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上級体力回復ポーション(チューリップの蜜)

 「おはようございます。シキ」

 「フィオナおはよう。よく眠れたかな?」

 「うーん、ちょっと興奮していたのか、なかなか眠れなくて。でも大丈夫です」


 ここは管理棟二階にある生活スペースだ。管理棟の一階は事務所兼薬剤室。二階はキッチンにリビングルーム。バスにトイレ。その他洗面所などの共同スペースである。三階は男女別に二部屋寝室がある。

 フィオナは昨日一日、女子部屋に引っ越すため作業に追われていた。仕事は翌日からで、その日一日は、引っ越しや準備に使って良いとの事だった。持って来た荷物は少ないものだったが、しばらくは休みが取れない程忙しくなると踏んで、街で生活用品や着替えなどを買い込みが、今後の生活に備えることにした。女子部屋はもともと二人一部屋を想定してあり、かなり広くベッドも二つある。部屋自体は快適すぎるものであった。


 「はい、朝ごはん。ちゃんと食べないと持たないからね」


 シキがパンの入ったバスケットに、温かいスープ、焼いたソーセージにスクランブルエッグを運んできた。


 「すいません!本当なら私が準備しなくちゃいけないのに。全部やってもらっちゃって」

 「料理は好きだから気にしないで。それに、本当にここではそういう上下関係は気にしなくていいからね」


 ふわりと爽やかに微笑むシキは、まさにフィオナの理想の兄そのものだ。


 「あの、ルティは?」

 

 運ばれてきた朝食が二人分な事に、フィオナは首を傾げる。


 「ああ、ルティは、研究棟の二階に住んでて、食事とかも自分で好きにとっているから気にしなくていよ」

 「そうなんですか」

 「さあ、冷めないうちに食べよう。どうぞ」

 「はい!」


 これは、なんて素敵な生活なんだろうかと、朝からほくほくしてしまう。なぜ他の新人たちが一週間と持たずして辞めてしまうのかが、まったく理解できない。上司がこんなに素敵で優しいというだけでも、辛い仕事くらいなんでもなく思えそうなものなのに。


 フィオナはそんな考えが甘かったと、後から痛感することになる。


 「さて、フィオナ。今日からは僕が君の指導をします。魔植物園の中では、基本的には必ず僕と一緒にいる事。僕が一人で行ってきてと頼んだ時以外は、勝手にうろついたり決してしないように。これを守ってもらわないと、命の保証はできません」


 食事を終えて、魔植物園に入るなり、シキは爽やかに物騒な事を言った。フィオナの頬が引きつる。


 「はい!必ず守ります!」

 「でもまあ、そんなに緊張しなくていいからね」

 「はい」

 「では、今日は上級体力回復ポーションの素材集めをしようか。ここの魔植物園の薬で一番需要があるのが、この上級体力回復ポーションと、上級魔力回復ポーションなんだ」

 「上級ポーションが一番需要があるんですか?中級や下級ポーションより?」

 「ここでは上級ポーションより効能の低い、中級や下級のポーションは作らないよ」

 「そうなんですか!?王宮ってすごいですね」

 「ああ、そうじゃなくて、ここでは作らないって事。下級や中級は魔法薬学室に作らせればいいから。ここでは、そういう低レベルなものは一切作らないんだ。魔法薬学室で作れないものをここで作るの。だから上級ポーションと言っても、薬学室で作るものとはレシピが違うんだ」

 「なるほど」


 フィオナは薬学室で作れない魔法薬を作ると言われて、胸が高鳴る。元王宮魔導士のリザナに薬学はみっちり教わってきたが、それ以上の事を学べるのだ。これが興奮せずにいられるだろうか。

 目を輝かせるフィオナに、シキはくすりと笑う。本当にこの人はいつも笑顔が似合うと、フィオナは少し眩しくなってしまう。


 「では、レシピの説明から。ポーション瓶一本分の材料を伝えるよ」


 聞き漏らしてはいけないと、真剣な表情で、メモとペンを握る。


 上級体力回復ポーション(1本分)

