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寒い時には人肌で

 フィオナはシキが研究棟に戻っていくと、キッチンに上がり保冷庫の横を見る。

 食材注文書があった。

 その下には納品書も置いてあり、以前シキが注文したものが書いてある。

 フィオナはそれを参考に、保冷庫を開けて、中に残っている食材をチェックしながら、何を注文しようか考える。


 何か飲みながら、注文書を書こうと、お茶の入っている棚を開けた。ハーブティーを飲もうとしたが、肝心の茶葉が空っぽだった。あれはハーブ園のハーブを使って香り付けしているらしく、爽やかでほんのりラベンダーの香りがして、フィオナのお気に入りなのだ。


 「ああ、ハーブティー、切れちゃったのか。あれ美味しいのになあ」


 フィオナが残念そうにつぶやくと、後ろのテーブルでカタンと音がした。

 振り向くと、テーブルの上に、透明な瓶に入った茶葉が置いてある。さっきまでは確かになかったはずなのに。

 フィオナが瓶の蓋を開けて香りを嗅ぐと、求めていたハーブティーの香りがふわっと漂った。

 もしかして……。


 「レオナ?」


 フィオナはつぶやいてみるが、誰もいない。でもきっとどこかで見ているはずだ。


 「ありがとう」


 フィオナはそう言って、にこりと微笑むと、ハーブティーを淹れ始めた。


 シキの過去の注文を参考に、新しい注文書に食材を書き込んでいく。大体これで三日は大丈夫なはずだ。

 フィオナは、ふと思いついて、注文書に文字を書き足した。田舎でリザナがよく作ってくれた料理を思い出したのだ。あまり、この国では見かけない食材なのだが、手に入るだろうか。駄目で元々のつもりで、フィオナはその注文書を保冷庫に貼っておいたのだった。



 今日もマダラミドリ蜘蛛の特効薬を作るため、朝からシキを手伝う。

 キノもマッド君達もフル稼働だ。

 シキは昨晩寝ていない事など全く感じさせない爽やかな笑顔で、フィオナに指示を出していく。

 

 昼前に通信機にナック隊長の声が響いてきた。

 マダラミドリ蜘蛛の状況を報告しに来てくれたらしく、通信機越しにシキと話をする。


 『王宮内では、早めに注意勧告をしたから、それほど被害は出てないな。うっかり咬まれた者が昨日は二名。二人とも医療室で治療を受けているよ』

 「王宮内はって言う事は、王都の街では被害が酷いんですか?」

 『ああ、昨日のうちに、街の各警備隊の詰め所には連絡して、住民に注意するように伝えて回ってもらっているが、それより前に咬まれていた人間が結構いてな。街の医者達がてんやわんやになっている』

 「街の医師からは報告は上がってなかったんですか」

 『それが、ここ数日で一気に増えたらしいんだ。それに街医者は、あちこち沢山いるからな。数人患者が来てもたまたま重なったと思ったらしい。マダラミドリ蜘蛛の症状を知らない医者もいたしな。だが、街全体で見ればかなりの数だ』

 「なるほど。これから増えるかもしれません。咬まれてから腫れるまで個人差があるんです。すでに咬まれてても、まだあまり症状が出ていない人もいるでしょうから。あとは、とにかく咬まれないように注意するように徹底してください。丸薬は昨日医療室に渡した分で最後です。新しく出来上がるのは早くて明後日ですから」

 『わかった。あと、今日、国王が医療室と薬室に、緊急派遣命令を出した。街に臨時医療診察所を作って対応するらしい』

 「それが良いでしょうね」

 『まあ、とりあえず報告はこんなもんだ。とにかく薬を頼むぞ』

 「分かってますよ」


 フィオナは二人のやり取りを聞いて、唇を噛む。

 自分もシキみたいに仕事が出来れば、もっと早く丸薬が作れるかもしれないのにと、悔しくなった。

 けれどそれは考えても仕方のないことだと、必死に目の前の仕事に取り掛かった。


 その日もフィオナは十一時まで仕事をすると、シキに送られて管理棟へと帰った。フィオナも残って仕事をすると、シキに抱き上げられないように注意しながら頼み込んだが、あっさりと捕まって、昨日同様抱っこされ管理棟に行く羽目になってしまった。


