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王宮内配達2

 フィオナが地図を見ながら廊下を歩き出すと、後ろから声をかけられた。


 「フィオナちゃん。ちょっと待って」

 「ナック隊長」


 ナック隊長がアルトゥールと一緒に医療室を出てきたようだった。


 「これから納品回りをするのかい?」

 「はい」

 「あと、どこを回るの?」

 「医療室以外の各魔導士の部署と、中央騎士団の詰め所と、魔導士長室です」

 「そりゃ、沢山だねえ。フィオナちゃん、王宮内は不慣れでしょう。アルトを道案内につけてあげるよ」

 「え!そんなご迷惑をおかけするわけにはいきません」

 「いいのいいの、こいつ今日は怪我しちゃって使い物にならないから」

 「治療魔法で回復しなかったんですか!?」

 「いや、全部は治さないようにしてもらったの。俺にたてついた罰にね。少しは痛い思いしてもらわないと。あと見せしめも兼ねて」

 「大丈夫なんですか?」

 

 フィオナはアルトゥールの顔を見るが、ナック隊長が代わりに答える。


 「いいからいいから。こいつもう五年も中央にいたから、王宮内は詳しいよ。じゃあアルト、フィオナちゃんを頼んだよ」

 「はい」


 ナック隊長が行ってしまうとフィオナはアルトゥールをちらっと見る。相変わらず、無表情で、その上少し機嫌が悪そうだ。


 「あの、私大丈夫ですよ?怪我もしているみたいだし、帰って休んだ方が……」

 「平気だ。行くぞ」

 「はあ」

 「ここから近いのは、中央騎士団の詰め所だな」


 アルトゥールはフィオナの持っていたカバンをさっと奪い取ると、さっさと歩き出す。


 「あの、アルトゥールさん、自分で持ちますから」

 「アルトで構わない」

 「アルトさん、荷物持ちますって」

 「アルトだ」

 「アルト!荷物自分で持ちます!」

 「いいから行くぞ」


 ここにも、人のいう事を聞かない人がいた、とフィオナは小さくため息をついた。

 中央騎士団の詰め所は、王宮の中庭に面した場所にあり、中庭の端の訓練所では、沢山の騎士達が訓練を行っていた。一人の男がアルトに気づいて近づいてくる。


 「お!アルトじゃないか!どうした?もう首になったか?てかその傷どうしたよ?」


 バッサリと切り裂けている制服と、その裂けた服の下の包帯に巻かれた腕を見て、話しかけて来た男が目を丸くする。


 「隊長に模擬戦でやられた」

 「ひいい、やっぱ南の隊長はすげえな!お前にそんな傷付けられるとはねえ。ところでそちらの美しい魔導士様はだれかなあ?」


 ちらりとアルトゥールを見ると、紹介してくれる素振りがないので、フィオナは自分で名乗る。


 「今期から魔植物園に配属された、フィオナ・マーメルです。今日はご挨拶を兼ねて、頼まれていたポーションを届けに来ました」

 「え!?君があの、主席合格したのに、魔植物園に志願したっていう!?マジで!?すげええ!おーい!みんなー!噂の首席魔導士様が来てるぞー!!」


 男は訓練場に向かって大声を出す。


 「え!ちょっと、そんな、大声でっ」


 フィオナは慌てるが後の祭りだ。訓練場から、わらわらとガタイの良い騎士達が集まってくる。


 「おおおお!君がそうかあ!すげえ美人!」

 「志願して魔植物園に配属になったって本当!?」

 「彼氏いるの!?」

 「なんでアルトと一緒なんだよ、おいアルトどういうことだ?」

 「すぐ辞めないでねー。それで次は魔導警備隊に入りなよ。そうしたら合同訓練があるし!」

 

 あっという間に囲まれて、パニックになりかけていると、アルトゥールがフィオナの腕をつかんで引っ張った。


 「見世物じゃないぞ。隊長は中か?」

 「ああ、中にいるはずだけど」

 「フィオナ、行くぞ」


 ぐいぐいと、アルトに引っ張られて、なんとか筋肉の群れから抜け出す。


 「ずるいぞー!アルト!」

 「こっちは先輩だぞ!」

 

 後ろから、男たちのヤジが飛ぶが、アルトゥールは、振り向いて、冷たい目でぴしゃりと言い放つ。


 「先輩なら、俺に勝ってから文句言ってください」


 一瞬その場がシーンと静まり返えった。


 「さ、練習に戻るか」

 「いこういこう」


 男たちはあっという間に散っていった。


 「悪かったな。騎士団は普段男ばっかりだから、美人がくるとすぐにああなる」


 さらりと美人と言われて、ついどきりとしてしまう。


 「いえ、大丈夫です」


 平静を装って返すが、しっかりと手首を掴まれたままで、やはり心臓がばくばくしてしまう。

 詰め所の入口でやっと手を離して貰えたフィオナは、ほっとして、心臓を落ち着かせようと、深呼吸する。アルトゥールがノックをして入って行った。

 詰め所の中にも、何人も騎士がいて、先ほどと同じように、わっと囲まれそうになるが、アルトゥールがひと睨みすると、皆大人しくなった。フィオナは簡単に挨拶だけしておく。


