犯人への粛清
フィオナは管理棟を出ると、写真を取り出してじっと凝視する。
くいくいと手を引っ張るように北に向かって紙が動く感触に、箒を取り出すと、フィオナはとりあえず王宮に向かって飛んでいった。
王宮の入口につくと、警備をしていた騎士の一人が気づいて近寄って来る。
「あの、ちょっといいか」
「はい?」
見知らぬ騎士だが、どこかで会っていたのだろうかと、じっと顔を見ると、騎士がフィオナが持っている写真を見て顔をしかめた。
「その、すまなかったな。我々も警備を強化していたんだが、まさか掲示板ではなくて、王宮の中央通路に貼られるとは思わなかったから、気づくのが遅れてしまった」
「中央通路に!?あなたが見つけてくれたんですか?」
「ああ、私と、もう一人巡回していたものが見つけてすぐ剥がしたんだが、すでに人だかりになっていてな……」
「いえ、ありがとうございます。騎士の皆さんには、今回の件で、警備強化とか余計な迷惑を掛けちゃいましたよね。でも、今日で終わりにさせますから。後で、詰め所にお礼に行きますね」
申し訳なさそうに礼を言うと、騎士は意表を突かれたような表情をしてから、首を傾げた。
「終わりにさせるとは……」
騎士が何か言いかけたが、手元の写真がくいくいと北に向かって進もうとして動くので、フィオナは騎士に頭を下げて、王宮内へと入っていった。
王宮の正門は建物の西にあり、そこから北にある部署と言えば、医療室と薬室である。
フィオナはとりあえず医療室へと向かった。通路を歩いて医療室の扉を開けようとするが写真は医療室ではなく、まだ通路の先を示している。
「医療室じゃないのかな……」
首を傾げながら更に通路を進んで行く。
アキレオが医療室に貸し出していた写真機だと言っていたので、ここなのではないかと思ったが違ったようだ。
通路はこの先右に折れて、その先が薬室だ。通路の曲がり角まできても、写真はまだ北に向かって進もうとしている。薬室ならば、すでに東を向かねばおかしいはずだ。
「もしかして、北の騎士団!?」
まさかと思いつつ、正面入り口まで戻って箒を出し、北の騎士団の詰め所に向かって飛んでみると、写真はやはりそちらに向かおうをする。
なんで北の騎士団が、と思いつつも箒を飛ばすと、目的の建物が見えてきた。
詰め所の前でふわりと降り立つと、そこにいた何人かの騎士が近寄って来て、降り立ったのが今王宮中の噂になっているフィオナだと気づくと、目を丸くした。
「フィオナ・マーメルさんですよね!?どうしました?」
騎士の一人が話しかけて来る。
どう説明しようかと、手にした写真を見ると、写真はまだ北に向かって動こうとしていた。
「あれ!?」
ここより先にはもう山しかないはずだ。
フィオナはもしかしてと思い騎士に尋ねる。
「あの、今日って北の森で合同訓練していたりしますか?」
「ああ、していますよ。午後から合同訓練が組まれていますから、まだ始まったばかりじゃないですかね?」
「今日の訓練の指揮官がどなたがされているんですか?」
「北の森でやる時は、基本北の騎士団の隊長がやるから、ウチのセオ隊長ですよ」
「そうですか!ありがとうござます」
叫ぶように礼を言って箒に飛び乗ると、前に合同訓練をした山へと速度を上げる。
セオ隊長とイアン副隊長なら、フィオナが突然押しかけても、許してもらえるだろう。
フィオナは森に入っても箒を下りずに山道を枝を避けながら飛んでいく。
魔植物園と違って、山道はそれなりに幅があるし、蔓があちこちぶら下がっているわけでもない。このくらいなら、そんなに飛ばさなければ、フィオナでも楽に箒で飛んでいけた。
あっという間に前回訓練した時の集合場所に到着し、遠くから様子を伺うと、訓練がまだ始まったばかりらしく、今はチーム分けをしているようだった。
写真を見るとさっきよりも強い力で、くいくいと動き、持ち主に帰ろうとしている。フィオナは写真が動く方向へと逆らわず歩いていった。
やるなら訓練前で全員そろっている今がチャンスだ。
訓練に来ていた騎士や魔導士達がフィオナに気が付いて、ざわめきが起こり始めた。
そんな周りを気にせずに紙が向かうままに構わず歩いていく。すると今日も訓練に参加していたのか、パティが驚いた様子で駆け寄ってきた。
