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発熱

 翌朝目を覚したフィオナは、ずんと重い頭に顔をしかめた。

 ふと隣を見るが、シキが寝に来た様子はなく、何故か寂しくなる。


 もしかして昨日も徹夜で仕事をしていたのだろうかと不安になり、ベッドから跳ね起きて、またずんと痛む頭に嫌な感じがする。

 昨日の事が精神的に堪えたのだろうかと、自分の不甲斐なさに情けなくなって、息を大きく吐くと、身支度を整えて二階へと降りた。


 キッチンからは朝食の良い匂いが漂ってきている。

 フィオナが顔を出すと、気づいたシキにいつもと変わらない笑顔を向けられる。


 「フィオナ、おはよう」

 「シキおはようございます。寝てないんですか?」

 「あー、うん。ちょっとやる事があったから」


 苦笑いしてそう言うシキの顔を見るが、いつもと変わらず元気そうだ。少しほっとして、顔を洗いに行こうとすると、ぐっと腕を掴まれた。


 「フィオナ、少し顔色が悪いね。どこか具合が悪い?」

 「え?いえ。ちょっと深く眠れなかったみたいで。大丈夫ですよ」

 

 本当はちゃんと寝たし、朝から頭痛がするが、昨日の件でまいっていると思われたくなくて黙っておく。


 「体力ポーション飲む?」

 「いえ、そこまでじゃないので」

 「そう。辛かったらすぐに言うんだよ」

 「はい、ありがとうございます。ちょっと顔を洗ってきますね」


 シキが昨日の件に対してあれこれ聞いてきたりしないのが、ありがたかった。

 変にほじくり返されて、大丈夫かと心配されるより、いつも通り接してくれているのは、シキの優しさだろう。


 フィオナは顔を洗うと、気合を入れ直し、無理やり笑顔を作ると、キッチンへと戻った。


 午前中は昨日の続きで魔力回復ポーションを、ひたすら作る事にする。

 とても素材を取りに行ける精神状態ではなかったし頭痛も気になる。

 ポーション作りなら他の事を考えず集中して没頭する事が出来る。


 昼食を食べ終わると、シキがやって来て、フィオナに尋ねた。


 「フィオナどうする?僕は別に行かなくてもいいと思うけど?」


 もちろん配達の事だ。

 それに関してはフィオナの答えは決まっていた。


 「行きます」

 「やっぱりそう言うと思ったよ」

 「行くのやめたら、あれを貼った人に負けたみたいじゃないですか」

 「変な所で負けず嫌いだね」

 「それに、ロアルさんにも、謝りに行きたいし」

 「フィオナが謝る事じゃないでしょ?悪いのはあれを貼った人間なんだから」

 「それでも、私が買い物に付き合わせてしまったせいであんな事になったんです。せめて一言くらい謝りたいです」

 「きっと色んな人に見られて嫌な気分になるよ?」

 「それでも行きます。そもそも何も悪い事していないし」

 「ふふ、全く君はいつも頑張り屋だね」


 シキはそう言ってふわりと微笑むと、フィオナの頭を撫でた。

 これだけで頑張れる気がする自分は本当に単純だ。


 「分かったよ。じゃあ、気を付けて行ってらっしゃい。今晩は何か美味しいものを作って待ってるよ」

 「シキが作るのはいつも美味しいです。でも楽しみにしてますね」


 フィオナは配達用のポーションと素材をカバンに詰め込むと、重たい足をなんとか動かして配達へと向った。

 タイミングの悪い事に今日は各魔導部署の他に、南と中央、それから東の騎士団の詰め所からも依頼が来ている。

 フィオナは重たいカバンを担ぐと、箒に乗って飛んで行った。


 まずは騎士団の詰め所をさっさと終わらせようと、南の詰め所に向かい、ゲートで降りると、何人かの顔見知りと、副隊長のシオンがいた。


 フィオナがふわりと降り立つと、顔見知り数人とシオンがやって来る。


 「お疲れ様です。ポーションの配達に来ました」

 「おお!フィオナさん!ありがとう!」

 「いつも助かるよっ!でも、うちら近いから言ってくれたら取りに行くからね!」


 みんな張り紙や噂の事は知っているだろうにいつも変わらない態度に、ここでもフィオナはありがたくなってしまう。


 「あのー、アルトは?」


 おそるおそる尋ねると、シオンがにっと笑って答える。


 「あいつは今謹慎中」

 「え!?なんでですか!?もしかして私のせい!?」

 

