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それで眠れるのなら

 ポーションに金のシールを貼り終えて、保管庫にしまい終わったフィオナは、うっかり、ゆるみそうになる頬を、慌てて引き締めると、地下への階段を降りていった。

 たかが三日会えなかっただけなのに、あの優しく微笑んだ顔が見たくて仕方がないのだ。


 シキの研究室の扉をノックする。

 少し待っても、返事がないので、もう一度ノックした。

 すると、小さく扉が開いてキノが顔をだす。地下から出られないシキが寂しくないように、ずっと一緒にいてくれたのだろう。キノは本当にいい子だ。


 「キノ、シキは?」

 

 キノは、フィオナを見て首をかしげる。明日まで会ってはいけない事を知っているからだ。


 「ルティが、もう会っても良いって。シキに送ってもらうように言われたの」


 説明すると、キノは口を笑みの形にすると、扉を大きく開いて、研究室の中へと、フィオナの手を引っ張っていく。


 こちらに背を向けて、奥の壁際の作業台に座っているシキの姿が見えた。

 座っているというか、作業台に顔を伏せて眠っているようだった。


 キノは構わずフィオナの手を掴んで、シキの側まで連れて行く。


 やはりシキは両腕を枕にして、顔を伏せて眠っていた。顔は見えないが肩が規則正しくゆっくりと呼吸と共に上がり下がりしている。

 地下にずっとこもって仕事をして疲れているのだろう。


 フィオナはキノに向かって小声で伝える。


 「シキ、疲れているみたいだから、やっぱりルティに送ってもらうわ」


 せっかくルティが早めに会わせてくれたのだが、起こすのは忍びなかった。

 フィオナが、名残惜しそうにシキを見て、立ち去ろうとすると、キノが双葉の間から蔦を出して、シキの肩をゆする。


 「キノっ、だめよ。起こしちゃ」


 小声で止めるが、キノは首を振って、更にシキを揺すった。


 「う……ん?」


 シキがうめき声を漏らして、頭を動かす。

 フィオナはキノの蔦を掴んで、慌てて止めようとするが、シキがむくりと起きてしまった。


 ぼうっとした顔で、シキはフィオナを見る。


 「シキ、ごめんなさい。私はもう出ていくから、寝ていてね」


 そう言って立ち去ろうとすると、急にシキに腕を掴まれた。


 「あれ、フィオナがいる?」


 腕を引っ張られて、シキに背を向けるように、膝に乗せられて抱きしめられてしまう。


 「シキ!?」

 「夢見てるのかなぁ……」


 あきらかに寝起きの声で、そのままフィオナの首筋に顔を埋めてくる。

 くすぐったくて身をよじるが離してもらえない。

 そして、そのまま、すうすうと寝息が聞こえてきた。


 「シキ、お、起きて下さいっ」

 「……」

 「シキっ!寝ていても良いから降ろして下さいっ」

 「あれ……」

 「シキ!」


 シキがフィオナの首筋から顔を上げる。


 「フィオナ?」

 「起きましたか?」

 「なんでいるの?」

 「とりあえず降ろして下さい」

 「嫌だ」

 「なんでですか!?」

 「随分会っていないから」

 「私も随分会っていないから、シキの顔を見たいです。だから降ろして」


 そう言うと、シキはあっさりと手を緩めて、フィオナを離す。

 フィオナはシキの膝から降りると、振り返って、シキの顔を見た。少しやつれた様に見える。


 「シキ、全然寝ていなかったんですか?」

 「うん。なんか眠れなくて。それよりなんでここに居るの?ルティに怒られるよ。あれ、もしかして、もう三日経った?」

 「まだですけど、ルティが、行っていいって言ったんですよ。帰りはシキに送ってもらうようにって」

 「今何時?」

 「夜の八時です」

 「そっか。少し寝てただけか。なんだかずっと地下にいると、時間の感覚もよく分からなくなるね」

 「大丈夫ですか?」

 「うん。じゃあ、一緒に帰ろう」

 「はい。向こうに着いたらご飯作りますね。ちゃんと食べてました?」

 「フィオナの差し入れは食べてたよ。すごく美味しかった」

 「お弁当しか食べていなかったんですか!?」

 「うん、面倒だったし」

 「もう!ここの人達は本当に放っておくと、すぐ不健康な生活になりますね!」

 「ふふっ、怒られちゃった」

 「怒りますよ。さ、早く帰ってご飯にしましょう」

 「うん」


 シキと一緒に研究室を出ると、キノが嬉しそに口を笑みの形に上げていた。

 フィオナは、キノを軽く抱きしめて、小声で伝える。


 「キノ、シキと一緒にいてくれてありがとう」


 キノは双葉の間から蔦を出してフィオナの頭を撫でてくれた。


 管理棟までの帰り道、フィオナはシキと並んで森の中を歩いていた。


 「ねえ、フィオナ、あの差し入れの中に入っていた、三角のお米なあに?二日ともすごく美味しかった。特に今日の焼いてあったのは、香ばしくて、絶品だったよ」

 「おにぎりっていうんですよ。豆を発酵させて作った調味料を塗って焼いたんです。ルティも大絶賛でした」

 「明日もおにぎりでもいいよ?」

 「ルティと同じ事いいますね。でも明日は違うお米料理を作る約束をルティとしているので、おにぎりはまた今度で」

 「えー、食べたかったのに」

 「ルティと約束しちゃったので」

 「なんだか、すっかりルティに指導係を取られちゃった気分だね」

 