 魔力水 100ml

 チューリップの蜜 小さじ1杯

 リンドルグの実の粉末 小さじ1杯

 オドリコナズナ 1本


 シキから言われたレシピを丁寧にノートに書き止めた。


 「通常の上級体力回復ポーションだと、水とアカシアの蜜ですよね。あとオドリコナズナも初めて聞きました。普通はナズナチグサですよね。魔力水とはなんですか?」

 「君は上級ポーションのレシピを知っているの?すごいね。魔法学校だと中級までしか教えないはずだけど」

 「私の村で薬剤師をしていた人が、元王宮魔導士で、その人に薬学を教わったんです。その人は十年くらい薬学室にいたと言っていました」

 「へえ!じゃあ君は、薬学室の知識がもうすでに入っている状態って事か!教えるのが楽になるよー。いやー本当に優秀な子が来てくれてよかった。やる気もあるし、今までこんなことなかったから、嬉しいよ」


 ほくほく顔のシキに、ますますやる気が出て来る。

 

 「それで、魔力水だね。魔力水は、この園の中にある泉の水だよ。ルティが魔方陣を彫った場所に湧き水をためて、水そのものに魔力を持たせている。それ以外にも、魔力のある水草とか、水性植物を植えて効能を高めているんだ。水は汲んでしまうと、徐々に魔力が落ちていくから、最後にしよう。まずは、そうだね、まずはチューリプの蜜を採りに行こう」


 シキは魔植物園の研究所の横にある倉庫から、鎌を二本取り出して、一本をフィオナに渡した。


 「これは?」

 「これでチューリプを刈り取るんだ」

 「風魔法で刈っては駄目なんですか?」

 「うーん、多分使えないと思うよ。鎌が一番かな?」


 そういうのならと、素直に鎌をもって、シキの後についていった。

 森の小道を歩いていくと、昨日の蔦がフィオナの肩や頭をさわってくる。


 「おはよう。昨日はありがとう」


 蔦をなでたり、握って握手したりしていると、シキが振り返る。


 「すっかりそいつらになつかれたね」

 「そうみたいです」

 「チューリップにも早く慣れるといいね」

 「はい?」


 言っている意味がよく分からずに答えると、突然シキが、何かを思い出したように立ち止まった。

 シキはフィオナに近づくと、じっと見つめて、頬に手を添えた。

 突然のシキの行動にフィオナがどぎまぎしていると、頬に添えられている手の親指が、そっとフィオナの唇をなぞった。


 「ふぇっ!?シキ!?何を!」


 真っ赤になってうろたえるフィオナに、シキはふわりと微笑んだ。


 「あ、ごめんね。ねえ、フィオナ。君は今までに、異性と付き合った事はある?恋人はいる?」

 「え!?いや、い、いませんけど……」

 「過去にも?」

 「は、はいっ」


 シキに頬に手を添えられ、真顔で問いかけられたフィオナは、パニック状態だ。きっと顔は真っ赤になっているだろうと思うと、恥ずかしくてたまらなくなる。


 「そうかあ……」


 シキは、少し心配げな顔でフィオナを見つめていたが、すっと頬から手を離すと、行こうかと言って歩き出す。ばくばくしている心臓を抑えるように、胸のあたりの服を握りしめると、真っ赤な顔のままシキを追いかけた。


 急に森が開ける。木々で程良くさえぎられていた日差しが、一気に降り注ぎ、フィオナはまぶしさに目を細めた。目が慣れて、開けた先を見ると、そこは一面のチューリップ畑であった。


 「すごい!一面チューリップ!」


 赤や黄色、ピンクに紫、オレンジに白。それ以外にも様々な色のチューリップが花を咲かせている。

 咲かせているが、何かがおかしかった。


 「なんか大きい!?」


 そのチューリップは人の背丈ほどありそうなほどに、育っていた。背の高いシキよりは流石に小さいが、フィオナとはほぼ変わらない背丈だ。そして、そのチューリップはたいして風もないのに、ゆらりゆらりと揺れている。


 「大きいでしょ?魔法で品種改良してあるからね」

 「なんていうか、ちょっと怖いくらいの迫力ですね」

 「そうかもしれないね。じゃあ、これからチューリップの刈り方を教えるね」

 「はい!」

 「体力回復ポーションに使うのは、赤、オレンジのチューリップだよ。ここのチューリップは花が開くまで何色か分からないんだ。だから、いろんな色が混ざって咲いている。そこから、赤とオレンジだけを刈り取って欲しい。そうだね、百本くらい刈ってもらおうかな?」