「フィオナたん!また訓練に来たのかい!?」
「パティさん!いえ、犯人探しに来ました」
パティはフィオナの持っている写真を見て目を見張る。
くいくいと動いている写真を見てパティはすぐに察したのか、にんまりと笑って言った。
「なるほどね……。そういう事なら好きにやりたまえ。邪魔はしないよ。おーい!セオ隊長、イアン君!少しの間訓練を待ってくれないかね!」
パティが叫ぶと、セオ隊長とイアン副隊長がやってきてフィオナに気づく。
「セオ隊長、イアン副隊長、訓練中にすみません。少しだけ、犯人を捜す時間を下さい」
フィオナが真剣な目でそう訴えると、二人とも動く写真を見て事情を察知したのか、黙ってうなずいた。
訓練に来ていた者達は、フィオナ達の会話を聞いて、固唾をのんで様子を見ている。
フィオナは、指揮官の了承を得られたので遠慮なく、写真が動く方へと足を進めていく。
歩いていくと一人の女性の前で写真は動きを止め、魔力がぶわっと写真からその女性へと吸い込まれていった。
「エレノラさん。あなただったのね」
冷たい声で見つめると、エレノラは困ったような顔をする。
「えっと、何のことですか?」
「あなたがこの写真を撮ったんですよね」
「ええ!?私じゃありませんよ?なにか勘違いしているんじゃないですか?」
「勘違いじゃありません。この写真を撮った人の魔力を探索してここに来たんです。今あなたに写真から魔力が戻りました。みんな見ていましたよ」
「それって、本当に私の魔力ですか?あなたが写真に細工して、私に魔力を流れるようにしたんじゃないですか?証拠もないのに、人を犯人呼ばわりするのはやめて下さい」
「今のが証拠です」
「冗談じゃないわ。あなたが勝手に作った術式で私を陥れようとしているだけです。なんなんですか?もしかして、あなた、この前の街でのこと根に持っているんですか?私とアルトさんが二人きりだったこと。あなたロアルさんと、シキさんにも手を出しているんでしょう?それなのに私に嫉妬ですか?」
今までになくぺらぺらとしゃべるエレノラに、これがこの女の本性なのかと反吐が出そうになった。
きっと今まで大人しいふりをして、本性を見せないようにしていたのだろう。
ルティアナやアキレオの魔力探索術式が無くても、こいつが犯人だと確信した。
「この写真の探索魔法は、開発室のアキ室長が犯人を捜すためにわざわざ写真機に組み込んでくれたものです。そして、ルティがさらにこの写真の魔力が持ち主に変える術式をかけてくれました。この二人が掛けた術式が証拠として不十分だと言うんですか?」
「そ、そんなの、出まかせに決まってる!」
「直接二人に聞いていただいても構いませんよ?」
静かにそう言うと、エレノラがぎりっと歯ぎしりをして、睨んできた。
周囲の人達は何も言わず二人の動向を見守っている。
「……い、たい……、あん……が……」
エレノラが、ぎりりと歯を食いしばって小さくつぶやいた。
聞き取れずフィオナが、眉を寄せると、エレノラが突然叫び出した。
「あんたが!あんたが悪いのよ!あんたさえいなければ、私は主席で合格していたし、あんたがいなければ、あんたがアルトさんの周りをうろちょろしなければ、今頃、アルトさんは、私を見てくれていてくれたはずなのに!全部あんたがいけないのよ!あんたさえいなければっ!」
いつもの気弱そうなエレノラの面影はどこにもなく、目を血走らせてさらにエレノラは叫び続ける。
「あんたはいっつも私の邪魔ばかりして!診療所でだって、気づかれなきゃ丸薬であの子供は治ったのに、あんたが余計な事をするから私が悪者じゃない!丸薬は沢山あったんだから一つくらいいいじゃない!なんでたかが丸薬くらいで私が怒られなきゃいけないのよ!配達だって、私のアルトさんに荷物持ちなんてさせて、どれだけ根性悪なのよ!あんたなんていなくなっちゃえばいいのよ!」
ぜいぜいと息を切らしてエレノラがフィオナに掴みかかりそうな勢いでまくしたてる。
エレノラの言葉に、頭の中がすうっと冷えてくのを感じた。
今までにないくらいフィオナは怒っているのだ。
全部完全な言いがかりではないか。
それにエレノラは思い切りフィオナの地雷を踏んだ。
たかが丸薬だ?
