ようこそ、第一級危険地区『魔植物園』へ!1
楽しんでいただけたら嬉しいです!
6/24誤字訂正
「王宮魔導士試験主席合格、フィオナ・マーメル!」
「はい!」
「フィオナ君はどこの部署を希望するかね?」
「はい!私は魔植物園に配属を希望します!」
その途端、会場は静寂に包まれた。
☆
フィオナ・マーメルは、今年十八歳の少女だ。
生まれは、王都から遠く離れた田舎のまた田舎。自然に囲まれた山奥の小さな村で、そこは、大昔エルフの里と呼ばれていた場所だ。
今や絶滅したといわれているエルフだが、フィオナには、ほんの少しだけそのエルフの血が流れている。そのせいか、幼い頃から、魔力が高く、森に愛される子供であった。
エルフの血を僅かながらにも継いでいるせいか、容姿も美しく、プラチナブロンドのきめ細かい髪に、翡翠色の瞳、ほんの少しだけ尖った耳を持っていた。
フィオナの住んでいた村には、魔力を持つ者が多くいたが、その中でも、元王宮魔導士であるリザナという女性が、特に魔力が強く、村で魔法薬を作って生活していた。
幼い頃両親を亡くしたフィオナは、リザナに育てられ、魔法薬の作り方を教わった。森と親和性の高い彼女は、その才能をぐんぐん発揮し、十五歳になる頃には、リザナが教える事がないくらいまで、その知識を吸収してしまった。
「でもね、フィオナ。私は王宮で魔法薬剤師として長く学んだけど、世の中にはまだ私以上の技術や知識を持っている人がいるのよ」
「リザナおばさんよりもすごい人がいるの!?」
「そうよ。王宮にはね、普通の植物ではなくて、魔法を使って植物を栽培している場所があるの。魔植物園っていってね、そこの植物を使って作られた魔法薬はとびきり効能が高いのよ」
「へえ!すごいね!リザナおばさんはそこには勤めなかったの?」
「そこはね、ほんの限られた人しか働く事が出来ないの。なにせ、その植物園は……」
「その植物園は?」
「その、ね、その植物園は、物凄く優秀じゃないと勤まらないのよ」
「リザナおばさんでも無理だったの!?へえ!じゃあ、私将来そこに勤められるように頑張る!」
瞬間リザナの顔が、しまった、と歪んだが、幼いフィオナは気づかなかった。
「フィオナ!それはちょっと……」
「私じゃ無理かな?」
「いや、そうじゃないけど、あんまりおすすめはしないかな……」
「どうして?」
「その、ね、大変なのよ?とても、とても……」
「そんなのへっちゃらだよ!私頑張るもん!それでね、王国一の魔導士になるの!」
「そ、そう……。フィオナならきっと王国一になれるわ」
リザナは微笑んでくれたが、フィオナをあまり『魔植物園』に行かせたくはなさそうだった。
そんな事を全く気にせず、フィオナは王宮魔導士になるために、近くの街で魔法学校に通い、今年十八歳になり受験資格を得て、いざ王都へと足を踏み入れたのだった。
王都についたフィオナは、あきらかに田舎者と分かる風体だったが、その美貌はそんな田舎臭さを跳ね除けるほど際立っていた。
そんなフィオナを心配したリザナが、王都の知り合いに滞在中の彼女の世話を頼んだのは正解だった。一人で宿になんて泊まろうものなら、良からぬ輩に絡まれて大変だったろう。
そして王宮魔導士試験を迎え、フィオナは見事、主席で合格を果たしたのだった。
上位合格者三名には、配属先を希望する権利が与えられる。
試験がおわり、王宮の試験会場には、合格者二十六名と、王宮魔導士試験官、それに王宮魔導士の各部署の長が残り、合格者の配属先がそれぞれどこになるのか、固唾をのんで見守っている。
どの部署もフィオナが欲しいと、心の中で叫んでいた。それほどに、フィオナの成績は飛び抜けて優秀だったのだ。
厳かな雰囲気の中、王宮魔導士長が、凛とした声で話し始める。
「さて、ここに残った十六名の諸君。合格おめでとう。これから君たちの配属先を決める。配属後三か月間は研修期間とし、無事研修期間を終えた者には、転属希望を出す権利を与える。それにあたり、上位三名の者には、最初から希望する部署へと配属しよう。もちろん三か月後に転属希望をだしても構わない」
受験者はみな、息をのんで、誰の名前が呼ばれるのか、じっと魔導士長の顔を見つめている。三か月後には転属届けを出す権利が与えられると言ったが、好きなところに転属させてやるとは言ってはいない。この最初の配属で今後数年はその部署で働くことがほぼ決定なのである。新人で転属できるのは、よほど優秀な者か、その部署が明らかに合っていなく、他の部署でその者が欲しいと名乗りがあがった場合だけだ。それゆえ、皆上位三位までに入り、最初から自分の希望する部署へと行きたいと考えているのだった。
