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スズランの花リベンジ

 休日を貰った翌日から、フィオナはまた魔植物園の仕事に没頭した。

 魔植物園内は、変な噂をする人もいなければ、好奇の目で見てくる人も居ない。

 フィオナは安心して仕事に集中できた。シキに言われた通り、畑の管理をしつつ、体力、魔力回復ポーション、それから傷薬をひたすら作る事に専念する。

 素材集めはやはり大変だが、ポーション作りでは失敗する事が殆どなくなって、少し自信が付いてきた。


 そんなある日、フィオナは上級魔力ポーションの在庫が少なくなって来たので、そろそろ作らねばと、素材の在庫をチェックをすることにした。チューリップの蜜も、ルリイロアゲハの鱗粉も前回多めに採取していたので、まだ在庫が十分ある。

 ただスズランの花の在庫が殆ど無かった。

 以前フィオナがスズランの花の幻覚で、忘れていた恐ろしい過去の記憶に飲まれてしまった事があったので、スズランの花の採取だけは、シキから止められていた。その時からまだ一度もスズラン畑には足を踏み入れていない。


 またシキが自分が取りに行くって言うのかな……。


 フィオナは作業場のデスクで仕事をしているシキの元に話しに行く。


 「シキ」

 「どうしたの?フィオナ」

 「魔力回復ポーションを作ろうと思うんですけど、素材が足りなくて……」

 「うん、分かった。じゃあ一緒に取りに行こうか」

 「それが、その……。スズランの花が足りないんです」

 「ああ、そうか。それなら僕が取りに行ってくるよ」

 

 さっと出ていこうとするシキのシャツを思わず掴んで止めた。


 「フィオナ?」

 「シキ、私も、一緒に行っても良いですか」


 シキが眉を寄せた。

 やはりまだフィオナを連れて行く気はないらしい。


 「でも、また見ちゃうかもしれないよ」

 「……はい」

 「流石にまだやめておいた方が良いんじゃない?それに、もし、悪夢に飲み込まれて戻って来れないなんて事になったら大変だよ」

 「でも、いつまでも行かない訳にはいかないし、時間を置けば大丈夫になるってものでもないような気がするんです」

 「そうかもしれないけど……」

 「もし、私が暴走してまたシキに攻撃する様な事があれば、問答無用で気絶させて貰って構わないので、一緒に連れて行って下さい」

 「うーん」

 「お願いします。それにもう思い出してしまっているので、少しは抵抗力が付いてると思うんです」


 シキはそれでも少し渋っていたが、結局根負けしてフィオナを連れて行くことを許可してくれた。


 魔力水の泉までくると、シキは心配そうな顔をして、もう一度フィオナに尋ねる。


 「フィオナ、本当にいいの?」

 「はいっ!行きます!」


 そう勢いよく言い切ったものの、やはり、両親が殺された時の光景が脳裏を掠めて、少し手が震えてしまっている。

 シキはじっとフィオナを見ると、震えているフィオナの手を握りしめて歩き出した。


 「シキ?」

 「震えているくせに」

 「こ、これは、違います。痙攣です!」

 「ぷっ!なにそれ!本当にそうなら、それ病気だよ?」


 シキが肩を震わせてて笑いだすので、唇を尖らせると、少し強めにぎゅっと手を握られた。


 「フィオナ、ちゃんと側にいるから」


 たったそれだけの言葉にフィオナはすとんと心が軽くなる。

 スズラン畑の近くまでくると、シキはフィオナの手を離して、耳栓を手渡した。


 「多分まだ全然抵抗力は付いていないと思うから、耳栓をしても前みたいに途中から幻覚が襲ってくると思う」

 「分かっています」


 フィオナがぎゅっと唇を噛みしめると、シキは少し心配そうに頭を撫でた。


 「じゃあ、耳栓をして。行こう」


 フィオナはうなずくと、耳栓をして、シキに続いてスズラン畑へと入って行った。

 とにかく考えずに、出来るだけ早くスズランの花を摘んでしまおうと、フィオナはハサミで手近な花からどんどん摘んでいく。

 時折シキが近くにいるか確認すると、シキも気づいて、大丈夫だという風に微笑んでくれた。

 手早く花を摘んではいるものの、それなりの数を採らないといけないので、やはり時間はかかってしまう。

 開始してからどのくらい時間が経ったのだろう。

 時計を見るとまだ二十分も経っていなかった。

 やはりあの恐怖の幻覚を見る事に対する怯えが、フィオナを焦らせる。たいして暑くもないのに、じんわりと汗をかいていた。

 それでも懸命にスズランを採取しある程度の量がたまったところで、何本籠にあるか数えようとした時に、はっと思い出した。

 そうだ。

 数を数えてしまって、それであの幻覚に引っ張りこまれたんだ。

 両親が最後に言った、十数えたら逃げろという言葉に、記憶が呼び起こされたことに気づいて、とっさに数を数えるのをやめた。

 幻覚はまだ起こらない。目の前にはスズランの林が広がっているし、少しだけ離れた場所では、時折こちらを気にしながら採取をしているシキがいる。


 そろそろだと思うんだけどな……。

 もしかして一回で耐性がついたのかな?

