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辞めないって何度言えばわかるんですか

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 「さ、今日から私があんたの指導係だよ!」


 フィオナの前に仁王立ちになったルティアナを見て、フィオナはくしゃりと顔を歪める。


 「なんだい、嫌なのかい?王国一の私が直々に教えてやるって言っているのに、何が不満なのさ」

 「シキは……?」

 「話、聞いていたんだろう?」

 

 静かに首を縦に振る。


 「あいつがもう、指導係ができないっていうんだからしょうがないよ」


 フィオナの目に一気に涙があふれた。


 「なんであんたが泣くのさ。せいせいしただろう?自分に酔った勢いで手を出すような男だぞ?」

 「ち、違うっ」


 ぼろぼろとこぼれる涙と嗚咽で、言葉が詰まる。


 「何が違う。事実は事実だ。本人もそれをよく分かっているからの判断だ」

 「私がっ、悪い。シキは、いつだって、私を心配してくれて、それなのに、酔って、煽るような事……」


 朝は覚えていなかったが、よくよく思い出せば、おぼろげに、夜中シキにアルトの事を話したような記憶もあるし、ポーションを飲ませて欲しいと言ったような気もする。


 「そうだとしても、部下に手を出そうとしたあいつが悪い」

 「わ、わるくないっ!」

 「じゃあフィオナ、お前はどうしたいんだい?」

 「シキに……今まで通り教えてほしいっ」


 突然フィオナはルティアナに頭をわしずかみにされた。


 「い、いた、いたたたっ」

 「全く、この私を目の前にして、堂々と他の奴に教えて欲しいとは、よく言ったものだねえ!」

 「ご、ごめんなさいっ!」


 よく考えれば、ルティアナはここの所長であり、絶対的権力者だ。その上隣国にまで名を知らしめる大魔導士である。

 それなのに、この発言は失礼極まりないと、今更ながらに反省する。

 それでもさっきの言葉はフィオナの本心だ。


 ルティアナは箒を出すと、そこに飛び乗って、黙って後ろを指さした。

 フィオナは、ぱっと顔を上げると、すぐに後ろに飛び乗って、その細い腰に手を回す。

 その途端、ものすごい加速で箒は森に突っ込んでいった。

 あっという間に研究棟につくと、ルティアナはフィオナだけ降ろして、箒で浮いたまま言い捨てる。


 「私はちょっと見回りに行ってくる。戻ってくるまでに、あのヘタレ男を説得できなければ、今後は私があんたの教育係だ。いいね」

 「ルティ!ありがとうっ」


 フィオナがくしゃりと顔を崩すと、ルティアナは、ふんと鼻で笑い、あっという間に森へと消えていく。

 フィオナは管理棟に駆けこむと、勢いよく作業場の扉を開けた。だがそこにシキの姿はない。キッチンにもいないので、地下の研究室の扉を叩いた。


 「シキ!シキっ、いるんでしょう?開けてください!」


 ガンガンと扉を叩くと、小さく扉が開いて、キノが首を傾げて出てきた。


 「キノ!シキは?」


 キノは、目を泳がせて、首を振ってから、フィオナにしか見えない様に親指でくいくいと部屋の中を指さした。

 キノはきっとシキにいないと言えとでも言われているのだろう。


 「キノ、ありがとう。大好き」


 フィオナはキノにしか聞こえない小声で囁くと、強引に扉を開けた。キノは抵抗する振りだけして、あっさりと扉の中にフィオナを入れてくれる。


 「うわっ!」


 研究室の中を見たフィオナは思わず声を上げてしまった。

 思ったより広い部屋の中は、フィオナの予想していた研究室とは全く異なっていて、無秩序に物が置かれ、かなり混沌としていた。壁際にそって、腰の高さほどの作業台がぐるっと部屋を一周していて、その作業台の上には、液体に入った不思議な植物が、様々な大きさのガラスのケースに入って培養されている。植物だけではなく、ガラスケースの中には、何かの目玉や、爬虫類らしき生き物も液体に入れられて保存されており、その不気味さにフィオナは思わず声を上げてしまったのだ。作業台の下には、びっしりと、器具や素材、本で埋め尽くされていて、お世辞にも綺麗に整頓されているとは言えなかった。


