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傷薬(下処理)

 二時間後、満身創痍のフィオナは、地面に突っ伏して、倒れ込んだ。

 何度も身体中に葉が突き刺さり、シキに治療されつつ二時間、枝の間を飛び回り続けた。数回危ない場面があったが、その時は必ずシキが助けてくれる。


 シキは、自分も枝の間を飛び回っているのに、フィオナが危なくなると、すぐに気づいてきてくれた。

 敵わないなぁ……。


 荒い呼吸で、座り込みながらシキを見ると、傷薬をもってフィオナの元へとやって来た。


 「フィオナお疲れ様。よく頑張ったね。刺さった葉っぱを抜いちゃおうか」


 フィオナの服はすでに穴だらけで、いたる所に血痕が付いている。

 ダマシハジキに続き、また服をだめにしてしまった。元々作業用の服なので汚れる事は前提なのだが、毎回こうでは、あっという間に着れる服が無くなってしまいそうだ。ちなみにシキの服には穴一つ開いていない。

 そのうち休みを貰って街に買い出しに行かないとなぁ。


 「っく!」


 シキの指が傷口にふれて、小さく悲鳴を漏らす。


 「ごめんね、フィオナ」

 「大丈夫ですよ」

 「本当は痛い思いはさせたくないんだけどね。でも、経験しないと、身につかないから」

 「シキ、ちゃんと分かってますから」

 「普通の女の子なら、こんな事させたら速攻で辞めちゃうのに、フィオナはなんで頑張れるのかな?」

 「うーん、目標があるから……、でしょうか」

 「そうだね、それに、君は意志が強いからね」

 「あとは、シキが優しいからですね」


 シキは不意打ちをくらったような顔をすると、嬉しそうに微笑み、カバンからポーションを取り出した。


 「フィオナはずるいなあ。そんな事言われたらご褒美あげたくなっちゃうよ」

 「ご褒美?」

 「体力回復ポーション」

 「私の失敗作?」

 「金の方」

 「勿体無い。シキ甘やかしすぎですよ」

 「そう言うと思った」


 シキはポーションの蓋についている金のシールを剥がすと、素早く口に含んで、あっという間にフィオナの口を塞ぐ。


 「!!!」


 こくりとポーションを飲み込み、唇が離れていくと、フィオナは真っ赤になって、あわあわとしながら、シキを止める。


 「なっ!シキ!動けます!動けるから!」

 「座り込んでるじゃない」


 手は動くから!

 そう言う間もなく、シキはまたポーションを口に含む。フィオナは慌てて、手を前に出して口移しを防ごうとするが、手首を掴まれてそのまま引き寄せられると、唇を塞がれた。


 「し、シキっ!」

 「まだあと一回」


 フィオナはもう諦めて、おとなしくされるがまま口移しでポーションを飲み込んだ。こういう時のシキは何を言っても聞いてはくれない。

 真っ赤な顔で恨みがましくシキを見る。


 「いじわる」

 「うん、それはよく言われるかな」


 まったくこたえていない笑顔で、最後に指で唇を拭われた。



 体力が戻ったフィオナは、シキに渡された軍手をはめて、地面に落ちているネズの葉を集めると、マッド君に背負わせている籠に入れていく。


 なんで、針葉樹の葉に荷物持ちのマッド君を連れて行くのかと思っていたが、一本がこんなにずっしりとしているなら納得だ。

 そりゃあ、刺さったら痛いわけだと、しみじみ葉を見つめる。

 

 落ちている葉をすっかり拾い集める終わると、フィオナは空腹でお腹がぐぅっと音を立てた。

 シキはくすりと笑って、ポケットから何か包みを出してあけると、指でつまんで、フィオナの口に放り込む。


 「んん?」


 口に入ってきたものを噛むとサクリとした食感に甘いチョコレートの味が口に広がる。


 「チョコクッキーだよ。美味しい?」

 「おいひい!」


 幸せそうに口をもごもごさせて飲むこむと、シキは、もう一片フィオナの口に放り込んだ。


 「さあ、お昼ご飯を食べに戻ろうか」


 いつものように、ふわりと微笑まれて、フィオナはふにゃりと顔を崩してしまう。

 悔しいけどやっぱり優しい。

 悔しいなあ。



 研究棟に戻って昼食を終えると、午後は傷薬の素材の下準備をすると言われた。


 「シキ、ドクロソウは取りに行かなくていいんですか?」

 「うん、ドクロソウは特区の植物なんだ。ちょっとフィオナにはまだ危険かな。それにこの前のマダラミドリ蜘蛛の時に大量にルティが採ってきたから、まだいっぱい在庫があるしね」

 

 フィオナは、前に見たドクロソウの気味の悪い実を思い出す。見た目からして、ヤバそうだとは思っていたが、特区の植物だったのか。


 「じゃあ、ダマシハジキの実の処理からしようか。それは外でやろう」


 シキは研究棟の外に出ると、ぐるりと、建物の裏手に回った。そこは手入れされた芝生になっており、数本生えている木によって程よい木陰になっていた。芝の上に大きな一枚岩で作られたテーブルと、これまた石で出来た椅子がテーブルの周りに四つほど設置してあった。シキはテーブルの上に金属の箱に入ったオレンジの実を置いた。