自分の中でぶちりと何かが切れる感覚がした。
気が付くと拳を握りしめて、思い切りグーでエレノラの横っ面を殴り飛ばしていた。
周りが一気にざわめきと動揺に包まれる。
「たかが丸薬ですって!?もう一度言ってみなさいよ!」
殴られて思い切り後ろに吹っ飛んだエレノラに、じりっとにじみよる。
目を見開いて、座り込むエレノラが、殴られた頬を押さえて、後ずさった。フィオナに、膨大な魔力が集まっていくのを感じ、恐怖で身体が無意識に逃げようとしているのだ。
フィオナの魔力は更に高まっていく。
「お、おい、フィオナたん!」
パティが慌てて止めに入ろうとしてくるのを、冷ややかな声で返す。
「邪魔しないっていいましたよね」
フィオナが右手を空に向けて突き上げると、空中高くに金色の巨大な魔方陣が展開された。そしてその下に三重に同じ魔方陣が展開される。びりびりと一帯に魔力の余波が流れ込んできた。
「あははは!これシャレにならないから!魔導士は全員持てる全魔力で防御壁展開!騎士隊は中央に集まって防御壁の中に入って!」
「防御よりフィオナ君を止めないと!」
セオ隊長が叫ぶがパティが笑いだす。
「あははは!あんなのフィオナたんを殺すすつもりじゃないと止められないし!むりむり!すでに本人、自分に防御壁張ってるし!もう信じらんないよ!これで同時魔法とか!化け物かい!」
パティはそう言うと自分も防御壁を発動する。
フィオナは後方の魔導士達が防御壁を張る時間を十分にとると、冷ややかにエレノラを見下ろした。
「た、たす、たすけて!あやまるから!お、お願いっ」
「ルティに言われてるんですよ。殺さなければ、何をしてもいいって。あ、でも直撃したら殺しちゃうかもしれないので、ちゃんと避けてくださいね」
エレノラが防御壁を張ろうとするが、恐怖に魔力が安定せず、うまく張れずに泣きながら、助けてと叫んでいる。
フィオナはすっと目を細めて冷たくエレノラを見下ろすと、魔方陣に自分の持てるかぎりの魔力を流し込み術を発動させた。
魔方陣がひときわ眩しく光って、何十もの雷が地上に向かって降り注いで来る。
「ひいいいいいいいいいいい!!」
「いやあああああ!」
訓練に来ていた魔導士や騎士達が、空から轟音と共に降り注ぐ雷に悲鳴を上げた。
雨のように降り注ぐ雷が地鳴りのような音を立てて着弾すると、あたり一面が光で真っ白になった。
ほとんどの者が恐怖と眩しさに、ぎゅっと目を瞑り、防御壁の中でガタガタとこの悪夢が過ぎ去るのをじっと耐える。
目を閉じていたものは分からなかっただろうが、雷のほとんどは目の前の山へと降り注いでいき、余波で届いた小さな光の筋だけが、防御壁であっさりと遮られて霧散していった。
数十秒後、雷の雨が止んで、魔方陣がすうっと消え去ると、あたりはしんと静まり返った。
騎士達が、おそるおそる目を開き、魔導士達も防御壁を解いて、目の前を見ると、山が一つなくなって荒野になっていた。
術を放ち終わり、フィオナ自身も、目の前の光景にさすがにやりすぎたと内心冷や汗をかくが、ここで引くわけにはいかず、冷ややかな視線をエレノラに戻した。ルティアナに言われているのだ。身をもって思い知らせて来いと。
ガタガタと腰を抜かしているエレノラにじりじりと近づく。もちろんエレノラには雷は当たっていない。多少余波で身体はしびれているかもしれないが。
フィオナはエレノラの襟首をつかんで引き寄せ、低い声を出した。
「二度とあんな事をしようと思わないでね。それからあの丸薬はシキが何日も不眠不休で作った貴重な薬だから。侮辱したら、次はあなたの真上に雷を落とすよ」
襟首を離すと、エレノラはそのまま白目をむいて気絶してしまった。
フィオナは後ろからひしひしと感じる視線に頬が引きつっていく。
出来る事ならこのまま振り向かずに、さっと帰ってしまいたい。
絶対にこれはやりすぎたよね……。
思い切ってくるりと振り返ると、一か所に固まっていた騎士と魔導士達が、ひっと息を呑むのが分かった。
まるで魔王を見るような視線に、とにかく謝ろうと、がばっと思い切り頭を下げた。
「すみません!訓練中に大変お騒がせしました!」
「あはははははっ!お騒がせレベルじゃないよお!フィオナたん!ああ!すごいものを見させてもらったよお!」