 フィオナはくすりと笑う。


 「ルティは凄く教え方がうまくて、色々な知識があって、やっぱり、さすがだなあと思いました」

 「ちょっとフィオナ。結構傷つくんだけどなあ。まあ、けれど分かるよ。僕もルティに教わってきたからね。だから明日のおにぎりは諦めよう」

 「そうして下さい。そのおかげで、少し早くシキに会えたんですから」

 「どういう事?」

 「明日新しいお米料理を作るかわりに、シキに早く会える許可をくれたんですよ?」


 フィオナがそう言うと、シキは一瞬固まってから、物凄く嬉しそうに微笑んだ。


 「私、やっぱり、シキがそうやって笑っているのが一番好きです」


 フィオナがそうつぶやくと、シキはそのまま目を細めて、フィオナの頭に手を乗せると、もう一度ふわりと微笑んだ。


 管理棟に戻ると、あんなにやつれて見えたシキは、にこにこと嬉しそうに料理を作り始めた。


 「私が作りますよ?シキは休んでいてください」

 「じゃあ、一緒に作ろう」

 

 すっかりいつものシキに戻ったのを見て、フィオナは、やはり嬉しくなり、並んで料理を手伝いはじめた。


 出来上がった料理をはさんで、向かいあって食べるのも、たかが数日ぶりなのに、とても嬉しく感じてしまう。

 やはり誰かと一緒にご飯を食べるのは美味しいものだ。


 「フィオナ、何か飲む?」


 シキは飲んでいたワインが空になり、新しくお酒を取りに行こうとして、振り返る。


 「私この前のアケビ酒が飲みたいです。あれ、凄く美味しかったなぁ」


 そう言った途端、シキが固まった。


 「だめですか?」

 「うーん、どうしよう……」

 「ちょっとだけ。水で割って飲むので」

 「でもなぁ……」

 「シキ、お願い」

 

 じっとシキを見つめると、シキは渋々アケビ酒の瓶を持ってくる。


 「君はさ、この前の事気にしてないの?」


 シキが呆れたような声を出す。


 「はい。気にしてないですよ?」

 「はあ、君って本当に……」

 「なんですか?」

 「いや、何でもない」


 シキは、フィオナのコップにアケビ酒を一センチだけ注ぐと、瓶の蓋を閉める。


 「え?これだけ?」

 「ちょっとだけって言ったじゃない」

 「ちょっと過ぎませんか!?」


 シキは、アケビ酒のコップに氷と水をたっぷりと追加する。


 「はい。増えたよ」

 「えー。これじゃ、ほとんど水じゃないですか」

 「飲んでごらん」


 フィオナは、少し不満そうにコップに口をつける。


 「え!?あれ?美味しい!!」

 「でしょ?アケビ酒は物凄くアルコール度数が高いんだよ。だからこのくらい薄めても大丈夫なんだ。それなのに、この前は止める間もなく、コップに半分のアケビ酒を一気飲みなんてするから」


 フィオナは、そういえば飲もうとした時、シキが何か言いかけたなと思い出した。


 「あの時は、もうすでに酔ってて……」

 「え?そうなの?全然そうは見えなかったけど」

 「私あんまり顔に出ないですよ。だから、誰かとお酒を飲むと、つい、勧められちゃうんです」

 「そっかぁ、覚えておくよ。また倒れられたら困るしね」

 

 フィオナは、なんだか居た堪れなくなって、だまってお酒に口をつける。

 程よく酔ったくらいで、フィオナは飲むのをやめて、食器を片付けると、お風呂に入る事にした。


 お風呂から上がって、キッチンを覗くと、シキが一人でまだお酒を飲んでいた。


 「シキ?まだ飲んでいるんですか?」

 「うん」

 「もう遅いですよ?寝てないんでしょう?早く寝て下さいね」

 「分かったよ。これを飲んだら、シャワーを浴びてちゃんと寝るよ。だからフィオナもお休み」

 

 シキがふわりと微笑んだので、フィオナは安心して寝室へと向かったのだった。


 夜中フィオナは、誰かに身体を揺すられたような気がして目を覚ました。

 ぼんやり周りを見ると誰もいない。


 気のせいかな。

 そう思って、再び目を閉じようとして、なんとなく気になって、ベッドから身を起こした。


 やはり誰もいない。

 時計を見ると夜のニ時前だった。

 水でも飲もうかと、スリッパを履いて部屋を出ると、下の階から小さく音がした気がして立ち止まった。

 そろそろと静かにキッチンに降りると、小さな魔法ランプだけを灯して、シキがテーブルで気だるそうに、お酒を飲んでいた。


 「シキ?」


 囁くように声をかけると、シキがはっと顔を上げる。


 「フィオナ、どうしたの?」

 「たまたま目が覚めて、お水でも飲もうかと思ったんです。シキ、もしかして、あれからずっと飲んでいたんですか?」

 「いや、一旦やめて、シャワーを浴びてベッドに入ったんだけも、どうにも眠れなくて。仕方なくてちょっと飲んでた」

 「もう何日も寝てないんでしょう?」

 「そうなんだけどね……。一旦こうなっちゃっうと、疲れてようが、寝てなかろうが、目が冴えちゃって眠れないんだよ。昔からそうなんだ。不眠症体質なのかもね」

 

