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傷薬(ネズの木の葉)

 「今日はネズの葉を採りにいくよ」

 「ネズって針葉樹のあのネズですか?」

 「そう、よく知っているね」

 「私が住んでいた家のすぐ近くに、すごく大きいネズの木があったんですよ」

 「そうなんだ。これから採りに行くネズの木は、たぶんそれより大きいと思うよ」


 この植物園に生えている木だ。きっとフィオナが思っているネズではないのだろうなと、少し不安になる。

 だが、昨日のダマシハジキより恥ずかしい目に合う事はきっとないだろう。

 ないよね!?


 さくさくと森の中を進んで行く。今日も困り顔のマッド君三号が一緒だ。

 歩いていると、突然蔦やムスビソウ、ツヅラフジが一斉にフィオナに向かってやってきた。


 「え!?何?もうハシリドコロは終わったよ!?」


 思わず身構えると、蔦はフィオナの腕にすりすりとすり寄り、ムスビソウは蔦を伸ばして、足に軽く絡みつく。ツヅラフジは、種を飛ばすことなく、その房をかさかさと揺らしている。


 「何?何?みんなどうしたの?」


 フィオナが目をぱちくりさせていると、シキがくすくすと笑いだす。


 「きっと昨日フィオナに怪我させたから謝りに来たんだよ」

 「え!?だってそれは、訓練のためだし、私から手加減しないように頼んだのに」

 「それでも、気にしているんだろうね。僕に運ばれていったのをそわそわ見ていたからね。本当に君は森に愛されているね」


 フィオナは蔦やムスビソウ、ツヅラフジをそっと撫でていく。


 「みんな、心配しないで。もうなんでもないよ。むしろ手加減しないでくれてありがとう」


 にっこりと微笑んでそう言うと、蔦達は満足したのか、するすると引っ込んでいった。


 「いつ見ても信じられないよ。あいつらがあんなに従順にしているなんて」

 「そうですか?」

 「僕が来たばかりの頃なんて、本当に大変だったよ。毎日絡まれてさ」

 「いつぐらいから、仲良くなったんですか?」

 「仲良く?仲良くなんてないよ?今でも」

 「え!?でも、シキには手出ししてこないし、この前も言う事聞いていましたよね」

 「この前言う事聞いたのは、フィオナの為だってみんなが思ったからからだよ。僕の言う事を聞いたわけではないさ。それに手を出してこないのは、僕が怖いからだろうね」

 「怖い?どうして?」

 「うーん、ルティには黙っていてね。まあ、多分バレているけど。僕がここに来て一年くらいしたころなんだけど、その頃も最初ほどではないにしても、しつこくあいつらに嫌がらせをされていたんだ」

 「一年もですか!?」

 「うん、まあ、半年くらいから、ほとんどかわせるようになってたいたけどね。それである日、いい加減しつこさに頭にきてさ、ちょっとあいつらをシメたんだよね」

 「え!?何をしたんですか!?」

 「ちょっかいかけてきたやつをかたっぱしから、死なない程度に火あぶりにしたりとか、まあ……色々」


 フィオナはシキを引きつった顔で見る。


 「それからは、ぴたりと嫌がらせがなくなったよ」

 「シキ……。それってただ、あの子達、構ってほしかっただけなんじゃないんですか?」

 「うーん、今思えばそうかもしれないねえ。でもあのころは僕、毎日ここの生活に必死でさ。そんな風に思えなかったんだよね。だから、あいつらと仲良くしている君がちょっと羨ましいよ」


 シキはそう言って、懐かしそうな顔をする。

 フィオナはなんだか少し寂しくなってしまい、気づくと必死な声で叫んでいた。


 「シキ!今からでも、きっと、仲良くなれますよ!」


 シキは驚いたような顔でフィオナを見ると、ふわりと微笑む。


 「君と一緒にいると、本当にそんな気になってくるから不思議だね」


 フィオナは嬉しくなって、歩いていくシキに駆け寄ってついていった。



 「さ、着いたよ。ここから先一帯がネズ林だよ」


 フィオナは首が痛くなるほどに上を見上げる。フィオナの家の近くにあったネズの木などよりはるかに大きく生命力にあふれたネズの木が、一面に生えていた。

 幹の直径は二メートルはあるのではないかというほどの太さに、木の背丈は、温室の天井まで届くのではないかというほど伸びていた。一番低い枝まですら、箒で飛んでいかないと届かない程だ。


 「大きいですね……。あんなに高い所まで伸びてトラップに反応しないんですか?」

 「ルティがね、ネズの木には反応しないようなトラップを張っているんだよ」

 「もう、さすがとしか言いようがないです」


 フィオナはぽかんと口を開けたまま、しばらく見ていたが、収集しなくてはいけない葉の事を思い出して、地面をみる。


 「ネズの葉落ちていませんね」


 地面には、草や低木が生えていて、見つけづらいが、ネズの木の葉らしい、針形の葉は探しても見当たらなかった。


 「ここのネズの木は、自然に落葉することはないんだ。雨が降っても、風が降っても、絶対に落ちない」

 「じゃあ、木についている葉を採りに行かないといけないんですね?」

 「うん、そう。ここのネズの木は、葉に人が近づくのを察知すると、葉を飛ばして攻撃してくるんだ。だからそれを利用する。手でむしろうとしても、葉自体が鋭くて危ないし、固くてなかなか取れないからね」

