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王宮内配達1

 遅い昼食が出来上がる頃には、フィオナはだいぶ回復していた。

 もし身体がまともに動かなかったら、シキにご飯を食べさせてもらう事になっていたかもしれない。

 恐ろしい。

 フィオナはぶるっと身震いをする。もうこれ以上血液を沸騰させるような事は避けたいものだ。


 昼食を終えると、間もなく夕方といってもいい時刻だ。自分の仕事ペースが遅いせいで、仕事が押してしまっているのではないかと、フィオナは心配になる。


 「シキ、ご飯の後は何をするんですか?私、遅らせてしまった分頑張ります!」

 「うーん、そうだなあ……。とりあえず畑の水やりは終わったし、どうしようかなあ」


 シキは、お茶のカップに口を付けて考える。


 「私の仕事が遅くて、午後やる分が今からじゃ間に合わないとかですか!?私遅くなってもちゃんとやりますから!」

 「フィオナ、落ち着いて。そんなんじゃないよ。むしろ、今日は、畑の管理だけのつもりだったんだ。フィオナが思ったよりも早く、コツを掴んで水やりしてくれたからねぇ。本当なら、夕方まで水やりがかかるかな、と思ってたんだ。だからむしろ早く終わったって事だよ」

 「本当ですか!?」

 「僕は、嘘は言わないよ」


 シキはまたいつもの笑顔をフィオナに向ける。仕事の内容では、容赦のない所があるが、やっぱりシキは優しい、とつい心がきゅっと締め付けられる。


 「そうだ。お使いに行って来て貰おうかな」

 「お使い、ですか?」

 「うん、今週中に納品する事になってる、ポーションとか、素材とか、もうそろってるから、それらを納品しに行って来てくれるかい?いつもは、向うに取りに来て貰うんだけど、顔見せがてら、行ってきてよ。フィオナは、まだ王宮内は全然見てないだろうから、色々見てまわって来るといいよ」

 「はいっ」

 「じゃあ、あれを渡しておかなきゃ」


 シキは、キッチンを出て、何かを取りに行くと、すぐに戻ってきた。


 「はい、フィオナ。サイズ大丈夫かなあ?」

 「これは?」

 「王宮魔導師の制服だね。王宮魔導師はみんなこの黒地のローブなんだけど、部署によって、柄の色が違うんだ。襟元とか、ベルトとか、あと胸元の楓のマークとかが、金色でしょ?王宮内を歩くときは身分を証明するためにも、かならず制服で歩いてね。じゃあ、ちょっと着てみて」

 

 フィオナはバスルームで、手早く着替える。柔らかい素材で丈夫そうな生地。少しサイズが大きいが、なんとか着られそうだ。膝丈まであるローブだが、腰ベルトでしっかり固定すると、身体のラインにしっくり馴染んで、動きやすい。制服を身につけてみると、フィオナは嬉しくなり、にへらっと顔を崩す。


 「シキ、着てみました」


 キッチンに戻り、制服を見せると、シキは嬉しそうに、ふわりと笑う。


 「うん、よく似合ってるよ。やっぱり少し大きかったね」

 「袖をまくれば大丈夫ですよ」

 「三か月の研修期間が終わって、本採用になったら、ちゃんと自分専用の制服がもらえるから、それまではその制服で我慢してね」

 「自分用に貰えるんですか!?」

 「もちろんだよ」

 

 フィオナが嬉しくて、にまにましてると、シキはそれを見て、また笑みを浮かべるのであった。


 研究所に戻って納品するポーションや、素材をチェックしていると、シキが手書きの紙を持ってやって来た。


 「これ、王宮内の地図を簡単に書いたからね。でも、もし迷ったら、誰かに聞いて」

 「ありがとうございます!」


 フィオナはシキに渡された地図を見る。

 ミミズが数十匹這っているような地図だった。

 迷うなこれは。

 フィオナは確信した。


 「そんなに量は多くないけど、回る場所が結構あるから、荷物持ちにマッド君三号を連れて行くといいよ」

 

 フィオナは、ポーションと素材の入ったカバンを持ち上げてみる。このくらいなら、田舎で山に素材を取りに行ったときは、余裕で持ち歩いていた重さだ。


 「大丈夫ですよ。このくらいなら全然平気です。マッド君三号には他のお仕事をお願いしてください」

 「そう?じゃあ、管理棟までは僕が持つよ」


 シキはさっとカバンを持つと、にこりと笑って歩きだしてしまったので、フィオナは仕方なく手ぶらで後についていくのであった。


 「じゃあ、気をつけて行ってらっしゃい。あと、王宮の建物の中は許可なく箒で飛びまわると、警備隊に捕まるから気を付けてね。帰ったら通信機で呼んで」

 「はい、行ってきます」


 フィオナは、王宮魔導師になって、初日に街に買い出しに出たっきり、魔植物園から外に出ていない。その時も、シキが王宮から外にでる門まで箒で送ってくれたので、一人で出歩くのは初めてだ。


