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 フィオナはアキレオとユアラにゆっくりとソファに横たえられて、毛布を掛けられた。

 頭が痛いし、寒気はするし、意識も朦朧としてきて、まともに目を開けていられない。


 「とりあえずユアラ、熱を測って。俺、氷持ってくるから」

 「分かったわ!」


 口に何か棒のようなものを突っ込まれて、フィオナは顔を背けようとしてしまう。


 「フィオナ、動かないで。熱を測っているだけだから」


 ユアラの声に仕方なく口の中の不快感を我慢する。

 しばらくすると、口から棒を抜き取られた。


 「ちょっと、四十度もあるじゃないっ!もう!無理して!」

 

 ユアラが泣きそうな声で叫ぶ。

 少し静かにして欲しい。頭に響く。でもうるさいとも言えず、荒く浅い呼吸で、目を瞑ったまま耐えた。

 すると、扉の開く音がして、アキレオの声がする。


 「氷持って来たよ。どう?」

 「四十度もあるの!どうしよう!薬室から解熱ポーション貰ってくるわ!」

 「ユアラ、落ち着いて。大丈夫だから。シキを呼んだから、薬室に行く必要はないよ」


 シキという名前に、一瞬で心が安心で包まれていく。


 シキが来る。大丈夫だ。


 ひやりと頭に冷たいものが乗せられた。


 「フィオナちゃん、シキが来るまで、頭冷やして待っていよう。多分すぐ来るから」


 フィオナは少しだけ目を開けて小さくうなずく。

 いつもはおちゃらけているのに、今日は優しく落ち着いているアキレオになんだかほっとさせられる。


 「それにしても、こんなに酷くなるまで無理するなんて、だめだよ。きっとシキにお仕置きされるぞ」


 アキレオがニヤニヤと笑うと、ユアラがその頭を叩いた。やはりアキレオはアキレオのようだ。


 「もう、こんな時に何言っているのよ。フィオナもう少し頑張ってね。何かして欲しい事はない!?」


 ユアラがフィオナの手を掴んで目を潤ませる。

 黙っていて欲しいとは言えず、軽く首を振るに留める。それでもユアラはフィオナの首元の汗を拭いてくれたり、一生懸命看病しようとしてくれて、嬉しかった。


 何度も手放しそうになる意識を、なんとか保ちながら横になっていると、ノックの音と共に、扉が開いた。


 「入るよ」

 「シキ!良かったわ!」

 「おお、シキ待ってたよ」

 「フィオナの具合は?」

 「熱が四十度もあるのっ!意識も朦朧としているし」


 シキの声に何とか目を開けて、首を動かそうとすると、すぐにおおきないつもの手が頬に触れた。

 それだけで、嬉しくて、わずかに頬が緩んでしまう。


 「フィオナ。大丈夫?」


 優しいシキの声と手に、フィオナは安心して意識を手放そうとした。


 「フィオナ、まだ起きていて」


 頬を優しく叩かれて、仕方なくぼんやり目を開けると、シキが金のポーションのシールを剥がしているのが見えた。


 ああ、またポーションを無駄にしてしまう。


 そう思った瞬間、シキの腕でゆっくり頭を起こされて、唇を塞がれるとポーションが流れ込んできた。いつものシキの唇の感触に、されるがままに飲み込み、荒く呼吸をしていると、「ゆっくりでいいから」とささやかれる。呼吸が少し整うと、また唇を塞がれる。いつも通り三回に分けてポーションを飲まされると、またソファに横たえられた。


 「フィオナ、もういいよ。眠かったら寝ちゃって」


 シキがそう言って、髪を優しく撫でる。フィオナはもう我慢せずにあっさりと意識を手放した。


 

