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真夜中の幻覚

 シキがやっと離してくれたのは、それから三十分ほど経ってからだった。

 顔を上げたシキは、いつものふわりとした笑顔に戻っていて、フィオナはほっとした。


 そして、口は動くと言っているのに、口移しでポーションを飲まされ、お姫様抱っこで管理棟へ運ばれたのだった。

 もう勘弁してください。


 幻覚騒動があったせいで、時刻はもう真夜中と言ってもいい時間になっていた。


 「フィオナ、ご飯食べられそう?」


 幻覚の影響や、魔力欠乏によるだるさで、全く食欲がなかった。


 「あんまり食欲がなくて」

 「そう、じゃあ、何か温かい飲み物を淹れてくるから、それを飲んだら今日はお休み」


 シキの淹れた温かいココアを飲み干すと、どっと、疲れが襲って来た。

 寝室に運ばれ、毛布をかけられると、もうまぶたは重くなり、あっという間に眠りに落ちてしまった。


 夜中に急に目が冷めると、ぐうっとお腹が鳴った。ポーションのおかげなのか、身体はすっかり元に戻っている。

 まだカーテンの向こうは真っ暗だった。

 小さく明かりの魔法を唱えると、手のひらにぼんやりと光の玉が浮かぶ。

 時計をみると深夜三時だった。


 すっかり目が冴えてしまったフィオナは、何か食べようかと、ベッドからもぞもぞと起き上がった。

 部屋を出て、階段を降りようとした時、何故か気になって、隣のシキ部屋の前で立ち止まる。


 明かりを極小まで抑えると、音を立てないように、そっとドアを開けた。

 シキは眠っているだろうか?

 ちらっとベッドを見ると、ベッドには人の気配がなかった。不思議に思い、そっとベッドに近づく。やはり、どちらのベッドにもシキの姿はなかった。


 二階にいるのだろうか?

 フィオナは明かりを手に、二階に降りる。

 キッチンもバスルームも真っ暗だ。


 きっと研究棟にいるのだろう。

 おそらく自分が足を引っ張っているせいだと、自覚する。

 それなのに、自分はすぐにぶっ倒れては、気を失って寝てばかりだ。

 昨日だって、何度倒れてシキに迷惑を掛けたことか。

 挙句の果てには、幻覚を見てデスサイスで襲い掛かってしまった。

 自分がここに居ては、迷惑なんじゃないだろうか?

 ふと、そんな考えが頭をよぎる。

 そもそも、なんでここにいるだろうか?

 記憶を思い出した今なら分かる。

 小さいときから、なんであんなに国一番の魔導師になりたいと思っていたのか。

 もし、次にデーモンミノタウロスのような魔獣が出ても、みんなを守れるようになりたかったからだ。

 だったら、本来なら警備部に行くべきなのではなかったのだろうか?

 私はここにいるべきではない?


 急に頭が混乱してきた。

 ぐるぐると頭の中で、誰かが叫んでいる。

 お前はなぜそこに居る?

 足手まとい。

 警備部に行くべきだろう?


 頬に涙が伝う。

 なんで泣いている?

 それはお父さんと、お母さんが……。

 それは過去の記憶で……。


 「あれ?私、どうしたんだろう」


 フィオナは自分でも何かおかしいと気づき、急に怖くなった。

 

 「シキ、シキ……」


 気がつくと、一階の薬剤師に降り、カウンターの横の通信機に触れる。

 魔力を流して、声を出す。


 「シキ」


 声が震えていた。


 「シキ?」


 もう一度呼ぶと、声が帰ってきた。


 「フィオナ、こんな時間にどうしたんだい?」


 帰ってきた来た声はルティアナのものだった。フィオナはポロポロと涙をこぼして、嗚咽を漏らす。


 「ルティ、おきたらっ、なんだか、訳が分からなくて、怖くて……」

 「そこにいな。すぐにいくから」


 プツンと通信が切れると、五分もしないで、ルティアナが薬剤室に入ってきた。

 フィオナはカウンターに突っ伏して、泣いていた。


 「眠ったから、幻覚作用が呼び起こされちまったんだね。まあ、風邪がぶり返したみたいなもんだな」


 ルティアナはそう言って、フィオナの頭を起こすと、自分のおでこを、フィオナのおでこにくっつける。


 「フィオナ、大丈夫だ。落ち着いて、ゆっくりと息を吸いな」


 フィオナはおでこから、ほんわかとした魔力が流れて来るのを感じた。

 段々と、心が落ち着いてくる。

  