 

 身構えているのに襲ってこない幻覚に、なんだかじわじわと追い詰められているようで、気分が悪くなってくる。

 深呼吸しようと、かがんでいた身体を起こして、深く息を吸うと、シャツの裾に何かがついているのが見えた。

 フィオナはそれが何かを認識して、引きつった様に息を呑むと、悲鳴を上げた。


 「ひっ!ひゃあああああ!シキっ!シキっ!」


 フィオナの悲鳴にシキが緊張した顔で駆け寄ってきて、どうしたという風に目で聞いてくる。


 そうだ耳栓をしていたんだった。


 「む、しっ!裾におっきな幼虫!取ってえ!」


 フィオナは構わず耳栓を外して、自分のお腹のあたりのシャツをシキに見せるようにして、半泣きで懇願する。

 大きくまるまると太ったエメラルドグリーンに黒と黄色の斑点がついた毒々しい幼虫が、もぞもぞとシャツの上を動きだしフィオナは全身に鳥肌が立つ。

 シキが困惑した顔でフィオナのシャツを見る。


 「シキ!ここ、ほら、ここにっ!こんな大きいのになんで分からないのっ!」


 半泣きでシキを責めると、シキは、ああ、と納得したようにつぶやいてにこりと笑う。


 「フィオナ、幼虫なんていないよ。それ多分幻覚だから」

 「げ、幻覚!?」


 シキはフィオナの手を掴んで、幼虫がいると言った場所をむりやりさわらせようとする。


 「やあああ!シキ!いやあああ!」


 必死で手を引っ込めようとするが、シキの力には敵わず、幼虫の上にフィオナの手が当たる。一気にぞわぞわと全身の毛が逆立つような感覚が走る。

 だが、手にはシャツの感覚しか感じなかった。視覚では幼虫を認識して、全身が拒否しているのに、触れた手のひらにはその感覚がなく、幻覚なのだとようやくフィオナも納得した。


 「感触ある?ないでしょ?」

 「な、い……」

 「良かったね。今日は幼虫の幻覚で」

 「よ、よくないっ!」


 そりゃあ、両親が殺される幻覚でまた意識が闇に飲まれるよりはマシかもしれないが、幻覚と分かっていても、気持ち悪いものは悪いのだ。


 「さ、フィオナ、残りのスズランを摘んじゃおう」

 「ええ!?このままで!?」

 「だって、見えていても実際はいないわけだし」

 「そうだけどっ!」

 「ほら、早く摘んじゃおう」


 シキはそう言って、ふわりと笑うと、フィオナの耳に耳栓をはめて、スズランを摘み始める。

 フィオナはシャツの裾に目をやらないようにしながら、鳥肌を立てて、スズランの茎をハサミで切った。

 二、三本摘んだところで、今度は自分の両腕に、数匹の同じ幼虫が這っているのが見えた。


 「ひゃあああああ!」

 

 フィオナの悲鳴にシキがこちらを振り向く。


 「う、腕にも!幼虫がっ!」

 

 シキは近寄ってフィオナの腕を見るが、首を振って笑い、またスズランを採りに行ってしまう。

 やはりこれも幻覚らしい。

 そしてシキの様子から、スズランを採り終えないとここから解放してもらえないと悟った。


 仕方なく涙目でスズランに手を伸ばすと、スズランの茎に同じ幼虫が張りついていた。


 「ひいっ!」


 隣のスズランを採ろうとすると、やはりそこにも幼虫がいる。

 これは幻覚なのだと自分に言い聞かせ、覚悟を決めて茎に手を伸ばす。幼虫にふれた瞬間、身体が拒絶でぞわぞわと泡立ち、背中には冷や汗がつうっと流れていった。

 取ったスズランを籠に入れようとすると、籠の中にも無数の幼虫がうごめいていた。

 気づくと、フィオナの身体中に何匹もの幼虫がもぞもぞと這いまわっている。

 もう失神しそうだった。

 それでも、フィオナの精神は気を失ってくれなく、目からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれだす。泣きながらも、どうしてもスズランを採らなければとどこかで強固な意志が、幼虫のたかったスズランに手を向かわせた。


 やっと十分なスズランを採り終えた時、フィオナは全身を幼虫にたかられて、ぼろぼろ涙を流し、カタカタと震えながら立ち尽くしていた。自分の身体も、足元の地面も幼虫だらけで、もはや一歩たりとも動けなかった。


 「シキぃ……」


 泣きながら声を上げると、シキが近づいてきて、フィオナの籠の中身を見て満足そうな顔をする。そのままシキは採ったスズランを、肩掛けバックにしまい込み、ぼろぼろと泣きながら突っ立っているフィオナをさっと抱き上げ、スズラン畑を後にした。