 ゆらゆらと揺れる感覚に、薄っすらと目を開くと、シキの匂いがして、目の前にシャツが見えた。

 顔を動かすと、真上にシキの顔が見えて、抱きかかえられて運ばれているのだと分かった。


 「シキ……」

 「あれ?フィオナ、もう気がついたの?早いね」

 「あれ?私……」


 よく理解出来ずに、周りに目を向けると、そこは王宮内の通路だった。


 「え?あれ?ここ、王宮?」

 「そうだよ、フィオナが熱を出して倒れたって聞いたから、迎えに来たんだよ」


 フィオナは自分が開発室で倒れた事を思い出して、シキのシャツをきゅっと掴む。


 「シキ、迷惑かけてごめんなさい。こんなに酷くなると思わなくて」

 「いいよ。今朝君の顔を見た時に少し変だと思ったのに、昨日のせいで疲れているのかなって思い込んじゃった僕も悪いんだ」

 「シキは悪くないです。本当は朝からちょっと頭が痛かったの。でもあの張り紙の事で落ち込んでいると思われたくなくて」

 

 そういうと、シキはふっと笑う。


 「君は本当に負けず嫌いというか、意地っ張りというか」


 くすくすと笑うシキにフィオナは頬を膨らます。


 「シキ、もう熱は下がったみたいだし降ろしてください」


 よくよく周りを見ると、ここは王宮でも一番人通りの多い通路で、今もシキに抱きかかえられているフィオナを、すれ違う人達が、目を丸くして見ている。しかもこの通路は中庭に面していて、庭で休憩している人や、巡回中の騎士達からも丸見えだ。


 「ええ、まだ下がっていないでしょう?まだポーション飲んでから三十分も経ってないよ?」

 「下がりましたっ!それに、ここ人通りがっ!恥ずかしいですっ」

 「恥ずかしいのは、フィオナが具合悪いのにちゃんと言わなかったから、そのお仕置き」

 「シキひどいぃ!お願いだから降ろして下さい」

 「うーん、じゃあ熱が本当に下がっていたらね?」

 「え?」


 体温計もないのにどうやって熱を測るのかと思っていると、シキは急に立ち止まって、フィオナのおでこに自分のおでこをくっつける。

 フィオナは一瞬何をされているのか分からずに硬直してしまった。

 動揺しすぎて完全に固まっていると、シキの額が離れていく。


 「熱、あるじゃない。フィオナ嘘つきだなあ」


 ふわりと微笑まれて、まるで熱がぶり返したように顔が熱くなる。通りがかった人達も、フィオナ達にくぎ付けになっていた。


 「し、シキのバカっ!」


 フィオナは小声で叫ぶと、もう顔をさらしているのも恥ずかしくて、シキの胸に顔を押し当てて隠すと、周りを見ないようにする。


 「さ、早く帰ってご飯食べよう」


 そう言ったシキの声がとても楽しそうで、思わず握っているシャツ越しに爪を立てて、少しばかり仕返しをするフィオナであった。



 それから二日後の昼過ぎ、アキレオから研究棟に通信が入った。


 『おーい、シキー、フィオナちゃーん。いるかーい』


 二人とも研究棟の作業場にいたので、シキが通信機に手を当てて話し始める。


 「アキ、どうしたの?」

 『また張り紙貼られたよ。今からこっち来れる?』


 それを聞いて一気に身体がこわばった。背中に冷たい水を掛けられたように、すうっと寒気が走っていく。


 「少し待ってて。処理中の物をすぐに片付けていくから」

 『はーい、待ってるよー』


 通信が途切れると、シキがフィオナを振り向いた。


 「フィオナ、今やってる作業を中断して、管理棟に行こうか。軽く片付けて」

 「分かりました」


 ネズの葉の果肉処理中だったフィオナは、急いで処理を終える。

 シキも何かの薬品を保管庫に閉まって、手早く片付けていた。


 張り紙とは、今度は一体どんなものが貼られたのだろうと不安になる。

 アキレオが知らせに来たと言う事は、やはりフィオナに関する事なのだろう。


 手早く片付けを済ませた二人が、管理棟を出ようとすると、二階からルティアナが降りてきた。


 「なんだい、二人とも出掛けるのかい?」

 「ルティ、また張り紙が貼られたらしいから、ちょっと行ってくるよ」


 どうやら、シキが話していたらしく、それだけでルティアナは、ああ、と理解する。


 「ふうん、面白そうだ。私もいくよ」

 「え!?ルティも?」


 思わず聞き返すと、あからさまに野次馬的な笑みを浮かべていた。


 本当に面白がっているだけだな。

 フィオナはじとーっとルティアナに視線を送るが、あっさりと無視されてしまった。


 三人が管理棟に着くと、薬剤室のカウンターにアキレオが一人座っていた。


 「おー、きたきた。って、ルティも来ちゃったの!?」

 