実技を見る限り、フィオナの圧倒的才能は、皆、身を持って知っていたが、もしかしたら、二位、三位に自分が入っているのではないかと、期待の目を向ける。そして、最下位だけにはなりたくないと。
「では、まず三位。メスト・ワーグナー。おめでとう!君はどこの部署を希望するかね?」
「はい!私は、魔法警備隊を希望します!」
「うむ。君の攻撃魔法の腕を存分に活かせる部署だ。頑張りたまえ」
「はい!」
メストは、グッと小さくガッツポーズを取る。
「次に二位!エレノラ・ミルフィニア。おめでとう。君はどこの部署を希望するかね?」
「はい!私は魔法医療室を希望します!」
「うむ、いい選択だ。君に合っている。頑張りなさい」
「はい!ありがとうございます」
エレノラは嬉しそうに胸の前で腕を組む。隣に並んでいた、知り合いだろう受験者から、良かったね、と声を掛けられていた。医療室の室長が嬉しそうな顔をする。
「そして最後に……」
そこで、魔導士長はコホンとひとつ咳払いをして、厳かな声を出す。
「王宮魔導士試験主席合格、フィオナ・マーメル!」
「はい!」
会場中から、やはりと、ため息が漏れた。
「フィオナ・マーメル。君はどこの部署を希望するかね?」
魔導士長の問に、各部門の室長達は「呼ばれろー呼ばれろー」と心の中で念じる。
「はい!私は魔植物園に配属を希望します!」
その途端、会場は静寂に包まれた。
魔導士長が、まるで異界の言葉を聞いたかのような顔で固まった。
「すまん、フィオナ君。もう一度言ってくれないか。どうも疲れているようで、よく聞き取れなかった」
「はい!私は、魔植物園の勤務を希望します!」
フィオナは、今度は魔導士長が聞きそびれないように、ゆっくりと大きな声で宣言した。
会場中がざわめく。
「き、君は、魔植物園がどんな部署か知っているのかね!?」
「はい、魔法で作った植物で、より効能の高い魔法薬を作ったり、研究する部署だと認識しておりますが」
「いや、まあ、そうなんだけど……。そうじゃなくて、ほら、噂とか聞いてないの?」
先程まで厳かな雰囲気だった魔導士長が、急に砕けた口調になり、フィオナは首を傾げる。
「噂ですか?いえ、特には。どのような噂でしょうか」
「それは……」
魔導士長が言いにくそうに、口をもごもごと動かして、言葉を絞り出す。
「その、とても大変な部署で、皆長続きしないとか……。いや、けど、それは、大変な分やりがいもあると言う事なんだけどね!」
フィオナを魔植物園に行かせたくはないが、毎年一人、最下位の者を生贄として配属しなくてはならないので、その選ばれる一人の為に、あまり悪い事は言えないと、魔導士長は冷や汗を流す。
フィオナを魔植物園に配属して、王宮魔導士自体が嫌になり辞められては困ると、なんとか思いとどまらせようと、魔導士長は、頭を回転させる。
「君なら、人の役に立つ、魔法医療室がいいんじゃないかな!?攻撃魔法も凄かったし、警備隊でも大活躍出来ると思うよ!研究がしたいなら、魔導開発室でも良いし、薬が学びたいなら、魔法薬学室もいい!どうかね!?」
「いえ、魔植物園にどうしても行きたいです!」
必死の魔導士長に、フィオナは明るい声であっさりと答える。各部門の長達から、それだけはやめてくれ!と言葉にならない圧力が魔導士長に注がれる。
「いや、でもね、フィオナ君……」
更に魔導士長が言い募ろうとした時、会場の扉が勢いよくバンと開いて、不思議な形の箒に乗った少女が、するりと入って来た。ねじれた流木のような箒に乗ったその少女を見た、魔道士長と職員達が青ざめる。
「往生際が悪いよぉー。魔導士長。その子は魔植物園に行きたいって言ってるんだろう?」
箒に乗ったまま、魔導士長の真横の宙に浮いているのは、年の頃十二、三歳くらいの可愛らしい少女だった。ピンク色の髪をツインテールに結び、フリルのついた可愛いワンピースを来て、いたずらっ子のような金色の瞳を、フィオナに向ける。
「ルティアナ様!なぜここに!」
「なぜって、珍しくウチに入りたいって志願者がいるみたいだから、見に来たのさ」
ルティアナと呼ばれた少女は、年に見合わない大人びた口調でそう言うと、にっと笑みを浮かべてフィオナの目の前に降り立つ。
「あんた、ウチの魔植物園に来たいって本当?配属されたら三ヶ月は配置換えは出来ないよ?」