 硬直しながらも嗚咽が止まらないフィオナを、シキは黙って抱いて魔力水の泉まで連れて来ると、柔らかい草地へ降ろし、そっと耳栓を外して隣に座った。

 ひきつった様に泣いていると、シキが優しく肩を掴んでフィオナの身体を倒し膝枕してくれる。


 「目を瞑って。そうしたら見えないから」


 フィオナは未だにぐずぐず泣きながらも、言われた通り目を瞑る。

 目を閉じたと同時にシキの大きな手が頭を撫でてきた。

 それだけで安心して、こわばっていた身体から力が抜けていき、涙がおさまっていく。


 「フィオナ、よく頑張ったね」


 何と答えればいいのか分からず、とりあえず、小さくうなずいておく。


 「そんなにたくさんの幼虫が見えたの?」

 「か、身体中、びっしり、たかられて、地面も、周り中幼虫だらけで、スズランの茎にも幼虫が、たかっていてっ」


 思い出すだけで、じんわり涙があふれ、鳥肌が立った。


 「そんなにっ!?くくっ!フィオナよく耐えられたね」

 「だって!摘み終わらなきゃ、あそこから帰してくれなかったでしょ!」

 「うん。そうだね」

 「シキの意地悪」

 「うん、自覚しているよ。でもフィオナはそれでも頑張るから……」


 フィオナの頬にシキの手が優しくふれる。


 「シキ?」

 「まだ目を開けちゃだめだよ。幻覚はまだ切れていないからね」

 「はい……」


 シキの手がごそごそと動いている気配がする。カバンから何か取り出しているようだった。


 「喉かわいたね」

 「うん」


 叫んだり、泣いたりしていたので、確かに喉はカラカラだった。どうやらシキはカバンから水筒を取り出していたらしい。


 「お水飲める?」

 「はい」


 フィオナは水が飲みやすいように、頭を少し起こして、水筒を受け取ろうと目を瞑ったまま手をさまよわせる。

 すると、首の後ろを支えるようにシキの腕が回り込んできて、唇を塞がれた。

 いつものシキの唇の感触だ。こくりと流れ込んできた水を飲み込むと、恥ずかしくなってわたわたと手をさまよわす。


 「シキ、水筒を持たせてくださいっ!飲めますからっ」

 「でも見えないとこぼしちゃうかもしれないし」


 そう言って、シキの唇が再び塞ぎにくる。冷たい水が流れ込んできて、ついそれを欲しがるように、吸い付いて飲み込んでしまう。心臓がどくんどくんと大きく音を立てはじめた。


 「そんなに喉乾いていたの」


 シキがくすりと笑うのが見えないのに分かった。火照った顔で小さくうなずくと、シキが優しく尋ねてくる。


 「もっと飲む?」

 「……飲む」


 そうして、フィオナは何度も口移しでシキに水を飲まされたのだった。


 一時間ほどすると、幻覚は解けて、全身にたかられていた幼虫は見えなくなった。

 途中からは目を瞑った状態で、シキに水を飲まされたり、髪をなでられたりとされていたので、幼虫の事はすっかり忘れていられたのだが、それはそれで恥ずかしくて、フィオナはしばらくシキの顔をまともに見られなかったほどだった。



 午後からは魔力回復ポーションをひたすら作っていたので、シキの近くに行くことが少なくて、フィオナはほっとしていた。


 最近のシキはどうにも心臓に悪い。


 酔った晩シキに手を出されかけて、一度は指導係を辞めるとまで言っていたのに、あれから、ますます加減をせずにフィオナに接してきているようになっている気がする。

 あんなにシキは後悔していたのに。

 普通ならそんなことがあれば、フィオナと少し距離をとろうとするのではないだろうか。


 もちろんシキはフィオナに対して深い意味はないのだろうけど、最近はしょっちゅう一緒に寝ているし、さっきも明らかにフィオナが自分で飲める状況だったのに、口移しで水を飲ませてきた。

 膝枕されたり、膝の上に抱きかかえられるなどは、もはや日常と化している。

 

 あれ、まてよ?

 フィオナはふとシキに目を向ける。

 シキはデスクで仕事をしながら、キノを膝に乗せていた。

 これってもしかして、キノと一緒の扱いになっているって事かな?


 そう思ったら、フィオナはすとんと納得がいった。

 シキはフィオナの事をキノを可愛がるような感覚で、撫でたり、膝に乗せたり、口移しをしているのだろう。

 なあんだ。そうか。

 そう納得をしておいて、少しだけ心がちくりとしてしまい、すぐにそれに気づかないふりをした。

 気づいてしまってはいけない感情だと、フィオナの中で誰かが必死で止めているのだ。

 

 フィオナは考えないようにと、頭をぶんぶんと振ると、目の前のポーションに集中して魔力を流し始めるのだった。


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