 フィオナはアキレオがルティアナの事を愛称で呼んだことに少し驚いた。

 魔植物園以外の人は、皆、ルティアナ様と呼ぶからだ。


 「よっ!アキ、久しぶりだな。今度また飲みに来いよ」

 「行きたいけど、シキが連れてってくれないんだもーん」

 「だって、ルティとアキが揃うと、お酒の消費が半端ない」

 「この件が片付いたら、フィオナちゃんも入れて四人で飲もうよ!」

 「そりゃあいいね!うん!そうしよう!」


 勝手に盛り上がるルティアナとアキレオに、なんだか気が抜けてしまう。


 「アキ、ルティ、その話は後で。とりあえず上に行こう」


 四人はキッチンのテーブル席に座ると、張り紙の件について話し始めた。


 「それで?張り紙ってどんなの?」


 直球で尋ねるシキに、フィオナは張り紙の内容が怖くて身構える。


 「ああ、騎士団の連中が見つけて剥がしてくれたのを、貰ってきた。とりあえず見て」


 何故かアキレオは笑いを堪えながら、テーブルの上に紙を広げた。

 フィオナはその張り紙を見て、ボンと顔から火が出そうになった。


 写真は、この前王宮の通路をシキに抱きかかえられて運ばれた時のものだった。

 しかも、シキの斜め後ろの方から取られた写真は、おそらく熱を測ると言っておでこをくっつけている時のものだ。

 おでこをくっつけていただけなのだが、角度的に、シキの顔がフィオナの顔にかぶさっているようになって、まるでキスしているかのように見えた。

 そうして、写真と一緒に書かれた文字は、更にフィオナを失神させるのではないかと思う文面だった。


----------

 王宮通路で堂々とキス!

 フィオナ・マーメル魔性の女!

 シキ・カーセス、十歳年下の部下に手を出す!ロリコン趣味か!?

----------


 ブハッと盛大に吹き出して、ルティアナが笑い転げる。


 「なにこれ!やばい!面白すぎて死ぬ!」

 「でしょう!俺も見た瞬間吹き出したもん」


 ルティアナとアキレオが笑い転げる横で、シキは、張り紙を見て、うーんと唸る。


 「まあ、あながち間違ってないよね。事実だから仕方ないか」

 「シキ!何を、そんな冷静に!」


 フィオナだけが、顔を真っ赤にして、湧き上がる怒りでブチ切れそうだった。


 「もう、許せないっ!これだっておでこで熱を測ってただけで、キスしてた訳じゃないのに、こんな風に捏造して!挙句にシキの事まで侮辱して!」

 「僕は別に良いけど。むしろフィオナと他の奴が噂になるより、安心出来るし」

 「そうそう、それに通路出る前に、ポーション口移ししてたから、あながち間違ってもないしねー!あははは」

 「フィオナ、これ、マジやばい!ここ数十年で一番面白かった!これ貼ったやつセンスあるじゃないか!あははははは」


 あっけらかんとしている三人に、フィオナはむくむくと怒りが湧いてくる。シキはともかく、他人事だと思って!


 「何がそんなにおかしいんですか!!他人事だと思って!もう、本当に許せないっ!絶対に犯人を見つけて締め上げてやる!」


 フィオナが拳でガンガンテーブルを叩きながら叫ぶと、アキレオがおもむろに、カバンから何かを取り出した。


 「あははは、ごめんごめん。はい、シキこれ。頼まれてたやつ。ユアラの推測通り医療室に貸していたやつだったよ」

 

 アキレオが取り出したのは、両手で簡単に持てる大きさの箱の様な物だった。不思議に鈍く光る金属と、木で作られたそれは、箱の中央に丸いガラスがはめ込まれており、そのガラスに沿って複雑な魔法陣が描かれている。


