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私が一番大事なのは

 フィオナは、超特急で箒を飛ばすと、王宮の門で一度降りて、門をくぐる。金のローブのおかげで、すんなりと通してもらえた。

 中に入ると、再び箒を出して、管理棟目掛けてぐんとスピードを上げる。


 管理棟に入ると、そこはやはり、真っ暗だった。

 フィオナは通信機に手を置くと、魔力を込めて話しかける。


 「シキっ!いますかっ?」


 しばらく待っても返事がないので、もう一度呼びかける。


 「シキ!シキっ!いませんか?」

 

 研究棟には居ないのだろうか。

 フィオナが、諦めて、手を離そうとすると、返事が帰ってきた。


 『おう、フィオナ。もう診療所は終わったのかい?』


 ルティアナの声だ。

 まさかもう戻ってきているとは思わなかった。

 

 「ルティ!帰ってたんですね。診療所はまだ忙しそうでしたが帰らせて貰ってきました。シキに話したい事があって。研究棟に居ますか?」

 『ああ、今、植物園内のどこかだねえ』

 「いつ頃戻りますか?」

 『さあ?どうだろうね。出てくるとしか言ってなかったから』

 「素材集めでしょうか?」

 『いや、多分違うね。追加の注文分は納品し終わったみたいだったからね。たぶん散歩だろ』


 フィオナはどうしようかと考えながら、黙っていると、ルティが優しげな声で尋ねてくる。


 『どうしても今話したいのかい?』

 「……はい」

 『じゃあ、そこで待ってな』


 真っ暗の中、薬剤室の椅子に座って待っていると、ルティアナがひょこりと現れた。


 「ルティ」

 「まったく世話が焼けるね。おいで」


 ルティアナはフィオナを連れて魔植物園に入ると、奇妙な形の箒を出して、フィオナに後ろに乗るように指示する。


 「振り落とされないように、しっかり捕まってなよ」

 「はいっ!う、ひゃああああああ!!!」


 フィオナがルティアナの腰に手を回して、返事をした途端、物凄い速さで、箒が森へと突っ込んで行った。


 「ひゃあああああ!ルティ!スピード!おとしてええええええええ!!」


 そこらじゅうに絡み合っている蔦をよけ、生い茂る木の枝をくるくると回転するように、避けながら、猛スピードで森を駆け抜けていく。


 フィオナは目を開けていられずに、ぎゅっと瞑って、必死に落ちないようにルティアナにしがみついていた。


 「ここかと思ったけど居ないねえ」


 箒のスピードが緩んだので目を開けると、そこはいつも魔力水を汲みにくる泉だった。

 泉の周りに不思議に発光する草がゆらゆらと揺れて、辺りを照らし、水面に浮かぶ水草から、コポコポと泡がでて、泉に緩やかな波紋を描いていく。そんな泉にうっすらと月が映り込み、まるで神秘的な絵画を見ているようだ。


 「きれい……」

 「だろう?シキのお気に入りの場所だからね。ここかと思ったんだけど。特区に運動でもしにいったのかね」

 「え?運動っていやああああああ!!」


 またもや物凄いスピードで森を抜けていくルティアナに、フィオナは悲鳴を上げる。

 ざっと森を抜ける音が聞こえて、辺りがほんのり明るくなったような気がしたフィオナは、再び目を開いた。


 チューリップ畑である。

 ガラス張りの空が一気に広がり、星と月の光を受けて、艶かしくゆらゆらとゆれる一面のチューリップ畑は幻想的でありながらも、何か不思議とわくわくさせられるような気持ちにさせる。

 園内のいたるところで発光性の植物が光っているため、広いチューリップ畑もその影響を受けて、薄明るく見えた。


 「ああ、いたよ」


 ルティアナがチューリップ畑の端の芝生に目をやる。

 シキが一人で、ごろりと横になっていた。

 ルティアナは少し離れた場所でフィオナを下ろす。


 「私は、帰るよ」

 「ルティ、ありがとう!」

 

 ルティアナはふんと鼻で笑うと、再び猛スピードで森に突っ込んでいった。


 さくさくと芝生を歩いていく。

 横には、いつも見慣れたはずのチューリップが咲き乱れているが、夜中に見るのは初めてだ。

 なんだか小人になって夜の森に迷い込んだような気分になる。


 シキが寝転がっているのが見えた。眠っているのだろうか。

 更に近づくと、シキが足音に気がついて、顔を上げた。


 「フィオナ!?」


 シキは驚いて身体を起こすと、近づくフィオナをじっと見て待っている。


 「シキ」

 「フィオナ、どうしてここに?もう診療所は終わったの?もしかして一人できたの!?」

 「診療所は、まだ忙しそうだったけど、抜けて帰って来ちゃいました。ルティがここまで送ってくれたんです」

 「そう、なら良かった」


 月明かりに照らされたシキの顔がいつものように、ふわりと笑ったので、フィオナはくしゃりと顔をゆがめた。


 「フィオナ?」

 「私、シキに話したい事があって」

 「うん。どうしたの?」

 「今日、診療所に行って、色々見て、感じて、パティさんに言われた事も色々考えたんです」

 「パティに何か言われた?」

 「私は王宮魔導師になって何がしたいのかって。魔植物園になんの為にいるのかって」

 「うん」

 「言われて、ずっともやもやしていて、考えてたんです。今日一日、診療所で患者さんを診察したり、治療をしたりしてました。私が治療し終わると、みんな感謝してくれて、それがとても嬉しくて……」

