上司の仕事
今回はシキ視点です。
「シキ、もっと強い酒ないのかい?」
「シキー、俺リンゴ酒ちょーだい!」
「シキ、私もリンゴ酒が欲しいです」
三人同時に言われて、シキは仕方がなくそれぞれのコップに酒を注ぐ。
フィオナとルティアナは良いのだが、アキレオに甘えられると、若干腹が立つ。
「三人はお揃いのグラスでいいなー。俺だけなんか仲間外れ?」
「アキ室長はユアラさんとお揃いのグラスを買ったらいいじゃないですか」
「ユアラとはもうお揃いの使ってるよ」
ニヤニヤ笑うアキレオがうざったい。
それでも、この研究棟のルティアナの部屋で四人で飲んでいる状況に、少し嬉しくなってしまう。
「そうだ、アキ室長、写真機の探索魔法ありがとうございました。おかげで無事解決です」
「無事じゃないだろうが。山一つ吹っ飛ばしやがって!」
ルティアナが飛ばしたナッツがフィオナの額に命中した。
フィオナが山を吹っ飛ばしたのはまだ今日の話だ。山の件はルティアナが国王に掛け合ったので、特に問題にはならなかったのだが、犯人が見つかったのだから、祝いに飲もうと酒飲み二人が騒ぎ出し、こうしてまた貴重な手作り果実酒が減ることになったのだ。
それでも、楽しそうなフィオナの顔を見たら、とっておきの酒を出してしまおうかという気になってしまう自分は重症だ。
「いたっ!ルティ!食べ物を投げちゃダメです!でもルティもありがとうございました。国王様怒っていました……?」
「いや、馬鹿笑いしてた。まあ、大丈夫だよ。あの程度の事でぐだぐだ言わせやしないよ」
「良かったです。謹慎とか言われたらどうしようかと思っていました」
「ないない」
「謹慎なんて勿体無い事あいつがするわけないさ」
ルティアナとアキレオの声がかぶる。
「フィオナちゃん、写真機の探索魔法なら、俺じゃなくて、頑張ったのシキだから」
「え?」
「最初の張り紙持って行った日に、帰ろうとしたら、シキが追いかけてきて、写真機に罠を張るから手伝ってくれって頼まれたの。術式を組み込んだのは俺だけど、その術式の構成処理の手伝いをシキが寝ないでやってくれたから、こんなに早く罠を張れたんだよ」
アキレオがばらしてしまったので、フィオナが顔をくしゃりと歪めて見つめてくる。
この顔をされると弱い。
「シキありがとうございます。だからあの日寝てなかったんですね……」
フィオナがきゅっとシャツを掴んでくる。
アキレオとルティアナがいなければ抱きしめられるのに、と思いつつ、頭を撫でるにとどめた。
「それにしても、フィオナちゃん山一つ吹っ飛ばすとか面白すぎ!しかも、その後シキがポーション口移しなんてするから、もうお前ら帰ったあと、あそこ興奮の嵐ですごかったんだぜ」
「それ、なんでアキが知ってるの?」
「こっそり見に行ってたから」
「行くつもりなら一緒に来ればよかったのに」
「俺、目立つの嫌いだから。ルティとシキと一緒だと目立ってしょうがないでしょ。それにしても明日になったら、フィオナちゃんの山吹っ飛ばし事件で、王宮中は大騒ぎだろうね」
「そ、そんなに、騒がれちゃいますか!?」
フィオナが急にうろたえた声を出す。
「あたりまえだろ。山が一つないんだから」
ルティアナがまたフィオナにナッツを飛ばした。フィオナのおでこに当たって落ちそうになったナッツをとっさに落ちる前に掴むと、フィオナが目をぱちくりさせる。
可愛いので、ナッツを口に放り込んでやると、もぐもぐと美味しそうに食べて、ふにゃりと笑った。
だめだ、膝にのせたくなる。
「それよりシキ、アケビ酒は?飲みたいんだけど」
「お!私も飲みたいねえ!」
「シキ、私も飲みたい」
シキは三人の期待の目に、思わずたじろぐ。
アケビ酒はもう残り瓶に三分の一ほどしか残っていないのだ。
「あー、アケビ酒は……」
言いかけた所に、フィオナがシャツを掴んで期待を込めた目で見上げてくるので、もうないという言葉を飲み込むしかなかった。
諦めて立ち上がり、苦笑いする。
「持ってくるよ」
部屋を出て階段を降りていると、アキレオとルティアナの声が聞こえてきた。
