合同訓練2
「ちょっと!アルト!」
「何、フィオナ?」
「もうっ!見学って言ったのに」
「何言ってるんだ?国一番の魔導師になるって人が合同訓練くらいで」
アルトがフィオナを見て意地悪そうに笑う。
「そ、そうだけどっ」
二人が軽く言い争っていると、後ろからまた見知った声が聞こえてきた。
「おやーっ?その声はフィオナたんかい!?」
ぱっと振り返ると、そこにはパティとエレノラが立っていた。
「合同訓練でまでいちゃつくとは、君らもやるねえ!」
「パティさん!違いますっ!もうっ、やめてくださいっ」
「えーっ、だってアルト君ってば、フィオナたんの腕を掴んで離さないではないか」
パティの言葉に、アルトゥールが掴んでいた腕を慌てて離す。周りにいる騎士や魔導師達も
フィオナとアルトゥールを見て驚いたような顔をしていた。
「パティ副室長、俺のチームが一人足りないからフィオナに入ってもらおうと思っただけです」
「なるほどねえ!けどアルト君!」
パティがアルトゥールをびしっと指さす。
「フィオナたんとアルト君が同じチームでは戦力的に差が出来すぎてしまうだろう?という事でフィオナたんはこっちだ」
パティに腕を掴まれて、引っ張られる。アルトゥールが唖然としている中、フィオナは離れた別チームの所へ連れて行かれてしまった。
「おーい!ロアル君!君のチームから誰かアルト君のチームに入ってくれないか?」
「パティ副室長、いいですけど、それだとこっちが一人……、あれ!?フィオナ!?」
「ロアルさん!」
「おや、ロアル君、フィオナたんと知り合いだったのかい?こっちにはフィオナたんを代わりに入れるよ。それならいいだろう?」
「それならもちろん。誰か魔導士隊から一人アルトの方に行ってくれないか?」
アルトがチームメンバーに声を掛けると、皆こぞって行きたがったので、ロアルが名指しで一人指名すると、名を呼ばれなかった者ががっかりした顔をする。
「アルトは人気者なんですね」
「あいつは強いからね。アルトのチームはいつも負けなしだからみんな入りたがるんだよ」
「ふふん!けれど今日はフィオナたんがこっちに入るからね!アルト君の負ける姿が見れるかもしれないよ」
ロアルが苦笑いするのに対して、パティはにやりと不敵に笑う。
「あの、私、何をするのかまだ全然分かっていないんですけれど……」
フィオナがおずおずと声を上げるとロアルが説明し始める。
「そうだね、ちゃんと説明しなきゃね。この合同訓練では、チームごとに分かれて、相手チームの身に着けている、この色の付いた布紐を奪うんだ。フィオナにも渡しておくよ。俺のチームは赤でアルトの所は青だよ。ちなみにリーダーは俺ね」
「ロアルさん、リーダーですか!すごいですね」
「フィオナたん、ロアル君は魔法警備隊一番隊の隊長なんだよ!魔導士隊は一番隊から五番隊まであってね、その中でも一番隊は特に優秀なんだよ」
「そうなんですね!知らなかった」
「こうゆう事は合同訓練にでも参加しないと分からないからね。フィオナたんも勉強になるだろう」
「そうですね。アザリー室長に言われて、仕方なく来たみたいなところがあったんですけど、これはこれで勉強になりそうです」
「まあ、それで訓練内容の説明ね」
ロアルが頭を掻いて照れながら続ける。
「各チーム、この先の森の中で、三十分間相手チームから出来るだけ紐を奪う。相手チームに対する攻撃は殺さなければなんでもあり。各チームには必ず一人医療魔導士が入るから、怪我したら治療してもらってもいい。もちろん医療魔導士にも紐は渡されるからね。戦闘が苦手な医療魔導士を守りながら戦わなくてはならない。一旦奪われた紐は制限時間内なら何度でも奪い返せる。最後にどちらのチームが多く紐を持っているかで勝敗がつくんだ。負けたチームは罰としてこの山の山頂まで走って降りて来る。今黄色チームが緑チームに負けて走っている所だよ」