 「やっぱりここの植物達はみんな何かしら攻撃的ですね……」

 「そうだね。でも、ネズの木の攻撃は特区に比べれば大した事ないから大丈夫だよ」


 特区を少しなりにも経験したフィオナはそれを聞いても喜べない。

 特区と比べられてもね……。

 つい遠い目になりそうになり、顔を振る。


 「じゃあ、僕が最初にやってみせるよ。まず箒で飛んで行って、ネズの木に近づく。ネズの木が葉を飛ばして攻撃して来たら、防御結界で、防いで地面に落とす。それだけだよ」


 聞くとなんだか本当に大した事がないように思えてきた。

 シキは箒を出すと、飛び乗って、一気に上空に向かい、ネズの木の枝へと近寄った。


 ネズの木の枝がわさりと揺れて、シキに向かって鋭い尖った葉をひゅんひゅんと飛ばしていく。シキは全く危なげなく防御結界を発動させた。葉が結界の盾にあたり、数本地面にきらきらと落ちてきたので、フィオナはかけよって拾おうとする。


 目の前に、二十センチはありそうな、鋭い葉が降ってきて、地面に突き刺さった。


 「ひっ!」


 頭に刺さってたら確実に大量出血だった。


 「フィオナー!真下にいると危ないよー!あとその葉、素手で触らないでねー!手が切れるよー」


 上空からシキが叫んで注意する。

 早く言ってください!


 少し離れて、シキの様子を見ると、シキは茂ったネズの木の枝と枝の間を、わざと縫うように箒で飛び回り、両手を使って、四方八方から飛んでくる、鋭い葉を結界で弾き落としていく。

 ちょっとでも気を抜いたら、後ろや横から飛んでくる葉が身体に刺さってしまいそうだが、シキは、素早く反応して、結界を張っていく。どうしても間に合わなそうな場合は、箒をうまく回転させて、うまく避けていた。

 次々と葉が地面に落ちて突き刺さっていく。


 シキは、しばらく上空で葉をかわしたあと、フィオナの所に戻って来た。


 「こんな感じだよ。どう?出来そう?」

 「シキみたいにうまくは出来ないかもしれないですが、やってみます」

 「うん、頑張って。あ、もし、ネズの葉が刺さっちゃったら、抜かないでね」

 「どうしてですか?」

 「葉に血液が付いたものは使えないんだ。洗っても、変に反応しちゃって、ポーションがうまく出来ないんだよ」

 「そうなんですか、分かりました!じゃあ、行ってみます」

 「うん、僕も近くで見てるよ」

 「はいっ!」


 気合を入れて箒で飛び立つと、シキも箒で上空まで浮かび、少し離れた所で、自分も葉を落とし始める。


 フィオナは、息を吸い込むと、枝に近づいた。

 わさりと枝の一房が揺れると、そこから思ったよりも数段早い鋭い葉が飛んできた。

 慌てて防御結界を張る。

 ダマシハジキでかなり練習したせいか、とっさの防御結界は条件反射の様にできた。防御結界にガツンガツンと大きな衝撃が三発ほどあり、下にきらきらと光を反射しながら落ちていく葉が見えた。

 思った以上に速いし、重い衝撃だった。

 けれど、枝の一房からは数本の攻撃しかしてこないので、これは確かにシキの様に、枝と枝の間を潜り抜けながら、何本もの枝を相手にしないと効率が悪い。

 それにおそらくだが、これも特区に行くための訓練のつもりだろう。

 

 フィオナは意を決して、ふうっと大きく息を吐くと今度は少し上昇して、枝が数本生い茂っている場所に箒を向ける。

 この角度で突っ込めば、左右同時に攻撃が来る。

 頭の中でシミュレーションして、思い切って枝と枝の間に突っ込んだ。


 最初に右から数発、葉が飛んでくるのを、防御結界で防ぎ、左を見るとこちらからも数本の葉がフィオナめがけて飛んできた。それを待ち構えていたように結界を発動させてはじく。


 「やった!」


 枝と枝の間を抜け、うまく出来た嬉しさに声をあげる。


 しかし、目の前に、陰になって見えていなかった枝が迫っていた。フィオナは、それにすぐに気づいて、箒の向きを変えながら、防御結界を張る。数本飛んできた葉はそれに弾かれて落ちて行った。