「フィオナよくやった!どこでそんなテクニックを覚えたんだい!?」
「俺が教えたの!シキに頼み事するときは、シャツを掴んで見上げておねだりしろって!どう!?俺エライ?ほめて、ほめて!」
アキレオあとで殺す。
心の中で呪いの言葉を吐くと、残り少ないアケビ酒の隠し場所へと向かった。
結局アケビ酒はあっという間に酒飲み共に飲まれてしまって、もう在庫はなくなってしまった。隠している分もない。
あんなに作ったのに一年持たないとは……。
フィオナも水割りにして、二杯飲んでいたので、心配になってみると、うつらうつらしながら船を漕いでいる。
思わずくすっと笑って、フィオナを捕まえて引っ張ると、自分の膝に頭を乗せる。
フィオナは最初、顔を赤らめて、嫌がるそぶりをしていたが、腕でやんわり押さえつけて頭を撫でていると、すぐに寝息を立てはじめた。
「なんだい、あれぽっちでもう酔っぱらっちまったのかい?」
「フィオナちゃん寝顔も可愛いねー」
アキレオがフィオナの寝顔を覗いてニヤニヤしているので、頬を思い切り押して向こうを向けさせる。
「何それ一人占め?ずるいでしょ」
「ずるくない。アキはユアラの寝顔毎日見れるでしょ」
「そうだけど、別にフィオナちゃんはシキのじゃないんだからいいじゃない」
「嫌だ。ルティはいいよ」
「えー、何それ!なんで俺だけ!?」
「他の男にフィオナの寝顔見せるわけないでしょ」
「はあ?それどういう意味?お前フィオナちゃんの事、別に女として見てないって言ってたじゃない」
「あれは、無し」
「は!?」
アキレオはぽかんと口を開けて、ルティアナはくつくつと笑っている。
「え!?なに?どういう事」
「僕、フィオナが好きだから。だからアキにもさわらせないし、寝顔も見せないよ」
「え、ちょっと、待って、ねえ、ルティ、これどういう事?」
「そんなの、見てればとっくに分かるだろう?」
「シキ、女に興味ないみたいなこと、ほんの数日前まで言ってたじゃない!?」
「うん、そうだったけど、今は違うから。あー、でも、フィオナ以外は興味ないけど」
「それって、女としてフィオナちゃんが好きって事?」
「うん」
アキレオは目を何度も瞬かせて、シキとフィオナを見ると、大きく息を吐いた。
「なんだよお!そっか!良かったなシキ!」
「良かったって何が?」
「何がって、だって、フィオナちゃんのその懐きようは、もう付き合ってるんだろ?」
「付き合ってないよ」
「なんだよ、告白しただけか。返事もらってないの?」
「告白してないよ?」
「は!?なんで?」
「なんでって、別に急ぐことないだろ。フィオナ今仕事でいっぱいいっぱいだし、それにフィオナが僕の事好きになるまでは待つつもりだから」
「何言ってんの?お前バカなの?フィオナちゃんの気持ちなんて見てればっ……痛っ!」
言い終わる前に、ルティアナの放ったナッツがアキレオに命中した。
「アキー、余計な事言うんじゃないよ!つまらなくなるじゃないか」
「えええー!?」
「え?何?なんて言おうとしたの?」
アキレオを問い詰めようとすると、今度はルティアナのナッツがこちらに向かって飛んできた。
「ルティ、やめてよ。フィオナに当たるでしょ」
思わず真下を見ると、フィオナがへにゃっとした顔ですうすうと寝息を立てている。
「かわいい」
思わずつぶやいて、軽く頭を撫でていると、アキレオが何かを思い出したように、顎に手を当てて尋ねてくる。
「ねえ、シキ。もしかしてさ、フィオナちゃんが熱出した時、通路でおでこくっつけて熱測ったのも、この前山吹っ飛ばしたあと大勢の前で口移しでポーション飲ませたのも、あれわざと周りに見せつけるためにやってた?」
答えずに微笑むと、アキレオは呆れた顔でルティアナを見る。
「ルティ、良いの?部下がこんなで良いの?」
「仕方ないだろ。この粘着質な男に目を付けられたのに、頑なに側にいるフィオナが悪い」
「あーあ、なんだか、驚きすぎて、酔いも覚めちゃった」
「それならアキもこれからちょっと付き合いな」
「何に?」
