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もう抱いてしまおうか

今回はシキ視点です。

 今日はとても楽しい一日だった。

 ネズの葉集めでは、フィオナに思いがけず嬉しい事を言われたし、午後は、気持ちのいい外で、ゆっくり話しながら、ダマシハジキの皮むきが出来た。


 ダマシハジキの果肉を口に入れたときの、フィオナの顔ったらなかった。

 思い出すと、笑ってしまいそうになる。

 その後にお菓子をねだられた時は、キノに魔力をねだられた時みたいな可愛さに、うっかり抱きしめそうになってしまった。誰かに絶対的に信頼されて甘えられるというとは、たまらなく心地よい。


 それが管理棟に帰ると、面倒な来客が来ていた。

 アキレオだ。

 彼はユアラと大喧嘩して、へこまされるとと必ずここに泣きつきにくる。

 アキレオに泣きつかれて、シキはやれやれとため息を吐いた。

 フィオナには、ご飯を作りに行ってもらったので、薬剤室にはシキとアキレオの二人だけだ。


 「シキぃいっ」

 「アキ、事情は聞きたくないし、どうでもいいけど、きっと大丈夫だから泣かないでよ」


 シキは仕方なく、アキの頭を自分の肩に抱き寄せて、頭を撫でてやる。

 絶対にフィオナには見られたくない。

 アキレオはこうやって、しばらく甘やかしてやらないと、泣き止まない。男のくせに面倒くさい。


 やっと興奮がおさまったアキレオを連れて、二階へと上がると、キッチンには肉と野菜を炒める良い匂いが漂っていた。

 フィオナにカレーを作るように頼んだのは、もちろん自分が食べたいのもあるが、アキレオにフィオナの料理を自慢してやりたいと思ったのかもしれない。

 それにアキレオにもカレーを食べさせてやりたかった。


 食事が終わると、アキレオと一緒に飲み始める。彼が来たら、いつも夜更けまで酒飲みに付き合わされるのだ。

 アキレオはシキの酒を気に入っていて、いつも大量に手作りの果実酒を飲み干していく。

 シキは残り少ないアケビ酒をテーブルに出すか迷い、アキレオの楽しそうな顔を見て、しかたなそうに瓶を手にした。


 フィオナも交えて、酒盛りは夜中まで続いた。それにしても、フィオナはそこそこ度数の高いリンゴ酒を水割りとはいえ、コップに三杯も飲んでいるのに、全く顔色が変わらない。

 思ったり酒に強かったんだなと、感心する。

 今度は二人で夜飲もうかな。


 「シキー!アケビ酒!アケビ酒ちょーだいっ!」


 アキレオは酔いが回ってくると、必ずアケビ酒を欲しがる。度数が一番強いのに、なぜか酔っぱらってから飲みたがるのだ。

 この前ルティにガバガバ飲まれてもうあんまりないのになあ……。


 「一杯だけだぞ」

 「わーってるって!」


 シキがコップにアケビ酒を注ぐと、匂いにつられて、フィオナがアケビ酒に興味を向ける。


 「わあ、いい匂いですね」

 「フィオナちゃん、ちょーっと飲んで見る?これね、すっげえうまいよ!」


 アキレオがアケビ酒の瓶を奪って、空になったフィオナのコップへとドバドバと注いでいく。


 「あ、こら、そんなに!」


 シキは、コップに半分位の所で、慌ててアキレオから瓶を取り返す。フィオナは酒に強そうだが、アケビ酒は、リンゴ酒なんかに比べたら比較にならないくらい高いアルコール度数なのだ。酒に弱い人間が飲んだら一口でダウンしてしまうだろう。

 なんとかアキレオから瓶を奪うと、その側からフィオナがアケビ酒をストレートのまま、一口こくりと飲む。


 「美味しい!」


 フィオナが顔を輝かせる。

 アケビ酒はその独特な芳香と爽やかな甘みで、とんでもないアルコール度数のわりには飲みやすい。

 だから危険なのだ。せめて水割りにしてやらないと、とシキは止めに入る。

 