 背中を向けて、奥の壁際に座って何かをしていたシキが、驚いた顔で振り向いている。

 部屋の中の事は考えないようにして、そのまま固まっているシキに向かって、フィオナはずんずんと向かっていくと、目の前で立ち止まってシキを睨みつけた。


 「フィオナ……。どうして」

 「シキに話があって来ました」

 「さっきの話聞いてたんだよね」


 シキが諦めたように、小さく息を吐いて悲し気な目を向ける。


 「聞いていました」

 「ごめん。謝ってすむことじゃないけど、ちゃんと謝らせて。本当にごめんね。今後はルティに君の事はお願いしたから」

 「なんでシキが謝るんですか!」

 「なんでって……。酔ってたとは言え、君に手を出しかけたのは事実だし」

 「私が酔っぱらって、変な事を言ったりしなかったら、シキはそんな事しなかったです。悪いのは私です」

 「それは違うよ、どう考えても僕が悪い。それに朝、君に謝るべきだったのに黙ってた」

 「シキは自分が悪いと思っているから、私の指導係をやめるんですか?」

 「それもそうだし、君も嫌だろう。僕がそのまま指導係を続けたら君はここを辞めたいと思うかもしれない」

 

 フィオナは、なぜか怒りがわいてきて、気が付くと、座っているシキのシャツの襟首をつかんでいた。


 「嫌じゃないし、辞めないって何度言えばわかるんですか!?」


 怒鳴りつけるように言うフィオナに、シキが目を丸くする。


 「私はシキに教えて貰いたいんです!なんで私の指導係をやめるとか言うの!?これからいろいろ教えてくれるって言ったのに、なんでそのくらいの事で、私の事投げだしちゃうの!?」

 「それくらいの事って」

 「だって、最初にチューリップ畑に行った時、キスした事ないなら、練習に付き合うって言ってたくらいなのに、何を今更っ!」

 「だって、あれは仕事上でしょ。今回のはあきらかに違う」

 「ちょっと酔った勢いでキスしただけでしょう!?」

 「まあ、もうちょっとしたかな……」

 「え!?何したんですか!?」

 「もうこの際だし、言っちゃうけど……、唇と首筋にキスして、服を脱がせようとした。もう自分が信じられないよ」

 「あとは?」

 「え?」

 「それだけですか?」

 「うん」

 「それ以上はしてないんですよね?」

 「してないよ」


 フィオナは真っ赤な顔で、シキの襟を引っ張ると、自分からシキの唇を塞いだ。唇を離すと、茫然と目を見開いているシキの首筋に唇を落とし、シャツの中に手を入れて抱きつく。


