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アキレオ襲来

 一時間鍋をかき回し続け、どろどろにゲル状になったダマシハジキの実は、瓶に詰め替えてきれいに石のテーブルの上に並べられている。


 「どう見てもジャムにしか見えない」

 「食べてもいいよ?」

 「食べません」


 食べれば、とんでもなくえぐい苦味が、口いっぱいに拡がることを経験済みのフィオナは、忌々しそうに瓶を見つめた。


 「さあ、鍋を洗って片付けよう。もうすっかり暗くなっちゃったね」


 光魔法のランプのおかげで、あたりは明るく照らされているが、空を見上げると、ちらほら星が瞬き始めている。

 鍋やトレーを水でよく洗って倉庫に片付けると、もう時計の針は七時を指していた。


 「結局こんな時間になっちゃいましたね。シキが自分の仕事をする時間はちっとも作ってあげれませんでした」


 しょんぼりとそう言うと、シキの大きな手が頭を優しく撫でる。


 「フィオナ、そんな事は気にしなくて良いんだよ。最初からそのつもりだって言っているだろう。それに今日は僕がフィオナと一緒に作業したかったんだから」


 そんか風に言われては、胸がきゅうっとしてしまう。

 天然人たらしめ。


 「さ、管理等に戻ってご飯にしよう」

 「はい」


 薄暗くなってしまった森を抜けて、フィオナが管理棟の扉を開けて薬剤室に入ると、真っ暗な部屋の中、すすり泣く声が聞こえて、ビクリと立ち止まった。

 手にしたランプでぼんやり照らすと、カウンターの椅子に誰かが座っていて、思わず後ずさってしまう。

 

 「どうしたの?」


 すぐ後ろから入ってきたシキにぶつかってしまい、フィオナはまたもやビクリとしてしまう。


 「シキっ、だ、誰かカウンターにっ」


 小声でシキに言うと、シキは室内の明かりを付けた。スイッチで、魔法灯がつく仕組みになっているのだ。


 パッと明るくなった室内に、カウンターにいた人影が顔を上げる。


 「アキ室長!」

 「やっぱりアキか……」


 驚くフィオナの横で、シキが小さくため息を吐いた。


 「シキぃいい!」


 アキレオはカウンターの椅子から立ち上がると、シキに向かって突進し、そのままシキの服を掴むと、半泣きになりながら、頭をシキの胸にぐりぐりと擦り付ける。


 「もう、何?お腹空いてるんだけど」


 ものすごく素っ気なく言うシキにフィオナは驚く。


 ええ!シキ冷たいっ!

 いつものシキなら、優しく微笑んで頭を撫でるところじゃないの!?


 フィオナがアキ室長の行動と、シキの態度に驚いていると、アキレオがえぐえぐと泣きながらで話し出す。


 「シキぃ!聞いてよ!ユアラが酷いんだ。事故だって言っているのに信じてくれなくて、話しも聞いてくれないし、部屋にも入れてくれないっ」

 「よくわからないけど、それいつもの事でしょう」

 「いつもなら、ごめんってキスしたら許してくれるのに、今日はさわろうとしただけで引っぱたかれたんだ!」

 「それで?なんで毎度毎度ここに来るわけ?」

 「他に行く所ないもん!」

 「部下がいっぱいいるだろ」

 「みんな話し聞いてくれないし」


 まあ、毎日職場で痴話喧嘩してたら、そりゃ聞いてくれないだろうなぁ。

 フィオナは苦笑いして、シキを見る。


 「フィオナ、ごめん、ご飯作ってくれる?」

 「はい、アキ室長も食べますか?」

 「いいの!?食べるよ!」

 「本当は追い返したいけどね」

 「シキ、酷いよおおおお!」


 フィオナが笑って階段を上がろうとすると、シキに呼び止められる。


 「フィオナ、カレー食べたいな」

 「はい、じゃあ、カレー作りますね」


 フィオナはシキのふてくされたような顔をみて、ニマニマしながら二階へと上がっていった。


 ご米をといで、吸水させている間に、保冷庫の中身をみる。カレー粉はまだあるので大丈夫なのだが、せっかくなので、この間とは違う材料で作りたい。


 「今日は、ミンチ肉を使ったキーマカレーにしようかな」


 フィオナは、野菜をみじん切りにして、ひき肉と炒めはじめる。 

 すると、下からシキとアキ室長が上がってきた。

 アキ室長は、キッチンのテーブル席に座ると、いじけたように机に突っ伏す。

 シキはフィオナの所に来て、鍋の中身を見ると、不思議そうな顔をした。


 「この前とは違うんだね」

 「はい、今日はミンチ肉を使ったキーマカレーにします」

 「なんだか美味しそうだね。楽しみだ」


 二人で話していると、アキ室長が羨ましそうな声を出してくる。


 「いいなー、二人は仲良さそうでさー」


 シキはやれやれとため息をつくと、コップを二つと、保冷庫からお酒の入った瓶を取り出して、テーブルに戻っていった。

 

