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寝起きがわるい!?

 「やったあー!おわったああああ!」


 魔力回復ポーションを百本作り終えたフィオナは、ぐったりと作業台に突っ伏した。

 さりげなくキノがフィオナが作ったポーションを、箱に整理して、片付けてくれている。

 フィオナが手招きすると、キノが、どうした?という顔で、てこてこと近づいてきた。

 

 「キノ、ありがとう」


 キノをぎゅむうっと抱きしめる。

 どんぐりの遺伝子を持つ魔人なので、身体が人間よりひんやりして硬い。キノはされるがままになっていたが、そっと離すと、頭にある双葉の間から蔓をだして、フィオナの頭を撫でた。


 「癒されるうう」


 ほわんと、顔を崩すフィオナに、キノは不思議そうな目を向けてくる。


 「さて、器材を片付けなくちゃ」


 時計を見ると、もうすぐ夜中の十二時だ。思ったより時間がかかってしまった。休憩をはさみながらやってはいたが、やはり、徐々にペースが落ちてきてしまう。

 器材を片付け終わり、シキを探す。そういえば、さっきから姿が見えなかった。


 「キノ、シキがどこに行ったか知っている?」


 キノはキッチンの方の地面を指さした。


 「地下の研究室?」


 キノがこくりとうなずく。

 なんだかそこは見てはいけないものがあるような気がしてならない。自分で呼びに行こうか迷ってから、やはりためらって、キノに頼む事にした。


 「キノ、シキにポーション作りが終わったって、伝えてきてくれる?」


 キノはうなずいて、てこてこと奥の部屋へと歩いていったが、しばらくすると、一人でフィオナの所に戻って来た。


 「シキは?」


 キノは、尋ねるフィオナの手を引っ張って、ソファに連れて行くと、座れと言う様にぐいぐいと押そうとする。いちいちしぐさが可愛い。

 どうしてそんな事をするのか分からなかったが、おとなしく座ると、キノはまた奥の部屋に行って、お茶を淹れて帰ってきた。


 「お茶を飲んで待っていろってこと?」


 キノはうなずいて、ちょっとだけ口を笑みの形にする。フィオナに意図が伝わったのが嬉しいようだ。

 フィオナも、それが嬉しくなり、いつもシキがしているみたいに、キノを膝に抱き上げた。キノは嫌がることなく、おとなしく座って、くりんとした目で見上げる。


 「キノ、今日は手伝ってくれてありがとう」


 キノがこくりとうなずく。

 

 「キノは、夜眠ったりするの?」


 また、こくりとうなずいた。


 「いつもどこで眠っているの」


 これには、キノは首を傾げた。場所は決まっていないのだろうか。


 「研究棟?」


 ちょっと間があって、こくりとうなずいた。研究棟でも眠るという事だろう。

 こんなふうに、キノとの距離が縮まっていくのが嬉しくてたまらない。膝に乗っているキノを見ていると、可愛くて仕方なくなり、ちょっとだけシキの気持ちが分かるような気がしてしまった。

 フィオナは膝に乗せたキノをそっと抱きしめて、ソファにもたれかかる。

 なんだが、ほっとする。

 気持ちいいなあ。

 フィオナはほんの少しだけ目を瞑るつもりが、そのまま眠ってしまっていた。


 ゆらりゆらりと心地よい振動に、わずかに顔を動かすと、布越しに暖かい温度が頬に伝わってくる。もっとそれを感じたいと、顔を擦り付けるようにすると、ふわりと感じたのはいつもの石鹸の匂い。シキの匂いだ。最近いつもシキの近くにいるので、すっかり覚えてしまっている。

 その匂いに安心して、もう一度眠りに落ちようとすると、心地良いゆれが止まって、身体が急にひんやりとした。暖かさが遠のいてしまい、フィオナは、ぱちりと目を開いた。


 「あ、ごめん、起こしちゃったか」


 薄暗い室内の中、ぼんやりとシキの顔が見える。


 「さ、フィオナ。ちゃんとベッドに入って。おやすみ」


 そっと毛布を掛けて、部屋を出ようとするシキのシャツを、フィオナはとっさに掴んでいた。


 「どうしたの?」

 「シキ、戻って仕事ですか?」


 この人は今日も眠らないつもりだろうか。


 「今日はちゃんと寝るよ」

 「本当ですか?」

 「本当。さっき待っていてもらったのも、もう少しで仕事が終わりそうだったからだよ。フィオナがすぐに一人でポーションを作れるようになったおかげだね」

 「絶対今日は寝てくださいね。嘘ついて仕事しにいったら怒りますよ」

 「そんなに心配なら、ここで一緒に寝ようか?」


 くすりと笑いながら、本当にベッドに入って来そうなシキに、フィオナは慌ててシャツを離して、毛布の中に手を引っ込める。


 「ちゃんと寝るならいいんですっ」

 「ちゃんと寝るよ。約束する」


 シキはそう言ってフィオナの頭を撫でると、静かに部屋を出て行った。


 シキがあんな事言うから、目が覚めちゃったじゃない!