「上司の仕事」
「え!?」
ルティアナはにやっと笑い、シキは逃がさないとばかりにアキレオの腕をつかんだ。
「そこでふぬけた顔で寝ている小娘の後始末だよ」
フィオナを管理棟の寝室に寝かせると、三人は箒で北の山に向かった。
「ルティ、もしかして、吹っ飛んだ山をどうにかしようとか思っているの!?俺そういうの無理だからね!?」
「なんだい情けないね。ちっとは役に立ちな」
「いやいや、君たち二人の規格外と一緒にされたら困るからね!?」
「国王に報告に行ったんだけどさ、山が吹っ飛んだのを見逃す代わりに、闘技場が欲しいって言われちまったんだよ。だからせっかくフィオナがあそこを平にしたから、そこに作ろうかと思ってね」
ルティアナがフィオナの件を報告に行ったところ、腹黒い国王に、交換条件を出されてしまったらしい。だが、フィオナの為なら、多少の無茶くらいなんでもないし、ちょうど適任のアキレオもいる。
「アキこういうの得意でしょ?アケビ酒散々飲んだ分働いてよ」
「ええええ!俺に何させる気なのさ!」
「さ、着いたよ、夜の内にさっさとやっちまおう」
真下にはフィオナが吹っ飛ばした後の荒野が広がっている。
ルティアナは、箒の上に仁王立ちになると、荒野を見てふんと鼻で笑う。
「そんじゃ、アキ。私とシキでこの辺を平らにしていくから、金属創生魔法で、闘技場の骨格となる柱を作っていきな」
「え?なに?その無茶ぶり。設計とか無視?なんの図案もなくやるの?」
「んじゃ十分やるから、その間に考えな。その間に私とシキでこのあたりの地面をならしてくるから」
「なにそれ、ルティ人使い荒すぎるよー」
「アキ、せっかくだから凄いの作ってユアラにいい所見せてやりなよ」
ユアラの名前をだすと、アキレオがぱっと目を輝かせて、それもそうだなとつぶやく。
効果抜群だ。
アキレオは、目を瞑ると集中するように、ふーっと長く息を吐くと、ゆっくりと開いた。
開いた目には凛とした冷たさが宿り、いつものおちゃらけた表情は一切消え去って、まるで別人のような気配を漂わせている。
本気でスイッチの入ったアキレオは切れすぎるナイフのように凛としている。
フィオナには見せられないな。惚れられたら困る。男の自分ですら魅入ってしまうのだから。
シキはふっと笑みを浮かべると、ルティアナを追って荒野に向かっていった。
ルティアナに追いつくと、彼女はすでに土魔法で、地面をきれいにならし始めていた。
こちらも負けてはいられない。
魔力を練って、地面を平らに固めるように土魔法を発動させると、あっという間にぼこぼこの荒野が平らになった。
ルティアナと二人、辺り一面をきれいにならし終わると、遠くでじっと宙を見たまま動かないアキレオの元へ戻る。
アキレオの所に戻ると、ぶつぶつとつぶやきながら、頭の中で設計図を描いているようだった。
ルティアナと共に、黙って待っていると、アキレオが鈍い光を湛えた目をこちらに向けて、静かに言い放った。
「やるよ」
アキレオは平らになった元荒野に降り立つと魔力を練り始める。
スイッチの入ったアキレオの集中力はすさまじい。そのすさまじい魔力量と、とんでもなく複雑な術式をあっという間に完成させる技量に、背中がぞくりとする。
一気に魔力が膨れ上がり、金属創生魔法が発動する。
この魔法はかなり特殊な魔法で使える人間は少数だ。術式が何段階もあり複雑すぎて、普通の頭では理解不能なのである。
アキレオが魔法を発動させると、平らになった土地にとてつもない大きさの魔法陣が展開されて、地面から、何本もの金属の柱が生えていく。
アキレオはじっと集中しながら、ぶつぶつと何か唱えつつ、闘技場の骨格を組み立てていく。
少し離れた場所で、ルティアナと並んでその様子を見ていたシキはつぶやいた。
「何度見ても、アキのこの魔法はほれぼれするよね」
「ああ、私もできなくはないが、この技術に関しては、アキの方が数段上だね。まったく大したもんだよ」
「フィオナがいなくて良かった」
「なんでだい?言ったら絶対見に来たかったっていうだろうよ」
