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診療所1

 「お、おわったああ……」


 フィオナは、最後の一粒の丸薬を、不思議な魔方陣の描かれた、小さな紙袋へと入れる。

 それをキノが受け取ると、蔓性の葉が絡みあうような柄の金色のシールで袋を止めて、納品用の箱に詰めた。丸薬およそ五百個完成である。

 さすがに疲れた。

 すっかり日は昇っていて、時計を見ると朝九時になろうとしていた。


 「フィオナ、キノ、お疲れさま」


 シキがふわりと微笑むが、珍しくその笑顔には疲れが見えた。


 「シキもお疲れ様です」


 フィオナが労わると、シキは嬉しそうに笑みを浮かべる。


 「じゃあ、僕はこれを納品してくるよ」

 「どこに持っていくんですか?」

 「医療室だよ」

 「じゃあ、私でも場所が分かりますから、私が持っていきますよ。シキは管理棟で少し休んでください」

 「大丈夫だよ。それに状況も聞きたいしね」

 「じゃあ、一緒に行ってもいいですか?私も、状況が知りたいです。お願いします!」


 シキはフィオナが行くことを渋ったが、しつこく頼み込むと、最後は諦めて苦笑する。


 「いいよ、分かった。フィオナは意外に頑固だよね」

 「シキほどじゃないですよ」


 フィオナ達が丸薬を持って研究棟の外にでると、いつの間にかキノがひだまりで眠っていた。

 シキは近くに寄って優しく双葉の間を撫でると、満足したようにフィオナの所に戻ってくる。

 シキなりにキノに無理をさせていた事を気にしていたのだろう。


 医療室に行くと、以前来た時に会った、眼鏡の女性が出てきた。その後ろのカーテンでは、誰かが治療中らしく、話し声と人影が見える。


 「おやおや、シキ君にフィオナたんではないかー。どうしたんだい?こんな早朝に」

 「どうしたもこうしたも、丸薬を持って来たんですよ。五百個ね」

 「え!?もう五百個つくったのかい?早くても今日の夜かと思っていたよ」

 「フィオナが頑張ったので」

 「おおそうか、さすがだね。そういえば名乗ってなかったね。私はパティ・レメックだよ。よろしくね」


 フィオナは、パティと握手をする。肩までの茶色い髪をふわりと揺らして、パティはぶんぶんと握手している手を振り回す。

 なんだかものすごくパワフルな人だ。


 「助かるよ。街では患者が爆発的に増えていて大変だったんだ。医療室のメンバーも、ほとんど外に出払っているよ。おーい!エレノラー、この薬を至急街の臨時診療所に持って行ってくれるかねー」


 奥から出てきた若い女性は、試験の時に二位だった魔導士だ。フィオナは気が付いて、にこりと微笑むと、エレノラは少しびくっとしてから、軽く頭を下げて、丸薬の入った箱を受け取ると、駆けだして行った。


 エレノラが出ていくと、フィオナはパティに尋ねる。


 「街での患者さんの様子はどんな感じなんですか?重症者が多いんでしょうか?」

 「そうだねえ、昨日私も診療所にいたんだけど、夜までに百人近く患者が来たよ。そのうち重症だったのは三割くらいだね。丸薬ももらっていた分は重症者に使い切って、足りなくなっていたんだ。だから今朝もらえたのは嬉しい限りだよ」

 「パティ、五百じゃ足りない?」

 「うにゃ、大丈夫だと思うよ。何せ昨日ルティアナ様が指示して、騎士団と警備隊で、街中に殺虫剤を撒いていたからね。おそらく一気に患者は減るだろう。昨日までに咬まれた患者がおそらく今日殺到してくるから、今日、明日乗り越えれば、徐々に落ち着くはずだよ」

