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上級体力回復ポーション(オドリコナズナ)

 二時間かけてリンドルグの木と格闘し、フィオナは十五個、シキが三十五個という結果になった。


 研究棟に戻ったフィオナは、かなりの疲労感に襲われた。

 無数の木の根をかわすために、風魔法を極限状態で繊細にコントロールし、それに加えて身体中の筋肉をも使わなければいけないのだ。はっきりいって、魔法警備隊の訓練より厳しい内容だろう。

 二時間全力で木の根をかわしたが、十回程捕まってしまい、シキに助けられたり、自分で木の根を切断する羽目になり、なんとも情けなかった。


 精神的にも、肉体的にも、魔力的にも、かなり削られたフィオナは、研究棟の保管庫に実の入った籠を置くなり、ソファに座り込んだ。


 「フィオナ、疲れただろう?少し休憩にしようか」

 

 全く疲れた素振りをみせないシキに、ますます情けなくなるが、どうにも動けそうにないので、仕方なくうなずく。


 「キノ、フィオナにお茶を淹れてあげてね。僕はちょっと外すから、ここで休んでいて。戻ったら仕事を再開しよう」


 シキは、いつもの優しげな笑みを残して、研究棟を出ていった。

 フィオナがソファでぐったりしていると、キノが良い香りのお茶を運んで来た。


 「良い香り。キノ、ありがとう」


 カップを手に取ると、フィオナはそれを口にする。ふわっと独特のハーブのような香りがする。ゆっくりと味わって飲み干すと、じっとそれを見ていたキノが、手を差し出す。


 「飲み終わるの待っていてくれたの?」


 キノがうなずく。

 フィオナが、ありがとう、と言ってカップを渡すと、それを持って、奥の部屋へと入っていった。

 そういえば、作業場の奥に続く部屋に入った事がないな、とフィオナはちらりと頭をよぎるが、急激な睡魔にソファに身を沈め、うとうととし始めた。

 意識を手放すまでに十秒と持たなかった。


 目が覚めたフィオナは、仕事中だった事を思い出して、ガバッと身を起こした。


 「仕事中に爆睡とは、なかなか肝が座ってて良いねえ。やっぱりそのくらいじゃないとここでは勤まらないからね」

 「ルティ!私、どのくらい寝てました!?あれ?シキは?」


 いつの間にやって来ていたのか、作業場の椅子にルティアナが座っていた。


 「多分一時間くらいじゃない?シキにはちょっとお使いに行ってもらってるよ」

 「一時間も!?すみません……」

 「別に構わないよ。ここでは、何時から何時まで仕事して、何時に終わる、みたいな概念はないからね。自分の仕事さえちゃんとやって貰えれば、時間配分は任せるし、昼間寝て、夜仕事したって怒らないよ」

 「はあ」

 

 フィオナは立ち上がると、寝る前まで感じていただるさが、すっかりとなくなっていることに驚いた。よほど深く眠ったのだろう。

 身体をコキコキと動かしてみても、あれだけ全身運動をしたのに、どこも痛くない。


 「眠ったら、すっかり疲れがとれたみたいです」

 「そりゃ良かった。じゃあ、シキが戻るまで、私が代わりに指導してやるよ。ちょうど私も一段落した所だしね」


 ルティアナは、座っていた椅子からぴょんと飛び降りる。フリルのワンピースがふわっと舞った。


 「リンドルグの実の採取が終わったなら、次はオドリコナズナだね」


 ルティアナは倉庫から、大きな虫取り籠のようなものを取り出してきて、フィオナに投げる。

 慌ててそれをキャッチすると、さっさと歩いていくルティアナの後を追いかけた。

 チューリップ畑に行く道とは別の森の小道を進んで行く。

 この魔植物園はいったいどのくらい広いのだろうかと、ふと気になる。今度浮遊魔法で上空から見てみたい。というかなぜ皆箒に乗って飛んで移動しないのだろうと疑問に思った。


 「ルティ。こんなに広いのになぜ飛んで移動しないのですか?」

 「ああ、それはだね、上空に結界やら、トラップが仕掛けてあるからだよ。まあ、私は全部かわして飛んで移動できるけど、フィオナはまだやめておいた方がいいね。シキですら、結構苦戦するからね」

 「な、なぜそんな物騒なものを!」

 「なぜって、それ以上に物騒な植物や生き物を絶対に外に逃がさないためだよ。チューリップ畑より向こう側には、かなりやばいのがいるからね。あいつらたまに逃げようとするんだよ。だからこの園内は上空、地下、壁全てに強力な結界が張ってある。まあ、それでもたまに、逃げ出す根性入った奴がいるから面白い」