 「医療室に転属したい?」


 シキが優しく尋ねる。


 「そうなのかなって思ったんです。患者さんにありがとうって言われて、小さな男の子に全然痛くなかったって笑顔を向けられて、すごく胸が熱くなって……」

 「うん、いいんだよ。分かってる」


 シキは、そっとフィオナの髪をなでて、少しさみしそうに微笑んだ。

 フィオナは泣きそうな声を絞り出す。


 「でも、違うんです!私が王宮魔導師になったのは、国で一番の魔導師になりたかったからです。その為にここに来たんです。なんで国一番の魔導師になりたいって思ってたのか、ずっと考えてました。昔、両親が魔獣に殺されたって話しましたよね?きっとその経験から、無意識で大事な人を守るための力が欲しいって思うようになっていたんだと思うんです。いざという時に、もう大事な人を失わないようにって……」


 「なんで泣くの?」


 いつの間にか、涙がこぼれていた。


 「分かりません」


 シキがフィオナの頬に手をあてて、涙を拭う。


 「今日、夜に納品されてきたポーションを見て思ったんです。確かに医療室は、沢山の人の役に立つ素晴らしい仕事だと思いました。でもそれを支えてるのが、魔植物のポーションだったり、ルティの開発した薬だったりするんだって。それがあったから、あの診療所がちゃんと機能できていたんだなって分かったんです。シキの作った特効薬があって、ルティが開発した殺虫剤があったからこそなんだって。シキ……」


 フィオナは言いたいことが頭の中でぐるぐると駆けまわって、分からなくなっていく。

 まだちゃんと伝わっていない。

 大事な事をちゃんと言わなくちゃ。

 シキはフィオナが話すのを、じっと辛抱強く待っている。


 「私、まだここに来て全然短いけど、なんだかすごくここが大好きなんです。私が今一番大事なのはシキなんです!それにルティにキノにマッド君も」


 フィオナを見つめていた、シキの目が揺らいだと思ったら、思い切りぎゅうっと、きつく抱きしめられた。フィオナは抱きしめられたまま、話を続ける。


 「シキは言いましたよね。ここにいたらきっといつか国一番の魔導師になれるって。そしたら、私がシキやルティを守れますか?今はいつも守られてばっかりだけど、私はシキがピンチの時に守れる様になりたいんです」

 「うん」

 「思ったんですよ。シキやルティを守れるくらいになれば、街で困っている人や、魔獣に襲われて困っている人だって、余裕で守れるんじゃないかって。だから私は魔植物に居たいです。そう分かったら、居ても立っても居られなくて戻って来ちゃいました。私の代わりに患者さんを治療できる人は他にもいるけど、シキを手伝って魔植物園の薬を作るのは、私にしかできないって思ったんです。それなのに、今日、診療所に行きたいなんてわがままを言ってごめんなさい。私が今すべき事は、シキを少しでも助けられるように手伝う事だったのに。きっとシキはあれから戻ってポーションを作ったんですよね」


 フィオナは、そろりとシキの背中に腕を回してシャツを掴む。


 「フィオナ」

 「はい」

 「僕は、パティに絶対フィオナは魔植物から出ないみたいな事を言っておきな本当は君が診療所に行くって言ったとき不安になっていたんだ。君が診療所で感じた事は間違ってないよ。治療魔法で人の役に立つのは嬉しいだろうし、やりがいもあるだろう。だから君が医療室を選んじゃうんじゃないかって、帰ってこないかもしれないって、どこかで思ってたんだ」

 「シキ、あんなに自信満々にパティさんに言ってたのに」

 「本当だよね。情けない」

 「戻ってきましたよ?」

 「うん、嬉しい」

 「シキ、不安になってたのに、診療所に行かせてくれてありがとうございます。おかげで、私ちゃんと自分のすべき事が分かりました」

 「君が望むことを僕は拒んだりしないよ。だからこそ、今すごく嬉しい。どのくらい嬉しいか分かってないでしょう?」

 「はい」


 フィオナがくすりと笑うと、シキはフィオナをそっと離した。そして、いつものようにふわりと微笑んだのだった。



 フィオナは目を覚ますと、身体を包む暖かな感触を感じた。心地よいその暖かさに頬を寄せると、その暖かいものは、フィオナをぎゅうっと抱きしめた。なんだか気持ちいい。

 あれ?

