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給料日

 ポーションを飲み終えて、少しソファで休んでいると身体のだるさがみるみる回復してくるのが分かった。


 「やっぱり凄い」


 自分の手をわきわきと動かして、改めて金のポーションの効能の高さを思い知る。


 「どう?身体のだるさ、とれてきた?」


 シキがソファに座っているフィオナの隣で、にっこりと微笑む。


 「はい、さっきとは比べ物にならないくらい」


 ゆっくり立ち上がると、ふらつかない事を確かめるように、膝に力を入れてみた。その途端、お腹がぐうっと音を立てる。


 恥ずかしさでついお腹を押さえると、シキがくすりと笑って立ち上がった。


 「ご飯にしようか」

 「はいっ!シキさっきからすごく甘いいい匂いがするんですけど、なんですか!?」

 「今日はね、フィオナにお菓子を作ったんだよ。前に約束したでしょ?」

 「お菓子?約束?」

 「ほら、前に僕が朝寝ぼけてフィオナをベッドに引っ張りこんで寝ちゃった時に、お詫びに何かお菓子を作るって」

 「ああ、すっかり忘れてました」


 そういえば、そんな事があったなと少し顔が赤くなる。

 

 「ご飯の後にデザートで出すから、その分お腹空けて置いてね」

 「大丈夫!デザートは別腹です!」

 「ふふ、食べられるなら好きなだけ食べたらいいよ」


 シキはそう言って、夕食をテーブルに運び始める。フィオナも手伝いながら、夕食の美味しそうな匂いにたまらなくなってしまった。


 「シキ、これすごく美味しそう!」

 「野菜と鶏肉がたっぷり入ったグラタンだよ」

 「早く食べたいですー」


 へにゃりと顔を崩して、フォークとコップを運んでいると、シキの目が優しく緩んだ。


 「良かった。すっかり元気になったみたいで」

 「はい、金のポーションは偉大ですね」

 「そうじゃなくて」

 「はい?」

 「なんだか、気持ち的に元気がなさそうだったから」

 「私、そんな顔してました?」

 「してたよ」

 

 フィオナはなんだか見透かされているようで、落ち着かなくなる。


 「そんな事ないですよ。ちょっと魔力切れで辛かっただけです」

 「そう?まあ、元気ならいいんだ。さ、食べよう」

 「はいっ!いただきます!」


 さっそくグラタンをフォークですくうと、ふーふーと息を吹きかけて冷まし、口に運ぶ。


 「おいひいっ!」

 「それは良かった」


 シキはワインを片手に、にこにこと嬉しそうにフィオナを見ていて、食事になかなか手をつけない。


 「シキ、食べないの?」

 「食べるよ。もう少し冷めたら」

 「熱々が美味しいのに」

 「そうだね」


 シキはふふっと笑って、グラタンに手をつけ始めた。

 すっかり食べ終わると、シキがお茶を淹れ、皿に盛ったデザートを持ってくる。


 「うわっ!美味しそう!これ、アップルパイ?」

 「そう。特区のリンゴを使ったアップルパイだからすごく美味しいよ」


 フィオナは目を輝かせて、パイをフォークで切り分け、口へと運ぶ。

 サクサクのパイに包まれた、食感の良い程よい酸味と甘みのリンゴが口の中に広がった。


 「シキっ!おいひぃー!」


 あまりの美味しさに、ふにゃりと顔が緩んでしまう。ついつい顔がだらしなくなってしまったと、慌ててシキを見ると、それは嬉しそうに微笑んでいた。


 「たくさんあるから好きなだけ食べて」

 「勿体無いから、少しずつ明日と明後日に分けて食べますー」


 フィオナが幸せそうにアップルパイを口に運びながら、そう言うと、シキはくすりと笑った。


 「またいつでも作るよ」

 「本当ですか!?」

 「うん」

 

