お買い物3
「エレノラさん!?」
顔を見て、フィオナは驚く。アルトゥールも見知った顔に近づいてきた。
「大丈夫ですか?具合が悪いの!?」
心配そうに尋ねると、エレノラがうなずいて、身体を起こそうとし、ふらついてアルトゥールの方へ倒れ込む。
アルトゥールはとっさにエレノラの肩を支えて困った顔をした。
「どうしたの?どこか痛い?それとも気持ち悪い?」
「……ちょっと目眩が」
「なんだろう、疲れとかかな?王宮の医療室まで、私送っていくよ」
そう言うと、エレノラは、はっと顔を上げて、首を振った。
「す、少し休めば、大丈夫ですからっ」
「そう?とりあえず、そこのベンチに座ろう。アルト、エレノラさんを支えてくれる?」
「ああ」
エレノラがアルトゥールにもたれるようになっているので、フィオナはそう頼むと、空いているベンチへと促す。
エレノラはアルトゥールの腕を掴んで、立ち上がると、ふらつきながらベンチへと腰を降ろした。アルトゥールがエレノラをベンチに座らせて離れようとすると、エレノラがアルトゥールの方へ再び倒れ込んだ。
「す、すいません!ふらついてしまって……。あのご迷惑でなければ、少しこのまま肩をおかりしても良いですか」
エレノラが青い顔で言うと、アルトゥールは仕方なさそうに、エレノラの隣に座る。エレノラは辛そうな顔で、アルトゥールの肩へしだれかかった。
貧血だろうか?
確かに顔は青白く、ぐったりとしている。
それとも今日は日差しが強いので、日射病かもしれない。
「私、何か飲むもの買ってくるよ!」
辛そうなエレノラの様子に立ち上がると、ロアルがそれなら一緒に行くと立ち上がった。
「ロアルさん、冷たい飲み物売っていそうな屋台ってどこですか?」
「ああ、それなら、噴水の向こう側の屋台で売ってるよ」
「エレノラさん大丈夫かな……。貧血とか、日射病かな?この辺に診療所ってありますか?」
「ああ、近くにあるよ。彼女、友達?」
「彼女、今年医療室に入った魔導師ですよ。合同訓練にもきていましたよ?」
「そうだっけ?覚えてないや」
ロアルは目をすっと細めて、ベンチの方に目をやる。フィオナもつられてそちらを見るが、丁度噴水の陰に隠れてしまって見えなかった。
フィオナは屋台につくと、四人分の飲み物を買い半分をロアルに持ってもらう。
「フィオナ、俺の分払うよ」
「いいの。今日付き合ってもらっているお礼です。とは言ってもたったの百五十ウェルだけど」
フィオナがはにかんで笑うと、ロアルがじっとフィオナを見る。
「ロアルさんどうかしました?」
「いや。ねえ、フィオナ、聞いていい?」
「はい?」
「君さ、好きな男いる?」
「え!?」
フィオナは突然の質問に動揺して、飲み物のカップを落としそうになり、慌てて持ち直す。
「い、いませんよっ!なんでそんな事急に聞くんですか?」
「ふーん、いないのかあ」
「はい、というか、今は仕事でいっぱいいっぱいでそんな事考えている暇もないです」
「それじゃあ、仕事が落ち着いたら考えられるって事だね」
「ロアルさん!?」
「ま、今はいいや。さ、戻ろう」
太陽の日差しでロアルの真っ赤な髪と瞳が燃えるように輝いて見え、きれいだなとつい見惚れてしまった。
ベンチに戻ると、そこにはなぜか二人の姿はなく、フィオナの買った紙袋だけが残されていた。
「あれ?二人は?」
きょろきょろと周りを見渡すと、ロアルが何かに気づいてフィオナに声を掛ける。
「フィオナ、これ見て」
紙袋の下に、何か紙がはさんであった。