パティの陽気な声に、張りつめていた空気が和らいだ。
「これは、すぐに警備隊が駆けつけてきますね。隊長、監督責任取ってくださいね」
イアン副隊長がニヤニヤしながら、セオ隊長の背中を叩く。
「え!?俺のせい?」
「当たり前でしょう。クビになったら僕が次の隊長です。安心してください」
「セオ隊長!イアン副隊長っ!すいません!でも、やったのは私ですから!訓練とは関係ないですし!」
そうこうしているうちに箒に乗った魔法警備隊が数人駆けつけてきた。
「何事ですか!?」
先頭で降り立ったのは、見慣れた赤い髪の男だった。
「ロアルさん!」
「フィオナ!?」
フィオナはロアルに駆け寄ろとして、膝からくずれた。
「おい!フィオナ!大丈夫か!?」
逆に慌ててロアルが駆け寄ってくる。
「フィオナたん、あんな攻撃魔法と防除魔法同時に発動させるから、魔力切れ起こしてるんだよ。動かない方が良いよ」
「パティ副室長、さっきのってフィオナがやったんですか?」
「そう、張り紙の犯人にフィオナたんが粛清したんだよ」
ロアルも一緒に来た魔導士達も、なくなった山と広がる荒野を見て唖然と立ち尽くす。
「本当にフィオナがやったのか?」
茫然としているロアルに、申し訳なさそうに謝る。
「ロアルさん、すみません……」
「マジか……。これは、凄いな……。ところで犯人って?」
「いやあ、面目ない。ウチの部署のエレノラだった。あそこで気を失っているから連れて行ってくれないかね?」
「ああ、分かりました。マシュー、チエリ、彼女を連れて行ってくれ」
名を呼ばれた二人がエレノラを連れて行く。
「それにしても、これはやっちまったな、フィオナ……」
へたり込んでいるフィオナにロアルが困った様につぶやく。
魔力切れでしゃべるのもおっくうで、力なく肩を落とす。
確かにやりすぎてしまったが、それでもシキを侮辱されたようで許せなかったのだ。
「これ、どう報告すれば……」
ロアルが荒野を見つめてつぶやくと、真上から明るい少女の声が降って来た。
「私が国王に言っといてやるよ」
ふわりと、ピンク色のツインテールの少女が降り立ち、一緒に、隣に浮いていた黒い箒も降りて来る。
「ルティアナ様にシキ君!」
「よ、パティ!セオにイアンも迷惑かけたね。私がフィオナに殺さなければ何しても良いって言ったんだよ。だからこの件の処理は私がやるよ」
頼もしい事をいうルティアナに、嬉しそうに顔をむけると、軽く頭をぽかりと殴られた。
「やりすぎだよ!でもよくやった!許す!」
怒られたけど褒められて、にへらと笑うと、今度はシキの手がフィオナの頭を撫でた。
見上げるとシキが優しく微笑んでいる。
「フィオナ、魔力使い過ぎだよ」
シキの顔を見たら安心して、余計に身体の力が抜けてしまう。目の前がちかちかしてきた。
シキがポーションを取り出して、金のシールを剥がし、渡そうとしてくれるが、腕がぷるぷるとしてなかなか持ち上がらない。
「君が魔力使い切るのが悪いんだからね」
シキはそう言って、ポーションを口に含むと、大勢の目の前でフィオナの唇を塞いできた。
一気に周りが熱気を帯びたどよめきに包まれる。
「君たちは相変わらずだねえ!あはははは!」
パティ一人が側で大笑いしている。ロアルは、二人を茫然と見たまま石のように固まってしまった。シキはそんなことはお構いなしに、もう一度唇を塞いでポーションを流し込んでくる。こんな大勢の前でされるとは思ってもいなくて、羞恥で顔が一気に熱くなってしまった。
動けないフィオナにシキはうっすら笑うと、最後のポーションを流し込んで、さっと抱きかかえてしまう。
動けないので降ろしてとも言えず、周りの視線から、せめて赤い顔だけでも隠そうと、シキのシャツを掴んでその胸に顔を押し当てると、またどっとどよめきが起こって泣きそうになった。
「さあて、私はちょっと国王の所に行ってくるよ。シキ、フィオナを頼んだよ」
ルティアナが猛スピードで去って行ってしまうと、シキはフィオナを抱いたまま箒に横乗りし、ふわりと浮かび上がった。
「皆さん、お騒がせしました」
シキがにっこりと微笑み、去っていくと、その場は一気に興奮の渦に飲まれたのだった。