 「びっくりした……」


 フィオナは一旦ネズの木から離れ、呼吸を落ち着かせる。

 枝が重なって見えづらくなっているのもあるんだなと、気を引き締めた。


 シキを見ると、とても簡単そうに葉を落としていっている。それも、枝がさらに生い茂っている場所でである。


 フィオナは、負けてはいられないと、再び、数本の枝が茂っている場所へと向かった。

 右から、左からとくる鋭い葉を結界で防ぎながら、箒を操り、枝と枝の間を抜けていく。集中力を高めて、どこから葉が飛んできてもいいように、目も耳も、肌に感じる風さえも逃さないようにしながら、枝の間をくぐり抜け、徐々に上昇していく。


 右手から、攻撃を受け、それを弾いた所に、もう一度間髪入れず攻撃され、フィオナは避ける選択をして、箒をくるりと回転させた。回転させた先で、前後から一斉に葉が飛んできて、瞬時に結界を張った。


 「くうっ!」


 一本だけ結界から外してしまい横腹に鋭い痛みが走る。

 自分の腹に視線を向けると、二十センチはある鋭い濃緑色の葉が、ずぶりと突き刺さって、服には血がにじんでいた。思わず引き抜こうとしてしまい葉にさわった途端、今度は手が切れて血がでた。


 「いたっ!」


 そういえばシキに、もし葉が刺さっても抜いてはいけないと言われていたんだった。


 フィオナは顔を少しだけ歪めると、箒を操って、枝の密集帯を抜けようとする。その間にも次々と葉はフィオナに向かって飛びかかってきて、必死に防御結界を張る。痛みと、指から流れ落ちる血液に気が散って、左足と、右腕に新たに葉が突き刺さった。


 「くうううっ!」


 思わず傷みで、箒ががくんと数メートル落下する。

 そしてそこには大きな枝があり、枝をわさりと揺らし、葉を飛ばしてきた。

 フィオナは真下に向けて、思わず両手で防御結界を張る。大きな結界は真下からの攻撃を全て防いだ。

 

 ふうっと息を吐くフィオナは、真後ろからわさりという音を聞いて、とっさに振り向いた。

 数本の葉が目の前に迫っていて、まだ真下に向けていた手を振りかざす余裕もなく、目を見開いて、迫る葉をどうすることもできず見つめていた。


 ダメだ……。


 顔に直撃すると、思わず目をつぶると、ぶわっと風を感じた。

 おそるおそる目を開けると、シキの背中が目の前に見えた。


 「危なかったね。一旦戻ろうか」


 シキは周りから飛んでくる葉を、防御結界で軽くかわして、フィオナの手を引っ張って、ネズの木の射程外まで連れ出すと、地上に降りて行った。

 フィオナもまだ恐怖にどくどくいっている心臓に手をあてて、ゆっくりと地上に降りて行った。

 ふわりと降り立つと、シキがカバンからポーション瓶と軍手を持ってやってくる。


 「葉を抜くからじっとしていてね」


 シキは片手に軍手をはめると、フィオナに刺さった鋭い葉を順番に抜いていく。抜いた部分に、シキは指で傷薬を塗っていった。


 「っ!」


 シキの指が傷口にふれて傷みが走る。


 「ごめんね。少し我慢して」

 「大丈夫です」


 最後にシキは切れたフィオナの指に、傷薬を数滴垂らす。傷口はみるみるふさがっていった。

 

 「フィオナ、顔がこわばっているよ」

 「え?」


 無数の鋭い葉からの攻撃を防ぐのに、緊張していたせいと、さっきの目の前まで迫った恐怖が抜けきれず、フィオナは顔の筋肉が固まってしまったようだ。

 シキは軍手を外し、水魔法で、傷口の治療で手についた血を洗い流すと、突然フィオナの頬を両手でむにゅと掴んだ。


 「ふえっ?」


 シキはむにゅむにゅとフィオナの頬をもてあそぶように弄り回す。


 「シキ?」

 「ふふふ、顔ほぐれたかな?」


 フィオナは楽しそうにフィオナの頬で遊んでいるシキに、思わず笑ってしまう。


 「あ、笑ったね。でもまだちょっと顔が固いかなあ。ポーション飲ませてあげようか?」

 「な!何言ってるんですか!もう傷はふさがってます!」

 「そっかあ、じゃあ、魔力回復ポーションでも飲む?」

 「飲みません!」

 「元気になったね」


 シキはふわりと微笑む。

 この人はいつもこうやって助けてくれる。


 「シキ、ありがとうございます」


 心が温かくなって、つられて微笑むと、優しく頭を撫でられた。


 「シキはいつも優しすぎます」

 「それを言うのはフィオナだけだけどね」


 シキはくすりと笑って、フィオナの頭から手を離すと、軍手をカバンにしまって振り向いた。


 「さ、フィオナ。大丈夫そうなら続きをやろうか。あと二時間は葉を落とすからね」

 「はい!頑張ります!」


 フィオナはやけくそのように叫んだ。

 優しいけど、やっぱり優しくないかも。

 

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