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自販機で缶ジュースを買って、公園というには小さすぎる、地元の人でも見逃してしまいそうな広場にあるベンチに腰をかけた。
「・・・」
蝉の鳴く声がよく聞こえる。
「・・・」
誘った張本人が喋り出さない。
「えっと、坂本くん…なんの用なのかなぁ…?」
彼は寡黙キャラであったことを思い出し、話しかけてみることにした。
「神崎ってさ…寺の孫娘だって、言ってたよな」
重い口を開いて出された言葉は、何度も繰り返してきた”寺の孫娘”案件であった。
正直、そんなことに興味がなさそうなのに、坂本くんも子供なんだなぁ。と思うと同時に、少し残念な気持ちになった。
「そうだけど。なに?除霊とかそういう系の話? 家、本当にそういうの関係ない一般家庭だから無理だよ。お願いしたいって言われても、そう言うのも直接本人が連絡するのが…」
「違う、そう言う話じゃない」
いつものように言われるであろう内容を説明していると、静かな声で制止させられた。
「えっ」
「そうじゃないんだ…その…神崎は…寺の孫娘って聞いてて、大丈夫かと思ってたんだけど…ずっと一緒にいるみたいだし…」
今度は私が、坂本くんを制止させることになった。
「ちょっと待って待って! ずっと、一緒にって誰と!? えっ!?」
動揺する私をじっと見ながら、彼は呟いた。
「あの幽霊屋敷の霊と…」
ざぁと聞こえる木々の音がいつも心地良かったけど、今、耳に入ってくる音は、まるで私の心を表すように不安を掻き立てた。
「…幽霊屋敷の霊って…」
「てっきり視えてるもんだと思ってて…それに家に帰った後とか、何かするのかと…でも、今日、神崎のこと見たら、まだ一緒にいるし…」
心辺りはあった。
同じような夢を見るとか、体の違和感。…考えないようにしていただけ。
なんの力もない私だが、霊感が”0(ゼロ)”ではなく、微力ながらあるようで、不思議体験は数知れず。中途半端にあるものだから”姿が見えないのに感じる”と言う、より、恐怖を感じるだけの霊感なのである。
ちなみに両親共々、霊感は全くない。
隔世遺伝というほどの霊感でもないし、かと言って常日頃見えるワケではない。自衛本能みたいなものなので役に立つほどのものではなかったが、まさか、ついに憑かれてしまったのか。
「てか、坂本くんって視える人なの!?」
「…まぁ。うん」
「じゃ、じゃあさ、この人とのこと離れさせたり出来る!?」
「できない。俺ん家もフツーの家庭だし」
「だよねぇ…」
思わず前のめりになってしまったが、彼もまた一般家庭であった。
と言うか、私以外にそういう家の娘だの、孫だの聞いたことないので、同世代にはいないのだろう。
どうしよう。
おじいちゃんにお願いするワケにも行かない。
なんと言っても、肝試しに行ったとかバレたら、それはそれで面倒だし。
「な、なに?」
坂本くんがじっと見ているので、思わず聞くと
「バカにしないんだな…」
「へ? まぁ、なんの霊感もない私だけど、ダテに”寺の孫娘”をやってないよ」
「うん…そうなんだけどさ…」
坂本くんは嬉しそうにほくそ笑んだ。
「はぁ。でも、どうしよう。おじいちゃんにお願いするのは無理。そもそも県外だし、高校生の私には無理だし。
うーん。誰かに相談できる内容でもないし、かと言ってヘタなところには行けないし…」
ブツブツと言葉に出してはみるものの、答えは出ない。
「なぁ、神崎。 お前、後ろの人と喋ってみるか?」
「え、喋れるの!?」
「俺もそんなに力があるワケじゃないけど、たまに、こう触れ合うと、相手の力が強まって見えたりすることがあるらしい」
そう言いながら、腕を掴まれた。思ったよりゴツゴツしていて男子を感じてしまう。
「あ、ありがとう。試してみる…」
無駄にドキマギしながら、目を閉じて心を落ち着ける。
誰に教わったワケじゃないけどーーーそんな感じがしたから。
暗闇。じゃない、遠くに人の声が聞こえる。草木の揺れる音、そして、ぼんやりとした明かりの中に浮かび出てきたものは
「僕はーーーのことが好きです!返事を聞かせて下さい!
もちろん、すぐに返事が欲しいわけじゃなくて、その1週間後。また、ここで会ってくれませんか!?
その時に返事を聞かせて下さい!!!」
これは、夢で見た1シーン。
夢では、彼と正面に向き合っていたが、今は少し離れ、横からその光景を見ていた。
「待って!」
この言葉は私が言ったんじゃない。彼女が言ったんだ。
立ち去る男の人。立ちすくむ彼女。
何かに悩むような仕草があるものの、進むこともできずに、ただ、その背中は震えていた。
私は思い切って、彼女に近づいて、声をかけた。
「・・・あなたは、誰、なんですか?」
振り向いた彼女は、とても綺麗だった。肩下まで伸びる黒髮に大きな瞳。肌は白く、唇は桜の花のように淡く彩っている。
「私を、彼に会わせて下さい。どうかお願いです。会わせて下さい」
大きな瞳から涙を零しながら、そう訴える彼女の姿に胸を締め付けられた。
「彼って誰ですか? っ・・・」
そう聞いた時に、波に引き戻されるような浮遊感があり、ハッと気がつくと、目の前にシャツが見えた。
そのまま視線を上げる。
「坂本くん?」
隣にいたはずの坂本くんはいつの間に目の前にいて、私と目が合うと気まずそうに目をそらして、ごそごそとカバンをあさって、そして、ハンカチを出してきた。
「えっと・・・?」
意図がわからずに、受け取っていいのか考えていると、小さい声で
「涙…出てる…拭えば…」
そう言われ、はじめて涙を流していることに気がつく。
「あ、ありがとうっ」
不可効力とはいえ、泣き顔を人様に見られるというのは、なんだか気恥ずかしい。
そんなところもあって、遠慮なく涙を拭わせてもらった。
「…大丈夫か?」
ハンカチでグジュグジュに顔を覆いながら、私は、あることを決意した。
「大丈夫。私、決めたっ!
彼女が会いたがっている彼を見つけ出して、会わせてあげる!」
「えっ…」
なかなか見ることがない坂本くんの驚いた顔に思わず笑ってしまう。
「坂本くん、付き合ってくれるんでしょ?」