 「あ、フィオナ、待って……」


 止める間もなく、フィオナはアケビ酒を飲み干してしまった。


 「なにこれすごく美味しいっ!」

 「フィオナ、そんな一気に!大丈夫?」

 「え?何が、です、か……?」

 「このお酒すごく度数が強いんだよっ」

 「ふえっ?」


 案の定フィオナは、あっという間にテーブルに突っ伏してしまった。


 「フィオナちゃん!?ちょっと大丈夫!?」

 「大丈夫なわけあるか、この馬鹿!アケビ酒がどれだけ強い酒か知っているだろう」

 「えー、そうだっけ?」

 「弱い人間が飲んだら、一口でぶっ倒れるくらいには強いんだよ」

 「いつもシキと一緒に飲んでたから知らなかったよー。お前も俺もいつもストレートで飲んでも、なんともないいじゃん」

 「お前はいつも帰りふらふらだけどな」


 シキは、テーブルに突っ伏したフィオナの顔をのぞき込む。

 少し顔が青白いが、呼吸も平常だし、眠っているだけのようだ。


 「アキ、今日はおしまい。もう帰って。フィオナを寝かせにいくから」

 「ええええええ!まだこれからでしょー!」

 「うるさい。いいから帰れ」

 「もう、あと一杯だけ!シキー、お願い!あと一杯付き合って!そしたら帰るから」


 なんだかんだアキレオに弱いシキは、小さくため息をついた。


 「じゃあ、先にフィオナを寝かせて来る」


 シキはフィオナをそっと抱き上げると、三階へと上がり、寝室のベッドに寝かせて、キッチンへと戻る。

 そんなシキをアキレオはニヤニヤしながら待ち構えていた。


 「なに?」

 「いやさ、やっとシキにも春がきたなあって」

 「はあ?」

 「お前、本当のところどうなの?フィオナちゃんの事」

 「どうって?」

 「だから好きなのかって聞いてるの!まったくもう」

 「好きだよ?いい子だし、仕事熱心だし、頑張り屋だし、辞めなさそうだし」

 「そういうんじゃなくて!女としてって事だよ!」


 シキはアケビ酒を一口飲み込む。アキレオの勘違いに呆れて馬鹿らしくなる。


 「フィオナは大事な部下だよ。お前も知っているだろ?僕、女とどうこうしたいとか、あんまりもう思わないんだよねえ。面倒くさい事ばっかりでさ」

 「フィオナちゃんは面倒くさくないんだろう?」

 「うん」

 「可愛いと思うだろ?」

 「うん」

 「たまに抱きしめたくならない?」

 「そりゃ可愛いからね」

 「そういうの好きっていうんじゃねえの?」

 「違うよ。だからって別に抱きたいとかは思わないし。年だって十も違うしね」

 「はー、お前は本当にぼんくらだねえ。フィオナちゃん、そのうちアルト君と付き合ったりしちゃうんだろうなあ」

 

 それはなんか嫌だな……。ちらりとそう思ってしまったが、口は別の言葉を吐き出す。


 「それは本人の自由だからね」

 「うっわ!何その余裕。ユアラと足して二で割りたいわ」

 「それ嫌だなあ」

 「ユアラに言っちゃおう」

 「やめてよ。ただでさえユアラに目の敵にされているんだからね。あいつに絡まれると面倒なんだよ」

 「へへっ。可愛いだろう?俺の事になるとすぐにやきもち焼いちゃってさ」

 「はいはい、ほら、コップが空になったぞ。帰れ」

 「へーい。ごちそうさま。フィオナちゃんにもカレー美味しかったって言っておいてね。また食べにくるよ」

 「来なくていい」

 「じゃあな、見送りは結構!シキはフィオナちゃんについていてあげなさいっ!あ、でも酔った女の子に手をだしちゃあいけないからな!」

 「出さないよ」

 「んじゃな!」


 アキレオが台風の様に去っていくと、シキはほっと息をついて、三階へと上がっていった。

 フィオナの様子が気になって、そっと寝室に入ると、ベッドに近寄る。あんまり強すぎる酒を一気に飲むとショック症状を起こす人間も中にはいるのだ。

 さっきのフィオナの様子から、そこまでではないと思ったが、変に苦しんでいたりしないかと気になった。念の為に先に薬剤室から、解毒ポーションも持ってきていた。

 ベッドをのぞきこんで、思わずシキは小さく吹き出しだ。


 「すごい寝相っ」


 ちゃんと毛布を掛けたはずなのに、それはもうめちゃくちゃになっていて、手も足もあらゆる方向へ伸びている。暑かったのだろうか、シャツのボタンを自分で外してしまったようで、盛大にめくれて、下着とお腹が丸出しになっていた。

 

 「お腹冷えて壊しちゃうよ」


 シキはささやくようにつぶやくと、フィオナの服のボタンを直そうと手を伸ばして、シャツにふれた。

 そこにフィオナが盛大に寝がえりを打って、シキの方に横向きになる。

 シキは苦笑いをして、フィオナの腕をそっと動かし、再びシャツのボタンに手を伸ばそうとすると、突然手を掴まれた。


 「シ……キ」


 フィオナがうっすらと目を開けている。


 「フィオナ風邪引くよ。ちゃんと服着て、毛布を掛けなくちゃ」


 優しくそう言うと、フィオナはなぜか顔を歪めて、うるんだ目でシキを見つめ、少しかすれ気味の声で必死に言葉を吐き出した。


 「シキ……、違うの、アルト、とは、なんでもない、の。パティさん、に、見られたのも、あれは、確かに、アルトに、詰め寄られてけど、そういうんじゃ、なくて……」

 「うん、分かったよ。大丈夫だから、もう寝なさい」


 そんなにアルトゥールと噂になった事を気にしていたのだろうか?