ロアルがそれを開いて、眉をひそめると、そのままフィオナに渡す。
----------
彼女がとても具合が悪いと言うので、家まで送ってくる。
買い物をしていてくれ。戻ったら合流する。
アルトゥール
-----------
紙には走り書きのようにそう書かれていた。
「大丈夫かしら……」
「大丈夫だろう。そこまで具合悪そうに見えなかったし」
「そうかなあ」
「それより飲み物無駄になっちゃったな」
「そうね、じゃあロアルさんはそっち二つ飲んでね」
「え!?二個も飲むの!?」
「私も飲むから。そうだ、お腹もすいたし、何か買ってお昼にしませんか!?それなら飲み物が沢山あっても飲めちゃいそうだし、食べてる間にアルトも帰ってくるかもしれないから」
「そうだな、じゃあ串焼きを買ってきてやるよ。絶対にうまいから。フィオナは荷物もあるしそこにいて」
「ありがとうございます」
フィオナは笑って屋台に買い物に行くロアルを見送ると、エレノラとアルトゥールの事が少し心配になって顔を曇らせるのだった。
結局お昼を食べ終わってもアルトゥールは戻って来なかった。
「戻って来ませんね」
「家が遠かったのかもしれないし、ここでずっと待っていても仕方ないさ。こっちはこっちで買い物の続きをしよう。時々ここに戻ってくれば時期に合流出来るさ」
「そうですね」
「それで、次はどこに行く?」
「次はこの前ロアルさんに貰ったお菓子のお店に行きたいです!」
「ああ、いいよ。あそこのお菓子、今警備隊の女子に大人気でさ、休憩時間にみんな持ち寄ってきてるくらいなんだよ」
「分かります!だってすごく美味しかったもの!」
「俺はあんまり甘いのは得意じゃないからさ、よく分からないだけどね」
「え?でも、この間買いすぎちゃっておすそ分けに来てくれたんですよね?」
「ああ、あれは、頼まれたんだよ。それで、つい量を間違えちゃってさ」
「そうだったんですか。でもおかげでロアルさんにお店を案内してもらえてうれしいです」
フィオナが昨日貰ったお菓子の味を思い出して、へにゃりと顔を崩すと、ロアルがさっと顔を赤らめてそっぽを向いて歩き出す。
「フィオナ、こっちだぞ」
飲食通りの中ほどにあるその菓子屋は、店内で食べる事も出来るらしく、カフェになっている飲食スペースでは若い女性が楽しそうにお茶をしている姿が見られた。
「へえ、ここで食べる事も出来るんですね!」
「ああ、でもこの店、前来た時も思ったけど、女の子ばっかりで入りづらんだよね」
ロアルは苦笑いする。
「今日は私と一緒だから大丈夫ですよ」
店内になかなか入ろうとしないロアルの手を、引っ張って店内に入ると、ロアルはまた顔を赤らめて、顔をそむけた。
やはり男の人はこんな風な女の子の多い可愛らしい店は、恥ずかしいのだろうと、フィオナはくすりと笑う。
店内には、氷魔法で冷やされたガラスケースに、沢山の種類のカラフルなケーキがずらりと並んでいた。ガラスケース以外の棚には、クッキーやパウンドケーキ、マドレーヌなどの焼き菓子が何種類も並んでいる。
「うわああ!どうしよう!」
フィオナがうっとりとしながら、お菓子を見て回っていると、そっと手から荷物を奪われた。
「買い物している間、持っていてやるよ。邪魔でしょ?」
「ロアルさんありがとう!」
ロアルはいつも、さりげなく優しいなと感心する。アルトゥールも優しいが、なんというか彼は過保護に優しい気がする。ロアルは必要な時だけ手を伸ばしてくれるような優しさで、素直に甘えられる。