 思わず詰め寄ると、シオンは肩を竦める。


 「君、あの件知ってるの?」

 「は、張り紙の事ですか?」

 「やっぱり知っているのか。随分悪質な嫌がらせだったね。気にする事ないよ。アルトはあの張り紙の事で頭に血がのぼって、犯人が見つかるまで探すって、騒いでウザイから謹慎にしておいた」

 「えええっ!?」

 「ねえ、君、あいつと一緒にいるとウザくない?なんていうか、直情的っていうか、独りよがりっていうか、馬鹿っていうか。あいつが一人で喚き散らしても犯人が見つかるどころか、また変な噂が立つだけなのにね」


 思い切り辛辣な言葉をにこやかに言うシオンに、フィオナは顔を引きつらせるが、周りの隊員はそうだそうだとうなずいている。


 「えっと……。おっしゃる通りだとは思いますけど、別にウザイとかは思ってませんよ?」

 「君は良い子だね」


 シオンはにこりと笑うと、フィオナに何かを手渡した。


 「これは?」

 「アルトからの手紙。君に会ったら渡してくれって」


 少しためらってから、自分にだけ見えるようにそっと開けてみる。


---------

 フィオナすまない。

 街で俺が離れたのが悪かった。

 許して欲しい。

 謹慎が解けたら、絶対に犯人を捕まえてやる。

 噂は気にするな。

---------


 アルトらしい手紙にぷっと吹き出してしまう。


 「ね、ウザイでしょう?あと騎士団の連中には、今回の張り紙の件で、悪質な行為の取締を強化する様に通達してあるから。それと、変な噂をこれ以上しないようにっていうのもね」

 「シオン副隊長ありがとうございますっ!」

 「いいえ、お気になさらずに。まあ、だから騎士団への配達はそんなに気負わなくても平気だと思うよ」


 フィオナは思わぬ援護に心が暖かくなる。

 なんて頼りになる人なんだろう。

 素敵すぎる。


 「シオン副隊長、本当に感謝します」

 

 そう言って頭を下げると、シオンが呟いた。


 「まあ、発端はあいつのせいだから、僕もこのくらいはね……」

 「何か言いました?」

 「いや、じゃあ、気を付けて配達に行ってらっしゃい」

 「はいっ!ありがとうございます」


 フィオナが箒に乗って浮き上がると、下から騎士達が手を振っている。フィオナも手を振り返し、嬉しさにちょっと涙が出そうになるのを我慢して、配達へと向かったのだった。

 シオンの言う通り、中央の騎士団も東の騎士団でも、変にひそひそされることなく、あっけなくポーションを納品できた。


 本当にシオンには感謝だ。

 騎士団のおかげで少し軽くなった足取りで、今度は医療室に向かう。


 「こんにちは、ポーションの納品に来ました」


 ノックして中に入ると、丁度エレノアがいたので、思わず駆け寄って話しかけた。


 「エレノラさん、この前は大丈夫だった?心配してたんだよ。もう具合はいいの?」


 駆け寄ったフィオナをエレノラは、きっと睨みつけた。


 「フィオナさん。あなた最低です。アルトさんとロアル隊長を二股なんて。アルトさん、きっとすごく傷ついたと思います」

 「え!?ちょっと待って、あれ、事実じゃないから。エレノラさんもあの日私達に会っているじゃない。別にロアルさんとデートしていた訳じゃなくて、三人で買い物していただけだよ」