 急激に意識が覚醒してくる。

 嗅ぎなれたシキの匂いに、頭の中がぐるぐると混乱する。

 なぜかシキに抱きしめられて眠っていたのだ。


 「!!!!」


 昨日の夜、チューリップ畑でシキと話をして、その後、しばらく他愛のない話をしながら芝生に寝転がっていたことまでは覚えている。

 きっとそのまま眠ってしまって、シキに運ばれたのだろう。


 それにしても、何で一緒のベッドに!?

 服は着ているよね!?

 良かった着てる……。


 あまりの事に言葉がでずに、ばくばくと音を立てる心臓をなんとかしようと、腕から逃れようとするが、行かせないとばかりに、腕に力がこもる。


 「だめ……。医療室には、行かせない……」


 少しかすれた声で、シキが寝ぼけたようにつぶやく。


 「いいいいきません!か、帰ってきたでしょ!シキ離して!」

 「ううん……」


 だめだ。完全に寝ぼけている。


 「シキ、起きて、離してくださいっ」


 手でシキの胸を軽く叩くと、その手を嫌だと言うように片方の手で握りしめられる。


 「シキ……、起きてくださいぃ」


 情けない声を出すと、シキが深く息を吐いて顔を動かす。胸元にへばりつくようになっていたいた顔を見上げるようにすると、目の前にシキの顔があった。

 顔が近いっ!

 みるみる顔が、熱くなり、真っ赤になる。

 シキがうっすらと目を開ける。


 「フィオナ?」

 「シキ!」

 「あれ?一緒に寝てたの?」


 えええええええええ!?


 「シキお願いだから離してっ」

 「どうして?すごく暖かくて気持ちいいのに。ねえ、フィオナ、もう少し寝よう」


 シキは目を閉じると、フィオナの頭に自分の頬を寄せて、寝息を立て始める。


 「シキっ」

 「う……ん。お願い。まだ眠い」


 フィオナは顔が燃えるように熱くなる。

 確かに起きたとき、暖かくて、気持ちいいと思ってしまったけど。

 けどっ!それどころじゃないー!

 頭がおかしくなりそうだ。


 すうすうとシキの寝息が聞こえてくる。

 神様……助けてください。

 フィオナが涙目で心の中でつぶやくと、助けに来たのは、神様ではなかった。


 「おーい!シキ!」


 階段とタンタンと上がってくる音が聞こえた。

 ルティアナの声である。

 フィオナはびくっと肩を震わせ、青くなる。


 「シキ!シキ!ルティが来てます!離して、もう!うーん!」


 小声で叫ぶと、フィオナはシキの腕を押して逃れようとするが、フィオナが逃げようとすると、シキはさらに力を入れてくる。


 「く、くるしいっ!シキ、お願い、起きて」

 「……嫌」


 隣の部屋をノックする音と、ルティアナの声がする。


 「おい、シキいないのか?」


 扉を開ける音がして、しばらくすると、足音が今度はこちらの部屋に向かってやってくる。


 「フィオナ、いるかい?」


 部屋の扉がノックされる。

 どうしよう!

 フィオナはうろたえてもがくが、シキの腕はフィオナを締め付けたまま離さない。


 「フィオナ、いないのかい?」


 扉が開いて、ルティアナが入ってくる。


 「なんだいるんじゃないか。返事くらいしなよ。寝てるのか?」


 ベッドに近づいたルティアナがぎょっとして立ち止まる。


 「ちちちち、違うんです!起きたらシキがいて、離してくれなくてっ、だから、これはっ……」


 シキに抱きつかれたまま、しどろもどろになっていると、ルティアナが、ベッドのすぐ横にきて、手を伸ばす。

 フィオナが真っ赤な顔で、泣きそうになっていると、ルティアナの手がシキの額にあてられる。


 「めずらしいな。シキが熱を出すなんて」

 「え!?」

 「気づかなかったかい?まあ、もともとこいつは体温が高いから、熱があっても分かりずらいんだよね。いつもと言動がおかしくなかったかい?」


 ルティアナは、口の中でぶつぶつと呪文を唱えると、魔方陣を発動させて額にあてた。柔らかい魔力がシキに注がれているのが分かる。

 フィオナを締め付けていた腕がゆっくりと緩んでいく。

 すうすうと寝息が聞こえ、完全に眠ったようだった。

 フィオナは、シキの腕をそっと外して、息も絶え絶えにベッドから這い出した。


 「解熱魔法と体力回復ポーションで身体は治してやれるけど、今日は寝かしておいてやるかね。多分精神的に疲れていたんだろうさ」

 「私、全然気が付かなくて……。寝起きが悪いだけなのかと」

 「まあ、やつの寝起きの悪さは凄いからねえ。そう思うのも無理ないか。それにしても、熱だなんて、何年ぶりかねえ。昨日フィオナが戻ってきたから、安心して気が抜けたんだろうよ。さ、フィオナ。朝飯食ったら仕事してもらうよ」

 「はい」


 フィオナは心配になり、そっとシキの額に手をあててから、音を立てないように部屋を出たのだった。

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