上級魔力回復ポーション(チューリップ畑でお昼寝)
「フィオナ、フィオナ、起きて。ご飯ができたよ」
頬を優しく叩く感触がある。
声も聞こえている。
でもまだどうにもこうにも眠い。
目が開かない。
「うーん、起きないなあ。やっぱり、全く耐性がないと効き目が強くでちゃうんだねえ」
頬を優しく手が撫でていく。
ガサゴソと物音がする。
「鱗粉の効果が強すぎて、ずっと目が覚めないなんてなったら困るしなあ。仕方ないか」
ちゃんと起きます。でも、もう少し……。
「ううんっ」
急に唇をふさがれる感触に、思わず声が漏れる。ぬるりと歯を割り開かれて、液体が流れ込んできた。
飲み込むと、唇を開放されるが、すぐにまたふさがれて、液体を流し込まれる。三度液体を飲み込むと、優しく唇を拭われて、前髪をすくように撫でられた。
「もう少しで良くなるからね」
☆
ぱちりと目を覚ました。
白い天井が見える。すぐに管理棟の寝室だと分かった。
「おはよう、フィオナ」
ベッドのすぐ横に、シキが座って、いつもの笑顔でフィオナをじっと見ていた。
「シキ!私、あ、そうか。どのくらい寝てましたか!?」
「一時間半くらいかな?」
「そんなに!?」
「普通は、一時間くらいで大抵目が覚めるんだけど、ちょっと沢山吸わせすぎちゃたかな。ごめんね。少し心配になったから、一応解毒ポーションを飲ませたよ」
そういえば、眠っているときに、そんな感触があったと、フィオナはいつもながらに恥ずかしくなる。
「沢山寝ちゃっててすみません」
「なんで君が謝るの?僕が君に耐性を付けるためにやった事なんだから、悪くないんだよ?むしろちょっと多く吸わせすぎちゃった僕が悪いのに」
「なんだか、倒れたり、寝てたりばっかりだなと思って」
「それが当たり前なんだから、いいんだよ。それより起き上がれるなら、ご飯にしよう」
ふわりと微笑まれて、フィオナはうなずくと、ベッドから身を起こす。さりげなく、支えてくれるシキが優しくて、恨めしい。
飲ませて貰ったポーションが効いているからか、立ち上がったフィオナは、ふらつく事もなく、すっかり良くなっていた。
昼食には、レモン風味のさっぱりとした、冷たい麺料理だ。のど越しがよく、フィオナはあっという間にそれを平らげてしまう。
「君はいつもすごく美味しそうにご飯を食べるよね」
「すごく美味しいです!」
「良かった」
シキが笑顔で、デザートに甘いタルトとお茶を運んできた。
「このタルトもシキが作ったんですか!?」
「いや、これは街で売っているものだよ。食品を配達に来てくれる業者に頼んでおいたんだ」
「そうなんですか。いつ来ているんですか?その業者さん」
「昼間に二、三日置きに来るんだ。基本管理棟は誰もいないから、勝手に保冷庫に入れておいてくれるんだよ。保冷庫の横のボックスに次回の注文書を入れておくと、それを見て、街で仕入れて持ってきてくれるんだ」
「そういえば、管理棟って昼間誰もいないですけど、薬剤室の薬品とか不用心ですよね?盗難とか大丈夫なんですか?」
「あはは、大丈夫だよ。なにせ、基本的にはここに来るまでに、南の警備兵がいるゲートで、名前と部署を記名して入らないといけないし、金のローブ以外の魔導士がゲートを無視して空から入ると、すぐに警備兵が動く。それにもし、勝手にここから薬品を盗もうとすると、お手伝いさんに鎮圧されることになる」
「え!?」
「ほら、前にいっただろう。管理棟で洗濯、掃除をしてくれる恥ずかしがり屋のお手伝いさん。彼女は強いからね。普段姿は見せないけど、誰か来たらすぐに彼女が気が付く。だから、誰もいないと思って、薬剤室に侵入しようものなら、すぐに彼女が侵入者を捕らえるようになっている」
「そうなんですか!?私も一度そのお手伝いさんに会ってみたいな」
「本当に恥ずかしがり屋なんだ。でも、きっとそのうち、フィオナの前に姿を現してくれるよ」
「はい、楽しみにしてます」
フィオナが、ぽわんと顔を緩めて、再びタルトを口に運ぶと、シキがフィオナの後ろの方を見てくすっと笑った。