「あんなアキを見せられるわけないでしょ。万が一惚れられたら困るよ」
「まあ、確かに今のアキを見たらフィオナもぐらっと行くかもね」
言わなきゃ良かったと後悔すると共に、絶対にスイッチの入ったアキレオには会わせないと心に決めた。
一時間かけて骨格を作り終えたアキレオは、ばたりと地面に大の字に倒れこんだ。
「つっかれたああああ!魔力切れる!死ぬ!シキ、魔力回復ポーションちょーだいっ!」
アキレオにポーション瓶を渡そうとすると、アキレオがいたずらっぽい目を向けてきた。スイッチが切れて、いつものおちゃらけモードだ。
「シキ!俺にも口移ししてえ!お・ね・が・い!」
あきらかにこの前のフィオナとの事をからかっていると分かって、アキレオを冷ややかに見降ろすと、びりっと金のシールを剥がす。
「え?シキ?冗談、冗談だから」
慌てて顔を引きつらせるアキレオに、ポーションを一口含んで、動けずにいるアキレオの横に片膝をたてて座り、目を細めて上からのぞき込む。
「え!?ま、まって、俺にはユアラが、あ、んんんんんんんんっ!」
ざまあみろとばかりに、微笑むと、残りのポーションが入った瓶をアキレオに握らせて、ルティアナがいる方へと足を向けた。
後ろで、魂を抜かれたようにぴくぴくしているアキレオは見なかった事にした。
「なあに遊んでいるんだい」
「アキレオが悪ふざけするから痛い目に合わせてきた」
「本当にお前らは仲いいね」
「良くないよ」
「さ、やるよ。シキは土魔法で骨格に沿って外壁を作っていきな。私は細かい部分をやるよ」
「うん、分かったよ」
シキは魔力を練ると土魔法で、アキレオの作った骨組みに沿って頑丈な外壁を作っていく。
流石にかなり大きな建物になるのでそう簡単には終わらない。シキが全体の壁を作っている間、ルティアナは土魔法や、金属創生魔法を駆使して、建物内に、階段や、観客席などの細かい設備を設置していく。
ルティアナと二人、途中復活したアキレオも入れて、明け方まで掛けて立派な闘技場を完成させた。
「後は、闘技場の周りに木の種を植えて、成長させて林にしてやろうかね」
「俺もう、限界。てか、そんな事出来ないし」
「アキとシキはもう帰って良いよ。あとは私がやっておくから」
「やったー!帰ってユアラに癒やしてもらおうっ!」
アキはあっという間に箒に乗って帰ってしまった。
「ルティ、じゃあ、僕も帰るよ」
「おう!任せときな」
楽しげに魔力を練るルティアナに、敵わないなと舌を巻くと、管理棟に向けて箒を飛ばした。
流石に魔力を使いすぎて辛い。
管理棟に着くと、薬剤室から特級魔力回復ポーションを取り出して、一気に飲み干した。
身体が楽になっていくのを感じて、バスルームに向かいシャワーを浴びると、キッチンで冷たい水を飲む。
もう朝の五時だ。
普段ならこのまま起きて、朝食の準備でもする所なのだが、無性にフィオナの体温を感じたくなり、三階へと上がる。
寝室に入ると、めちゃくちゃになった毛布をかろうじてお腹に掛けて、ひどい寝相でフィオナがベッドの上で気持ち良さそうに眠っていた。どうやら、飲むと寝相が悪くなるらしい。
毛布をかけ直すと、ベッドに上がり込み、フィオナの横にそっと滑り込む。
段々とフィオナは一緒に眠る事に抵抗がなくなってきている。
手を出せないのは辛いが、このままフィオナが自分がいないと寝れないくらいになってくれればいいと悪い笑みが浮かぶ。
背を向けて寝ているフィオナを後ろからそっと抱きしめようと、手を伸ばすと、寝返りをうって、こちらへ向きを変えてきた。
フィオナは寝返りをうった拍子に、隣にある体温に寝ぼけながらも気づいたようで、眠ったままふにゃりと笑うと、手を伸ばして抱きついてきた。
思わぬ不意打ちに、どくんと心臓が高鳴る。
フィオナが自分を好きになるまでは手を出すつもりはない。
けど、今のはちょっと反則だ。
少しためらってから、フィオナの唇にふれるだけの優しいキスをする。
このくらいなら許させるかな?
たまらず、もう一度キスをすると、優しく抱きしめ返して、ゆっくり目を閉じた。