 毛布を頭からかぶって悶絶していたフィオナだが、十分後にはすっかり爆睡していたのだった。



 目を覚ましたフィオナが時計を見ると、朝の六時だった。

 ベッドから抜け出して、そういえば、昨日シャワーも浴びずに寝てしまったなと、眠い目をこすりながら、二階に降りる。

 以前、朝にシキがシャワーを使っていたことがあったので、バスルームの前で耳を澄ますが、物音一つしなかった。バスルームは鍵がかかるようになっているが、シキがいちいち掛けているとは思えない。鉢合わせしたら大変だ。扉をそっと開くと誰もいなかったので、フィオナはシャワーを浴びる事にする。

 朝のシャワーはフィオナの身体からけだるさをぬぐい去り、清々しい気分にさせてくれる。

 着替えてキッチンに行くと、いつもならいい匂いが漂っているいるはずなのに、物音ひとつしなかった。


 シキはまだ寝ているのだろうか?


 「まさか、やっぱり仕事に戻った!?」

 

 フィオナは、三階に駆けあがると、シキの部屋をそっと覗いた。ちゃんとベッドに人が眠っている姿を見つけ、ほっとする。

 よほど疲れているのだろう。

 今日は自分が朝食を作ろうかな。

 いつも、フィオナが起きるとシキが料理を作っていてくれる。だから今日は、シキが起きてきたら、自分が料理を用意して待っていようと考えて、にまにまとしながらキッチンに入っていった。


 フィオナは保冷庫から材料を見繕うと、トマトとハムのサンドイッチと、フルーツヨーグルト、それに、温かいコーヒーを淹れて、保温機に乗せる。

 朝食の準備が終わると、ちょうど、七時になっていた。

 フィオナはシキの寝室の扉を、ノックする。返事がないので、もう一度、ノックをしてから、そっと扉を開けた。

 ベッドには、やはりまだシキが眠っている。

 相当疲れていたんだろうなと、起こすのが可哀想になってしまうが、そういうわけにもいかないので、扉の所から、呼びかけた。


 「シキー、朝ですよ。シキ?」


 少し大きな声で呼んでも微動だにしないので、フィオナはさすがに心配になる。


 「シキ?大丈夫ですか?朝ですよ」


 仕方がなく、部屋に入り、シキが眠っているベッドの側までいく。

 シキは顔まで毛布をかぶって、全く動かない。


 「シキ!?大丈夫ですか?死んでないですよね!?」


 これだけ呼んでも、ぴくりとも動かないので、まさか過労で死んでしまったのではないかと、フィオナは慌てて、シキの毛布を引っ張った。

 反対側を向いていたシキが、寝がえりを打って、フィオナの立っている方へ顔を向ける。やっと動いたシキにフィオナはほっとしつつも、すうすうと気持ち良さそうに寝息を立てているシキの顔に、見入ってしまった。

 まつ毛が長い。いつもにこにこ笑っている顔ばかり見ているせいで、普通に何でもない、あどけない表情のシキを見て、どきりとしてしまう。そっと手を伸ばして頬にふれようとしてしまい、はっとして手を引っ込めた。

 自分の行動に慌てて、赤くなりながら、フィオナはシキの肩をゆすった。


 「シキ、起きてくださいってば」

 「んん……」


 シキが少しうめいて、ぼんやり薄く目を開けるが、すぐにまた閉じてしまう。


 「シキ!朝です!」


 シキは、またうっすらと目を開き、フィオナを見る。


 「眠い……」


 そう言ったかと思うと、フィオナの手を掴んで、ベッドに引きずり込もうとする。


 「えええええええええ!ちょっと!シキ!」

 「フィオナ……、しー、黙って」


 そのまま、シキの腕で強引に毛布の中に引き寄せられ、フィオナがわたわたともがいている間に抱き枕にされてしまった。


 「シ、シキっ!」

 「あと三十分……。お願い」


 甘く色っぽい声でささやかれて、フィオナの心臓は、ばくばくと物凄い速さで音を立てる。

 

 うわわわわわわあああああああああ!

 フィオナは声に出せない悲鳴を心の中で叫んだ。


 なんとかベッドから出ようとするが、がっちりと抱きつかれてしまい、抜け出せそうもない。

 もがいていると、まるで子供をあやすように背中を撫でてくる。仕方なく大人しくすると、すぐに寝息が聞こえ始めた。

 フィオナは、シキにがっちりと抱きつかれたまま、破裂しそうな心臓と戦い、三十分なんとか耐えたのであった。

 


 「うん、フィオナ。美味しい!」


 フィオナの作った朝食をにこにこと美味しそうに食べるシキを、つい不貞腐れた顔で睨んでしまう。


 「ごめんって。せっかく起こしに来てくれたのに、二度寝しちゃって」


 怒るポイントはそこではない!