 「そう、ならよかった。追加が必要ならすぐ取り掛からないといけないところだからね」


 シキは少しほっとしたようだった。


 「ところで、フィオナたんは回復魔法とか、医療魔法の心得はどんなものかね?」

 「実はあまり得意ではないんです。簡単な傷とかは治せるんですけど。光魔法は攻撃系の方が得意で」

 「そうかあ。でも君は光魔法レベル五だって聞いたよ?多分ちゃんと勉強すれば、すぐにできるようになると思うのだよ。そこで!」


 びしっとパティはフィオナに指を突き立てた。


 「ひっ!」


 思わず後ずさると、パティが畳みかける。


 「今から、診療所で患者の治療を手伝ってくれないかね!?いい勉強になると思うよ。なにせ人手が足りてなくてね」

 「パティ、それはフィオナじゃなくてもいい事だろう。彼女は夜通し丸薬を作っていたんだ」


 シキがすぐに抗議の声をあげる。

 だがフィオナはパティの提案に、診療所に行ってみたいという気持ちが高まってしまった。診療所で自分が出来る事があるのなら、手伝いたい。人手不足というのならなおさらだ。


 「シキ、私、行ってきてもいいですか?役に立てるなら、私行きたいです」

 「フィオナ、昨日寝てないんだよ?倒れちゃうかもしれない。許可できないよ」

 「お願いします、シキ。私、診療所の様子が見てみたいんです」


 フィオナは必死にシキに訴える。そこに追い打ちをかけるように、パティが言った。


 「診療所にはおそらくルティアナ様もいるよ。それなら安心だろう?なあ、シキ君」

 「シキ!無理はしませんから。お願いします」


 シキは、はあっと深くため息を吐くと、いつも持っているカバンからポーションを取り出した。


 「じゃあ、これを飲んで」

 「これは?」

 「上級体力回復ポーション」

 「私の失敗作ですか?」

 「違うよ。ちゃんとしたやつ」

 「勿体ないです!失敗した物でいいですよ。あれでも十分回復しますから」


 フィオナが頑なに拒むと、シキはポーションの瓶を開けて、口に含むと、強引にフィオナに口移しをした。


 「んんんっ!」

 「わあお!シキ君、やるじゃないか!」


 パティはその様子を見て、けらけらと盛大に笑っている。


 「飲まないなら、残りの分も無理やり飲ませるよ」


 シキは唇をペロリと舐めて、少し怒ったような口調で言う。


 「飲みます!自分で飲むから」


 フィオナはシキから瓶をひったくると、一気に飲み干す。

 飲んですぐに、身体から疲れがすっと引いていき、元気が湧き上がってきた。

 あまりに早い効果にフィオナ自身驚く。


 「僕は魔植物園から離れられないから、ついていけない。だから決して無理をしないように」

 「はい、分かりました」


 シキは心配そうにじっとフィオナの目を見ると、ぽんと頭に手を置いた。


 「シキ君のお気に入りっていうのは本当だったんだねえ。じゃあ、フィオナたん、私と一緒に行こうかね」

 「はい!」

 「パティ、無理させたら許さないよ」

 「ふふふふん。無理はさせないさ。三ヶ月後には私の部下かもしれないけどねえ」


 パティの挑発にシキはにっこりと笑う。


 「うん、それは絶対にないから」

 「シキ君。世の中に絶対とはないのだよお。君は私をよく知っているはずじゃないか」


 パティはそう言って意地悪そうに笑うと、その意味あり気な言葉に、シキの顔が一瞬曇り、フィオナはなんだか不安になるが、強引にパティに腕を引っ張られて、医療室を後にする事になった。


 街に作られた臨時の診療所は王宮から近い場所にあった。そこは街の集会所で、広い講堂に、マットや毛布を持ち込んで、療養所として開放していた。もうすでに、沢山の人達が寝かされており、青い柄と紫の柄の王宮魔導士のローブを来た者達が忙しそうに、動き回っている。医療室が青で、紫が薬室である。