「なるほど。このチームの医療魔導士は誰ですか?」
「はーい!わ・た・し!」
「え!?パティさん!?副室長が参加していいんですか?」
「普段はチームには入らないんだけど、今日は人がいないんだ。医療室からは私を含めて四人しか来てないんだよ。蜘蛛でみんな忙しかったから、休みの奴が多いんだ。エレノラはアルト君のチームに入りたいみたいだから、そういうわけで私はこっち」
「パティさんが、医療魔導士なら守る必要なさそうですね」
フィオナがぼそっとつぶやくと、パティが目をくわっと見開いた。
「おいおいおいおい!フィオナたん!か弱い私を守ってくれよ!」
「でも、パティさん変な噂流したりするし」
フィオナがじとっとパティを見ると、あからさまに目を逸らして、口笛を吹き始める。
「そんなあからさまな態度ありますか!」
「まあまあフィオナ。それより作戦を立てないと。何せ相手はアルトだからな」
ロアルはそう言うと顔をしかめる。チームの魔導士や騎士達もアルトと聞いた途端、げんなりした顔をする。
「アルトってそんなに強いの?」
「強いなんてもんじゃないよ。基本アルト一人でこっちの大半を戦闘不能にして紐を奪っていく。三十分なんて待たずに、壊滅されるだろうね」
「アルト一人で?」
「そ、いっつも一人で突っ込んできて、あっという間に全員つぶされちゃう。俺なんてこの前奴とやり合って、ばっさり背中切られたからね。あいつほんとに容赦ないんだよ」
「ばっさりですか……。ねえ、アルトさん。これって、魔法で罠とか仕掛けたら反則ですか?」
「いや?そんな事ないよ。うまく罠を掛けられればそれも実力だからね。でも、アルトに簡単な罠じゃまるで効果ないよ?」
フィオナは少し考えてから、にこっと笑う。
「あの、私にちょっと作戦があるんですけど、みんな聞いてもらえますか?」
チーム全員がフィオナに寄ってくる。
フィオナが作戦を話し終えると、ロアルもパティも、にたあっと悪魔のような笑みを浮かべたのだった。
「では、赤チームと青チームの試合を始める。互いに森に入った後、十分後に開始する。赤チームにはイアン、青チームには俺が監視としてつくことにする。相手を殺すような怪我を与える事は禁止だ。後は好きなように暴れてこい!では各自森へ入れ!」
セオ団長がそう叫ぶと、腕に赤と青の紐を結んだ者が森へと入っていく。
フィオナがちらりと見ると、青チームはアルトゥールだけ一人で森へと走っていき、残りの騎士と魔導士は何人かづつまとまって森へと入っていった。
やはりアルトゥールがいつも単独行動なのは間違いないらしい。
フィオナはロアルと顔を見合わせて微笑むと、森へと入っていった。
ある程度まで行った所で赤チームは固まって開始時間を待つ。
その間、フィオナと他の魔導士は周囲に罠を張っていった。
フィオナはひと通り罠を張り終えると、ふっと息を吐いて、皆の元へと戻った。
「十分経ちました。試合開始です」
イアンが時計を見てから宣言するが、ロアルチームは誰一人として動かない。
そんな様子をみてイアンは少し離れた所から面白そうに見ている。
しばらくすると、遠くから何やら派手な音が聞こえてきた。
「黒豹が来たぞ」
ロアルがにっと笑うと、それぞれチームの者達は自分の役割を果たすために身構える。
フィオナも騎士の一人にかばわれるように立って、口の中で長い呪文を唱え始めた。
ドオン、ドオンという音が徐々に近づいてきて、それぞれの顔に緊張が走る。