 全然面白くないと、フィオナは顔が引きつった。


 「まあ、そんな事だから、上空は飛ばないように。あと、シキにも言われているだろうけど、一人でうろつかない。慣れるまではチューリップ畑の先の森には入らない事」

 「はい」

 「着いたよ」


 ピンク色のツインテールがぴゅんと揺れて振り返る。

 目の前にとてもきれいな泉が広がっていた。


 「うわあああ!きれい!」


 透明度の高い泉は森の緑を映して、まるで鏡のようだ。水面には水生の植物が浮かんで幻想的に花を咲かせている。泉のまわりは、何種類もの草花が生い茂っていた。これもみな魔植物なのだろうかと、じっと観察してしまう。

 ルティアナは、泉を囲むようにある小道を、楽しそうにサクサクと進んで行く。


 「この泉の水が魔力水。ポーションを作る段階になったら、汲むこと。汲んであんまり時間がたつと効果が弱くなるからね」


 しばらく進んだ後、ルティアナが立ち止まる。一面に白い花を付けたナズナが広がっていた。ナズナとはぺんぺん草の事だ。風に揺れると、茎の所から生えた突起のようなものが揺れて、ぺんぺんと音が鳴ることが由来だと聞いたことがある。


 「普通のナズナなんですね」


 ついぽっろっとフィオナはそうこぼしてしまっていた。背丈ほどの、ディープキスしてくるチューリップや、実をもぐと木の根で襲い掛かってくる巨大なリンドルグの木を見たあとだったので、拍子抜けだ。

 ここに咲いているのは、背丈も二十センチほどの、普通のナズナである。


 「普通と思う?私が作ったんだよ?」


 にやりとルティアナが凶悪な笑みを浮かべ、途端にフィオナの背筋が凍り付く。

 思わず、ナズナから数歩後ずさった。


 「とは言っても、このナズナはたいした事はないよ。リンドルグの木なんかに比べたら、危険度はゼロだ」


 ルティアナはそう言うが、フィオナは訝し気にナズナを見る。絶対に何かある、とフィオナの中で警戒しろと声がする。


 「じゃあ、ちょっと見ていてくれ。採り方を教えるよ」


 ルティアナはそう言うと、すうっと息を吸い込むと、腰に手を当てた。そして、くねくねと腰を横に振り始める。フリルのスカートがふわりふわりと左右に揺れ動く。ツインテールの髪もひょこひょこと動き、見た目だけなら、幼い少女が可愛らしく踊っているように見える。


 「ル、ルティ?」

 「ここで、手も振りながら、腰を使って、激しく踊る!」


 ルティは、両手を上下に振りながら、腰を激しく動かし踊る。

 周りから、急に、ぺんぺんと音が聞こえ始めた。


 「え!?」


 ルティに合わせて、オドリコナズナが茎をくねくねと動かして、茎についている突起がぺんぺんと音を鳴らしていた。一面のオドリコナズナが踊りながらぺんぺんぺんぺんと音を鳴らすので、かなりの迫力だった。


 「オドリコナズナは、踊りが調子に乗ってくると、土から根まで出して、踊りだすんだ。そこがねらい目。すかさず根の出たナズナを掴む」


 ルティは、さっと、根を出して踊っていたナズナを掴むとると、持って来た虫取りかごに入れる。虫取りかごに入れられたナズナは、土に戻ろうと、動きまわっている。

 ルティアナが踊りを止めると、オドリコナズナも踊りを止めて、急にぺんぺん音が止み静かになった。


 「すぐにかごに入れないと、また自分で土の中に根を戻そうと逃げるからね。オドリコナズナは根の力が強い。だからこうやって躍らせて、根を緩ませて引き抜く。分かったかい?」

 「はい」

 「じゃあ、やってみな」


 フィオナは、オドリコナズナの前に立つと、もじもじと顔を赤らめて左右に腰を振った。

 恥ずかしい……。

 羞恥に耐えながらも腰を振るが、ナズナは軽く揺れるだけで、根が浮き上がってこない。


 「あー、ダメダメ!もっと腰を振って!手も動かして。恥ずかしいなんて思っていたら、いつまでたっても採れないよ」


 こうなったらヤケだ!

 フィオナは、くねくねと大きく腰を振りながら、両手をぶんぶんと動かす。ナズナがぺんぺんと音を立てはじめた。さらに腰を振ると、目の前のナズナ二本が根を土から出して、踊り出す。

 今だ!と、フィオナはその二本をまとめて引き抜く。そして素早くかごに入れた。


 「二本取れました!」


 フィオナが満面の笑みで、ルティアナに籠を見せる。


 「やるじゃないか!うんうん!フィオナ、やっぱり君は素質があるよ!じゃああと百本採ってきてね」

 「え?」

 「私はシキみたいに甘くないから、手伝ってはやらないよ。フィオナ、あんたはには素質があるんだ。このくらい一人でできるだろう?じゃあ、私は、自分の仕事に戻るからね。ナズナ畑の周りには危険な奴はいないから、安心して採取してくれ。でも、ここからは離れるなよ。じゃあよろしく」