 「別にそれはいいんです、シキも疲れていたんでしょうから」

 「じゃあ、なんでそんな顔しているの?」

 「なんでってっ!」


 自分の口から言うのが恥ずかしくて口ごもる。

 結局あの後、三十分抱きつかれたままでいたフィオナは、目を覚ましたシキに、何事もなかったかのように、おはようと笑顔を向けられたのだ。もちろんベッドの中で向かい合わせのままでだ。

 恥ずかしくて、死にそうだった。

 そして、シキが全くもってなんでもなさそうなのが、腹が立つ。


 「シキが、ベッドに、無理やり……」

 「ああ、服がしわになっちゃったよね。それでか。ごめんね。僕さ、一度ちゃんと寝ると、起きた時すごく寝起きが悪いんだよね。昼寝程度だとそうでもないんだけど」


 寝起きの問題!?

 全く悪びれた様子のないシキに、なにを言ったところで、この人には通用しないと、フィオナは諦めた。

 それなら、いつまでも不貞腐れているのも馬鹿らしい。


 「じゃあ、お詫びに今度、美味しい物作ってくださいね」


 仕方なそうにフィオナが笑うと、シキはいつもの様にふわりと微笑む。


 「もちろんだよ。何食べたい?」

 「えーと、甘いもの。この前のタルトが美味しかったので。今度はシキが作った甘い物が食べてみたいです」

 「オーケイ。僕はお菓子を作るのも得意だよ」


 シキはそういって、にこにことサンドイッチを頬張った。


 朝食が終わると、二人は研究所へと向かう。

 作業場に入ると、珍しく、ソファでルティアナがお茶を飲んでいた。横にはキノも座っている。

 

 「ルティ、おはようございます」

 「おはよう、ルティ」


 ソファに座っていたルティアナが、顔を向ける。ぴょんと動くツインテールが今日も可愛らしい。キノと並んでソファに座っている図は、まるで絵本を切り抜いたかのように絵になる。


 「よお、二人とも。今日は遅いな」


 口を開けば、やはりその口調に三百歳なんだなあと、顔を引きつらせてしまう。


 「うん、僕がちょっと二度寝しちゃって。フィオナは起こしにきてくれたんだけどね」

 「そりゃ、大変だったろう。こいつの寝起きの悪さは、半端ないからな」


 身をもって体験しました、とはとても言えない。


 「それよりフィオナ、お前が来るのを待っていたんだよ」


 ルティアナがぴょんとソファから飛び降りると、フィオナの目の前にずいっとやってくる。

 そうして、いきなりフィオナの顎をがっと掴み、口に何かを放り込んだ。


 「んぐっ!?」

 「吐き出すなよ。それはただの綿だからな。飲む込んでもだめだぞ」

 「んん!?」


 わけが分からず、口の中で綿を移動させる。


 「ルヒィ、こりぇ、りゃんれすか?」

 

 綿が唾液を吸って口の中で濡れていく。


 「よし、いいだろう。ここに出せ」


 ガラスのシャーレを目の前に出されたたので、そこにぺっと綿を吐き出した。唾液でべたべたで、なんだかちょっと見られたくない。


 「ルティ?」


 何の為にこんなことをするのか分からずに、首を傾げると、唾液まみれの綿を見てルティアナはにんまりと笑う。


 「お前の唾液が欲しかったんだよ。細胞やら遺伝子やらのサンプルにな」


 フィオナはさあっと血の気が引く。


 「それを何に使うつもりですか!?返してください!!」


 シャーレを奪い返そうと、手を伸ばすと、ルティアナはするりとかわして、二階へ上がる階段に飛び乗った。


 「さあて、何に使おうかなあ。エルフの遺伝子も入ってるんだもんな。楽しみだな」


 そういうと、階段を駆けあがっていき、研究室に閉じこもってしまった。フィオナも今回ばかりは、二階への階段を駆け上がり、追いかけるが、目の前でドアを閉められて、鍵を掛けられてしまった。


 「ルティいいいいいいいいいい!開けなさーい!!」


 どんどんと扉を叩いて抗議するが、扉が開く気配はなく、中からルティの楽しそうな声が返ってきた。


 「ほら、お前ら早く仕事しろよ!クビにするぞ!」


 働く時間は自由にしていいって前に言ったくせに、こんな時だけ!

 フィオナはぎりっと歯を噛んで悔しがるが、どうしようもできない。

 とぼとぼと、階段を下りてくると、情けない顔で、シキに助けを求めた。


 「シキ、どうしよう……。あれ、変な事に使われたら。私の遺伝子を持った魔植物でも作る気なのかな……」


 なぜかグロテスクなものを想像してしまい、フィオナは泣きそうになる。

 シキはふわりと笑って、フィオナの頭に手を乗せた。


 「大丈夫だよ。フィオナの遺伝子を持った植物だったら、きっと素敵なのができるよ」


 だめだ、こいつら。

 フィオナはがっくりとうなだれ、どうか恐ろしいモノができたりしませんように、と祈った。

 

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