 「フィオナ、目を閉じて」


 ルティアナがおでこくっつけて魔力を流しながら、ささやく。

 フィオナはゆっくりと目を瞑った。たまっていた涙がぽろりと頬を伝っていく。


 「さっきまで何を考えていた?両親のことかい?」

 「違う」

 「じゃあ、どんな事だい?」

 「私、ここに居ていいのかなって。足引っ張ってるんじゃないかって」

 「なんで、そんな事を思う?」

 「さっき、目が冷めて、隣の部屋を見たら、シキが居なかった。私が倒れて迷惑かけたから、シキは仕事が終わらないんだよね?」

 「それは違うね」

 「じゃあ、なんでシキは居ないの?」

 「元々そういうつもりで仕事の予定を組んでいるからさ」

 「こんな夜中まで?」

 「そうさ、あいつはここ三日、夜は寝てないよ?でもそんなのいつもの事さ」

 「それは、昼間に私に付きっきりなせい?」

 「まあ、そうだね。昼間は新人の仕事をみて、夜は自分の仕事をする。でもそれはあいつが望んでやっている事だ」

 「でも、そんな事してたら、シキが過労で死んじゃうよ。私が居なければ、もっとスムーズに仕事が出来て、休む時間も取れる」

 「フィオナ。それは違う。確かに新人は手が掛かる。けれど、それは先につながる。今は大変でも、あんたが仕事が出来るようになったら、シキの仕事が楽になる。けれど、今あんたが居なくなれば、シキの仕事は永遠に楽にならない」

 「私はちゃんと出来るようになるのかな」

 「意地でもなってもらうから覚悟しな。それに、あいつ、フィオナに仕事教えてるとき、めちゃくちゃ楽しそうじゃないか。分からないかい?」

 「そうかな。今日だって、デスサイスで攻撃しちゃって……」

 「小娘のデスサイスごとき、簡単によけられないようでどうする?」

 「でも、もしあたっていたらって思ったらっ……」

 「あはは、まずないよ。チューリップ畑の奥に行ったら、フィオナのデスサイスなんて可愛く見えるような奴らがごろごろしてるからねえ」

 「シキは私のこと重荷になってないかな」

 「なるわけないだろう。最近のシキの、にやけて腑抜けた顔を見たらわかるだろう?ま、あいつは、いつも笑い能面みたいな顔しているからねえ。その違いがわかるようになったら一人前かね?」

 「よかった……」

 「だからあんたも余計な心配はいらないよ」

 「うん、ルティ、ありがとう。大好き」

 

 ルティアナはゆっくりとおでこを離すと、思いがけず嬉しそうな顔をした。

 目の前にいるのは、幼い少女なのに、まるでリザナと話しているかのような気がした。

 まあ、実際はリザナよりはるか年上なのだが。

 話して落ち着いてきたフィオナは、急に空腹が蘇って来て、盛大に腹がなった。


 「随分元気な腹だね。なんか食ってから寝るんだよ」

 「はい」



 チュンチュンと鳥のさえずる声で目が冷めた。

 目を開けると、すっかり明るくなっている。


 「おはよう、フィオナ」

 「シキ!?」


 何故かベッドの横に座っているシキに、驚く。


 「良かった。大丈夫そうだね。夜中に幻覚がぶり返したんだって?また起きたとき、幻覚が残っていたらいけないと思って、見に来たんだ」


 心配そうに、目を揺らすシキに、フィオナはまた心配をさせてしまったと、ぎゅっと胸が苦しくなる。


 「シキ、大丈夫ですよ。私は意外と図太いんで、そんなに心配しないで下さい。あのくらいなんでもないですよ」

 「それならいいけど」

 「それより……」

 「ん?」

 「シキは、ここ三日全然寝てないそうじゃないですか」


 フィオナがくしゃりと泣きそうな顔になる。


 「ああ、いつもの事だよ?」

 「昼間私にずっとついて、教えてくれているからですよね。それなのに、私倒れてばっかりで、ごめんなさい」

 「なんでフィオナが謝るの?元々そういう予定だったんだよ。本当は、ルティと一日交代にしようかって言われたんだ。でも断った。それは僕が君に教えたいからだよ。最初にルティに釘をさされてたんだ。僕がフィオナに付きっきりになるなら、寝る暇なんてないぞって。それでいいと言ったのは僕だよ?だから、寝てないのは僕のせいだし、君が責任を感じる事は全く無い。ポーション飲みながら仕事すれば、一週間くらいは寝なくても大丈夫だしね。それに、君は倒れてばっかりって言うけど、そうさせているのは僕だ。むしろ君が僕に怒っていいくらいなんだよ」

 「それはシキが私のためにしてくれている事だって、ちゃんと分かってます」

 「フィオナ、君は本当に……」

 「はい?」

 「いや、それにね、君は、いままでここに配属されて来た誰よりも優秀だし、覚えが早い。だから、なにも心配しなくていいんだよ」


 シキはそう言って、フィオナの頭を撫でる。


 「シキ、しばらくはいっぱい迷惑をかけてしまうと思うけど、きっと、いつかシキの役に立てるようになりますね」

 「うん、ありがとう、フィオナ」


 ふわりとシキは微笑んで、フィオナの髪のひと束をさわる。

 思わずどきりとしてしまうフィオナに、シキは、にっこりと笑っていった。


 「じゃあ、そのメデューサみたいな寝癖を直して、ご飯にしようか」


 フィオナは、ばっと髪を押さえると、真っ赤になって、洗面所へ走っていった。 

 