 「シキ、本当に無理しないでくださいね」


 研究棟に戻るシキに泣きそうな声で訴えると、シキはふわりと微笑んで、やはりフィオナの頭を撫でていった。



 次の日、シキに伴われて研究棟に行くと、キノが研究棟の外の陽だまりで、眠っていた。


 「キノも随分疲れているみたいですね」

 「うん、ちょっと無理させちゃってるからね。午前中は寝かせておいてあげて」

 「シキ、私も無理させていいんですよ。その方が嬉しいです」

 

 シキの目をじっと見てせがむようにフィオナが言うと、シキが困ったように微笑んだ。


 「フィオナ……」

 「シキ、お願いします。丸薬は明日には出来上がるんですよね?だったら今日から私にも夜手伝わせて下さい。少しでも早く薬を届けたいんです」

 「分かったよ。降参。でも、必ず数時間に一度は休憩を取るんだよ」

 「はい!シキ、ありがとうございます!」


 フィオナが嬉しくて満面の笑みでシキを見ると、柔らかく頭を撫でられて、おでこに軽くキスをされた。


 「シキ!?な、何を!?」

 「頑張れるおまじない」

 

 そんなおまじないあるか!

 フィオナは真っ赤な顔でシキを恨めしげに見ると、くすりと笑われた。


 朝から、シキは真剣な顔で、マッド君とフィオナに指示を出して、自分も地下と作業場を行ったり来たりしながら、黙々と作業をしている。

 ルティはあれから一度も見ていない。

 フィオナの作ったご飯をシキが持っていってはいるが、自分の研究室に閉じこもったままだ。

 少し心配になり、ルティの研究室をじっと見ると、気づいたシキが、フィオナの頭に手を乗せる。


 「ルティなら大丈夫だよ。心配するだけ無駄なくらい元気だから」

 「でも一度も部屋から出てきませんよ」

 「うん、中で嬉々として作業してるからね。怖いから見に行かない方がいいよ」

 「……はい」


 昼前になって、作業場にキノが戻ってきた。

 きょろきょろと何かを探すように部屋を見渡している。


 「キノおはよう。もう大丈夫なの?無理したらだめよ」


 フィオナが心配そうな顔を向けると、小さくうなずいて、フィオナに両手を広げて、てこてこと近づいて来きた。


 「魔力が欲しいの?」


 キノがうなずく。

 フィオナは、キッチンの方へと目を向けた。

 シキは少し前に、しばらく地下にいると言って降りて行ったきりだ。

 フィオナはキノを抱き上げて、急いで口移しで魔力を与えていく。なんとなくシキに見らるとまずい気がした。キノは気持ち良さそうに目を瞑り魔力を取り込んでいる。

 時々、キッチンの方へと視線を向けて、シキが来ない事を確認して、キノに魔力を与え続けると、キノが満足そうに口を離した。フィオナはにっこりと微笑んで、双葉の間を軽く撫でる。

 可愛いな。

 

 カタンと後ろから音がして、フィオナはびくりと肩を震わせた。

 がばっと振り返ると、シキがふらりと立っていた。なぜか肩に毛布を掛けている。


 「シキ!?こ、これは、そのっ」


 フィオナは狼狽えて、しどろもどろになる。なんだか、恋人がいる相手に手を出したような、そんな気分だ。


 シキは、うつむきながら近づいてくると、キノを膝に乗せたフィオナごと、ぎゅっと抱きしめた。


 「シキ!?」

 「ちょっとだけ」


 フィオナは、はっとする。抱きついてくる、シキの身体がいやに冷たかった。まるで雪山から降りてきたばかりのようだ。


 「シキ、身体すごく冷たいですよ!」

 「うん、ワタユキの花を大量にさわってたから、冷えた」

 「温かい飲み物を淹れましょうか?」

 「うん、キノ、淹れて来て。あとバスタブにお湯をためておいて」

 「え、私が……」


 フィオナが言い終わる前に、キノはするっとフィオナの膝から降りると、キッチンにてこてこ歩いていく。シキはフィオナを冷たい手で掴んで、椅子から立ち上がらせると、ソファへと引っ張っていき、抱きしめて座った。


 「シキ!?」

 「寒い」


 シキはそう言って、肩にかかっていた毛布でフィオナごと身体を包む。カタカタと小さく震えていた。

 密着している部分が氷のように冷たく、シキの体温が相当下がっていると分かり、フィオナはシキに更にくっつくように抱きつくと、背中に手を回して、さすった。恥ずかしいけど、それよりなにより、シキが心配だった。

 

