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ようこそ、第一級危険地区『魔植物園』へ!2

 フィオナはぽかんと口を開けて目の前の景色を眺めていた。

 こんな大都市のしかも王宮の一角に、こんな深い森があるとは思わなかったからだ。

 高い木々がうっそうと茂り、つる植物がそれに絡まりついて、(つた)が所かまわずぶら下がっている。地面からは、見たことがない草やシダが茂って、不思議な実をつける低木がところどころに生えていた。


 うっそうと茂っている割には、森自体は明るい。不思議と木々の間隔が程良くあいているせいだろうか。真上を見上げると、金属の骨組みに、透明なガラス張りの屋根が見えた。透明な屋根のおかげで、太陽の日差しがさんさんと降り注いでいる。建物の中のはずなのに、不思議とそよそよと風が吹いていた。


 「どうだい。驚いてくれたかな?」

 「はい!びっくりしました。まさかこんな森になっているなんて、思いもよらなかったです」

 「この温室の中が魔植物園だ。この中の植物は皆魔力を持っているのでな。君も十分気を付けて歩くように」

 「はい!」

 「おっと、さっそく挨拶にきたようだね?」

 「え?」


 誰かほかの職員が来たのだろうかと、振り返ると、先ほどまであちらこちらに絡まっていた蔦が、ぐねぐねと浪打ちながら、フィオナに向かって来た。


 「ひいいいい!」


 蔦は、フィオナの腕や、足をからめとる。


 「初日に新人を連れてくるといつもこれだ。みんな見慣れぬ人間が珍しくて興奮しているのだろうな」

 「ええええええ!?ちょっと!所長!た、助けっ」

 「私の事は、所長ではなく、ルティと呼んでくれ」


 今そんな事言っている場合じゃないでしょう!とフィオナは心の中で突っ込む。


 「ルティさん!助けてください!」

 「さん、はいらないよ。呼び捨てで結構」

 「ルティ助けて!」


 そうこうしている間に、フィオナは蔦でがんじがらめになる。


 「まあ、奴らもしばらくすれば飽きるだろうから、それまで付き合ってやるといいよ。それまで私は一仕事してくるから、遊んでやってくれ。奴らが飽きる頃に迎えにくるから」

 「ちょっと!えええええ!?」


 フィオナはこうなったら、攻撃魔法で蔦を切るしかないと、魔法を発動させようとする。


 「フィオナ。魔植物園の植物をむやみに攻撃しないでくれよ。この蔦一本だって、大変な苦労の元作られた魔植物なのだよ?」

 「そんなあああ!」

 「大丈夫。このあたりの植物は大したことはしないからね。しばらくいじくりまわされるだろうが、そのうち飽きるだろう。じゃあ、私は仕事をしてくる。また様子を見に来るからね」


 ルティアナはそう言って森の奥へと姿を消した。

 無数の蔦はフィオナの身体に巻き付いて、フィオナを地面に転がすと、探るように身体をつついたり、腕や髪を引っ張ったり、やりたい放題だ。細い蔦は、服の中に入ってこようとしたりするし、太い蔦はフィオナの足に絡みついて、自分の絡んでいる幹の方へ引っ張って行こうとする。


 「いたたた!引っ張らないで!」


 フィオナが痛がると、太い蔦は、びくっと震え力を弱める。


 「だめ!そこくすぐったい!」


 服の中に入り込んでいた細い蔦が脇腹をくすぐったので、涙目で嫌がると、蔦はそれ以上は入ってこなかった。

 

 「あれ?言っている事わかるのかな?」


 フィオナが真剣に嫌がると、蔦はちゃんとやめてくれる。もちろん身体中に巻き付いたままではあるが。フィオナは巻き付かれながらも、何とか身を起こして地面に座ると、足を引っ張っていた蔦に手を伸ばして撫でる。


 「痛いって分かってくれたんだね。ありがとう」


 にっこりと微笑んで、今度は脇腹に侵入しようとしていた蔦と握手する。


 「お前も、入ってくるのやめてくれてありがとう」


 すると、身体中に巻き付いていた蔦達が、するするとほどけていった。


 「あれ?もういいの?」


 フィオナが首をかしげると、蔦達はフィオナの周りでくねくねと動いて、まるで挨拶をするかのように、蔦の先端を動かす。フィオナは蔦の先端一つずつと握手をすると、にっこりと微笑んで、よろしくね、と声をかける。すると蔦達は、元の木に戻っていき、ゆらりゆらりと揺れながら、フィオナを見ているようだった。