 「でも、あの写真、楽しそうに手をつないでいましたよね」

 「あれは、そういうんじゃなくて」

 「おいおい、なーにを騒いでいるのかね?」


 入口で話していると、パティがやってきて、話しが断ち切られる。


 「パティさん!」

 「おお!フィオナたん!よく来たねえ。エレノラ、頼んでいたものは、薬室から取ってきたのかい?」

 「い、今行ってきます!」


 エレノラはそう言って、すれ違いざまに、もう一度フィオナを睨んで医療室を出て行ってしまった。


 「ごめんよお。話がちょっと聞こえてしまったよ。まあ、気にしない事だね」


 パティの言葉に、フィオナは重くため息を吐く。

 騎士団では皆、フィオナをかばってくれたが、エレノラのように思っている者も少なからずいると思い知らされて、気が滅入った。


 「そもそも、最初にパティさんが変な噂を流すからですよ」

 

 半分八つ当たりとは分かっていたが、ついぽろっとこぼしてしまう。


 「いやあ!面目ない!あははは!でもまさかこんな悪質なことをする奴がいるとは思わなかったのだよ。いや、本当、申し訳ない!あははは!」

 「もうっ!全然申し訳なさそうに見えませんよ!」


 それでも、このパティの明るさには救われてしまう。エレノラに責められて沈んでいた気持ちが、ふっと軽くなる。


 「しっかし、あの張り紙、フィオナたんよりアルト君の方が怒り出しそうだよね」

 「アルトは怒って犯人を捜すって喚き散らして大変だったようで、シオン副隊長に謹慎にされたそうです」

 「え!?」

 「シオン副隊長、アルトのことは散々に言っていましたけど、騎士団に噂をこれ以上流さないようにしてくれたり、悪質な張り紙が張られないように、見張りを強化してくれたり、すごく頼りになる人ですね。素敵すぎて泣けてきます」