 「ちょっと、フィオナ!?」


 真っ赤な顔で涙を浮かべながら離れると、唖然としているシキに向かっていった。


 「こ、これで、おあいこですっ!だから、お願いだから、私の指導係をやめるなんて言わないでくださいっ」


 ぼろぼろと泣きながら言うと、シキがくしゃりと顔を歪めて笑った。

 やっと笑った。

 フィオナはますます涙をこぼす。


 「シキ、お願いです。やめないって言ってください」

 「わかったよ、降参。やめない。僕がちゃんとフィオナの指導係をするよ」

 「よがっだあああああ」


 フィオナがわんわん泣くと、シキは優しく抱きしめて背中を撫でる。


 「もう、本当に君には敵わないよ」


 いつもの優しい声に、フィオナはますます涙が止まらなくなるのだった。



 泣き止んだフィオナは、研究棟のソファでシキに膝を手当されていた。


 「なんですりむいたまま、放っておくかな」

 「シキが指導係やめるとか言うからです」


 シキが傷薬を塗った指を、ぐりぐりとフィオナの膝の傷にこすりつける。


 「いだだだだだだだっ。シキ、もっと優しくっ」

 「ふふ、怪我をして放っておくとこういう事になると、身を持って知ってもらう為にわざとしているんだよ」

 「酷い、いじわる」

 「うん、よく言わるよ」


 二人が言い合っていると、バタンと扉が開いてルティアナが帰ってきた。


 「なんだい。もういちゃついてんのか」

 「うん」

 「違います!」


 フィオナとシキが別々の返事を同時にすると、ルティアナは肩をすくめてにやりと笑った。


 「お前らは、本当に面倒くさいね。さ、フィオナ、チューリップ畑に行くよ」

 「え?」

 「言っただろう。今日から私が指導係だって」

 「ルティ!私ちゃんとシキを説得しましたよ?」

 「それはそれ、これはこれ。こんだけ私に迷惑かけたんだ。お前ら二人ともちっとは罰がないとつまらないだろう?今日から三日間、フィオナの指導係は私がやる。シキ、あんたは今日から三日間、一切フィオナに近づく事を禁止する。管理棟にも戻らないこと。いいね!」

 「ルティ、それはいくら何でもっ」

 「フィオナ、いいよ。ルティ分かった。確かにそうだね。今日から三日僕は昼間は地下から出ないよ。ひたすら仕事することにする。それでいい?」

 「ああ、そうと決まれば、フィオナ、行くよ」


 ルティアナが楽しそうに外へ出ていく。

 フィオナはそれを追おうとして、シキを振り返った。

 シキは、優しくにっこりと微笑んで、フィオナの頭に手を伸ばそうとして、すぐに引っ込めると、あっさり地下へと降りて行った。フィオナは寂し気にため息をつくと、仕方がないと気合を入れなおして、ルティアナの後を追った。



 ルティアナと一緒の仕事は、思ったよりもとても有意義だった。

 さすがこの魔植物園の植物を作った大魔導士だけあって、教える内容が幅広い。


 「いいかい。このチューリップはね、魔植物として合成するときに、少しだけアカシアの遺伝子を入れてあるんだ。それがこの蜜の部分に現れている。甘味がアカシアに似ているだろう?糖度を確認するとき、もし分からなくなったら、保冷庫に入っているアカシアの蜜を舐めてみな。あの味と変わらないのがベストだよ」

 「そういわれてみればアカシアの味にそっくりです!」

 「だろう?それからこの肥料。これはね、魔力水を結晶化させたものなんだよ。汲んできた魔力水を圧縮の術式を組み込んだ魔方陣を使って、結晶化させるんだ。フィオナにもそのうちやってもらうつもりだよ。この肥料はこの植物園でいたるところに使われているからね」

 「そうだったんですね!だからこの肥料からは魔力を感じるんだ。魔力水は時間が経つと効力が落ちますよね?肥料はどうなんですか?」

 「肥料は魔力の効力が下がることはないよ。水というのは流動的で、魔力を蓄えておく力が弱い。だが、この結晶は、それを圧縮する事によって水と魔力の結び付きを強力にしている。だから、水という成分が含まれつつも、効力は失わない」

 「なるほど。その圧縮の術式というのはすごいですね」

 「だろう。私がつくったんだ。それにしても、糖度チェックと肥料の量に関しては、ほぼきちんと出来ているね。この短時間で大したものだよ」


 ルティアナに褒められると、なんだか鼻が高い。


 「それじゃあ、肥料を撒き終わったら、水やりだね。肥料と水やりで二時間でやりな」

 「はいっ!」

 「んじゃ、二時間後に戻ってくるからね」


 ルティアナは箒に乗ると、特区に向かって飛んでいった。


 「頑張らないと!」


 今までシキには時間制限を付けられた事はなかったので、フィオナは急いで肥料を撒き始めた。


 二時間後、ぎりぎり水やりが終わったフィオナは、ふらふらになって、芝生に転がった。目の前がちかちかする。魔力欠乏と集中のしすぎで精神が疲労したためだ。最初に水やりをしたときに同じ症状になったので、良くわかる。