 「研究棟の裏手にこんな場所があったんですね」

 「うん、室内で出来ない処理はここでやるんだよ」

 「室内で出来ない処理ですか?」

 「そう、この実も、布を溶かすだろう?うっかり果汁を室内の布にかけたりしたら面倒だからね。あとこの果汁は木製のものにも、少し影響があるんだよ。布みたいにボロボロに溶けたりはしないんだけど、木のテーブルにこぼして気づかず放っておくと、数日後に表面が溶けてへこんでいたりするんだ。だからキノにも近づけたくない」


 フィオナははっと息を飲む。

 キノはどんぐりの木と人間の遺伝子で作られた魔人だ。ダマシハジキの果汁の影響も受けてしまうだろう。


 「も、もし、キノにかかったら、キノは溶けちゃうんですか!?」

 「いや、仮にも魔人だから、そんなにヤワじゃないよ。前にキノがうっかり果汁を腕にかけちゃった事があったんだけど、かぶれて赤くなってた。もちろん洗い流せばそれ以上酷くはならないし、ちゃんと治るけど」

 「でも、キノが痛い思いをするのは嫌ですね。この果汁を使うときは気をつけます」

 「うん。そうだね。それに、フィオナだって気をつけてやらないと、また服を溶かされちゃうからね」

 「そうでした……」

 

 シキは大きな金属の鍋と、これまた大きな金属のボウルを持ってくる。


 「じゃあ、皮むきをしよう」


 シキはダマシハジキの実を一つ手に取ると、取っ手まで金属で出来たナイフで、キウイの皮むきをする様に、するするとむいていく。

 上手い……。

 途中で皮が途切れることなく、一本の長い螺旋になったオレンジ色の皮をボウルに捨てると、むいた方の実を鍋に入れた。


 「こんな感じでここの実全部をむいていってくれる?」

 「はい」


 フィオナはオレンジ色の実を掴むと、シキのやっていたように、皮をむき始めた。シキのように上手くむいてやろうと、気合を入れてナイフを操るが、途中一度皮が切れてしまった。

 皮が切れた時に、悔しくて唇を尖らせたのをシキは見逃してくれず、くすりと笑われてしまい、フィオナはますます唇を尖らせる。


 「なんだか、ポーション作りというか、お料理の下準備みたいですね」

 「ふふ、本当だね」

 「シキ、これって、ひたすら皮むきをするんですよね?」

 「そうだよ?」

 「じゃあ、私ひとりでも出来ますよ。シキは自分の仕事を今のうちにして下さい。昨日も寝てませんよね?」


 フィオナは昨日の夕食後、シキが研究棟に戻ったっきり、寝室に帰っていない事を知ってる。夜中たまたま目が覚めて、ついシキが帰っているか寝室を覗いてしまったのだ。


 「昨日はちょっとルティと会議をしていたんだよ」

 「会議ですか?」

 「うん、週に一度夜にやっているんだ。この前のマムシソウの件とか、ルティが新しく特区に植えた植物の事とか、知っておかなきゃいけない事があるからね。会議の時に話しているの。あとフィオナの仕事の様子とかね」

 「え!?私の事ですか!?」

 「そりゃあ、そうでしょう。新人の勤務内容を上司に報告するのは、指導係の義務だからね」


 シキが話しながらも、鮮やかに皮をむいて、オレンジの果肉を鍋に放り込む。


 「な、何を報告したんですか!?」

 「何って、そのままだよ?」

 「その、どのくらいまで細かく……。その、倒れたりとか、動けなくなったりとかもですか?」

 「もちろんだよ。なんのポーションを何本飲ませたとかまで全部だよ」


 それって、ほぼ毎日口移しされているって、筒抜けですか!?