 茫然とするフィオナを残して、ルティアナは箒に乗ってあっという間に森に消えていった。

 あの蔦だらけの森の中を箒で飛んでいくルティアナに、驚いて茫然とするが、すぐに自分の仕事を思い出す。


 「あと百本……。うそでしょ」


 一瞬絶望に押しつぶされそうになったが、フィオナはぐっと手を握ると、叫んだ。


 「やってやろうじゃないの!」


 フィオナは思い切り腰を振って踊ると、やけくそのように手を振り始めた。

 段々とどのくらい、激しく踊れば、根が浮き上がってくるのかが分かって来たフィオナは、なんだか楽しくなってきた。まだナズナは三十本くらいしか採れていないが、チューリップや、リンドルグに比べれば確かに楽な気がする。

 調子に乗ってきたきたフィオナはは、鼻歌交じりに腰を振り、手拍子まで入れてみる。そうすると、ナズナにもフィオナの楽し気な様子が伝わるのか、すぐに根を浮かせて踊り出す。


 「あはははは!楽しいかも!」


 くねくね腰を振って、鼻歌交じりに手拍子をしたところで、うしろから、くすくすと笑い声が聞こえてきた。

 ばっと振り向くと、シキが木にもたれてフィオナを見ていた。口に手を当てて、こらえきれないようにくすくすと笑っている。


 「シキ!!い、いつ、からそこに!!」

 「ちょっと前から。ずいぶん楽しそうだったから、邪魔するのもどうかと思って見てた」


 楽し気な笑顔を向けられて、フィオナは恥ずかしくて真っ赤になる。


 「来たなら来たって、言ってください!あああああああ、もうっ!」

 「あはは、ごめん、ごめん、可愛かったから」


 シキの言葉に、もう頭が爆発してしまいそうなほど恥ずかしくて、ますます赤くなり、涙目になる。

 穴があったら入りたいとは、こういう時に使うのだろうなと、フィオナはがっくりとひざまずく。


 「ところで随分楽しそうだったけど、そんなにナズナが踊るのが珍しかった?」

 「え?だって、踊らなきゃ採れないし、そりゃ、ちょっと調子に乗ってはいたけど。その、誰もいないと思っていたし……」


 恥ずかしさに、支離滅裂になるフィオナに、シキが不思議そうな顔をする。


 「踊らなくても採れるよ?確かに根が強いけど、力任せに引っ張ってもちゃんと抜けるから。それでも抜けないときは、ナズナの目の間で、こうやって、手を早く振るんだ。そうすると、少し根が緩むからそこを力を込めて引き抜く」


 シキは力を込めてナズナを引っ張ると、あっさりとナズナは抜けた。


 「……。でも、ルティが……」


 フィオナは若干遠い目でそれを見ながら、もごもごとつぶやく。


 「あはは、ルティに騙されたね。そりゃあ二人いたら、一人が踊ってくれたら、根は浮くから、採取は楽だけど、一人で踊って抜いてをするのは大変でしょう?力は多少必要だけど、踊らないで抜いたほうが速いよ」

 「……」

 「でも、ほら、きっとルティも、オドリコナズナの性質をフィオナに教えようとしてくれたんだよ。それにすごく可愛かったしね」


 シキがふわりと微笑んでフィオナの頭を撫でる。

 いつもなら、そのやさしい笑顔で癒されるところなのだが、今のフィオナはそれを上回る羞恥で精神が崩壊しそうだった。やらなくてもいい踊りをした挙句、調子にのって鼻歌交じりに手拍子をしている所を、シキに見られたのだ。


 「うわああああああああああああ!」


 フィオナは思いっきり叫ぶと、森に向かって走り出した。

 とにかくシキと顔を合わせていられなくて、その場を離れたかったのだ。

 だが、すぐに、ぐいっと手を掴まれて、引っ張られる。

 

 「え?」


 気が付くと、シキに思い切り抱きしめられていた。

 ぎゅうっと抱きしめられて、頭を撫でられる。

 身体が密着していて心臓がばくばくと音を立てる。

 それもしばらくそうされていると、次第に落ち着いてきて、フィオナはふうっと息をつくと、力を抜いてシキにもたれかかった。顔がシキの心臓の辺りにくっついて、シキの鼓動がとくんとくんと聞こえてくる。その音を聞いていると、フィオナは心が穏やかになっていった。シキはフィオナが落ち着いた頃を見計らって、腕を離す。


 「落ち着いた?」

 「はい、すみません」


 今日何回シキに謝っただろうか。


 「謝らなくていいよと言いたいところだけど、一人で行動したらだめだっていったろう?」


 シキは優しくフィオナの頭を撫でる。

 まだ赤い顔で、はい、とうなずくと、シキは、ふわりと微笑む。


 「さあ、じゃあ戻って、採取の続きをしよう。僕が採取するから、フィオナは踊ってくれるかな?」


 真面目にいうシキに、この人は本当に笑顔の鬼だと思った。


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