!一人でも全然襲われなかったよ!?あれどうやったの?」

 「アキ室長ありがとうございます。あれは……。ちょっとあの子達にお願いしただけですよ」

 「何それ!?あの子達って、蔦の事?フィオナちゃんそんな事出来るの!?」

 「仲良しなんです」

 「ひいいい!なにそれ!?仲良しってどういう事よ!?あれ、シキは?いい物持って来たんだ」

 「シキは今地下にこもっていますよ。多分手が空いたら来ると思います」

 「そっかあ。大変そうだな」


 アキ室長が大きなバスケットの蓋を開けると、たまらなく食欲をそそる香りが部屋に立ち込めた。


 「これって、カレー!?」

 「そう!鍋ごと持って来た!ご飯もあるよ!しかも保温器に入れてきたから熱々!カレーだけここで温めなおしてって」

 

 大きなバスケットをテーブルに置いたアキレオの手を、フィオナは思わずぎゅっと掴みぶんぶんと振り回す。


 「アキ室長!ありがとうございます!ユアラさん最高です!」

 「あははは、そんなに喜んでもらえると思わなかったよ。忙しいとは思っていたけど、もしかしてちゃんと食べてなかった?」


 手を掴んだまま、ぶんぶんと首を縦に振って、アキレオを見上げる。嬉しさで、涙目になってしまい、それでも感謝を伝えようと、にへらっと笑うと、アキレオが目を瞠って固まった。


 「アキ室長?」

 「あ、いや、ごめん。いやあ、シキはよく耐えてるなあ。これ、ユアラだったら絶対無理だわ」

 「はい?」

 「なんでもないよ。ほら、カレーは俺が温めて準備するから、フィオナちゃんは仕事してて」

 

 アキレオの申し出に有り難くポーション作りを開始するが、キッチンから漂ってくるスパイシーな匂いに、ここ数日まともな物を食べていなかったフィオナは、一気に頭がカレーで埋め尽くされて、集中できなくなってしまった。

 そういえばもう六時間以上休憩なしで仕事をしている。

 少し休憩しよう。

 きりが良い所で、仕事を中断させると、丁度地下からシキが上がって来た。


 「カレーの匂いがする……」


 据わった目でそう呟くシキも相当疲れているようだ。


 「よう!シキ!ユアラの手作りカレーを持ってきてやったぞ」

 「アキ……」

 「疲れた顔してるなー。お前がそんな顔するとか、どれだけ根詰めてんだよ。食ってないんだろ?栄養くらいちゃんと取れよ?」


 けらけらと笑うアキレオに、ゆらりとシキが近づて、そのまま首に腕を回すと、ぎゅうっと抱きついた。

 フィオナは目を点にする。


 「え!?何!?シキ?どうした!?具合悪いのか?」

 「アキ、ありがとう。ユアラにも伝えておいて」

 「え!何を?これを?嫌だね!ユアラは俺のだから。てか離れろ!」


 シキはあっさりアキレオから離れると、未だに目を点にしているフィオナに向かってきた。

 今度は茫然としているフィオナの首に顔を埋めて、抱きついてくる。


 「シキ!?どうしたんですか!?大丈夫ですか!?」


 背中を撫でると、首元でささやかれた。


 「うん、ちょっと、カレーに我を失って、アキに抱きついて気分が悪くなった」

 「おい、コラ!」


 落ち込むシキと、アキレオの怒鳴り声に、フィオナは思い切り吹き出して笑ってしまった。


 「私もさっきアキ室長が神様に見えちゃいました」


 食事に餓えた二人には、カレーの威力は絶大なのだ。

 くすくす笑いながら、シキをソファに座らせると、アキレオが呆れたような顔で出来上がったカレーを運んでくる。


 「お前ら、揃って無自覚に人をたらし込むのやめてくんない?」


 意味が分からず、首を傾げると、隣でシキも首を傾げていた。


 ユアラの作ったカレーは、フィオナの作ったものより少し辛めだったが、とても美味しくついつい食べ過ぎてしまった。

 食べ終わりアキレオが淹れてくれたお茶を飲んでいると急激に睡魔が襲ってきた。

 疲労と寝不足の所に、美味しいカレーでお腹が満たされて、眠くなるなという方が無理な話だ。

 どうやらシキも同じようで、軽く目を閉じたままアキレオに尋ねる。


 「ねえ、アキ、今日まだここに居られる?」

 「え?まあ、大丈夫だけど。俺ポーション作りとか全然分からないから手伝えないよ?」

 「そうじゃなくて、一回寝たら目覚ましでもなんでも起きれなそうだからさ。一時間経ったら無理にでも起こして」

 「ああ、そういう事か。いいよ。ちょっと寝ろよ」

 「うん。そうする」


 うつらうつらしながら二人の会話を聞いていると、ソファにゆったりもたれかかるシキにぐいっと引き寄せられ、腕に抱き込まれてしまった。


 「え!?お前、いくらなんでもそれはっ」


 アキレオの慌てた声が聞こえてきたが、フィオナも眠くてもう限界だった。

 そのままシャツを掴んでシキの胸にもたれかかる。

 シキの体温と鼓動が心地よくて、すぐ側にアキレオがいる事などどうでもよくなっていた。


 「ええええ!?なんだよもう……。あーあ、俺も帰ってユアラ抱きてえ」


 眠りに落ちていく側で、アキレオの羨ましそうにつぶやく声がぼんやり聞こえた。

 

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