「だそうだよ」
よく聞こえずに、首を傾げてお茶を飲むフィオナに、シキは楽し気な顔を向けた。
昼食後は再び素材集めだ。
「じゃあ、次はチューリップ刈りに行こう」
「はい……」
チューリップ刈りか……。
もうこの作業は避けては通れないと、あきらめる。
今日もチューリップ畑はわっさわっさと揺れていた。
シキが、畑に近づくと、近くのチューリップと唇を合わせて、念入りにめしべの味をみて、戻ってくる。
「フィオナ、刈り始める前に、一本味をチェックしてごらん」
「え?あ、は、はいっ」
フィオナは畑に近づくと、適当な一本に唇を合わせる。すぐにめしべが口の中に入り込んで、なぶり始める。とろりとした蜜が、口の中に広がった。はっとして、フィオナは、チューリップから唇を離した。
「シキ、すごく甘くなってる!」
「うん、そう。このぐらいの糖度がベストだよ。この前肥料をあげたからだね。でも肥料をあげすぎると、甘さがくどくなる。そうなるとまたポーションの効能が落ちるんだ。だからできるだけこの糖度に近づけるようにしておくことが大切だよ」
「はい」
「じゃあ、今日は、ピンクと紫を百本刈り取ってね。それから六区画全体からランダムに刈り取るようにしよう。そうすることで、その区画の糖度もみれるからね。区画ごとに糖度がどのくらいだったか、お覚えておいてね。僕は、自分の分のチューリップを刈って、その後、ちょっと隣の畑に行ってくるから。側にマッド君を付けておくよ。何かあったらマッド君に僕を呼ぶように言ってね」
シキはそう言うと、さっさと畑に入って行く。
今日もきっと、催淫でふらふらになるのは間違いなさそうだ。
数時間後の自分が予想出来て、ついため息を漏らすが、仕方がない。やらないわけにはいかないのだ。
横には、最近よく手伝ってくれる、困り顔のマッド君三号が控えていた。
「マッド君三号、今日もよろしくね」
フィオナは意を決して、わさわさと揺れ動くチューリップ畑に足を踏み入れた。
この前よりは、少し慣れたせいか、手際が良くなったような気がする。それでも、めしべに執拗に口腔内をなぶられると、意識を持っていかれそうになり、息も絶え絶えになってしまう。
なんとか、区画ごとに十本づつ刈り取って、六区画目まで来た時、身体が熱くなってきているのを感じた。
催淫の効果が出始めたと、フィオナは分かっていたが、前回肥料やりに来た時に、ぎりぎりまで我慢させられたことを思い出し、構わずチューリップ刈りを続ける。
どうせ、ぎりぎりまでポーションがもらえないのなら、身体が動く限りは、出来るだけ本数を稼ごうと思ったのだ。なにせ、もう一時間も経ったのに、半分の五十本しか刈り取れていない。
前は三十本しか刈れなかったので、前進はしているのだろうが、フィオナがギブアップしてしまったら、残りはシキがやることになってしまう。
自分に与えられた仕事は、ちゃんと自分でやり通したかったのだ。
身体が熱くて、ぼんやりしてくる。めしべになぶられているのすら、なぜか気持ちよくなってきて、無意識に舌を動かして、蜜を舐めとろうとしてしまっている。
まずい、意識が飛びそうだ。
目の前にピンクのチューリップが見えた。
あれを刈り取ったら、さすがに中断して、マッド君にシキを呼んできてもらおう。
はあ、はあ、と荒い息で、ピンクのチューリップの茎を切ったとたん、突然身体がじんじんとしびれるように動かなくなってしまった。チューリップの葉がフィオナの腰にしっかりと巻き付いているので、倒れはしなかったが、チューリップに唇を吸い付かれたまま、畑の真ん中でフィオナは全く動けない。
フィオナはどうしようもなく、そのままチューリップになぶられて、すぐに意識が混濁していった。
そよそよと、風が頬を吹き抜ける感触で、フィオナは目を覚ました。
なんだか、頭と背中が暖かい。
意識がはっきりすると、目の前に空が見えた。
身じろぎすると、真上から声がかかる。
「フィオナ、目が覚めた?」
「シキ?」
なぜかシキを真下から見上げていて、すぐに膝枕されていると分かった。
