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鈴虫の声が聞こえる。
遠くに聞こえるのはお祭りの音だろうか。
「僕はーーーのことが好きです!返事を聞かせて下さい!
もちろん、すぐに返事が欲しいわけじゃなくて、その1週間後。また、ここで会ってくれませんか!?
その時に返事を聞かせて下さい!!!」
まるで映画のワンシーンように、学生服を着た彼は、私に告白をしている。
月明かりに照らされているとはいえ、薄暗い夜では彼の顔がよく見えない。
私がその返事をするのをあぐねている内に、彼はそのまま踵を返して、去っていってしまった。
「待って!」
目の前には映るのは天井…丸い照明。
私の部屋?
「何が”待って”なの? ほーらっ!もう起きないと遅刻するわよっ!今日は登校日でしょ!?」
ぼんやりとしたまま、母に全身を揺すられる。
布団の中にいると思うと、眠気が襲って来る。
「お母さん知らないわよ!?遅刻しても!!!」
揺り動かし、起こすことを諦めたのか、部屋から出ていった。
ふふん。私の粘り勝ち。
・・・数十分前にそう思った私を殴ってやりたい。
舗装されているが、所々に窪みやへこみのある道を全力で自転車を漕ぎまくって、なんとか、先生が教室に来る前に、席に着くことができたが、息も絶え絶え。
真夏日、とまではいかないが、暑いのは暑い。
クラーや扇風機などそんな文明の利器があるわけでもない学校で頼りになるのは窓から入る風のみである。
制服の襟やスカートをパタパタをはためかせて、熱気を取り払い、新鮮な空気を取り込む。幾分か涼しく感じる。
ふと、窓側を見ると坂本くんと目が合った。
普段はぼーっとしているような感じの彼だが、今日は、じっと見られているような気がした。
「ーーー以上。お前ら、夏休み後半もこのまま事故とか起こさないようになー」
号令のように先生が去ると、おしゃべりが開始され、帰宅の準備をはじめる。
みゆはこのあと部活だからと、挨拶も早々に大きなバック片手に去り、一美も午後から家族旅行に出るのだそうで慌てて帰っていった。
今日は珍しくひとりで帰宅だから、駄菓子屋に寄ろうかな。
慌てて帰るような予定も何もないので、のんびり寄り道する場所を考えながら、多くの生徒たちで溢れかえっている昇降口に向かうと、坂本くんが立っていた。背の高い彼は、一際目立つ存在である。
坂本くんはあまり”誰かと一緒にいる”というより”一人でのんびりしている”というイメージがあるので、誰かを待つように、壁に背を預けている姿は意外だ。
「坂本くん、またねー」
同じクラスメイトなのに、何も言わすに帰るほど冷たい人間ではないので声をかけてすれ違う。
として、肩を掴まれた。
「な、なに!?」
大きな声が出たのは許してもらいたい。突然、肩を掴まれて声を出さない人がいるななら、武芸の達人だと思う。
「……ちょっと、このあと、いいか?」
「別にいいけど…どうしたの?」
「あ、ここじゃなくて、ちょっと…人に聞かれると面倒だから…」
鼓動のドクドクという音が聞こえる、この胸の高鳴り・・・って違う違う、まださっきの驚きから落ち着いていないだけ。
でも・・・一瞬、朝に見た夢が過ぎる。いやいや、坂本くんがまさか告白するとか、ないない。私たちに接点なんて、今までなかったし、少女漫画のようなアクシンデントだって何もない。
でも…もし、そうだったら…確かに、人に聞かれると面倒だし、何より夏休み明けには全生徒が知ってそう……
「ーーーわかった。いいよ」
脳内会議の結果、坂本くんの誘いに乗ることにした。