 「百本ですか!?」

 「うん、最近体力ポーションは作ってなかったから、在庫が少なくなっているんだ。注文もきているしね。それでチューリップを刈る時なんだけど、奴らは魔植物だから当然動きます。そして、名前の通り、人間が通ると、唇にちゅーをしてくる」

 「は?」

 「えっとね、分厚い花びらで、こっちの唇をふさいでくるんだ。そして、花弁の中にあるめしべを口の中に入れてきて口の中をなぶられる。まあ、早い話し、ディープキスされるような感じ。チューリップは人間を見るとところかまわず、唇を狙ってくるんだ。だからね、とりあえず手近なチューリップとキスして球根ごと引き抜く。チューリップは茎を刈り取ると動かなくなっちゃうからね。キスしているチューリプは葉っぱで腰に抱きついてくるから、抱えなくても大丈夫だよ。そして、一つのチューリップとキスしている間は他のチューリップは襲ってこない。だから、一つのチューリップとキスしながら畑に入って行って目的の色の花を刈ってくるんだ。分かった?」

 「……分かりません」

 

 シキは少し困った顔で、つぶやく。


 「僕、説明するの下手なのかなあ?」


 そうではなくて、言っていることが常識の範疇からかけ離れすぎて、フィオナの頭が理解するのを拒否しているのであるが、今はそれを言葉にすらできず、固まるフィオナであった。


 「じゃあ、ちょっとやってみせるから、そこで見ててね」


 シキはチューリップ畑に足を踏み入れる。途端にチューリップの花弁がシキの唇をめがけて殺到する。シキはそのうちの一つに顔を近づけると、花弁に唇をゆだねた。すかさず、そのチューリップの球根を引き抜くと、チューリップは葉をシキの身体に巻き付けてしがみつく。その間にも、シキの口腔内をチューリップのめしべが蹂躙して動いているのが見える。シキは構わずそれを受け入れると、巧みにあしらいながら、手にした鎌で、赤とオレンジのチューリップを選んで刈っていく。あっという間に十本ほど刈ると、シキは畑から出て、刈ったチューリップを抱えて戻ってきた。未だに唇には、チューリップが吸い付いて、動き回っている。フィオナの所に戻ったシキは刈ったチューリップを地面に置くと、へばりついているチューリップの茎を切断する。途端に、そのチューリップはシキの唇から離れ、くたりと動かなくなった。


 「ふう、こんな感じね」


 シキは濡れた唇を舌でペロリと舐める。あまりの色っぽさに、フィオナは卒倒してしまいそうだ。


 「いつもより甘味が少しだけ足りないな。後で肥料をやるかな」


 慣れた様子で、糖度を吟味しているシキに、フィオナは眩暈がしそうになる。これをこれから何度もやらねばいけないのだ。


 「フィオナ、じゃあ、残り九十本お願いね」

 「え!?二人でやるんじゃないんですか!?」

 「僕は他の魔法薬に使う白のチューリップを刈るから。白は個体数が他より少ないからね。時間がかかるんだよ。だから、赤とオレンジは任せたよ」


 シキはそう言って、あっさりと畑に戻っていった。

 残されたフィオナは刈り取られたチューリップを見て、深呼吸をすると、花弁の中を覗いてみた。人の頭くらいある花弁の中には、直径三センチほどのめしべが生えており、その先端は三つに分かれ、蜜を滴らせている。


 「これが口に入ってくるのか……」


 フィオナは軽い恐怖を覚えつつも、これも仕事だと頭を切り替える。こんなことで音を上げていては、これからやってはいけない。拳をぐっと握りしめると、鎌を手に畑に向かって足を向けた。

 いざ自分の背と同じ高さのチューリップがひしめく様を間近で見ると、背筋に寒気が走った。両腕には鳥肌が立っている。


 「よ、よし!行くぞ!」


 畑に足を一歩踏み入れると、途端にチューリップがフィオナめがけて、花弁を向けてくる。


 「ひいいいいいい!」


 フィオナは、思わず畑から逃げ出した。畑から少し離れた場所で、荒い息をついていると、小脇に白いチューリップを沢山抱えたシキが戻ってきた。


 「あれ?どうしたの?大丈夫?」

 

 地面に座り込んで荒い息をしているフィオナに、シキは心配そうな顔を向ける。


 「シキ……」


 涙目で見上げると、シキは抱えていたチューリップを置いて、フィオナの前にしゃがむ。


 「どうしたの?」

 「怖くて……、畑に入れなくて」

 「ああ、やっぱりそうだよね。ごめんね、いきなりチューリップ相手にディープキスなんて無理だよね」

 