 「なあんだ。びっくりしたけど、みんないい子達みたい」


 一番近い場所にいた蔦をひと撫ですると、フィオナは森を見わたした。


 「さて、どうしようかな?ここでまっていた方がいいのか。ルティを探しに行った方がいいのか」


 一人つぶやくと、近くの蔦がくにゃりと動いて、森の奥を『あっち』とでもいうように指す。


 「あっちにルティがいるの?」


 フィオナが尋ねると、そうだと言うように、蔦の先端が動く。


 「教えてくれてありがとう!」


 フィオナは森の中を足元に注意しながら歩く。よくよく見ると、森の中に細い獣道のような跡があった。それをたどって進んで行くと、目の前に建物が立っているのが見えた。


 「あそこにいるのかな?」


 建物は魔植物園に入る前にあった管理棟のような、長方形の二階建ての建物だ。

 扉が見えたので、そこに向かうと、魔植物園研究棟と書かれていた。

 フィオナは扉を小さくノックしてみる。少し待つが、誰も出てこないので、今度は大きめにノックをした。


 「すいませーん!誰かいますかー?」


 ついでに大声で中に呼びかけてみる。

 すると、おもむろに扉が小さく開いた。


 「良かった。すいません。あのルティアナ所長はこちらに……」


 小さく開いた扉の隙間から、見えた者に驚いて、フィオナを言葉を止めた。

 扉の隙間から顔を覗かせたのは、身長一メートルくらいの、不思議な子供のような生き物だった。

 楕円形の顔は緑の混じったような薄茶色で、頭には木のお椀のような帽子をかぶり、帽子の先端からはなぜか双葉がぴょこんと生えている。まん丸のくりっとした大きな目に小さな口、あるかないか分からないくらい小さな鼻。お椀のような帽子から、くりんとした焦げ茶色の髪がのぞいている。素朴な若草色のワンピースから伸びる細い脚は、顔と同じく薄茶色。身長に見合わないおおきな長靴を履いていた。


 人間には見えなかった。何かに似ている。そうこれは……。


 「どんぐり?」


 そのどんぐりのような少女は、フィオナの問いに、ゆらゆらと双葉を揺らして、室内に戻ってしまった。


 「あ、待って!」


 フィオナが慌てて引き留めようとするが、少女はてこてこと奥の部屋へと入っていってしまう。扉は開けっ放しだったので、フィオナはそのまま建物の中に入った。その部屋はひんやりと涼しく、板張りの床に壁一面の収納棚があった。棚には、おそらく薬草や、素材などが保管されているようで、棚の一つ一つ、引き出しの一つ一つに、薬草の名前が書いてある。

 フィオナはその膨大な量に目を輝かせる。これだけの種類の薬草を管理しているとは、やはり王宮の魔法薬学はとんでもなく進んでいるのだと、胸が躍る。


 フィオナが保管庫に目を奪われていると、先ほどのどんぐり少女が扉を開けて戻って来た。少女の後ろから手を引かれて、背の高い青年が付いてくる。


 「あれ?君は?」


 青年はフィオナを見て驚いた顔をするが、どんぐり少女が青年の袖をくいくいと引っ張って、二階を指すしぐさをすると、ああ、と納得したように優しく微笑んだ。


 「ルティが連れてきた新人さんかな?」


 青年はフィオナに向かってにっこりと笑う。淡い茶色の短髪に、同色の瞳の青年はとても穏やかな顔つきで、話し方も柔らかく優し気だ。


 「はい!そうです。今日からこちらでお世話になる、フィオナ・マーメルです!よろしくお願いします!」


 フィオナが背筋を伸ばして、はきはきと答えると、青年はふわりと笑う。


 「そんなに緊張しないで。僕はシキ・カーセス、ここの職員だよ。ここは他の部署と違って、上下関係とか気にしなくていいから、気軽にシキって呼んでね。僕もフィオナでいいかな?」

 「はい、もちろんです!」

 「ははっ、肩の力を抜いて。そんなに気を張っていたらここじゃ持たないよ。もちろん敬語もいらない」

 「そうですか……」

 「それから、この子はキノ。しゃべれないんだけど、頭はとてもいいんだ。仲良くしてね」


 シキはキノの双葉の間に手を置いて、頭を撫でる。キノは気持ち良さそうに目を瞑った。兄がいたらこんな感じなのだろうなと、フィオナもつい微笑んでしまう。それにしても、とキノをじっと見つめ、シキにおずおずと尋ねる。


 「あの、その子って……。えっと、その、人間……?」

 「いや、キノはどんぐりから作った魔法生命体。うーん、人間の遺伝子も入っているから、いうなれば、魔人?かな」


 なにやら物騒な言葉が出てきて、頬が引きつる。


 「魔……人、ですか」

 「あ、でも、とても大人しくて、可愛いんだ。ここで仕事の手伝いもしてくれる。今もこうやって僕に来客を教えに来てくれたしね」


 シキはそう言ってしゃがむと、彼のシャツの裾をぎゅっと握りしめていたキノを、軽々と抱き上げる。


 「キノ、この人は今日からここで働くんだよ。覚えてね。名前はフィオナだよ」


 キノはフィオナをじっと見つめると、覚えたという様にこくりと頷いた。


 「フィオナです。よろしくねキノ」


 フィオナが手を差し出すと、キノはシキに不思議そうな顔を向ける。


 「ああ、握手だよ。挨拶だね。キノ、フィオナの手を握ってごらん。それが挨拶だよ」


 薄茶色の小さな手が、フィオナの差し出された手を握る。硬くひんやりとしていた。

 フィオナがきゅっと握り返して、微笑むと、キノも小さな口をうっすら笑みの形にした。

 

