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根岸アリアはお茶がしたい  作者: 原野伊瀬
捜査編
6/29

回想(1)

***


「名前は?」

「九野創介です。歳は16」


 もう今朝から何度も繰り返されたやり取りだ。考えるよりも先に答えが口をついていた。

 すると目の前の男性は片方の眉をつり上げ、なんとも言えない表情を浮かべた。はっきりとした目鼻立ちや眉間に刻まれた深いシワなど、まるで長年激流にさらされ続けた岩石を思わせる風貌だが、こうして見るとどことなく愛嬌がある。


「やれやれ、今朝から同じような質問攻めでうんざりといった顔だな」


 刑事さんの顔を観察していたら逆に自分の表情を指摘されておもわず戸惑う。


「え? そんな顔をしてました?」

「ああ、表情には出ていないがね」

〈表情に出ていないのに、何で分かるんだ?〉


 禅問答のような会話に創介の頭は軽く混乱した。

 今朝から強面の大人やカメラを構えた大人たちが家に大勢押しかけてきて大変だったが、ようやくその対応にも慣れてきたところだ。しかしそう思い込んでいたのは自分だけで、目の前の刑事は無自覚な感情の機微まで正確に見抜いていた。

 だが不思議と嫌な気はしなかった。

 箕輪警部補は今日会ったどの大人よりもいかつい顔をしていたが、その鋭い眼光の奥には深い知性と包み込むような優しさが感じられたからかもしれない。


「まぁ、お前さんみたいに若いのがこんな狭苦しい所にずっと閉じ込められていたら、そりゃ息も詰まらーな」


 箕輪警部補がグッと背中を伸ばすとパイプ椅子が軋んだ音をたてた。

 四畳半ほどのスペースに、インテリアはパイプ椅子が二組と簡素な事務テーブルが置かれただけだ。三方を囲む灰色の壁が余計に圧迫感を与えている。

 確かに快適空間とは言えなかったが、創介はあえて首を横に振った。


「いえ、TVカメラやリポーターが押し寄せて来ない分、いくらかマシです」


 玄関前はもちろん、植込みやカーテンの隙間から無理やりカメラやマイクをねじ込もうとする様は、さながらパニック映画に出てくるゾンビの群れのようだった。


「はは、違いねぇや」


 よほど創介の言い方が面白かったのか、無精ヒゲを生やした刑事の口元がわずかに綻んだ。だがすぐにそんな自分を戒めるように膝を叩いた。


「よし! お前さん、これが済んだらウチで飯を食ってくといい」

「はい?」


 何でいきなりそんな話になるのか、訳が分からない。

 創介の戸惑いをよそに箕輪警部補はもう決定したとばかりに話を進める。


「お互い朝からロクなもん口にしてないだろ? 男の料理で悪いが、育ち盛りなんだから食ってけ。それにウチにはお前さんと歳の近い娘が居てな……コイツがまた手の掛かるヤツなんだが、こんなオヤジと膝を突き合わせるよりは話が合うだろう」


 などと毒づいてはいるものの、『娘』と口にした時の声にはそれまでと違って強い優しさがにじみ出ていた。ひょっとしたら、難解な事件に臨む刑事の顔とは別に、案外子煩悩な一面があるのかもしれない。

 少なくとも今の創介にとって、家族を大事にしているというだけで信頼に足る人物だった。


「さて、そうと決まったら嫌な用事はさっさと済ませてしまおうか。お前さんにとっては辛い事を思い出させるが、幾つか質問をさせてくれ」


 箕輪警部補は再び刑事の顔に戻るとファイルに向き直った。創介も身構えるように背筋を正す。


「はい。昨日の夜、父が母を殺した時の状況ですね……?」


 そして創介は鍵穴から両親の死を目撃した奇妙な事件の事を話し始めた……。


***


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