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お買い物1

 「アルト!」


 上空から声をかけると、アルトゥールが振り返り、見上げて手を上げた。

 ふわりと横に降り立つと、彼の横腹に目を向ける。


 「アルト、怪我は治った?」

 「ああ、もう全然なんともない」

 「良かったね」

 「ああ」


 アルトゥールが噂の件を知っているのか気になって、訪ねようかそわそわしていると、不思議そうに首を傾げられた。


 「どうした?」

 「あ、いや、そのね。今日、魔導士長と開発室で聞いたんだけど……」

 「何をだ?」

 

 言いよどんでいると、催促するようにじっと見つめられる。


 「私とアルトが付き合ってるとか、その……結婚するとかって噂が流れてるって」

 「ああ、なんだ。その事か」

 「知ってたの!?」

 「そりゃあ知ってるよ。フィオナより王宮に出入りする事も多いしな。南の連中にも散々問い詰められたよ」

 「そっかあ……。やっぱりこの前、魔力切れを起こして、背負われて帰ったのがいけなかったかな……」

 「別に噂なんて何も気にする事ないだろ?」

 「アルトは気にならないの?変にみんなにじろじろ見られて、事実とは全然違う噂をされているんだよ?」

 「別に。したいやつにはさせておけばいいだろう?何も悪い事はしていないんだし」

 「それはそうだけど」

 「それなら、本当に付き合っちまうか?」


 アルトゥールがいたずらっ子の様な顔を向けてくるので、思わずどきりとしてしまう。


 「馬鹿言わないで。でもそうよね。別に悪い事している訳じゃないし、放って置けばいいのよね」


 アルトゥールは苦笑いすると、フィオナの頭に手を乗せて撫でようとしてきた。

 反射的にいつもと違う手の感触に、飛びのいてしまった。

 そんなフィオナにアルトゥールは上げた手をそっと降ろして、ごめんとつぶやく。


 「あっ、ごめん!アルト。びっくりして。それにまた噂になると困るしね」


 つい、言い訳がましくなってしまうが、実際にこれ以上噂にはなりたくない。

 そうこうしているうちに、南のゲートに着いてしまった。

 すると、ちょうどゲートに見知った顔が見えた。


 「あれ?ロアルさん?」

 「あ、フィオナ!ちょうど良かったよ。今フィオナの所に行こうとしてたんだ」

 「どうかしたんですか?」

 「いや、特に用事じゃなかったんだけど、今日と明日、俺休みでさ、街に出てたんだ。その時最近話題のお菓子の店に行ったんだけど、買いすぎちゃって、少しお裾分けに来た」

 「お菓子ですか!?」


 ぱっと顔を輝かせるフィオナに、ロアルは嬉しそうに笑って紙袋を渡す。

 紙袋の中を覗き込んで、思わずその種類の多さに歓声を上げてしまう。


 「うわああ!美味しそう!ロアルさん、ありがとうございます!これどこにお店があるんですか!?私も明日お休みを貰ったので、行ってみたいです!」

 「明日休みなのか?」


 急にアルトゥールが反応して聞き返す。


 「うん。シキがせっかくお給料が出たから、街に買い物にでも行ってくればって」

 「フィオナ、それなら明日も休みだから、俺が案内してあげるよ」

 「え!?ロアルさんいいんですか?せっかくのお休みなのに」

 「もちろん!俺この街は詳しいから他にも行きたい所があれば連れて行ってやるよ」

 「本当ですか!?助かります!色々買いたい物があるんですけど、私、街に詳しくなくて」


 フィオナとロアルが楽しげに話していると、アルトゥールが間に入ってきた。


 「なら、俺も行く」

 「え?アルト明日お休みなの?」

 「大丈夫だ」

 「おいおい、アルト。本当なのか?無理しなくていいんだぜ」

 「いや、医療室で明日まで安静にしているように言われているから、どうせ仕事出来ないし。明日は溜まっている休暇を取ることにする」

 「安静にしてなくちゃいけないなら、尚更街なんかに行かないで、ゆっくりしてなきゃじゃない」

 「街くらいなんでもない」

 「アールートー、お前なぁ」


 ロアルがため息をついてたしなめようとすると、アルトゥールは引き下がらないとばかりに、じっと鋭い視線を送る。


 じっと見つめ合っている二人を見て、また良からぬ考えが頭をよぎってしまった。

 もしかしてアルトゥールは、自分とロアルを二人きりにしたくないのではないのだろうか!?