 パティは、フィオナに待っているように伝えると、他の魔導士の所へと向かっていった。


 患部を紫色に腫れ上がらせている人に、熱でうめいている人、軽症だが、そんな他の患者を見て不安そうな顔をしている人。重苦しい空気が部屋中を覆っている。

 フィオナもシキが薬を飲ませてくれなければああなっていたのかと、ぞっとして、軽症の内に貴重な丸薬であっさりと治してしまった事に罪悪感を覚える。

 異様な雰囲気と、緊迫したような、治療魔導士達の様子に飲まれて、茫然と見つめていると、ぽんと肩を叩かれた。


 「お待たせ、フィオナたん。こういうところは初めてだったかい?」

 「はい。びっくりしました」

 「疫病なんかの時は、もっと酷いありさまになるんだよお。まだこんなのは全然いい方だね。最初に見るのが疫病の診療所だったりすると、中には、吐いて動けなくなっちゃう奴もいるからねえ」

 「そうなんですか……」

 「今聞いてきたら、フィオナたんが持ってきてくれた丸薬、重症者から投与が始まったみたいだよ。アザリー室長とエイビス薬室長が、症状を見て判断するらしい。全員には投与できないし、判断が難しい患者もいるからね」


 この診療所だけでも、百人くらい患者がいるのだ。これから患者が増える事を考えると、本当に重症と思われる人にしか投与はできないだろう。室内を見わたすと、アザリー室長と、アライグマ顔のエイビス薬室長が、真剣な顔で、患者をみて回っているのが見えた。


 「もっと作ればよかったでしょうか?とはいっても作るのはほとんどがシキですが」

 「いやいや。充分だよ。それに効きすぎる薬は毒にもなるからねえ」

 「毒?副作用があるとはシキは言っていませんでしたよ?」

 「そうじゃなくてさ、人間ってさあ、軽い症状なのにそんな薬で治してやったら、別に咬まれてもすぐ治してもらえるって思っちゃうんだよお。あれがどんなに作るのが大変かなんて考えもしないでさ。価値が分かれば盗もうとするやつだっている。だから、本当に酷い症状じゃないと、投与しない事になっているんだ。少しくらい痛いのが続いても、普通の薬と、治療魔法で治せるんだったら、それに越したことはないのだよ」

 「考えさせられますね」

 「うん、まあ、その辺は室長達が上手くやるさ。さて、フィオナたん、君は解毒魔法は使えるかね?」

 「いえ、使えないです。すみません」


 情けない声を出すと、パティはにっと笑う。


 「じゃあ、教えてあげよう!初級の解毒魔法なら、君ならすぐにできるようになるさ」


 パティは近くの軽症患者の横に行くと、膝をついて座る。


 「やあやあ、奥さん、傷口はどうだね」

 「魔導士様……、昨日より腫れてきてしまって」

 「ふんふん、ちょっと見せてくれよ」


 パティは、三十代くらいのその女性の手首を見る。患部が赤く腫れあがっていた。紫にはなっていない。


 「うん、ちょっと熱を持ってきているね」


 パティは、女性の枕の横にある四角いボードを見る。ボードには紙がはさんであって、名前、年齢、いつ診療所に来たかが明記されており、その下には、症状と、今までの治療過程が書き込んである。


 「うんうん、解毒ポーションは飲んでいるね。解毒魔法も数時間前に一度受けているね。よし、もう一度魔法をかけよう。じゃあ、フィオナたん、やり方を見ていてくれよ」


 パティが呪文をつぶやくと、手のひらの先に魔方陣が浮かぶ。その先から、魔力を帯びた、柔らかい光が患部に降り注いでいき、十分ほどそうしていると、徐々に赤みが引いていった。