 「今日は、昨日取ってきた素材で上級魔力ポーションを作ろうか」

 「シキ、私昨日、ズズランの採取を途中にしてしまいましたね……」

 「大丈夫だよ。ちゃんと数は揃えてあるから」

 「シキ、ありがとうございます」


 シキは少し驚いた顔をした。


 「シキ?どうしました?」

 「いや、いつも君は、そういう時、すみませんって言うのに、今日ありがとうって言ったなと思って」

 「はい、もう、迷惑かけるのは覚悟しました。だからこれからはは、迷惑かけるのは前提で、ありがとうって言う事にします」


 フィオナが苦笑いを浮かべると、シキはふわりと笑って、そのままずっとにこにこしていた。

 これは昨日ルティが言っていた、腑抜けた顔なのだろうか?

 全然わからない。いつもシキが笑っている顔は素敵だと思ってしまう。


 「じゃあ、フィオナ、上級魔力ポーションの分量は覚えているかな?」

 「はい、魔力水百ミリリットル、チューリップの蜜小さじ一杯、スズランの花五輪、ルリイロアゲハの鱗粉少量、です」

 「はい、良く出来ました。じゃあ、まずは蜜を絞って、それが終わったら、魔力水を汲みにいこう」

 「はい」


 さすがに二回目ともなると、チューリップの蜜を絞るのにも慣れて、なんなく作業をおえる。味を忘れないようにと、最後に手についた蜜を少し舐めておいた。

 この甘さ、この甘さ。

 口の中でよく味わう。さすがにこの程度では、催淫効果は出ない。


 片付けを終えると、シキがマッド君を連れてやって来た。今日も困り顔の三号である。


 「三号はすっかりフィオナが大好きだね。フィオナの手伝いだと分かると、一号、二号を押しのけてやって来るんだよ」

 「そうなんですか!?」


 フィオナは嬉しくて、マッド君三号の頭を撫でると、微妙にカタカタと震えて、喜んでいるようだった。


 マッド君三号に大きな桶を背負わせて、研究棟を出ようとすると、珍しくキノが付いてきた。


 「キノも一緒にいくかい?」

 

 いつもの無表情でこくりとうなずく。

 シキが左手を差し出すと、キノはそれを掴んで一緒に歩き出した。その後ろをマッド君と共に付いていく。

 定番の蔦達が、フィオナにさわって挨拶していき、今日は、ムスビソウも、蔓を伸ばして、フィオナにかまってほしそうに手に軽く絡む。見たことがない、赤い実を付けた低木が走って行くのが見えた。

 本当にこの森は面白い。

 

 シキは楽しそうにキノに話し掛けている。

 キノはうなずいたり、首を振ったりして答えていて、シキはその一つ一つの仕草に、嬉しそうに微笑んでいた。

 まるで兄妹のように、仲良く歩く姿に、フィオナもほっこりとする。


 森を抜け泉に到着した。

 今日は曇り空のせいか、泉に映る景色も、少し暗く見えるが、それでもやはり美しい。


 手桶で水を汲んで、マッド君三号に持たせている大きな桶に水を入れていく。

 たっぷりと汲み終わった所で、フィオナはふとスズラン畑の方へ目を向けた。

 昨日思い出した記憶は、恐怖だった。

 今でも思い出すと、震え出しそうだ。

 次に採取に行くときは、平気だろうかと、不安になり顔を曇らせる。

 

 急にキノが、スズラン畑を向いているフィオナの目の前に立ちはだかった。

 両手を広げて、行かせないというように、じっとフィオナの顔を見ている。

 どうしたのだろうと、フィオナが首をかしげると、シキがふふっと後ろで笑った。


 「キノ、そんな事しなくても、今日はスズラン畑には行かないし、しばらくはフィオナを連れて行かないよ」

 「キノ、私をスズラン畑に行かせないようにしようとしてたの?」

 「キノも昨日のフィオナを見てたから、心配だったんだろう。キノ、いくら僕でも昨日の今日でフィオナをスズラン畑に連れて行くほど鬼じゃないよ。もう、信用ないなあ。それで付いてきたのか」

 

 キノは本当に?というように、首をかしげる。


 「本当だよ。さあ、もう研究棟に帰ろう」


 シキが手を差し出すと、キノはてこてことその手に向かって小さく駆け出す。

 フィオナはキノの行動に胸が熱くなって、きゅんと締め付けられた。自分を心配して、わざわざ付いてきてくれたのかと思ったら、もう我慢できなかった。


 シキに向かっていくキノを、横からぎゅっと抱きしめる。


 「キノ、心配してくれてありがとう」


 フィオナがキノの顔に頬ずりすると、キノは目をぱちぱちと瞬かせて、双葉から蔓を伸ばす。蔓はシキの手を掴んで、引っ張った。


 「フィオナ、キノがどうしたらいいのかわからなくなってるよ、ふふ、可愛いねえ」


 シキは可愛くてたまらないというふうに、フィオナとキノをまとめて抱きしめたのだった。


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