 「ああ、そうなんだ」

 「パティさん、どうしました?顔引きつってますけど」

 「いやあ、何でもないよ」


 パティはそう言ってポーションを受け取ると、あはははっと笑って奥へと引っ込んでしまった。

 医療室をでると、そこから一番近いのは薬室なのだが、またエレノラと鉢合わせしたくないなと思って、先に警備部に行くことにした。


 フィオナが警備部に顔を出すと、あたりがざわっとどよめく。

 誰かがロアルを呼んできたくれたようで、赤い髪が走ってくるのが見えた。

 皆、フィオナとロアルの会話が気になるらしく、遠巻きに耳を立てているのが分かる。


 「フィオナ!よお!配達か?」

 「はい、あの、私、ロアルさんに謝りたくて」

 「あの張り紙の事?」

 「はい、すみません。私が買い物につき合わせたばっかりに」

 「なんだ、そんな事気にしていたのか。気にするなって!別になんとも思ってないし。なんなら本当に付き合っちゃう?」

 「もう!ロアルさんまで、やめてください!」

 「あははっ!ごめんごめん。俺の事なら気にすんな。それよりずいぶんひどい嫌がらせだな。心当たりはあるのか?」

 「いえ、全然。昨日まで張り紙の事も知らなくて……」

 「そうかあ。警備隊の方は俺があの張り紙は嘘だって言って回っているから大丈夫だ。他の部署とかは分かんねーけど、気にすんなよ」

 「ロアルさん、ありがとうございます。なんだかみんな優しくて泣きそうです」

 「おいおい、ここで泣くなよ!俺が泣かしたみたいに見えるだろ!」


 慌てるロアルにフィオナは吹き出す。

 やっぱり配達に来てよかった。来なかったら、きっと未だに悶々としていたに違いない。

 元気をもらい、警備部を出ようとすると、ロアルが慌てて、フィオナを引き留める。


 「そうだ!フィオナ、今回の件ってシキさん知ってるの?」

 「知ってますよ。今日も私をいかせるの渋ってました」

 「シキさん、怒ってなかった。君シキさんのお気に入りって聞いてるからさ。俺、暗殺されたりしないよね!?」

 「しませんよ!何言ってるんですか」


 フィオナは思わず笑いだす。

 暗殺なんて、シキを一体なんだと思っているんだろう。

 昨日ソファで拗ねていた姿をぜひ見せてあげたい。


 「それならいいんだ。いやあ、俺ホント、マジで、夜中一人で歩いている時とか怖かったから」

 「面白い冗談ですね」

 「いや、本気なんだけど……」


 フィオナは首を傾げると、明るく手を振っているロアルに感謝しつつ警備部を後にした。

 今度こそ薬室に行こうと足を進めると、再びずくんと頭痛に襲われた。なんだか少し身体もだるい気がする。早く配達を終わらせてしまおうと、額を押さえると、足早に廊下を進んで行った。


 薬室に入ると、すでにエレノラは居なくほっとするが、何人かの若い女子魔導士に、冷たい視線を向けられて、身体がこわばる。仕方ないと思いつつ、近くにいた男性魔導士に納品の素材を渡すと、いやにじろじろと見られてしまい、ここではフィオナと仲の良い人間がいないので、皆張り紙を信じているのだろうと諦める。


 納品を終わらせて、すぐに薬室を出ると、次は魔導士長室だ。

 これもめんどくさそうだなと思いつつ通路を歩いていると、王宮に勤める侍女や、下働きの若い女子たちが、フィオナを見てひそひそと何か話し、くすくす笑っているのが見えた。

 気にしない。気にしない。

 

 魔導士長室についてノックをして入ると、やはり、盛大に心配されて、辞めないでくれと泣きつかれてしまった。


 「だから、辞めませんって」

 「本当に本当かね!?」 

 「はい、出来ればもうこういう目には遭いたくないですけど」

 「もちろんだよ!ああいう張り紙が貼られる事が無いように、掲示板の辺りの警備を強化しているからね!」

 「ありがとうございます。もう行ってもいいですか?」


 疲れたようにフィオナが言うと、魔導士長が心配そうに聞いてくる。


 「顔色が悪いようだけど大丈夫かね!?」

 「大丈夫です。では失礼します」


 フィオナは部屋を出ると、さっきからずくんずくんと痛む頭に軽く手を当てて、開発室へと向かった。どうにも足に力が入らなくなってきて、身体がだるい。

 でももう開発室で納品は終わりだし、あそこにはアキレオとユアラがいるから安心して訪ねられる。


 開発室につくと、軽くノックをして部屋に入った。


 「あ!フィオナさん。あれ、どうしました、なんだか顔赤くないですか?」


 べリスがフィオナに気づいて、近づいてくる。


 「ああ、ちょっと疲れちゃって。素材の納品に来ました。アキ室長と、ユアラさんは?」

 「いますよ、呼んできますね」


 べリスがそう言って、立ち去ると、フィオナは側にあった机に手をついて体重を預ける。だるさに加えて、なんだか寒気まで襲ってきた。平衡感覚がないみたいに、頭がぐらぐらとする。


 「フィオナ!納品に来たの!?」


 ユアラの声に、うつむいていた顔を上げると、膝がかくんと落ちた。


 「え!?フィオナ!大丈夫?」


 床へたり込んでしまったフィオナをユアラが支えようとして、彼女が息を呑むのが聞こえた。すぐにユアラの手がフィオナの額に当てられる。


 「ちょっと、すごい熱!アキ!アキー!」


 ずくんずくんと痛む頭にユアラの怒鳴り声が響いて、思わず顔をしかめる。

 すぐにアキレオがやってきてフィオナの顔をのぞき込んできた。


 「フィオナがすごい熱なの!」

 「とりあえず、研究室のソファに運ぼう。べリス、魔植物園に行ってシキを呼んできて!」

 「分かりました!」


 フィオナは朦朧とする意識の中、アキレオとユアラに支えられて、研究室へと運ばれて行った。

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