 フィオナは嬉しくて、更に幸せそうに顔をとろけさせてしまうのだった。


 食事が終わり、お風呂に行こうとすると、シキが一階に降りて行こうとするのが見えた。


 「シキ?どこかに行くんですか?」

 「うん、ちょっと仕事が中途半端になっていて。研究棟に行ってくるよ」


 フィオナは途端に顔を曇らせる。


 「シキ、今日寝ないつもりですか?」

 「うーん、どうかな。早く終わったら寝るよ」


 絶対にこれは寝ないつもりだと、なんとなく分かってしまう。


 「早く終わったら、少しでもいいから寝て下さいね」

 「フィオナのベッドに入ってもいいならね」

 「入ってもいいから、少しでも寝て下さい」


 ためらいもせず真剣な顔で言うフィオナに、シキはふっと微笑む。


 「じゃあ、行ってくるよ。お休みフィオナ」


 シキが行ってしまうのを心配で見つめていたが、一階からパタンと管理棟を出ていく音が聞こえると、フィオナはとぼとぼとバスルームに向かうのだった。


 明け方フィオナは、小さな物音で目を覚ました。扉が静かに閉まる音だ。まだ部屋の中は薄暗い。

 ぼんやりと目を開けると、目の前にシキの顔が見えた。


 「シキ……?」

 「あ、ごめん。起こしちゃった」

 「……仕事終わった?」

 「うん」

 「じゃあ、寝よう」


 半分寝ぼけて、シャツを掴むと、シキが目を細めてじっと見ている。


 「いいの?」

 「早く寝よう」


 ぐいっとシャツを引っ張ると、シキがベッドにすべり込んできて、フィオナを優しく抱きしめる。

 フィオナは鼻先をシキの胸元に押し当てた。

 シキの匂いがする。


 程よい温もりと安心する匂いに、フィオナはあっと言う間に再び眠りに落ちた。



 「今日から研修期間中は、フィオナには畑の管理と、上級体力回復ポーション、上級魔力ポーション、傷薬の製作をやってもらうよ。仕事は基本的には僕と一緒にやるけど、在庫と注文数を確認して今日何をどのくらいやるかを、自分で決めてみて」

 「私がですか!?」

 「うん、上級のポーションは常に在庫は五十ずつあるように。傷薬も出来たら五十あればいいけど、他のポーションより時間がかかるから、まあ最低三十だね。ただこれから先注文が増えていくはずだから、出来るだけ作り置きしたいところだよ」

 「なるほど……。シキ、ちょっと在庫を確認してきてもいいですか?」

 「うん、どうぞ」


 シキはフィオナが動き回っている間、他の薬品のチェックをしていた。


 フィオナは在庫と注文票を確認して考える。


 上級体力回復ポーションの在庫が五十五本。来週の水曜までに納品する数が三十本。

 上級魔力回復ポーションの在庫が六十本。来週の水曜日までに納品する数が二十本。

 傷薬の在庫が四十本。来週の水曜日までに納品する予定は入っていない。


 これは上級体力回復ポーションを優先して作るべきだろう。

 ポーションを作るための素材も確認する。素材はリンドルグの実の粉末がわずかにあるだけで、他は在庫がなかった。


 フィオナはシキの元にいくと、在庫状況と注文数を報告する。


 「それで、今日は上級体力回復ポーションの素材集めをしたいと思います」

 「うん。じゃあそうしよう。さて、なにから採りに行く?」

 「そうですね。チューリップから行きます。この前シキ、チューリップ畑までなら、マッド君と二人で行ってもいいって言っていましたよね?解毒ポーションだけもらえれば一人で行ってきますよ?」

 「うーん、そうだけど……。僕も他の薬で使う他のチューリップを採らなくちゃいけないから、一緒に行くよ」

 「そうですか。よければ、それも一緒に私が採って来ましょうか?」

 「大丈夫だよ。一緒に行こう」

 

 なぜかシキがフィオナを一人で行かせたがらないので、言われるがままいつも通り一緒に畑に向かった。


 それから一週間は、畑の管理をしながら、ポーションの素材集めとポーション作りにひたすら没頭した。素材集めは必ずシキがついてくるが、素材の下処理とポーション作りは基本的にフィオナ一人に任せられた。おかげで、やっとシキに昼間の自分の仕事をする時間をあげれることがとても嬉しかった。

 今までのように夜も仕事をしているシキだが、前よりも一晩中仕事をすることはかなり減った様に思える。

 なぜなら朝起きると、フィオナの横でシキが気持ち良さそうに眠っていることが多々あるからだ。

 夜中に気づく事もあれば、朝起きてはじめて隣にシキが寝ていることに気づく事もある。

 未だに朝起きてシキの顔が近くにあると、ドキドキしてしまうが、一緒に寝る事に抵抗がなくなってきている自分に驚きだ。

 それでも、シキが眠れなくて一晩中仕事していたり、夜通しお酒を飲んで過ごしていたりするよりは、何倍もいいし、なにより、一緒に眠ることが心地よくなってしまっていると、どこかで感じている自分がいる。ただそれを認めてしまう訳にはいかなくて、シキの不眠症対策の為だと、何度も言い聞かせた。