 「どうしてそんな事気にするの?フィオナは優秀だから、別に報告されてまずい事は一つもないと思うんだけど」

 「そ、そうじゃなくてっ、その、えっとですね。あんまり倒れたと、動けなくなったとか、報告されると、恥ずかしいので……」

 「変なところで恥ずかしがるね?大丈夫だよ、ルティもフィオナは頑張っているって誉めてたから」


 やっぱり理解してもらえませんよね……。

 フィオナは、恥ずかしさに悶えながら、皮をむいて、話題を変える。


 「話がそれましたね。シキが寝てないって話ですよ」

 「ああ、まあ、いつも言っているけど慣れているからね。それに一昨日は熱で一日寝てたし」

 「何日も寝ないで疲れをためるからですよ。ですから、ここは私に任せてシキはシキの仕事をしてください」

 「えー、でもここ研究棟の裏だから、作業場から見えないし。一人にしておくのはなんか嫌だなあ」

 「大丈夫ですよ。研究棟の目と鼻の先じゃないですか」

 「でも、フィオナ、これ一人で全部皮むくの?」


 シキが視線をトレーへと向ける。大きな金属の箱にはぎっしりとダマシハジキの実が入っている。しかも箱は二つあるのだ。

 フィオナもそれを見て少したじろぐが、シキの睡眠のためだ。


 「大丈夫!ちゃんとやりますよ」

 「でも天気もいいし、僕も今日はここで作業したい気分。だから二人でやろう?」

 「シキ……」

 「これが終わったら、その後のネズの葉の処理はフィオナにお願いするから」


 こうなると、いくら言い合っても、シキは絶対に折れてくれない。


 「もう、シキは頑固ですね」

 「うん」


 シキはにっこりと笑うと、手際よく皮をむき始めたのだった。


 一人でやって見せると言ったものの、終わってみればすっかり夕方になってしまった。


 「シキ、この皮はいつもどうしているんですか?」

 「これはね、焼却炉で燃やしちゃう。ほら、あそこに見えるだろう?」


 シキが指さした方を見ると、レンガで作られた正方形のかまどのようなものがあった。


 「あそこで火炎魔法で炭になるまで燃やしちゃって」


 フィオナはかまどにボウルに山積みになった皮を放り込み、火炎魔法を発動させる。

 高火力で燃やしていると、甘いいい匂いが漂ってきた。

 

 「いい匂いがしてきた」


 思わずよだれが出てしまいそうになり、顔を振って一気に燃やし尽くす。

 自分の手とボウルを水魔法でよく洗い流して戻ると、シキが魔道コンロの上に、むいた果実が入った鍋を乗せていた。


 「それ、煮るんですか!?」

 「そう。火にかけると、果肉はすぐにぐずぐずに溶け始めるから、弱火で液状になるまで一時間くらいかき混ぜながら煮るんだよ」


 そう言ってシキは鍋に火をかけ始める。

 熱された部分から確かに果肉がぐずぐずに崩れていく。それをシキは焦げない様に、金属製のへらでゆっくりと混ぜていく。


 「シキ、そのへら、取っ手まで金属ですけど熱くないんですか?」

 「ああ、これ?これね、実は魔道具なの。熱くならない様にするための魔方陣がここに彫り込まれているんだ」


 確かに、取っ手の部分に、複雑な魔方陣が彫り込まれていた。


 「開発部の商品なんですか?」

 「アキに作ってもらったんだ。でもこれ、作っても売れないって言ってたよ」

 「どうしてですか?便利そうなのに」

 「これを作る為に、金属に特殊な加工をして、この魔方陣を彫りこむと、コストが結構かかるんだよね。売るとしたら、十万ウェルくらいで販売しないと元が取れないって言ってたよ」

 「高っ!!へらに十万ウェルじゃ誰も買いませんね」

 「そうなんだ。開発部の連中はいつも思いつくままに色々なものを作る開発バカばっかりで、コストまで考えないからね。だから作ったはいいけど商品化できない物も結構あるんだよね。まあ、このへらに関しては、僕が無理やり作らせたんだけど」

 「仲いいんですね」


 フィオナがくすっと笑うと、シキは少し考えてから、どうだろう、と答えゆっくりと鍋をかき回していた。


 果肉が溶けて液状になってくると、あたり一面に甘い芳醇な香りが漂い始めた。


 「シキ、凄くいい匂い」


 シキに変わって鍋をかき混ぜていたフィオナは、鼻をクンクンとさせて、じとーっと鍋の中に熱い視線を送る。見た目はもうオレンジ色のフルーツジャムだ。

 ふつふつと小さな泡を立てて、煮込まれているダマシハジキの果実の匂いに、口の中に唾液が溜まってくる。


 「ちょっと食べてみる?」

 「食べても大丈夫なんですか!?食べたい!」

 「うん、ポーションの材料だしね。口に入れても問題ないよ。ただ美味しくないと思うけど」

 「美味しくないんですか?こんなに良い匂いなのに……」

 

 シキはくすりと笑うと、フィオナのかき混ぜていた泡立て器を掴んで持ち上げるて、金属の先に付いたどろどろの果肉を指で少し掬った。


 「シキ!ヤケドしちゃいますよ!」

 「しないよ、慣れてるから」


 シキは指先に付いた果肉を、ふーふーと息を吹きかけて冷ますと、フィオナの口元へ持ってくる。

 え!?これを舐めろと!?


 「シキ!?」

 「食べないの?」


 とても美味しそうな匂いに、思わず口が開いてしまう。

 シキは少しだけいたずらっ子の様に微笑むと、フィオナの口に果肉の付いた指を突っ込んだ。


 「苦っ!!!うえっ!なっ!」


 フィオナは舌先に感じた、えぐい苦味に思わず顔をしかめて舌を出す。


 「ふふっ、だから美味しくないって言ったでしょ」


 シキはくすりと笑いながらポケットから、お菓子の包みを取り出して、フィオナの口に放り込んだ。


 「口直し」

 「おいひいけど、まだにぎゃい」

 「フィオナが食べたいって言ったんだよ」

 「そーだけど……」

 「まあ、素材の味をしっておくのも勉強だしね」

 「シキ、もう一個」


 フィオナが眉を下げて、お菓子をねだると、シキはにこにこと嬉しそうにもう一つポケットから包みを取り出して、口に放り込むのであった。

 

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