「ウチのって……?」
「ああ、ごめんごめん。私は魔植物園の所長、ルティアナ・ミリアだよ。よろしくね」
どう見てもまだ十二、三の少女に、所長と言われて、フィオナは目をぱちくりさせる。
「フィオナ君。本当だ。その方が魔植物園の所長だ。そう見えて、三百歳……ぐはっ!」
魔導士長が最後まで言い終わる前に、ルティアナの鉄拳が顔面にめり込む。
「女性の年齢を公衆の面前で言うなんて失礼だよ!」
プリプリ怒るルティアナに、フィオナは背筋をピンと伸ばすと、一礼をして名乗る。
「フィオナ・マーメルです!よろしくお願いします!」
「ウチの魔植物園は言っちゃなんだけど、第一級危険地区に指定されてるくらい、危険な植物でいっぱいだよ?それに仕事内容もキツイ。毎年新人が送られて来ては、一月持たずに辞めていく。そんな部署だけど、あんた本当にウチに来たいのかい?」
「はい!魔植物園で働くのは、小さい時からの夢だったんです!仕事がキツイのも覚悟の上です!よろしくお願いします!」
真剣な顔のフィオナを見て、ルティアナはにたりと口元を上げる。
「魔導士長に、室長様の方々。そういう事なんで、この子は貰っていくよ」
ルティアナは、フィオナの腕を掴み、風魔法で、フィオナを箒の後ろにかっさらうように引っ張り上げると、ふわりと浮かび上がる。
そして唖然と見上げる面々に、不敵な笑みを残して、あっという間に会場を去ったのだった。
会場であった王宮の中央の建物から飛び去ると、フィオナは、得意げに箒を宙で一回転させて、敷地の南へと向かう。広い王宮の敷地の一番南に、ぐるりと高い柵で囲まれた地区があり、その中にさらに高い塀で囲まれた温室のようなガラス張りの建物があった。
ルティアナはその塀で囲まれた温室の手前で降り立った。
塀の手前には三階建ての建物と、広いハーブ園、それから塀の中に比べると、だいぶ小さめな温室のような建物が立っている。
「着いたよ」
ルティアナは、塀の手前の建物の中に、フィオナを促す。建物のドアには、魔植物園管理棟と書かれていた。
中に入ると、そこにはカウンターがあり、その奥は、薬剤室になっている。
見た所、普通の薬局といった感じだ。
「ここが仕事場ですか」
フィオナが嬉しそうにきょろきょろと見渡していると、ルティアナが苦笑いする。
「まあ、ここも仕事場の一部だけど、メインの職場はこの奥だよ」
ルティアナは、薬剤室の奥の扉を開く。
扉の先は、何もない小さな部屋だった。フィオナが両手を広げたら、すぐ壁に手が届くほどの小さな部屋だ。
本当に何もない、周りが壁しかないその部屋の奥には、魔法陣が描かれた壁があった。
「フィオナ、ここが入口ね。あんたも通れるように、ちょっと血を貰うよ」
ルティアナは、フィオナの手を掴むと、小さなナイフでフィオナの手の平を、さっと切り裂く。
手を引っ込める隙もなく、気がついたら手の平を切られていたフィオナは、一拍遅れて声を出した。
「い、痛っ、何を!?」
「いいから、手の平を魔方陣にあてて」
ルティアナは、フィオナの手首を掴むと、壁に描かれた魔方陣に押し当てる。陣にべったりとフィオナの血をつけると、ブツブツと口の中で呪文を唱えて、魔力を流す。魔法陣が一瞬眩く光り、すぐに元に戻る。フィオナの血は跡形もなく消えていた。
ルティアナは、呆然と魔法陣を見ているフィオナの手を掴むと、回復魔法で素早く治していく。
大した傷ではないとはいえ、普通、治療魔法というのは、時間がかかるものなのだが、あっという間に治したルティアナを見て、驚愕する
そんなフィオナを気にするでもなく、ルティアナは魔方陣の書かれている壁に手を当てた。
「さあ、この先が魔植物園だよ」
ルティアナは、壁に手を当てて、ぐっと押すと、身体が壁の向こうへと消えた。
フィオナが唖然としていると、ルティアナの顔がにょきっと飛び出してくる。
「なにやってんの。早くきなよ」
フィオナは慌てて、同じように手を当てると、壁にぐっと力を込める。
思ったよりも、抵抗なく壁をすり抜けた為に、フィオナは反動で前のめりにたたらを踏んでしまった。
体制を崩して、地面に手をついたフィオナが、最初に気づいたのは、深い緑の匂いと、無数の鳥の鳴き声。まるで山の奥にいるような錯覚を受ける。
立ち上がり顔を上げると、そこはまさに、深い森の中だった。
目の前の景色に釘付けになるフィオナの後ろから、ルティアナの楽しげな声が響く。
「ようこそ、第一級危険地区『魔植物園』へ!」