 「よし、こんなものかな。この蜘蛛の毒は強いから、一回じゃ治らないのだよ。だけど何度か治療していけばじきによくなるから、安心したまえ」


 パティが明るい声でそう言うと、女性はほっとしたように息を吐いた。

 治療した過程をボードに書き込み、パティはフィオナを振り向く。


 「よし、フィオナたん、呪文は覚えたかな?」

 「はい」

 「今のが、初級の解毒魔法だよ。魔方陣が発動したら、身体の中の毒を殺す兵隊を送り込むようなイメージで魔力を注ぐのだよ」


 なんだそりゃ!?と一瞬思うが、真剣な顔で聞いておく。

 意外とこういうものにはイメージが大事だったりするのだ。


 パティは次の軽症者の所に行く。若い男性だった。

 傷口は、足首の付け根で、赤く腫れあがっていた。男性はこちらを見ると、若いフィオナが新人だと分かったようで、訝し気な顔になる。


 「さあ、フィオナたん。やってみようか」

 「ちょ、ちょっと、魔導士の先生。その子新人だろう?大丈夫なんですか?」


 患者にそう言われて、フィオナはたじろいてしまう。

 フィオナ自身まだやった事のない魔法を使うのだ。

 失敗しても、発動しないだけなので、患者に害を与える事はないのだが、ただでさえ足が腫れて不安になっている所をより不安にさせてしまうかもしれない。

 そう思ったら、急に怖くなってしまった。


 「大丈夫に決まっているではないかー。よし!こうしよう!もし、フィオナたんが失敗したら、君に彼女のおっぱいを揉ませてあげよう!どうかな!?」

 「はい!どうぞ、よろしくお願いします!」


 男はあっさりと了承すると、上気した顔で、ぐいっと足を差し出してくる。


 「パティさん!何言ってるんですか!?」

 「いいじゃないか。減るもんじゃないし。こういうプレッシャーがあった方が、人は成長できるのだよ!」

 「そんなあっ!」

 「いいから早くやりたまえ」


 フィオナは、鼻息を荒くして見ている男の視線に泣きそうになりつつ、呪文をつぶやく。すぐに魔方陣が発動した。パティがフィオナに手を添えてくる。


 「うんうん、フィオナたん筋がいいねえ。魔力量もうちょい抑えて。うん、いいよ。そしたらさっき言ったようなイメージで、流してごらん」


 フィオナは目を閉じた。

 手の魔力に集中しながら、身体の中の毒素を退治するイメージをしようとする。

 なんだかイメージがわかないな……。

 フィオナは具体的にイメージすることにする。

 マッド君三号にこん棒を持たせ、身体の中にいる、毒蜘蛛を叩きつぶすイメージをする。

 急に手がふわりと温かくなった。

 目を開けると、魔法陣から魔力の光が患部に降り注いでいる。


 「いいよ、フィオナたん。そのまま、そのまま。集中して。赤みが引くまで続けるんだ」


 パティは静かにそう言うと、フィオナの手を離して、ボードに治療過程を書き込んでいく。徐々に腫れが引いていき、赤みが消えると、パティが声をかける。


 「もういいよ。フィオナたん。すごいじゃないか!一発で完璧に出来てしまったよ!さすがとしか言いようがないねえ」


 フィオナが魔力を止めて、手を離しほっと息をつくと、パティがバンバンとフィオナの肩を叩く。


 残念そうな顔の男にパティはにやりと笑みを向けた。


 「君、腫れが引いたのに何でそんな残念そうな顔をしているんだい?そんなにフィオナたんのおっぱいを揉みたかったのかなあ?」

 「ち、ちがっ、そんなわけ」

 「じゃあ、私が代わりに揉んでおいてあげよう!残念だったね!」


 パティの手がフィオナの胸を、むにょむにょと揉みしだく。


 「ひぃやああ!パティさん!や、やめてくださいっ」


 慌てて両手で胸をガードする。ちらっと男を見ると、真っ赤な顔でフィオナの胸を凝視していた。

 もう、こんなところで!

 恥ずかしすぎる!

 フィオナが涙目でパティを睨むと、パティはけらけらと笑って、次の患者へと向かっていた。

 後を追おうと、フィオナが立ち上がると、患者の男が、フィオナを呼び止める。


 「あの!」

 「はい?」

 「ありがとうございました!」


 真っすぐに自分の治療に礼を言われて、フィオナは嬉しくて胸が温かくなる。

 フィオナは、とびきりの笑顔で応えた。


 「いいえ、お大事にしてくだい」

 「はい!次もまたお願いします!フィオナたん!」


 患者にまでフィオナたんと呼ばれ、つい笑顔が引きつりそうになるが、なんとか微笑み返して、パティを追いかけた。

 

 お願いだから、フィオナたんはやめて。

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