 「フィオナあったかい」


 シキはフィオナの頬に自分の頬をあてて首に顔を埋める。触れた頬がひどく冷たい。かかる髪がくすぐったいのを我慢して、なるべくシキが暖かいように、背中をさすり続けた。


 そうしていると、キノがお茶を持ってやって来た。


 「キノ、ありがとう」


 シキはフィオナを抱いたまま、お茶に口をつけ、半分くらい飲んだ所で、ふうっと息を吐く。


 「フィオナ、お風呂が湧くまでこうしていていい?」

 「仕方ないですね」

 「普通ならここまでならないんだけど、量が量だけに、冷えきっちゃったよ」

 「シキ、無理しないでくださいって言ってるのに」

 「だって、今日はフィオナも無理するんだろう?」

 「そうだけど……」

 「じゃあ、お互い様」


 耳元で囁かれて、フィオナは顔が熱くなる。


 「フィオナ、本当に暖かいね」


 誰のせいだ!

 そう思いつつフィオナは、下唇をきゅっと噛んで、シキの背中をひたすらさすった。


 お風呂のお湯が準備出来たと、キノが呼びに来たので、フィオナはシキから離れようとすると、シキはぎゅっともう一度強く抱きしめてから、バスルームへとふらりと向かって行った。


 よっぽど寒かったんだろうな……。


 フィオナはお昼は何か温かい物を作ろうと、メニューを考えるのだった。


 昼食後もひたすら丸薬作りの作業を続けていく。バスルームから戻ってきたシキはすっかり暖まったのか、再びテキパキと動き出した。

 夕方になり、フィオナが、シキに作業の指示を受けていると、二階の研究室の扉がバンと大きな音を立てて開いた。


 「出来たああああ!!!」


 目をギラギラさせたルティアナが、ピンクのツインテールを揺らして降りて来ると、フィオナ達の目の前に、瓶に入った毒々しい色の液体を見せつける。


 「出来たぞ!その名も、マダラミドリコロリ!」

 

 その名前はどうなんだろう。

 突っ込んだ方がいいのかなと考えていると、シキがにこりと微笑んで、ルティアナに言う。


 「ルティ、やったね。こんなに早くできるなんてさすがだよ。でもその名前はどうかな?」

 「分かりやすくていいだろ?んじゃ、ちょっと行ってくる」


 ルティアナは、マダラミドリコロリの瓶を持って、ウキウキとしながら研究棟を出ていった。


 「なんかすごく元気そうでしたね」

 「だから言ったでしょう。心配するだけ無駄だって」

 「シキ、あの薬どうやって使うんでしょうか?」

 「うーん、おそらく希釈して、散布するんじゃない?」

 「あれ、一瓶で足りるんですかね」

 「ルティの事だから大丈夫だと思うよ。さ、それより、こっちはこっちで頑張ろう。もう一息だよ」

 「はい!」


 夜中の十二時を回ったころ、シキが、すり鉢に入った、焦げ茶色のペースト状の物を持ってやってきた。


 「フィオナ、薬が出来たよ。後はこれを分量どおり計って、丸めて丸薬にする。丸めたら、風魔法で程良く乾かして完成だよ」

 「本当ですか!?シキすごいです!。こんなに早く出来るなんて」

 「フィオナやキノが頑張ってくれたおかげだね。もちろんマッド君達もね」


 シキはちょうどフィオナが処理を終えた素材を受け取って、代わりにすり鉢を置く。


 「さっそくだけど、丸薬を作っていってくれるかな?やり方を教えるね、ちょっと待っていて」


 シキはそう言って、桶に魔力水を張ると、そこに数滴何かの薬品を垂らした。そしてキッチンで手を洗ってくると、桶に数秒手を浸す。桶から手を引きぬくと、風魔法でさっと手を乾かした。

 

 「これで、準備はオーケイ。最初に手を洗って、この桶に手を数秒付けてから始めてね。分量はこの匙にぴったり一杯分。こうやってすくって、余分な分は、すり鉢の縁で落とす。そうしたら、両手でこするようにしながら丸めていくんだ。こんな風になったら完成だよ。出来たらそのトレーに入れて。後でまとめて乾かすから」

 「分かりました!」

 「じゃあよろしくね。僕はすり鉢にもう一杯分の処理があるから、あ、そうだ始める前にこれを飲んでおいて」


 シキがポーション瓶をフィオナに渡す。


 「体力回復ポーションだよ。多分朝までかかるだろうからね」


 少し心配そうな顔をするシキに、フィオナはにっこりと安心させるように微笑む。


 「はい、ちゃんと飲みます。シキありがとうございます」


 シキはふっと表情を和らげると、地下へと戻っていった。

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