 詰め所の奥に、隊長室と書いてある扉があり、アルトはノックをして扉を開ける。


 「おう、アルト。なんだ?もう追い出されて帰ってきたのか?」

 「違いますよ、この子の付き添い」


 アルトゥールは後ろにいたフィオナを、部屋の奥に促す。隊長室の椅子に四十代くらいの、男性が座っていた。グレーの髪をオールバックにし、同じ色の切れ長の目は鋭さの中にも穏やかさが見える。きちんと整えられた顎髭がとても似合っていた。


 「あ、あの、私、今期から魔植物園に配属になった、フィオナ・マーメルです。よろしくお願いします。注文のポーションを持ってきました」

 「ああ、試験は拝見させて頂きましたよ。私は、中央騎士団隊長のクリフ・マゴットだ。君は飛びぬけて優秀だったね。まさか、魔植物園を希望するとは思わなかったよ。私としては、魔法警備隊に入ってくれる事を願ってたんだけど。それにしても、わざわざポーションを持ってきてくれたの?シキはいつも取りにこいって言うのに」

 「シキに挨拶がてら持っていくようにいわれました」

 「ふうん」


 じっとクリフ隊長の目がフィオナを捉える。まるで心の奥まで見透かされてしまいそうなその視線に、つい目を逸らしたくなってしまうが、なんとか耐えた。


 「やっと当たりが入ったって事かな。じゃあ、ポーションは外の奴らに渡しておいてくれ。フィオナ君、君の活躍を期待してるよ」


 クリフ隊長はそう言うと、ふっと口元を上げた。

 アルトゥールが退室しようとしたとき、クリフ隊長の笑みをはらんだ声が聞こえてきた。


 「ナックにコテンパンにされたみたいだな」


 アルトゥールは、チッと舌打ちすると、振り返らずに言った。


 「半年で勝ってみせます」


 フィオナは退室すると、ふうっと息をつく。クリフ隊長はとても穏やかなたたずまいだったが、なぜかとても緊張させられた。フィオナは騎士団の団員にポーションを納品すると、アルトゥールに付いて、詰め所を後にした。


 「大丈夫か?」

 「え?」

 「顔がこわばっている」

 「そ、そう?なんだか緊張しちゃって」

 「クリフ隊長に見込まれたみたいだな」

 「え!?」

 「人に期待しているなんて、あの人は絶対に言わないから」

 「新人に対する社交辞令じゃないでしょうか?」

 「今まで、どんな有望な新人にも、そんなことを言ってるのを見たことがない」

 「そ、そう」


 ちょっとうらやましそうに聞こえたのは気のせいだろうか。

 フィオナは黙ってアルトゥールに付いていった。

 その後、魔法薬学室と魔道具研究室に行ったが、どちらも室長は不在で、副室長に挨拶をして、ポーションと、素材を納品してきた。

 魔法警備隊では、物凄い勧誘にあった。特に室長が、目をギラギラさせて、三ヶ月後は絶対来いと言うので、さっさと納品して逃げるように退室してきた。

 どこに行っても、噂の魔植物園に志願した主席新人として、囲まれて、医療室と同じように、辞めないでと心配される。そして最後には勧誘だ。

 フィオナはげっそりとして、ため息を吐く。


 残るは魔道士長室だ。

 

 アルトゥールはドアの外で待っているというので、フィオナはノックをして入室した。

 顔を上げた魔導士長が、フィオナの顔を見ると、目を血走らせて、駆け寄ってきた。


 「フィオナ君!まさかもう辞めたいと言いにきたのか!?どうか、どうか、考えなおしてもらえないだろうか!頼むよおおお!」

 「ちょっ、魔導士長!違います!私辞めたりしません!」

 「え?そうなの!?あ、配置換え希望にきたのかい!?本来なら三ヶ月は、配属先から異動できない事になっているんだが、特例として私がルティアナに直談判しに行こう!だから、どうか辞めないでくれ!」

 「辞めませんって!それに、そんな特例を作ったら、他の新人から反感を買います。そういう贔屓みたいな事はやめてください」

 「じゃあ、なんでここに。ああ、職場環境の改善を直訴しにきたのかい!?なにがあった!?可哀想にっ!」

 「違います!魔導士長が注文していたポーションを持って来たんですよ!」

 「へ?」

 

 フィオナはカバンから、ポーションの瓶を三本取り出す。


 「これ、何のポーションなんですか?シキに聞いても教えてくれなくて」

 「え!?あ!うん、ちょっと持病の、ね……」

 「どこかお悪いんですか?」

 「いや、そんなには、ちょっと特殊な薬なんだよ」

 「そうですか。じゃあ、納品書にサインを頂けますか?」


 しつこく聞くのも、なんだか悪い気がして、フィオナはあっさり引き下がると、納品書を机に置いた。

 魔導士長は、納品書にサインをしながら、ちらちらとフィオナを見る。


 「その、フィオナ君。仕事はどうかな?」

 「はい、大変ですけど、楽しくさせていただいてます。シキも丁寧に教えてくれますし」

 「そう……。まあ、まだ数日だからね。もし、その、困った事があったら、いつでも言いにきてくれ。決して辞めたりしないでくれよ。三ヶ月後には、君が望む部署に転属させてあげるからね」