荷物を持って店の端の邪魔にならない場所にいくロアルに、素敵な人だなと純粋に思ってしまった。アルトゥールが惹かれるのも分かる。
店用の買い物かごに、フィオナは焼き菓子を選んで入れていく。昨日ロアルがくれたお菓子と同じものを避けて、数ある焼き菓子から、レーズンクリームサンドクッキー、フルーツのパウンドケーキ、それから小さな一口サイズのクッキーの詰め合わせなどを選んでいく。
一口サイズのクッキーは仕事に行くときに、ポケットに忍ばせて行こう。そして今度はフィオナがシキの口にクッキーを放り込んでやるのだ。
シキがどんな顔をするか楽しみで思わず、ニヤニヤしながらお菓子を買い込んだ。
会計を済ませ、ロアルの元へ行こうとして、ガラスケースのケーキに再び目を奪われた。買って帰ってもきっとこの荷物を抱えながらでは形が崩れてしまうだろうし、何時に帰るか分からな状況では持ち歩けない。
ちらりと飲食席を見ると、ちらほら空いたテーブルがあった。
でもロアルは甘い物があまり得意ではないと言っていたなと、フィオナは諦めて荷物を持っているロアルの元へ戻る。
「お待たせしました」
「全然待ってないよ。それよりフィオナ、ケーキ食べていく?」
「え!?でもロアルさん甘い物は……」
「飲み物だけの注文も出来るみたいだし。でいうかめっちゃ食べたそうな顔してるし」
「食べたい!」
見透かされていたことに少し恥ずかしくなるが、それよりも食べたい欲求の方が上回って思わず叫んでしまい、フィオナは自分の声の大きさに思わず顔を赤くする。
ロアルは思い切り吹き出して笑うと、ケーキのケースにフィオナを連れて行き、自分は紅茶を注文する。
「フィオナは何にするの?」
「ううっ、ちょっと待ってくださいっ!このショートケーキも美味しそうだけど、レモンタルトも捨てがたいっ!」
「じゃあ、ショートケーキとレモンタルト下さい」
ロアルが店員に注文してしまう。
「え!?私そんなに食べられない」
「残った分は俺が食うよ」
「え、でも……」
「ほら、飲み物も頼んで」
ロアルはそう言って、代金を払ってしまい、空いた席へと行ってしまう。
フィオナが追いかけて席に着くと、ロアルがくすくす笑っている。
「ロアルさん?」
「いやさ、フィオナ面白いよね。ケーキであんなに必死にっ。くくっ」
「むうっ、女の子というのは、みんなそういうものなんですよっ!」
「ああ、確かに。警備隊の女子もいつもお菓子をどれにするかでキャーキャー言ってるわ」
「でしょ?」
「まあ、こんなに可愛くはないけどね」
「え?」
よく聞き取れず聞き返すと、店員が飲み物とケーキを丁度持ってくる。
目の前のケーキに思わず前のめりになって、その綺麗な三角のケーキに目を輝かせてしまう。
「ロアルさん、どっちがいいですか?」
「どっちも好きなだけ食えって。残しちゃったら食うよ」
「いいんですか?本当に食べちゃいますよ?」
「どうぞ」
ロアルはまた、ぷっと笑って紅茶を口にする。
フィオナは遠慮せずに、ケーキにフォークを突き立てて一口頬張る。
「おいしいいいいっ」
顔をとろけさせるフィオナにロアルは嬉しそうに笑う。食べている間も、ロアルは適度に話題を振ってくれて、楽しい時間を過ごせた。
結局少しだけ残してしまったレモンタルトを、ロアルは一口でぱくりと食べてしまう。
ちょっぴりデートしているような気分になってしまって、フィオナは心の中で謝った。
アルトごめんなさい!