 もしも、本当にアルトゥールがロアルの事をそんな風に想っているのなら、好きな相手を他の人と二人きりで街に行かせたくはないだろう。


 「分かった!アルト!アルトも一緒に行こう!それなら心配しなくて済むよね?」

 「え?心配って……」


 アルトゥールがフィオナを見て狼狽えたように目を泳がせる。


 やっぱり……。

 

 これからはなるべく二人の邪魔をしないようにしなければと心に決める。

 きっと噂の事だって迷惑だったろう。


 「じゃあ、二人とも明日十時に王宮の正門で待ってるね!」


 二人にそう伝えると、さっと箒を出して飛び乗って浮き上がる。

 手を振ってその場を去るが、気になってゲートをちらっと振り向くと、まだロアルとアルトゥールは二人で話しているようだった。

 二人きりにしてあげれた事に満足して、フィオナはスピードを上げると、管理棟へ向かって飛んで行くのだった。


 管理棟の扉を開けて、中に入ると、フィオナは薬剤室のカウンターの椅子に座り込んで、重いため息をついた。

 アルトゥールとロアルと話している時は気が紛れたが、一人になると、噂の事を思い出してぐったりとしてしまう。


 疲れた……。主に精神が。


 噂の事は気にしなければ良いと分かってはいるのだが、これから配達に行くたびに好奇の視線に晒されるのかと思うと、気が滅入ってしまう。

 魔導士長が出来るだけ早く、噂を払拭してくれる事を祈るしかない。


 カウンターに腕を組んで顔を突っ伏していると、突然、薬剤室の奥にある魔植物園へ通じる扉が開く音がして、慌てて顔を上げた。


 「フィオナ、帰ってたの?どうしたの?気分が悪い?」


 シキが心配そうに駆け寄ってくる。

 のぞき込まれた優しげな茶色の目を見て、なんだか思わず泣きそうになってしまい、無理やり笑って誤魔化した。


 「なんでもないです。ちょっと休憩していただけですよ」

 「嘘」

 「本当ですよ。今日は合同訓練にも出てないし、納品を済ませて、すぐに帰って来ましたから」

 「フィオナ。何があったの?」

 「本当に何もないです」


 アルトゥールとの噂の事はシキには知られたくなかった。


 「なんでもない顔じゃない」

 「本当に本当です。大丈夫ですから!」


 話題を変えようと、にっこりと笑って、持っていた紙袋をシキに見せる。


 「シキ、これ知り合いに貰ったんです。すごく美味しそうなお菓子なんですよ!食後に一緒に食べましょう!」

 

 シキは仕方なさそうに、ふっと笑うと、フィオナの頭に手を乗せて優しく撫でる。

 その大きな手の感触が気持ちよくて、それだけで、ほっと安心してしまう自分に我ながら呆れてしまう。


 シキはしばらくフィオナの頭を撫でたり、頬を摘んだりしながら、じっと見つめてくる。

 フィオナはカウンターの椅子に座ったまま、されるがままになっていたが、シキがひときわ横に頬をむにゅっと引っ張ったので、思わずぶすっとして抗議した。


 「シキ、いひゃい!」

 「ふふ、やっといつものフィオナに戻ってきた」


 ふわりと微笑まれて、つられて笑ってしまう。

 笑ったのを見てシキは安心したのか、もう一度頭を一撫でして言った。


 「さ、フィオナ。ご飯にしようか」


 シキのおかけでですっかり機嫌が良くなり、夕飯の準備をすべく足取り軽くニ階に上がるのだった。



 翌日フィオナは王宮の入口を出た場所で立って、アルトゥールとロアルが来るのを待っていた。

 今日は街に行くと言う事で、いつも魔植物園で着ている作業用のラフな服でもなく、魔導師のローブでもない、淡いクリーム色のワンピースを着ていた。

 なにぶん田舎育ちで、最近の流行などにはトンと疎いフィオナは、一緒に行く二人に恥ずかしい思いをさせないために、なるべくシンプルで流行に左右されなそうな服を選んで着てきた。