 「アキ、ワインでいい?」

 「うん」

 「はい、どうぞ」


 アキレオはワインに口を付けて、大きく息を吐く。


 「うーん、美味いね!ここのお酒はいつ来ても最高だよ」

 「アキが来るとお酒が一気に減る」

 「まあまあ、そう言うなって。あ!そうだ!シキ、この前は悪かったな」

 「何が?」

 「フィオナちゃんの、要請書。あれ、ユアラが勝手に出しちゃったんだよ」

 「別に。すぐに捨てたし」

 「いや、本当にお前、フィオナちゃんお気に入りなのなっ!びっくりだよ」

 「驚く事じゃないだろう。フィオナは優秀だし、頑張り屋だし、とってもいい子だよ」


 フィオナは、煮込み始めた鍋の中身をかき混ぜてながら、居たたまれなくなる。

 本人を前にして、そういう事を言うのはやめて頂きたい。

 カレーに集中しよう。聞こえない。聞こえない。そろそろお米も火にかけよう。


 「なんかさ、この前フィオナちゃんが配達に来てくれたでしょ?それで開発室の奴らがさ、噂してたよー」

 「何の?」

 「フィオナちゃんとアルト君が付き合ってるのかって」


 フィオナは盛大に吹き出した。

 思わず振り返って、ぷるぷるしながら、アキ室長に向かって叫ぶ。


 「な、何でそんな話しになってるんですかー!?」

 「え、だって、あのアルト君に荷物持ちさせてじゃない」

 「アルト君ってだれだっけ?」

 「ほら、最近南騎士団に志願異動した黒髪のイケメン君だよ。やたら強いって噂の」

 「ああ、この前ナック隊長が連れてきてた子か」

 「ちがっ!シキ!違います!あれは、たまたまゲートの所を通った時に、アルトが道案内に付いてきてくれるって言ってくれて、それで、荷物もいいって言ったのに持ってくれてっ!だから、そんなんじゃないんです!」

 「えー、でも、もう名前呼び捨てにするくらいの仲なんじゃない。パティが、通路でフィオナちゃんが、アルト君に迫られてたのを見たって言ってたよ」

 「そうなの?」

 「ちがーう!違いますっ!誤解なんですっ!」

 「フィオナ、お鍋、お鍋」

 「ああっ!」


 お米がいつの間にか沸騰して、吹きこぼれていた。

 フィオナは慌てて弱火にすると、泣きそうになりながら、カレーを仕上げ始める。


 「本人が違うって言ってるから違うんじゃない?」

 「まあ、噂だからね」


 シキとアキレオはあっさりその話題を切り上げて、飲み始めた。


 アキ室長、なんでシキにそんな事言うのー!

 フィオナは、涙目になりながら、鍋にカレー粉を入れる。

 ふわっとスパイシーな香りが部屋中に広がっていった。


 「わあ!何この匂い!何作ってるの?」

 「アキ、これ、カレーっていう料理なんだ。フィオナがこの前作ってくれたんだけど、凄く美味しいよ」

 「カレー?聞いたことないな」

 「僕も知らなかったんだけど、食べたら驚くよ」


 フィオナは、シキの嬉しそうな声に少しほっとして、この前より少しとろみのあるカレーを仕上げていく。

 お米が炊きあがった所で、お皿によそおうとすると、すかさずシキが来て手伝ってくれた。

 心配気にシキを見ると、優しくふわりと微笑まれて、ざわざわとしていた心が落ち着いていく。


 「アキ室長、お待たせしました。どうぞ」


 カレーをテーブルに置くと、アキレオに勧める。


 「へえ、この白いの何?何かの種?」

 「お米っていう穀物ですよ。そこにかかっている茶色のとろみのあるスープがカレーです。お米とカレーを一緒に食べてみて下さい」

 「うん、頂きます!」


 アキレオは、スプーンでお米とカレーをすくうと、息を吹きかけて冷まし、ぱくりと口に入れる。


 「何これ!うまっ!」


 アキレオは、目を見開くと、皿を持ってガツガツと食べ始めた。


 「フィオナのカレー、美味しいでしょ?」


 シキが自分の手柄のように嬉しそうに言うので、フィオナもにへらっと顔を崩してしまう。

 アキレオはあっという間に食べてしまい、物足りなさそうな顔で皿を見つめる。


 「おかわりしますか?まだ沢山ありますよ」

 「するする!フィオナちゃん最高!大好き!」

 「そういう事言うからユアラが怒るんだろう」

 