二人は店を出ると、噴水広場に戻ってアルトゥールを探すが、まだ戻っていないのか、他の場所に居るのか見つけられなかった。
「アルト、いませんね。どうしたんだろう……」
「まあ、奴もガキじゃないんだし、合流できないならできないで、一人で帰るだろう」
「そうですね」
心配は心配だが、いないものは仕方ない。
「さ、フィオナこれからどうする?何かみたものある?」
「そうですね、とりあえず買いたいものは買えたので、あとは、雑貨なんかを見たいです」
「雑貨?どんなの?」
「うーん、特にこれって決めているわけじゃないんですけど」
「それじゃあ、雑貨通りをぷらぷらしようか」
「はいっ」
シキとルティアナに何かお土産を買っていきたいのだが、何が良いのか思いつかず、ロアルと一緒に雑貨通りをなんとなく歩いていく。
皮製品のカバンや財布を扱った店や、家具や調度品を扱う木工用品店、手作りの布製の小物を売っている店、金属のアクセサリーを売る店などが立ち並び、見ているだけでも楽しくなってしまう。
「アクセサリーかあ」
銀色の花のモチーフの髪留めを見てつぶやくと、ロアルがそれをのぞき込む。
「フィオナ、アアクセサリーが欲しいの?」
「ううん、ルティの髪飾りにどうかなあと思って」
「ルティアナ様の!?あの人だって三百歳だろ!?」
「そうだけど、見た目は可愛いからこういうの似合いそうじゃない?」
「いやいやいいや!三百歳にこれは痛いだろ!やめとけ!なっ」
渋々フィオナが髪飾りを置いて、他の店を探すと、ガラス製品を置いてある店が目に入った。
店内に入ると、様々なガラス製品がずらりと並んでいる。グラスに、食器、小物まであった。グラス売り場の一画に、他とは違う風合いのグラスがあるのが目に入る。
「うわあ、これ、きれい……」
「本当だな。すげえかわったガラスだな」
そのグラスは、他が全くクリアな透明なのに対して、ガラスの中に無数の細かい気泡が浮かんでおり、それが独特な雰囲気を醸し出している。透明なグラスの方は様々なこった形や色をしていているものもあってそれはそれで素敵だったが、フィオナにはこの無数の気泡の浮いた、シンプルで持ちやすそうな形のグラスが気に入ってしまった。色は全く色づけしていない白っぽく気泡が浮いたものに、淡いブルー、淡い赤、淡い緑がある。
「これ買おうかな」
「いいんじゃないか?形はシンプルなのに、この気泡があるからか、すごく綺麗に見える」
「だよね!よし、これをお土産にしよう!」
「お土産?」
「うん、シキとルティに」
「わざわざ上司にお土産?」
「うん!それと自分の分も合わせて三人でお揃いにするの」
三人でこのグラスでアケビ酒を飲むのを想像して、にへらっと顔を緩めてしまう。そんなフィオナを見て、ロアルは呆れたような顔をした。
「フィオナ、お前本当に魔植物園好きなんだな……」
「うん!」
「いや、本当にすげえよ。前にフィオナが魔植物園で働いていて楽しいって言った時、本当は少し無理しているんじゃないかと思ったけど、そうじゃないみたいだな」
「そんなわけないよ。本当に楽しいもの。それにシキもルティも優しいし」
「あのシキさんが優しいとか、ちょっと信じられないけどね」
「みんな、シキの事そういうけど、なんでなんだろう?シキはすごく優しいですよ。まあ仕事に関しては厳しい所もあるけど」
「それだよ。みんな魔植物園に配属になったことがある人は口をそろえて言うよ。シキさん顔は笑っているけど、仕事は容赦ないって。あそこにいたら殺されるって」
「そんな事ないと思うけど……。いや、まあ厳しいは厳しいけど」
「だろう?そもそも朝言っていた、服が溶けるだの、服が穴だらけになるほど怪我するとか、ありえないから」
「でも、いつでもシキが私が危なくないようにちゃんと見ててくれるから、大丈夫ですよ。マムシソウに咬まれた時だって、十分以内に血清を打たないと死んじゃう毒だったのに、シキがすぐに対応してくれたし」
「はあ!?いや、そもそもそんな恐ろしい魔植物がいる場所で、大丈夫だって言えるフィオナが変わり者なんだな……。うん、理解した」
「ひどいっ!私の事変人扱いしているでしょ!」
ぷくっと頬を膨らますと、ロアルがぷっと吹き出してから、フィオナの頭にポンと手を乗せる。シキとは違う手の感触だが、なぜかそんなに気にならなかった。
「でもさ、マジで怪我とか、毒とか気を付けろよ。死んだら元も子もないからな。本気で心配してるんだぞ」
「ロアルさんありがとう。でも大丈夫。シキがいるから」
そう言ってなんでもなさそうに、にっこり笑うと、ロアルは微妙が顔をして笑うと、ふっと息を吐いた。
「シキさんの事、絶対的に信頼してんだな……」
「はい。シキがいれば絶対大丈夫です」
「そっか」
ロアルはそう言って、フィオナの頭をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
フィオナがぽかんとしてロアルを見ると、なぜか赤い瞳が寂し気に揺らいだ気がした。