 出掛ける時、シキに変ではないかと聞いたら、とても可愛いいと言って貰えたが、シキはフィオナが何を着ていてもきっとそう言ってくれそうな気がして、あてにならない。

 街に行くのが楽しみで、待ち合わせよりだいぶ早く着いてしまったので、カバンからメモ用紙を取り出して、買う物を書き出していく。


 まずは作業用の安い服だ。すでに五着は駄目にしてしまっている。とにかくなんでも良いから安い服を沢山買わなければ。

 それからお米料理に使えそうな食材や調味料が売っていそうな店にも行きたい。

 あとはお菓子。これは絶対だ。

 それから、シキとルティに何かお土産を買っていこう。

 何が喜んで貰えるかな。


 フィオナがぼんやり考えていると、肩をぽんと叩かれた。


 「アルト!おはよう」

 「フィオナ、随分早いな」

 「うん、楽しみで早く来ちゃった」

 「そんなに楽しみなら、ロアルは置いてもう行くか」

 「え!?駄目だよ!」


 慌てて止めると、アルトゥールが後ろからガシっと肩を掴まれた。


 「おい、聞こえたぞ。アルト」

 「ロアルさん!おはようございます」

 「フィオナ、おはよう。ついでにアルトもおはよう」


 ロアルはアルトゥールの頭を軽く叩く。


 「ロアルさん、アルト、今日は宜しくお願いします!」


 楽しみなのが顔にでてしまい、にへらっと笑うと、二人は同時にフィオナをじっと見て、固まってしまった。


 「どうかしましたか?」

 「いや、いつも制服ばっかり見てたから、なんかちょっと見慣れなくてな」

 「フィオナいつも髪後ろに結んでいるから、おろしている所初めてみたよ。なんか新鮮でさ」


 アルトゥールとロアルが口々にそう言うので、なんだか恥ずかしくなってしまう。


 「私も二人の私服姿を見るのは初めてで、新鮮です」


 アルトゥールは、シンプルなシャツにパンツ姿で、ロアルはラフなパーカーとポケットが沢山ついた緩めのパンツを履いている。


 「ロアルさん、なんかオシャレですね。私田舎育ちなので、流行とか全然分からなくて、この格好変じゃないですか?」

 「全然変じゃないよ!すっごく可愛い。な、アルト」

 「ああ」

 「良かったあ。じゃあ、行きましょうか」


 機嫌良く歩き出きだしたはいいが、ふと考えてぴたりと足を止めて振り返る。

 アルトゥールとロアルが、急に振り返ったフィオナを見てびくりとする。


 「行きましょうとか言っておいてなんですが、私、道もよく分からないんでした」


 恥ずかしそうに言うと、二人は揃って吹き出し、ロアルがけらけらと笑いながら尋ねてくる。

 

 「じゃあ、まずは何を買いに行く?」

 「服です!とにかく安い服を沢山。すぐに駄目になってもいい服が欲しいんです。古着でもなんでも良いので」

 「分かった。じゃあ市場に行こう。でもなんだってそんなに沢山必要なの?」

 「服がすぐに駄目になっちゃうんですよ。もうすでに五着、着れなくなっちゃいました」

 「え!?」


 二人が同時に驚く。


 「何でそんなに服が駄目になるんだ!?」

 「汚れて着れなくなっちゃうの?」

 「いえ、三着は、繊維を溶かす木の実にドロドロに溶かされちゃって、二着は、二十センチくらいの長さの針みたいな葉に攻撃されて、穴だらけの血だらけになっちゃって」

 「え!?」


 またもや二人が声を上げる。


 「ちょっと待て、フィオナ!それ大丈夫なのか!?溶かす!?血だらけ!?」

 「何その服を溶かす実って……。え、何、溶けちゃったら、その見えちゃうよね」

 

 フィオナにとっては、そんな事は当たり前の日常になりつつあるので、ポロッと言ってしまったが、二人にとっては驚愕すべき事だったようだ。


 「あ、だ、大丈夫!傷はシキがポーションで治してくれるし、服は溶けるまでに時間がかかるから、すぐに見えちゃうって事もないしっ」

 「でもそのうち溶けて見えちゃうんだろ!?お前それを、シキさんと一緒にやっているのか!?」


 アルトゥールに肩を掴まれて揺さぶられる。


 「アルト!落ち着けって」


 慌ててロアルが止めに入るが、そうしながらも心配そうな顔をフィオナに向ける。

 

 「フィオナ、それは俺も心配だな。君は女の子なんだよ?仕事だからって、そんな事までしなくちゃいけないの?」

 「大丈夫!大丈夫だからっ!シキは服が溶け始めたら、私が着替えるまで遠くに行っててくれるし、見られたとしてもちょっとだし」

 「ちょっとって……」


 アルトゥールが信じられないという顔でフィオナを見る。


 「いや、駄目だろう!?」

 「大丈夫よっ!それにアルトだってこの前パティさんの下着姿見てるじゃない」


 フィオナがそう言うと、アルトゥールはぐっと押し黙って肩から手を離す。


 「あれは不可抗力だ」

 「私が仕事中にちょっと見えちゃったりするのも不可抗力よ。だから心配しないで」


 そう言ってなだめるが、二人はなんだか納得がいかなそうな顔をする。


 「さ!早く市場に行こう!」


 フィオナが明るくそう言うと、二人は渋々問い詰めるのを止めて、歩き出すのだった。


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