 「なんですかそれ?」

 「これはね、魔導写真機。この魔法陣の描かれた方を撮りたい場所に向けて、魔力を込めると、写真が撮れるの。それにしても見事に引っ掛かってくれたよね」

 「本当だね。わざと目立つ通りを抱っこして歩いたかいがあるよ」


 二人の会話にフィオナが混乱していると、横でルティアナが面白そうに尋ねた。


 「なんだい、あんたらその写真機に罠でも仕掛けておいたのかい?」

 「ルティ、大正解ー!ま、言い出したのはシキだけどね」

 「え?え?罠?」

 「どんな罠を仕掛けたんだい?」

 「誰がどの写真を撮ったのか分かるように探索魔法を仕込んどいたの!俺天才!って半分はシキが手伝ってくれたんだけどね」

 「それで、この写真撮ったの、誰?」


 シキが目を鋭くさせる。


 「ちょっと待ってね。えっともう一度、紙に写真を転写するから」


 アキレオが何やらぶつぶつ呟きながら白い紙に写真機を置いて魔力を流すと、紙にじわじわとあの恥ずかしい写真が浮かび上がってくる。

 きれいに写真が紙に転写されると、その写真から、ぽわっと魔力が感じられた。


 「今この写真にこれをとった人の魔力も一緒に移したんだ。だからこの魔力は持ち主に反応するはず。この写真を持って、王宮の中を探し回れば、きっと魔力が誰かに反応するさ」

 「反応ってどんな感じですか?」

 「近くに行ったら、多分写真の魔力と本人の魔力が共鳴して引き合うと思うよ」

 「すごいですね!シキ、私、これから犯人探しに行ってもいいですか!?遅れた仕事は徹夜してでも必ずやるので」


 必死に頼み込むと、シキに尋ねられた。


 「犯人を見つけたらどうするの?」

 「一発殴ってきます。それから二度とやらないように約束させます」

 「それだけ?」

 「それだけって、殴るって言っているんですよ?」

 「いや、フィオナ優しいね。僕なら消しちゃうかもしれないのに」


 シキがくすっと笑うと、アキレオがぎょっとする。


 「お前やりかねないからこえーよ」

 「行ってきていいよ。仕事は急ぎじゃないんでしょ?」

 「あれ?シキはいかないのか?」

 「僕は別に怒ってないし。まあ、フィオナに嫌がらせしてきたっていう部分に関しては怒っているけど、それはフィオナがやる気満々みたいだからね」

 「私一人で大丈夫です!」


 写真を掴んで立ち上がると、ルティアナから呼び止められた。


 「待ちな。フィオナあんた、その写真を持ってあちこち見つかるまで探し回る気なのかい?」

 「え?そうですけど」

 「そんな無駄な事する必要ないよ。ちょっと貸しな」


 ルティアナは写真をフィオナから奪うと、テーブルの上に置いて両手をかざす。

 ぶつぶつと口の中で何か呪文を唱えながら、魔力を高めていく。

 写真の上に不思議な文様の魔方陣が浮かび上がり、ぐるぐる回り始まる。しばらくすると、その魔法陣はぱっと掻き消えた。


 「ルティ何したの!?俺今の魔方陣一部しか分からなかった」


 アキレオが写真にくぎ付けになっていた。


 「魔力探索魔法の上位魔法。魔力を持ち主の元に返す魔法だよ。これを掛けると、写真が魔力の持ち主を探して、勝手に動くはずさ」

 「ひいいい!マジか!ルティ、ちょっとそれ教えてよ!シキ今の分かった?」

 「なんとなく分かったけど、僕が同じことやろうとしたら三日はかかりそうだね」


 驚愕しているアキレオをよそに、ルティアナが写真をフィオナに渡す。


 「ほら、行ってきな。そんでもって、一発ぶん殴るなんて生っちょろい事じゃなくて、もう二度とこんな事をしようと思わないくらいボコボコにしてやりな。金のローブに逆らうと、どういう目に合うか身をもって分からせてやるんだよ。殺しさえしなければ、私がいくらでも責任取ってやるから」


 ルティアナが凶悪な笑みを浮かべた。

 フィオナは写真を受け取るとりうなずくと、ローブを羽織って管理棟を飛び出したのだった。

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