 「私は魔植物園のままで大丈夫ですよ?」

 「まあ、先の事は分からないからね。とにかく!無理をしないで、周りを頼るように。いいね」

 「は、はい。ありがとうございます……」


 フィオナは退室すると、ぐったりとうなだれた。

 アルトは、少し憐みを含んだ視線を向けると、歩きだした。


 「あんた、大変そうだな」

 「はあ、どこに行っても、ものすごい噂になっているし、みんな口をそろえて、辞めるなとか、三ヶ月後には転属できるとか言うし」

 「そりゃあそうだろう。主席合格者が魔植物園に志願するなんて、聞いたことがないからな」

 「なんでみんなそんなに、魔植物園をだめなところみたいに言うんでしょうか?私は魔植物園はすごい所だと思うんですよ。薬学室では作れない魔法薬の研究ができるんですよ?」

 「だめなところと思っているわけではないと思う。実際こうやって、ポーションや素材を頼んでくるんだしな。ただ、魔植物園を怖がっているんだろう」

 「なぜですか?確かに危険な魔植物がいるとは聞いてますけど、ちゃんとルティとシキが管理していますよ?」

 「それは今まで配属された人間や、新人の話が広まっているからだろう」

 「どんな話しですか?」


 アルトゥールはちらっとフィオナを見て、言っていいものかと悩んでいるようだった。


 「言ってください。大丈夫ですから」

 「……例えば。配属一日目に、動く蔦に森で襲われて、そのまま半日放置されたとか、化け物みたいなチューリップが顔面に張り付いてきて、そのあとぶっ倒れたとか。狂暴なでかい木がいて、無数の根が襲ってくる中、素材集めさせられたとか。あとは、森を歩いているだけで、転ばされるとか、与えられた仕事が終わるまで、帰らせてもらえなくて、死にそうになりながら、三日間ずっとポーションを作っていたとか」

 

 思い当たることだらけだ。フィオナが身に覚えのない事もあるが、おおよそ合っている。最後のポーションの話は、多少大げさだろうが、フィオナだって、百本作り終わるまでは、解放してもらえなかった。


 「それだけですか?」

 「それだけって……。俺が覚えているのはこのくらいだけど、新人ではなくて、普通に配置換えで魔植物園に転属になった人達が、数日で、泣きながら魔導士長に他の部署に戻してくれって泣きつきに来るって話は有名かな」

 「へえ、みんな魔植物園が合わなかったんですね」

 「というか、合う人間の方が希少なんじゃないか?まあ、俺は実際魔植物園の中に入った事があるわけではないし、その辺の事情は分からないけど。それでも、魔植物園のある南エリアの騎士団は、中央よりも重要視されている。新人は決して入れないし、配属されている騎士は精鋭揃いだ。だから俺も南に志願したんだけどな。まあ、そのくらい魔植物園の危険度が高いという事だろう。誰だって好き好んで危険なところに行きたくはないだろう。あんたは、なんで魔植物園を志願したんだ?」

 

 フィオナは口ごもる。言ったら馬鹿にされるだろうか。


 「誰にもいいませんか?」

 「ああ」

 「笑いません?」

 「笑わない」

 「国で一番の魔導士になりたいからです」


 フィオナが真剣にアルトゥールを見ると、彼は驚いたように目を見開く。そしてふっと笑った。


 「笑ったじゃないですか!」

 「いや、ちがう、そういう意味で笑ったんじゃなくて、俺と目的が一緒だったから、つい」

 「一緒?」

 「俺も、国で一番の騎士になりたくて、南を志願したんだ」


 今度はフィオナが目を見開いた。

 アルトは照れたように、頬を描いている。最初は怖そうな人だと思ったが、もうそんな気は全くしなくなっていた。

 フィオナはアルトゥールに向かって手を差し出す。


 「じゃあ、私たちライバルね。どっちが早く国一番になるか」


 アルトゥールは、面白そうに、フィオナを見ると、手を取ってぎゅっと握った。フィオナが嬉しそうに、笑顔を向けると、なぜかうろたえたように、手を離されてしまった。


 魔植物園のゲートまで送ってもらったフィオナは、すっかりアルトと仲良くなり、手を振って別れると、箒で管理棟に向かった。

 管理棟の扉を開ける。

 ほんの数時間ぶりなのに、なんだかほっとした。

 フィオナは、通信機に手を当てる。


 「フィオナです。戻りました」


 手を当てたまま少し待つと、通信機からシキの声がする。


 『お帰り。今そっちにいくから待ってて』


 シキの声にさらにほっとして、にへらっと顔を崩してしまうのであった。

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