 シキが、そっとフィオナの頭に手を乗せる。シキの口調に、今日はチューリップ刈りをしなくてもいいのだろうかと、ほっと安堵の息を吐くと、シキの手がフィオナの頬にふれた。


 「やっぱり練習してからが良かったよね?ごめんね。じゃあちょっと練習しようか」


 シキはそう言って、ぺろりと自分の唇を舐めると、フィオナに顔を近づける。あまりの自然な動作に、フィオナは固まったまま目を見開いて、色気を帯びたシキの顔が近づいてくるのを、ぼうっと眺めていた。


 「ちょっ!ちょっと待った!!」


 唇を奪われる直前で、フィオナはとっさにシキの唇に手を当てて防いだ。あやうく飲まれるところだった。


 「どうしたの?質問?」

 「いやいやいやいやいや!練習とか、大丈夫ですから!」

 「でも、怖いって……。無理しなくていいよ?ちゃんとコツが掴めるまで練習に付き合うから」


 シキはいたって真面目にフィオナに告げる。どう見ても、明らかに、下心などなく、真剣に仕事を覚えてもらうために言っているのが分かるだけに、フィオナは自分がおかしいのかと、一瞬戸惑うほどだ。


 「練習でもなんでも、男性と、む、むやみにキスなんて、出来ません!」


 シキはきょとんとしてから、少し考えて、ふわりと微笑む。


 「そっか。じゃあ、大変かもしれないけど頑張ってみてね。でも練習が必要になったら、いつでも呼んでね」


 シキはそれだけ言うと、自分の仕事に戻っていった。

 どうやら、自分のノルマを終えないかぎり帰らせてはもらえない、と判断したフィオナは、再び鎌をもって、畑に向かった。


 「もうどうにでもなれ!」


 フィオナは、歯を食いしばると、畑に踏み込む。一番近くのチューリップがさっそくフィオナの唇に吸い付いてきた。柔らかく厚ぼったい花弁が、フィオナの唇を吸い上げる。フィオナは、必死にその球根を引き抜くと、葉がぐっと腰に絡みついてくる。


 「ふぐぐっ!ふはっ!はあっ!」


 歯を食いしばって、めしべの侵入を防いでいたのだが、執拗に唇をめしべに舐めあげられて、思わず呼吸が荒くなり、口が緩んだところに、めしべがぬるっと入ってきた。めしべの先端からは、甘い蜜がにじみ出ている。意外と美味しいと思い、舌で、蜜を舐めると、めしべが答えるように動く。

 めしべにすっかり翻弄されてしまったフィオナは、本来の目的を思い出して、目で赤とオレンジのチューリップを探す。近くに固まって三本生えていたので、鎌で刈り取る。

 その間にも、めしべに口腔をなぶられて、意識をそちらに持っていかれそうになるが、なんとか耐えて、チューリップを刈る。六本刈ったところで、足ががくがくしてきて、一旦畑から離れた。

 唇を奪っていたチューリップを刈り取ると、フィオナは、がっくりと地面に崩れ落ちた。

 なにか大切なものを失った気がする。フィオナはそうぼんやりと考えて、呼吸が落ち着くのを待った。


 なんとか息を整えて、再度畑に踏み込む。再びチューリップになぶられながらも、今度は七本刈り取れた。だが、ノルマにはまだまだ遠い。フィオナは休み休み、畑に入っては、チューリップを刈り取っていった。三十本ほど刈り取ったころだろうか。急に身体が熱くなってきた。視界がぼんやりとする。歩こうとすると、ふわりふわりとした浮遊感で、なぜか気持ちがいい。


 「フィオナ?」


 後ろからシキの声がした。


 「シ……キ……?なんだきゃ、きゃらだが、ふわふわして……気持ちがいいにょ……」


 呂律のまわらないフィオナにシキは近づいてきて、身体を支える。


 「言ってなかったけど、この蜜にはほんの少し催淫作用があるんだ。僕はすっかり慣れて効かなくなってるんだけど。フィオナもこれから少しずつ慣れようね」


 ふらふらの身体を支えながら、ふわりと微笑むシキに、心の中でフィオナは叫んだ。


 鬼ー!笑顔鬼だー!

 

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