 シキはそう言って、少しだるそうな顔で笑う。食事の時はにこにこしていて、あまり気にならなかったが、やはり明らかにやつれて見えた。

 いくらポーションを飲んで体力を回復したって、人間は睡眠を取らなければ、どんどん疲弊していってしまうのではないだろうか?

 フィオナはどうしようもなく不安になる。


 「お酒を飲んだら、少しは眠くなりますか?」

 「いや、あんまり関係ないかな?」

 「どうやったら寝れますか?なにか甘い温かい飲み物でも作りましょうか?」

 「大丈夫だよ。ありがとう、フィオナ。いつもの事だから。気にしないでお休み」

 「気にしないなんて無理です。少し話していたら眠くなりますか?」


 シキは苦笑してから、少しいたずらっぽく言う。


 「フィオナが一緒に寝てくれたら、つられて眠くなるかもね」


 フィオナはじっとシキを見つめる。


 「本当ですか?」

 「冗談だよ。いいから、もう休んで」


 くすりと笑うシキのコップを、フィオナは強引に奪い、さっと片付ける。


 「ああっ、フィオナ、まだ飲んでたのに……」


 うらめしげに言うシキの腕を、フィオナは引っ張る。


 「な、どうしたの?フィオナ?」

 「それで眠れるのなら、一緒に寝ます」

 「はあ?」

 「さ、シキ。寝室に行きますよ」

 「ちょっと待って、フィオナ!」

 「だめです」


 フィオナはぐいぐいとシキの腕を引っ張ると、自分の寝室に入り、思い切りシキをベッドに押し倒す。


 「フィオナ!」

 「なんですか?」

 「君正気なの?実は酔ってる?」

 「酔っていません」

 「さっきのは冗談だから」

 「でも本当に眠たくなるかもしれないでしょう?」

 「この前の事忘れた訳じゃないでしょう?自分が何してるか分かってるの?無防備にも程があるよ」

 「今日、シキは私に手を出したいと思っているんですか?」

 「いや、思ってないよ」

 「じゃあ、問題ないじゃないですか」

 「フィオナ……」

 「シキ、お願いだから、もう少し自分の身体を大事にして下さい。人間は夜眠るものなんです。そうやって、無理していたら、いつか身体が壊れてしまいます。そんなの私嫌です。シキがそうならない為なら、一緒に寝るくらい、別に構わないです」


 フィオナは、ベッドに押し倒されながらも、半身を起こしているシキの肩をもう一度押してベッドに横たわらせると、毛布を掛けて、自分も横に潜り込む。

 やっぱり恥ずかしいという気持ちが湧き上がってきて、顔が熱くなる。

 勢いでこんな事をしてしまったが、自分はとんでもない事をしているのではないかと、急に焦ってきた。

 心臓がばくばくと激しく音を立てる。


 「フィオナ、もう知らないよ」


 シキはそう囁くと、フィオナをぎゅっと抱き締めた。

 自分からベッドに引っ張ってきておいて、逃げる訳にも行かず、フィオナは身体をこわばらせながらも、抵抗せずに、ぎゅっと目を瞑った。

 シキの匂いがする。

 それとお酒の匂い。

 

 くっついている所から体温が伝わってきて、暖かくて気持ちがいい。ばくばくとしていた鼓動が、徐々におさまっていく。


 シキが深く息を吐いて、つぶやいた。


 「フィオナ、あったかい」


 まだ恥ずかしくて、返事が出来ずシキの胸でうなずくに留める。

 どのくらいそうしていただろうか。

 ぽかぽか気持ちよくて、フィオナはとろんとしてくる。身体の力が抜けて、鼻先をシキの胸にあてたまま、いつの間にか眠ってしまっていた。

 

 フィオナがぼんやりと目を覚ますと、目の前にシキの寝顔が見えた。


 「!!!」


 ものすごく驚いてから、すぐに、昨晩一緒に寝たんだったと、思い出した。

 とても穏やかにぐっすりと眠っているシキを見て、心底ほっとする。


 良かった、ちゃんと眠れたんだ……。


 暖かく、シキの匂いかするベッドから出るのが、なぜか名残惜しく感じてしまい、フィオナは自分に驚いてしまう。


 いやいやいや、起きないと!


 フィオナは自分を叱咤すると、シキを起こさない様に、そっとベッドから抜け出し、着替えを持ってバスルームに駆け込んだのだった。

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