 シキが頭を撫でると、フィオナは、嫌だと言う様に、小さく首を振って泣きそうな顔になる。


 「パティさんが、アルトに、言ったの。シキがポーションを口移ししてたって、それで、アルトが、変な心配して、嫌なのに無理やりされて、いるんじゃないかって、怒って、だから、違うって、言い合っていたら、そこをみられちゃって、だから、誤解なの。シキ、私、アルトと付き合ってない……」


 シキは驚いて、思わずフィオナを撫でていた手を止めてしまっていた。


 「ちゃんと、いったから。無理やりなんかされて、ないって、嫌じゃないって」


 うるんだ目で訴えられて、シキはなんて答えようかと一瞬固まってしまった。

 フィオナは言いたい事が言えて、ほっとしたのか、少し目をつむって、うめくように言った。


 「シキ……、頭痛い。ぐるぐるする」

 「フィオナ、大丈夫?」


 我に返って、眉間にしわを寄せるフィオナの頬に、手をあてる。再びうっすらと目を開けたフィオナは浅い呼吸であえぐ。


 「シキ、つらい」

 「ポーション飲もうか。起き上がれそう?」


 フィオナ小さく首をふる。


 「シキ、飲ませて。嫌じゃないから……。お願い」


 シキは今までにないくらい動揺していた。酔っぱらっているとはいえ、フィオナの発言がいつもと違いすぎる。普段なら、動けなくても自分で飲むと言いそうなのに。

 

 「シキ、早く……」


 かすれた甘い声でねだられて、シキの背中にぞくりと何かが走った。

 金のポーションのシールをはがすと、一口含んで、フィオナの唇をそっとふさぐ。いつもより柔らかく感じてしまい、自分も酔っているのかと少し焦る。フィオナは、流れてくるポーションを懸命に飲み込んでいく。唇を離すと、うるんだ目でじっと見つめられた。何故かたまらなくなり、すぐにポーションを含んで再び唇を塞ぐ。

 フィオナはされるがままに受け入れてポーションを飲み込みながら、シキの唇に吸い付く。

 また背中にぞわりとした感覚が走り、それが快感だと気づいてしまうと、どくんと心臓が音を立てた。

 そうなると、もう押えられなくなり、次にポーションを飲ませる時には、フィオナの舌に自分の舌を絡めていた。フィオナもつたないながらにそれに応えようとしている。

 はっと我に返り、唇を離すと、フィオナが荒い息で、あえぐように言った。


 「もう、終わり?もっと……」


 それを聞いた瞬間シキの中で、理性が吹っ飛んだ。

 もう、構わず、フィオナの唇を塞いで、激しく舌を絡める。フィオナはまるで嫌がらずに、それを受け止めて、必死にあえぎながら応えようとする。気が済むまで、フィオナの唇をなぶると、その首筋に唇を落とした。フィオナはびくりと身体をこわばらせたが、全く抵抗しない。何度も首筋に唇を這わせて、もう一度唇にキスしようと顔を近づけると、フィオナがシキの首筋に鼻を押し付けてくる。


 「シキの匂い」


 そう呟いた唇が首筋にふれて、もうたまらなくなった。

 一気に欲情させられて、シキは熱い息を吐き出す。

 こんなに誰かを抱きたいと思ったのは初めてだった。愛おしくて、思い切り抱きしめる。柔らかく熱をもった身体にふれて、おかしくなりそうだった。

 

 腕の中でフィオナが熱い息を漏らす。


 もう抱いてしまおうか。

 もう一度、キスをすると、フィオナが首に腕を回してきた。


 「シキ、一緒に寝よう。シキと寝ると暖かくて、シキの匂いがして気持ちいい」


 シキはフィオナの言葉を聞いて、服を脱がそうとしていた手を止める。

 理性を総動員させて、寸でのところで思いとどまった。

 アキレオの言葉が蘇る。


 『あ、でも酔った女の子に手をだしちゃあいけないからな!』


 シキは、フィオナから未練を断ち切るように離れると、ベッド横の椅子に腰かけて、額に手をあてた。

 思い切り息を吸って、吐き出す。

 手、出さないって言っちゃったしなあ……。

 気持ち良さそうに、寝息を立てはじめるフィオナを見て、シキは再び大きく息を吐いた。

 

 しばらくして、やっと気持ちが落ち着くと、シキは、フィオナの服のボタンを一番上までしっかり留めて、毛布を掛ける。


 「ああ、危なかった」


 酔っていたとはいえ、危うく大事な部下に手を出すところだった。

 今まで、どんな女性に言い寄られてもこんな事はなかったのに、とシキは目を伏せてさっきまでの自分の行動を猛省する。

 明日フィオナになんて言おう。

 笑ってごまかせるかな……。いや、だめだろうそれは。

 それより、やっぱり転属したいって言われたらどうしよう。

 その可能性に気づいて、シキは頭を抱える。

 今更ながらに、取り返しのつかない事をしてしまったと後悔する。


 すっかり寝入っている頬をそっと撫でると、幸せそうにふにゃりと微笑まれて、手を掴まれてしまった。

 振りほどけなくて、その安心したような寝顔をじっと見ながら、シキはこのまま朝が来なければいいのにと思うのだった。


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