 「なにこれっ、か、可愛い!!」


 思わず、きゅんとしてしまったフィオナに、シキはそうだろうとうなずく。


 「じゃあ、とりあえず作業場にどうぞ」


 シキに促されて、隣の部屋へとはいる。シキはキノを抱いたまま、作業台横の椅子に腰かけた。フィオナも促されて空いた椅子に座る。

 作業場はかなり広く、おおきな作業台が中央に二台あり、壁際にはデスクや本棚、器材や薬品が入った棚などが置かれている。それらはきちんと整理されて、管理が行き届いている。これだけの施設であれば、これらを管理するだけでも、相当人手が必要だろう。


 「それにしても、君、早かったねー。というか一人でここまで歩いてきたんだよね?大丈夫だった?」

 「え?大丈夫でしたけど、何がですか?」

 「蔦に襲われたでしょう?」

 「ええ、でもみんないい子で、話せば分かってくれましたよ?この場所を教えてくれたのも、その蔦です」

 

 シキは眉をひそめる。


 「話したの?」

 「やめてって言ったらやめてくれたので……」

 「あいつらが?」

 「はい。撫でたら、ちゃんと挨拶もしてくれましたし」

 「君、すごいね。大抵新人を連れてくると、あの蔦に絡まれて二、三時間は開放してもらえないんだよ。君何者?」

 「はあ、普通の人間ですけど。あ、ほんの少しだけエルフの血を引いているみたいですが」

 「エルフ!なるほどねえ。これは、期待できる新人が入ってきたかもしれないね。ねえ、ちょっと、合格した時にもらう魔導士証明書を見せてもらってもいい?」


 フィオナは肩から下げていたカバンから、筒に入った証明書を手渡す。


 「えっと、フィオナ・マーメル、十八歳。わあ、今年初受験で一発合格したんだ。すごいね。は?主席合格!?魔法属性全レベル五……。なにこれ、君なんでここに飛ばされたの?なんか試験中に試験管殺すとかした?」

 「し、してません!ここへは志願してきたんです!」

 「魔導士長に止められなかった?」

 「ああ、そういえば、他の部署を勧められましたけど、私どうしてもここで働きたかったので」

 「なんでそんなにここで働きたいの?噂とかいろいろ聞かなかった?」

 「それ、魔導士長にも言われたんですけど、噂ってなんですか?大変な部所だから、みんな嫌がるみたいな事を言っていましたけど」

 「本当に知らないの?あ、君、出身地、随分王都から離れているんだねえ。これじゃあ知らないか。まあ、隠すつもりはないから言っちゃうけど、この魔植物園って第一級危険地区に指定されてるんだよ」

 「それはルティから聞きました」

 「多分魔法学校の講習とかで聞いたと思うけど、第一級危険地区っていうのは、第一級魔獣や、猛獣が生息する場所って事。そのくらい危険な場所なのさ。ここで仕事をするって事は、それらの相手をしながら、作業しなければならないし、人手不足のせいで仕事量が多くて、ろくに休暇も取れない。それから、基本魔植物園勤務者は、管理棟に住み込みだ。新人はまあ、大抵一週間以内に辞めていくよ。そんな場所なのここは」

 「はあ」

 「はあって……。これだけ言ってもここで働きたいっていうなら、僕は止めないし、人手が増える事は純粋に嬉しいからね。まあ、よろしく頼むよ」


 シキが手を差し出してきたので、フィオナは笑顔で握り返した。

 

 「あの、ところで他の職員の方は出かけているのですか?」

 「他の職員?ルティの事?」

 「いえ、ルティとシキさん以外の方です」

 「さん、はいらないよ。所長が呼び捨てなのに、僕がさん付けっていうのも変だしね。それからここの職員は僕とルティだけだよ?聞いていない?」

 「え!?」

 「まあ、ルティの事だから何にも説明なんかしてないか。さっきも言った通り、ここはみんな嫌がるから人がいつかなくてね。この魔植物園は所長のルティと副所長の僕、二人だけで管理しているんだよ。まあ、お手伝いさんはいるけどね」

 「お手伝いさん?」

 「そう、例えばキノとか。他にもいるから後で紹介するよ。だから万年人手不足なんだ。だから君にも早く仕事を覚えて欲しい」

 「はい!頑張ります」

 「じゃあ、とりあえず」


 シキは満面の笑みをフィオナに向ける。


 「ようこそ、第一級危険地区『魔植物園』へ」 

本日中に三話目まで投稿予定です(*'ω'*)

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