 「フィオナ、今日は水曜日だから、また納品に行ってきてくれる?」


 昼食を食べ終わると、食器を片付けながらシキが言った。

 ちなみに今日のお昼はご飯に豚肉を甘辛く焼いたものを乗せた丼物で、ルティは二杯もおかわりをした。


 フィオナが配達に行く準備をしていると、シキが何かを思い出したかのように、急に地下に降りて行った。戻って来た手には白い封筒が握られている。


 「フィオナ、これ。ルティから預かっていたんだった」

 「なんですか、これ」

 「今月のお給料」


 フィオナはぱっと顔を上げる。


 「私、これが生まれてはじめてのお給料です!嬉しい!」

 「ふふ、良かったね」

 「開けてみてもいいですか!?」

 「うん」


 わくわくしながら封筒を開けると、中には思ったより沢山の紙幣が入っていて、一番上には明細書が一緒に同封されている。

 フィオナは明細書を引っ張り出すと、その金額を見て固まった。


 「え……」

 「どうしたの?」

 「あの、これ、金額がおかしいです。シキのお給料じゃないんですか?」

 「そんな事ないよ。僕は僕でちゃんともらったよ?明細書に名前が書いてない?」


 明細書には、ちゃんと、フィオナ・マーメルと書かれていた。もう一度金額を見直す。


 「シキ、でもこれ、明細書に、五十三万ウェルって書いてあるんですけど……。普通初任給って、二十万前後って聞いたことがあるんですが」

 「あはは、何言ってるの。それで金額は合っているよ。大体ここをどこだと思っているの?第一級危険地区の魔植物園だよ?そんな所に働いている人の給料が一般の職業と同じ額な訳ないじゃない。それにフィオナは今月全然お休みも取っていなかったから、休日出勤手当も入っているはずだよ」

 「そ、そうなんですか!?それにしてももらいすぎなような……。私まだろくに仕事も出来ていないのに」

 「この魔植物園に普通に勤務出来ているだけでも、すごい事なんだよ?だからそれは当然の報酬」

 「なんだか、嬉しいような、申し訳ないような」

 「嬉しくていいんじゃない。そうだ、フィオナ。お給料も出た事だし、明日は一日お休みにするよ。街に行って買い物でもしてきたら?」

 「いいんですか?」

 「もちろん。というか、僕、何も言わず一ヶ月もフィオナにお休みあげていなかったよね。ごめんね。これからは定期的にお休みを入れるようにするよ」

 「いえっ!それはいいんです!お休みより、早くお仕事を覚えたいので。それに仕事中も毒やらなんやらで寝てばっかりだし。けど、ちょっと買い物したいものがあったので、明日はお休み貰ってもいいですか?」

 「もちろんだよ。買い物に行きたい時とかは遠慮せずに言って」

 「はい、お休みは欲しい時はちゃんと言うので、お仕事は今まで通りにしてください」

 「分かったよ。あ、お金は街の銀行に預けてもいいし、管理棟の寝室に小さい金庫があるからそれを使ってもいいよ」

 「はい、ありがとうございます」


 フィオナは封筒を大事にポケットに入れると、ニマニマしながら配達に行く準備を進めるのだった。


 配達用の大きな肩掛けカバンを持って管理棟から箒で飛び立つと、南のゲートが見えてきた。ゲートの近くにある南の詰め所の前に大勢の騎士が集まっているのが見えて、気になって近づいてみた。

 上空からそっと様子をうかがっていると、顔見知りの騎士の姿がちらほらと見え、彼らもフィオナに気づいて手を振っている。

 フィオナがすっと降り立つと、そのうちの何人かが集まって来た。他の騎士達も、降りてきたフィオナに視線を向けてくる。


 「すごく沢山集まっていますね。なにかあるんですか?」

 「今日さ給料日でしょ。それで、みんな少しずつお金を出して、試合をしているんだよ」

 「賭け試合ですか?」

 「うーん、賭けというか、一対一のトーナメントで勝つとここにいる全員から百ウェルづつもらえるの。だから勝てば勝つほどお金がもらえるってわけ。俺はさっきアルトに負けちゃったけどね」

 「アルトはまだ勝ち残っているんですか?」


 そう尋ねた途端、すぐ近くの訓練場からわっと歓声が上がった。


 「今、丁度アルトと副団長の試合が始まる所なんだよ。フィオナちゃんもちょっと見ていきなよ!」


 男達に肩を押されて、訓練場に連れて行かれると、そこは試合の光景が見えない程、人だかりになっていた。


 「おーい!ちょっと空けてくれ!可愛い見学者がきてるぞ!」


 騎士達は金のローブを来たフィオナを見て、顔を緩めると、さっと場所を空けてくれた。


 「なんだかすみません……」


 フィオナがよく見える場所に案内されると、訓練所の中央にアルトゥールと、見た事のない細身の男が立っていた。

 その二人の間にナック隊長が立って、にやりと笑っている。


 「では、シオン対アルト!試合始め!」


 ナック隊長が号令をかけると、周りの騎士達からものすごい大歓声が上がったのだった。

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