記憶が急激に戻ってきて、慌てて起き上がろうとするフィオナの肩をシキの手が押し戻す。
どうやら、足を伸ばして芝生に座っているシキの太ももに、頭を乗せているようだった。
かあっと、頭に血が上り顔が赤くなる。
「ほら、まだ顔が赤いよ。ポーションは飲ませたけど、もう少し休もう」
恥ずかしいやら、情けないやらで、思わず、手の甲で目を覆う。
そんな様子にシキがくすりと笑った。
「マッド君三号が慌てて僕を呼びに来たんだよ。ふふっ、いつも困り顔だけど、本当に困っていたみたいだった。おかしいね。まさか畑の真ん中で意識を失ってるとは思わなかったよ。ちょっと我慢しすぎちゃったね」
そっと髪を撫でられて、何も言えず、恥ずかしさに耐える。
どうか顔を見ないでほしいと思うが、じっと、上から見られているのが、手で目を覆っていても分かる。
「フィオナ、今日は風が気持ちいいね。不思議だよねえ。温室内なのに、毎日風がかわるんだよ」
優しい声に、フィオナはそっと顔から手を外して、目を瞑る。
心地よい風がさあっと吹き抜けていった。
「気持ちいい」
小さくつぶやくと、シキがふっと笑った気配がした。
「気持ちいいねえ。僕も少し昼寝しようかな」
シキは、ごろんと身体を後ろに倒した。フィオナは、重いだろうと、頭を膝からどかそうとするが、シキの手に肩を押さえられ止められる。
「大丈夫。そのまま。少し眠ろうか」
そういうと、シキはフィオナの肩に手を乗せたまま、すうすうと寝息を立てはじめる。フィオナはなんだか気持ちがよくなって、つられて一緒に眠ってしまった。
耳元で、芝を踏む足音が聞こえた。
「おい、お前ら。仲良く昼寝か?」
フィオナが目を開けると、目の前にピンクのツインテールにフリルのワンピースの少女が覗き込んでいた。
「うわあああ!ル、ルティ!」
すぐに自分が、シキの膝を枕にしている事を思い出し飛び起きる。
「ん……、何?」
シキが目をこすりながら、あくびをして起き上がる。
「随分気持ち良さそうに寝てたじゃないか」
「うん、気持ちよかった。もう、起こさなくてもいいのに」
シキは全く悪びれた様子もなく、ぐっと腕を伸ばす。フィオナは、いたたまれずに、顔を赤くしながら、おろおろとしてしまう。
ルティアナは、そんなフィオナを見ると、真顔で近寄ってきて、その少女の小さな両手で、フィオナの頬を覆った。
「ん?まだ催淫が残っているのか?シキ、ポーションは飲ませたのかい?」
「ちゃんと飲ませたよ。フィオナ頑張りすぎて、畑の真ん中で意識飛んでたんだ。蜜飲み過ぎたから、少し残ってるのかな?」
「わー!!言わないでください!」
「なんだ、大丈夫そうだね」
叫んだフィオナを見て、ルティアナはにっと口を上げ、手を離す。
「ルティはなんでここに!?」
「ん?園内の見回り。おい、シキ、B地区でヒアザミが増えすぎてるから、後で少し間引いとけ」
「分かった」
「じゃあ、私は戻るよ」
ルティアナは箒に乗ると、ふわりと飛び立ち、森の中へと消えていった
「あーあ、もう少し昼寝したかったのに。ま、いいか。じゃあ、一旦研究棟に戻ろうか。チューリップはマッド君達に運ばせるから、そのままでいいよ」
「あ!私、まだ、五十本ちょっとしか刈れていなくて!寝ている場合じゃなかったです!」
「ああ、それなら大丈夫。のこりは僕が刈っておいたから。さ、一旦戻ろう」
またシキに自分の仕事までやらせてしまったと、しょんぼりするフィオナの頭をシキは、優しく撫でる。
「この前より、随分沢山刈れていたじゃない。上出来だよ。フィオナは本当にすごいよ。だからそんな顔しないで。徐々に慣れていけばいいんだから」
「シキは優しすぎます……」
ふわりと微笑まれて、フィオナは少し泣きそうになる。
「それにこの後、ちょっと面倒なスズランを採りににいかなくちゃいけないからね。チューリップごときに構ってられないよ」
フィオナの涙は、すっと引っ込んだ。
チューリップを雑魚のように扱うシキが、ちょっと面倒というスズラン採りに、フィオナは恐怖を感じずにはいられなかった。