派手な爆発音はフィオナと他の魔導士が仕掛けた罠である。
罠自体は大した事はないのだが、派手な音がするように細工をしておいた。
これでアルトゥールの位置はまるわかりだ。
横でロアルも呪文を唱え始めた。
音がすぐそこまで近づき、森の中から黒い影がざっと飛び出してくる。
思った通りアルトゥール一人だけだ。
フィオナ以外の魔導士が一斉にアルトゥールに攻撃魔法を放つ。
アルトゥールはにやりと笑うと、なんなくそれらをかわして、一人離れた場所にいたパティへの距離を縮めると、剣のさやで気絶させようと動く。
その瞬間フィオナが呪文を発動させた。
パティの周り数メートルの地面が、ぱっと眩しく光る。
その光は魔方陣を描いており、一気にその陣の中にいるものを光の檻で囲い込む。
アルトゥールも逃げる間もなく光の檻に閉じこめられた。
「くそっ!何だこれは!」
アルトゥールは剣を振りかざして、檻を叩き切ろうとするが、剣は鈍い音を立てるばかりで全く壊れる様子がない。
「アルト。無駄だよ。その魔法は私の中で一番強力な結界魔法だもの。剣でなんか切れないよ」
フィオナがにっこりと笑うと、アルトゥールは苦々しい顔で檻を見てから、ふっと笑う。
「そんな強力な結界を三十分も維持できるのか?」
「さあ、どうかな?試してみようか」
「それに中にはパティ副室長もいるんだぞ。彼女を盾に脅すことだってできる」
「じゃあ、やってみれば?ロアルさん、じゃあ作戦通りお願いします」
フィオナが笑って振り向くと、ロアルは少し心配そうな顔をするがすぐにうなずく。
「分かった。こっちは任せておけ。黒豹さえいなければこっちのもんだからな。フィオナ、そっちは任せたぞ」
「はい!」
ロアルと他の赤チーム達が行ってしまうと、その場にはフィオナとアルトゥール、それにパティが残された。
「フィオナ、この結界を解くんだ。さもないとパティ副室長を切る」
「パティさん。そう言っていますけどどうしますか?」
「ふふん!フィオナたん!私がそうやすやすと切られると思うかね!?」
「パティ副室長、悪いですけど利用させてもらいますよ」
アルトがそう言って、パティにじりじりと詰め寄る。
パティは、にやあっと笑うと、服のボタンに手をかけて外し始めた。
「アルト君。それ以上近づいたら、脱ぐよ!」
「は!?」
思わずフィオナも口をぽかんと開ける。
パティはローブの前ボタンをすでに下まで外し終え、下の薄手のタンクトップが見えている。
「な、何しているんですか!?」
「君が一歩でもそこから動いたら、このタンクトップと下着を切り裂こうではないか」
いつの間にかパティの手には小さなナイフが握りしめられている。
「そんなことで俺がひるむとでも?」
アルトゥールが馬鹿にするなとでも言いたげに吐き捨て、動こうとすると、パティがナイフでタンクトップを切りさいて悲鳴を上げた。
「きゃあああああああああ!アルト君におそわれるううううううう!」
下着がもろに丸見えになって、アルトゥールは思わず目を逸らす。
「フィオナたんが承認になってくれ。嫌がる私を無理やりアルト君が襲ってきたと!あははははは!」
「パティさん!分かりました」
フィオナは結界を維持しながら、パティの悪だくみに乗ることにする。
アルトゥールは必死にパティを見ないようにしながらも、なんとかこの状況をどうにかできないかと、うろたえていて、フィオナは少し可哀想になってしまう。
もしシキだったら、裸だろうがなんだろうが、笑顔でパティさんを気絶させられるだろうなと、考えてしまい、くすっと笑うと、アルトゥールがフィオナを見て眉を下げる。
「フィオナ!笑うなんてっ!くそっ、卑怯だぞ!」