 ああ、意識がなくなりそう……。

 目の前が点滅しながらぼやけていく。


 唇にひやりとした感覚がして、ポーションが流れ込んできた。

 シキが来てくれたのかな。

 かすかに目を開くと、ピンクのツインテールが見える。

 そうだ、ルティと来てたんだった。

 続けて二度、唇を塞がれてポーションを飲まされた。

 冷たい唇の感触。

 シキはもっと暖かいのにな。

 フィオナの意識はそこで途切れた。



 「フィオナ!そろそろ起きろー」


 耳元で声がして、フィオナはぱちりと目を開ける。


 「お、起きたな。もう身体は良いだろう?」

 「ルティ、ポーション飲ませてくれたんですか?」

 「ああ、三十分くらい寝てたぞ」


 いつも倒れてポーションを飲んだ後は、三十分くらいで復活する。

 すっかり慣れてしまった。


 「あー、いつも通りですね。ありがとうございます」

 「帰って昼飯にしよう!フィオナ、今日はなんの米料理を作るんだい?」

 「そうですねえ、ピラフはどうですか?」

 「何それ?食べたことないな。うん、知らない料理は楽しみだよ。よし、急いで帰ろう。箒に乗りな」


 フィオナはルティアナの後ろに乗ると、しっかりと腰にしがみついた。

 

 「行くぞ!待ってろピラフー!」


 まるでピラフという名の魔物を倒しに行くような勢いで、箒が今までないくらいの速さで森に突っ込んでいく。


 「ひゃああああああああああああああああ!」


 管理棟についたフィオナは、寝起きでルティアナの後ろに乗るのは二度とやめようと誓った。

 がくがくの足がおさまると、フィオナはせめてシキに美味しいお昼を食べさせようと、保冷庫から食材を出して、ニマニマにながら料理をするのだった。


 「ルティ、ご飯できましたよー」


 フィオナは三人前のピラフをソファへと運ぶ。


 「あ、シキも呼んでこないと」

 「フィオナ待った!」

 「はい?」

 「シキは昼間は研究室から出ないと言っただろう。お前との接触も禁止」

 「じゃあ、ルティ、このご飯シキに持って行ってあげてください」

 「それもダメ」

 「え!?なんでですか?」

 「フィオナのご飯が食べられたら罰にならないだろう」

 「でも、せっかく作ったのに……」

 「それは私が食べるから問題ない!」


 そういうと、ルティアナは二人分のピラフをきれいに平らげてしまった。

 シキ可哀想……。


 「ふふふっ!ああ、美味しかった!きっとこのうまそうな匂いは地下まで降りているだろうさ。いい気味だね」

 「ルティ、そんな意地悪しなくても」

 「いーや、だめだね。罰というのは苦しみを伴うから罰なのさ。三日間この苦しみを味わうといい!よし、明日はカレーにしよう!」

 「カレー粉は取り寄せないともうないですよ」


 本当は管理棟の保冷庫にあと一回分あるのだが、食べられない人の目の前でカレーの匂いは拷問すぎると、フィオナはとっさに嘘をつく。


 「なんだ、つまらないなあ」

 「なんでそんなにシキに意地悪するんですか」

 「そりゃ、面白いからに決まっているだろう!」


 うわっ!

 フィオナは嬉々として話すルティアナを冷ややかな目で見つめた。

 この人、指導者としては優秀だけど、人間的にパティさんと同じ匂いがする。


 明日は、あまり匂いのしない料理にしようと、フィオナは心に決めるのだった。

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