 アキレオは、べえっとシキに向かって舌をだす。


 「こんなに可愛くていい子を放っておいたら、すぐ誰かに掻っ攫われるぞ、シキ」

 「させないよ。申請書は片っ端から握りつぶすから」

 「あー、そういう事じゃないんだけどねー。まー、この天然ぼんくら男に言ってもわからないか」

 「何?悪口言いに来たなら、おかわりはあげないよ」

 「うそうそ、シキ、大好きだよ」

 「気持ち悪い」


 二人の会話を聞いてフィオナは思わず吹き出す。


 「本当に仲良しですね」

 「うん!親友だからね!」

 「仲良くないし」


 フィオナは楽しくなってきて、くすくすと笑った。

 食事が済むと、フィオナは手早く食器を片付けてから、どうしようかと、キッチンのテーブルを見る。

 二人はまだ酒を飲みながら話をしている。

 私がいたら邪魔かな。

 先に部屋に戻ろうかと思っていると、アキレオに声をかけられた。


 「フィオナちゃん!お酒飲めるならこっちで一緒に飲もうよ!」

 「え、でも……」

 「フィオナ、おいで。少しなら平気だろう?」


 シキにそう言われると弱い。コップを持って、二人の元へ行くと、いつの間にかテーブルの上には、何種類ものお酒が並んでいた。


 「フィオナ、何飲む?」

 「何があるんですか?」

 「ワインに、ブランデー、ウィスキーに、果実酒。果実酒は、リンゴのお酒に、杏のお酒、それとアケビ酒」

 「飲みやすそうな果実酒がいいです」

 「じゃあ、リンゴ酒を水で割ってあげるよ」


 シキがコップに氷を入れて手早くお酒を作ってくれる。


 「お前、ほんっと、フィオナちゃんには優しいのなー」

 「当たり前だろ」

 「俺にも優しくしてくれよ」

 「してるだろう」


 フィオナはくすくすと笑いながらお酒を一口飲む。


 「うわっ!これ美味しい!」

 「でしょう?このリンゴ、特区のリンゴなんだ」

 「あ、この前のですか?すごく香りがいいです!」

 「良かった。作ったかいがあるよ」

 「シキが作ったんですか?」

 「そうだよ」

 「こいつの作った酒はマジで美味いんだよねー」

 「お前はもう飲むな」

 「やだね」


 アキレオは、空になったコップに酒をドバドバ注いでいく。

 

 「ところで、さっき言っていたユアラさんを怒らせちゃった事故って何だったんですか?」

 「フィオナちゃん!聞いてくれる!?シキは絶対に聞きたくないって……。酷いんだよぉ」


 フィオナがシキをちらりと見ると、シキはぶすっとした顔をしている。

 こんな顔のシキを見るのは初めてだ。なんだか嬉しい。


 「実はね、今日開発中に、ちょっと怪我をしちゃって、医療室に行ったんだよ」

 「怪我!?大丈夫ですか?」

 「ああ、怪我自体は全然大した事なかったんだけど、背中に怪我しちゃって医療室で治療魔法を掛けて貰ってたんだよ。そしたらさ、パティが面白い話を教えてくれるって言って治療室に入ってきたんだ。あ、面白い話っていうのはさっきのフィオナちゃんとアルト君の話ね!」

 「パティさん……。今度会ったらシメます」


 フィオナはぐびりとリンゴ酒をあおる。


 「その時にさ、治療してくれてた女の子がさ、なんか、パティの話を聞いて、横にあったワゴンのトレーを落としちゃったわけ。それでもって、慌てて拾おうとして、今度はつまずいて、俺の方に倒れ込んできちゃったのよ。まあ、結果からすると、上半身裸の俺を、女の子がベッドに押し倒したみたいになっちゃったわけ」