「あ、ごめん!別にアルトを笑ったわけではないから」
「そうだぞアルト君!勝負に卑怯も何もないのだ!これがもしシキ君なら、私が全裸だろうが、堂々と締め上げに来るだろうよ?」
「あ!パティさんもそう思いますか?私もそう思ったらおかしくてっ!」
フィオナとパティが二人で笑っていると、アルトゥールが意を決したように、パティに向けて剣を構える。
「パティ副室長、そっちが悪いんですよ」
アルトゥールが、剣を構えて、パティに迫った。
パティはにやっと笑うと、すぐに防御結界を張る。剣が結界に阻まれるが、剣の勢いでパティは地面に押し倒されてしまった。
「パティさん!」
フィオナが慌てて声を掛けると、パティがにたりと笑って叫んだ。
「いやあああああん!アルト君が押し倒してきたああ!」
「くっ!」
それでもパティからどけようとせず、もう一度剣を振り下ろそうとしたとき、森の中から青い紐を付けた男性魔導士がやってきて、目を丸くして声を上げた。
「アルトさん!何やってるんですか!?」
アルトは思わずパティから離れると、慌てて反論する。
「違う!これは俺がやったんじゃない!」
「酷い!アルト君!無理やりしておいて!」
パティがわざと服をはだけさせる。
魔導士の男は下着が丸見えになっているパティにくぎ付けになってしまった。
「あ、ああ、アルトさんっ!な、なんてことを!」
「だから違うんだって!」
フィオナはその間に、結界を維持したまま、雷の攻撃呪文を唱える。
正直この結界を保ちながら、他の攻撃魔法を操るのはしんどいが、今まで散々魔植物園で鍛えられてきたのだ。やってやれない事はない。
フィオナは呪文を完成させると、魔導士の男めがけて雷を落とす。
バチっと激しい音と共に、男は地面に倒れた。
フィオナは男の腕に巻いてある紐を外すとポケットにしまう。
「おお!フィオナたん!二種同時魔法なんてやるではないか!?しかもこの結界を保ちつつとは、ちょっと私も驚いてしまったよ!」
パティは目を輝かせてそういうと、アルトゥールは驚愕の表情でフィオナを見て、表情を引き締める。
「フィオナ、お前すごいな。俺もこんなところで遊んでいる場合ではないな」
アルトゥールはそう言って、力任せに檻にガンガンと剣を叩きつける。
中からの衝撃にフィオナは結界を保つ魔力を上げる。ぐんぐん魔力が削られていくの分かって眉間にシワを寄せる。
どのくらいそうしていたか、フィオナはさすがに額に汗が浮かんできた。
アルトゥールは更に力を込めて、檻を剣で叩き続ける。
フィオナは、残り少ない魔力を振り絞って、結界を維持させようと歯を食いしばる。
まずい……。
フィオナは意識が徐々に朦朧としてくるのを感じていた。
三十分までもうすぐのはずだ。
ロアル達に絶対に黒豹を檻から出さないと約束したのだ。
もし檻から出してしまったら、アルトゥールはあっという間にパティとフィオナから紐を奪って他の仲間達を殲滅しに行ってしまう。
フィオナがここで三十分何が何でも、アルトゥールを食い止めなくてはならないのだ。
目がちかちかしてきた。
魔力欠乏のサインだ。
「フィオナたん!あと三分だ!頑張れ!」
パティの声が聞こえる。
あと三分……。
フィオナはぎりっと奥歯をかみしめると、結界に魔力を込めた。
「くそっ!」
アルトゥールの苛立ちの声が聞こえるが、目がだんだん霞んできた。
「あと一分!」
フィオナはぷるぷると震える腕で、魔力の最後の一滴まで檻に注ぎ込む。
もう……だめ……。
ふっと力が抜けて地面に倒れ込んだと同時に、どこからかイアンの声が聞こえた。
「そこまで!終了!」
フィオナは遠のく意識の中、なんとかやり切ったのだと、ほっと息をついたのだった。