 魔植物園の敷地は広いので、とりあえず敷地を出るまでは箒で行こうと、魔法で箒を出す。

 フィオナの愛用の箒は、淡いベージュ色の木製で座りやすいように平らになっており、荷物も置けるように、片側が広い。言ってみれば細長いしゃもじのような形だ。

 まるで箒とは別物なのだが、昔魔女が文字通り箒を使って飛んでいた名残で、魔導師達は空を飛ぶ為の道具を箒と呼んでいる。


 フィオナは箒に乗り、広くなっている部分に荷物を乗せ、固定すると、ふわりと舞い上がった。


 あっという間に魔植物園の敷地のゲートに到着する。ゲートは厳重な警備体制になっているようだった。魔植物園はそれ自体が高い塀と、結界に囲まれているが、魔植物園の敷地全体も、ぐるりと高い柵で囲まれているのだ。


 飛んだまま、飛び越えてもいいのだが、ゲートの前で警備をしている騎士が見えたので、素通りするのも悪い気がして、ゲートの前でふわりと降り立つ。


 警備をしていた騎士は、真上から降り立ったフィオナに少し驚いた顔をする。


 「こんにちは。魔植物園から王宮に納品に行くのですが、ここを通る時に、何か申請とかした方がいいんですか?」

 「ああ、魔植物園の職員の方々は特に必要ありませんよ。必要なのは、他部署の方だけです。帰りも立ち寄らずに飛んで入っていって構いませんよ。そのローブを着ていればすぐわかりますから」」

 「そうですか、ありがとうございます」


 フィオナがにっこりと微笑むと、警備兵は顔を赤らめた。


 「では、失礼します」


 フィオナはまた箒にふわりと乗ると、王宮の建物を目指して飛んで行った。

 上空から見ると、魔植物園は、王宮の建物から、ひときわ離れているなと思う。王宮全体の様子が見たくなり、フィオナは少し高度を上げた。


 「おい!お前!」


 急に後ろから声をかけられて、フィオナはぴたりと箒を止めた。

 黒地に赤の柄のローブを着た男性が、銀色の細長い箒で、フィオナへと近づいてくる。


 「それ以上高度を上げるな!」

 

 わけが分からず、ポカンとしながら、男が来るのを待っていると、銀色の箒に乗った、若い男が、フィオナの前で箒を止める。赤毛の短髪に、大きな赤い目をしており、フィオナを見て、眉をひそめている。


 「お前新人か?上司に習わなかったのか?王宮上空は結界で覆われているんだぞ。それ以上高く飛ぶと、結界が反応して、警備隊がわらわら集まってくるぞ。まあ、俺も警備隊だけど……、あれ、お前金色のローブ!?」

 「すみませんっ!知らなくて。私、今期から魔植物園に配属になったフィオナ・マーメルです。今後は気をつけます」

 

 男はフィオナの顔をまじまじと見る。


 「じゃあ、あんたが、今年主席合格して、魔植物に志願したっていう奴か!?」

 「はい」

 「ひいいい!お前大丈夫か!?魔植物園がどんな所か知らなかったんだろう?」

 「まあ、知らなかったといえば、詳しくは知らなかったんですけど、大丈夫ですよ?」

 「まじかよ……。まあ、もし、三ヶ月耐えられたら、転属希望出せるから、そしたら警備隊に来いよな。おれは、ロアル・ミスコだよろしくな」


 ロアルはニッと笑って手を差し出してくる。

 フィオナはにっこりと笑って握り返した。途端にロアルの顔が赤くなる。


 「じゃあ、私は配達があるので失礼します」

 「あ、ちょっと待って」


 ロアルは、フィオナに箒を寄せると、王宮の建物を指差す。


 「あそこに高い棟があるだろう。あの高さより上空は飛んじゃだめだ。それから、王宮の外壁ギリギリも飛んではだめだ。それ以上いくと、結界が反応するからな」

 「分かりました。ロアルさん、親切にありがとうございます」


 フィオナが微笑むと、ロアルは目を逸して、仕事だからなっ、と言って飛んで行った。

 