 「ああ、なんか、この先が読めちゃいました」


 フィオナはリンゴ酒をこくりと飲んで、目を細める。


 「まあ、そこにタイミング悪く、ユアラが俺を心配してやってきちゃったて事だねえ」

 「ちゃんと説明したんですか?」

 「する前に引っぱたかれて、なんかわめき散らして出て行っちゃって、それから取り合ってもらえない」

 「あー」


 シキが空になったフィオナのグラスに、新しいリンゴ酒を作ってくれる。


 「その後も謝りにいったんだけど……、いや、別に悪い事したわけじゃないんだけどね、話しすら聞いて貰えないから、俺も頭に来て、逆に怒鳴ってここに来ちゃった」


 そこまで言ってアキレオはまたテーブルに突っ伏す。シキがそれを見て呆れたように言う。


 「ユアラが感情的になるのはいつもの事だろ。明日になれば向こうも落ち着くでしょ」

 「そうかな?」


 アキレオがガバッと顔を上げる。


 「いつもそうだろ」

 「でも、俺、ユアラに嫌われたかも。つい怒鳴っちゃったし」

 「ふうん」

 「どうしよう!?ユアラが俺と別れたいって言ってきたら」

 「さあ」

 「俺、ユアラが居ないと生きていけない」

 「そう」

 「シキ!冷たい!」


 アキレオが再びテーブルに突っ伏す。


 「アキ室長、きっとちゃんと話せば分かってくれますよ」

 

 シキのあまりの投げやりっぷりに、フィオナが見かねてアキレオを慰める。


 「そう思う!?」

 「そうですよ!ね、シキ?」

 

 フィオナが必死な顔で見ると、シキは肩をすくめてぼそりとつぶやく。


 「アキ、大丈夫だよ。明日ユアラに怒鳴った事をちゃんと謝りなよ。きっと許してくれるから」

 「そうだよね!」

 「そうですよ。すぐ仲直りできますよ」

 「うん!ありがとう、フィオナちゃん!」

 

 アキレオは急に元気になり、コップの酒を一気に飲み干す。


 「よし!じゃあ今日はフィオナちゃんの歓迎会という事でとことん飲もう!」

 「え!私の!?」

 「良いんじゃない?アキの愚痴を聞いて飲み明かすより、千倍良いよ」

 「シキまで……。シキ、お仕事は大丈夫なんですか?」

 

 フィオナが小声で尋ねると、シキは諦めたように笑う。


 「アキが来たら、もうしょうがないよ。天災だと思って諦めるしかない」

 「天災って、なにそれ、可笑しい」


 フィオナが笑うと、シキがつられてふわりと笑う。ふてくされた顔も新鮮だが、やっぱりシキは笑った顔が一番いい。

 

 三人は他愛もない会話をしながら、酒を注ぎあい、夜が深けていく。フィオナは三杯目のリンゴ酒を飲み干して、いい感じに酔っ払っていた。

 そろそろ、やめないとまずいな。

 酒を飲んで、酔っ払っていても、顔にあまり出ないので、ついつい勧められてしまうのだ。


 「シキー!アケビ酒!アケビ酒ちょーだいっ!」


 こちらもかなりいい感じに酔っ払っているアキレオが、コップをシキに差し出す。


 「一杯だけだぞ」

 「わーってるって!」


 シキが注いだコップから、ふわりと不思議な甘い果実の香りがした。

 

 「わあ、いい匂いですね」

 「フィオナちゃん、ちょーっと飲んで見る?これね、すっげえうまいよ!」


 アキレオは赤い顔でシキからアケビ酒の瓶をひったくると、フィオナのコップにドバドバと注ぐ。


 「あ、こら、そんなに!」


 シキが慌ててアキレオから瓶を取り返す。

 シキがそんなに慌てるほど美味しいお酒なのだろうかと、フィオナはコップに口を付けた。

 ほんの少し口に含むと、爽やかな甘みと、今まで飲んだ事のない独特な香りが、ふわっと鼻を抜けていく。


 「美味しい!」

 「あ、フィオナ、待って……」


 フィオナはシキが何か言いかけるのを待たずに、コップに半分ほどあったアケビ酒を、ごくごくと一気に飲み干した。


 「なにこれすごく美味しいっ!」

 「フィオナ、そんな一気に!大丈夫?」

 「え?何が、です、か……?」

 「このお酒すごく度数が強いんだよっ」

 「ふえっ?」


 急に目の前がぐらぐらとし始めた。


 「あ、ありぇ……?」

 「フィオナ!?」

 「にゃんか……、くりゃくりゃして……」


 景色がぐるぐる回っているかのように見え始めたと思ったら、耳がキーンとなり、そのまま意識が遠くなっていってしまった。

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