 「なるほど、気をつけないとな。赤い柄は警備隊なのか」


 フィオナはぶつぶつ言いながら、王宮の建物の入り口に降り立った。

 流石に王宮だけあって、騎士達が警備で歩き回っているのが、目につく。

 王宮の入り口にも、両脇に兵が立っていたが、制服を着ている為か、何も言われずに、中に入る事ができた。


 「まずは医療室が近いかな」


 フィオナは地図を見て、つぶやく。廊下を歩いて行くと、大きな扉の前に、魔法医療室と書かれていた。

 フィオナはノックをすると、中へと入る。


 「はいはーい!ちょっと待っててねー。ファルー!誰か来たから対応してくれるかねー」


 どうやら先客がいるようで、白いカーテンの向うに人影が数人見える。

 すぐに奥からパタパタと足音が聞こえてくる。

 顔を出したのは、落ち着いた雰囲気の髪の長い女性だった。


 「どうしましたか?怪我?具合がわるい?」


 ほんわかとした雰囲気で、優しく尋ねられる。


 「あの、私、今期から魔植物園に配属なった、フィオナ・マーメルです。挨拶も兼ねて、頼まれていたポーションを持ってきました」


 女性の目がクワッと開かれる。


 「あなたが噂の!?まあ!ちょっと待ってて!!室長ー!室長ー!来てください!!」

 「なんなの!?うるさいわね!」


 ぶすっとした顔でやって来た年配の女性は、フィオナを見て、これまた目を見開く。


 「あなた!!フィオナ・マーメル!」

 「あ、はい。ご挨拶を兼ねて、ポーションの納品に……」

 「あらあらあらあら!まあ!ありがとう!ところであなた大丈夫?もう辞めたいなんて思ってない!?もうっ、三ヶ月の研修期間は配属されたら手出し出来ないなんて、悔しいわ!本当ならすぐに医療室に勧誘したいのに!ねえ、辞めちゃったりしないでね。三ヶ月耐えるのよ。そしたら医療室においでなさい。大歓迎よ!」

 「あの、えっと、全然大丈夫ですよ?お仕事は大変ですけど、楽しくさせてもらってます」


 フィオナがそう言うと、年配の室長は、目に涙をためる。


 「なんて健気なの!あんな危険な所で、ルティアナとシキにこき使われて。もうっ、本当に勿体無い!」

 「おいおい、そのくらいにしとけよー。フィオナちゃん困ってるだろー」


 白いカーテンの向こうから、ひょっこりとナック隊長が顔を出した。


 「ナック隊長!どうしてここに?怪我でもされたんですか!?」

 「いやねー、俺じゃなくて、こいつ」


 ナック隊長がカーテンをザッと開ける。

 ベッドに腰掛けていたのは、アルトゥールだった。上半身裸で、左の肩から肘にかけて、切られたような跡がある。医療室の魔導師が、そこに治療魔法をかけていた。

 

 「あ、コラコラ。ナック隊長。治療中にカーテンを開けてはだめではないか。アルト君の肉体美が晒しものだよ」


 治療をしている眼鏡をかけた、童顔の女性がやんわりと叱る。

 フィオナもつい、アルトの身体を見てしまった。制服を着ていた時は細身だと思ったが、王宮騎士団だけあって、筋肉がついたガッチリとした身体をしている。

 この前シキの身体を見たときも、細いのに筋肉がついているなと思ったが、アルトゥールはそれ以上だ。


 シキの身体まで思い出してしまい、フィオナは顔を赤らめて、視線を外す。


 「ほらほら、フィオナたんも真っ赤になっているではないかー」

 

 眼鏡の女性がにやにやと笑う。

 フィオナたん!?

 突っ込むべきだろうかと、少し悩む。


 「ナック隊長。あなたはなんでもないんだから帰ってください」

 「アザリー室長はいつも冷たいねえ。でも、アルト君は俺が怪我させちゃったしー。一応見ててやらないとね。それよりアザリー室長。フィオナちゃんを勧誘しても多分無駄だよ。シキのお気に入りだから。もうべったり」

 「え?あのシキが?」

 「そうそう、さっき、俺がポーション取りに行ったときも、ぶっ倒れたフィオナちゃんをお姫様抱っこして運んできたもん」

 「わー!わー!わー!ナック隊長!言わないでー!!」


 恥ずかしくて真っ赤になるフィオナに、アザリー室長が残念そうにため息を吐く。


 「シキのお気に入りねえ……。でも、フィオナさん、三ヶ月経って、異動したくなったら、ぜひ医療室に来てね」


 アザリー室長にガシっと手を握られ、曖昧に返事をする。フィオナは納品書にサインを貰うと、ぐったりとして医療室を出た。

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