第七話 お店巡り
楽しい拠点観光も終わりです。
小腹を満たした私たちは再び活気溢れるメインストリートへ繰り出しました。
まだまだ人通りは少なくなるどころか先ほどよりも多くなっているような気がしますね。
「まだまだ賑やかですね」
「そうだね~」
「他所だとそろそろ落ち着く頃だけど、ここは夜でもそこそこ賑わうわよ?」
「よいこはねる。わるいおとなはおさけをのむ」
さすが二十四時間営業の傭兵団の拠点ですね。
夜勤の方々もいますし、寝付けなかったりでお酒を飲みに夜の街へ繰り出す人も多いんだとか。
ここには歓楽街というのもあるようで、そこは繁盛しているとのことです。お酒の美味しさはいまだに分からないんですよね。
「んじゃあ~、どんどん行こー!」
ミティアーネさんの号令で次に向かったのは薬局でした。
効能が高かったり、取り扱いの難しいものは治療院の管轄になりますが、ここでは効能もお値段もお手軽なお薬が手に入ります。
値段が安いのはいいことなのでしょうが、効能はそれでいいんでしょうか?
そう思いつつも、植物由来のハンドクリームや化粧水など、女性にうれしい商品が売っていたので思わず買ってしまいました。
家事をするようになってから母共々手が荒れてきているんです。
さすがに家電があるといっても、今までが使用人ありきの生活で自分ではやりませんでしたから、肌が弱いんだと思います。
お母様はお母様で他のご婦人方から色々とご教授いただいてると思いますが、帰ったら商品を見せながら話をしようと思います。
続いて案内していただいたのは家具屋さん。
ここ【ネグラ】は元々鬱蒼と木々が生い茂る、樹海の一部を切り開いて建設されたそうです。現に畜産区画や農業区画の向こうには果てが見えないほどの広大な森が広がっています。
その森の木を使った家具は耐久性があって職人さん曰く、百年は使えるとのこと。
他には、ペンたてとインク壺置きが一緒になっている文具用品や、動物や花などを象った木彫りの置物など、様々な木の製品が並んでいます。
なんで鮭を咥えた熊の置物があるのでしょうか?
「だんちょーのしゅみ?」
「何かしらこだわりがあったみたいよ?」
「かわい~よね~」
店の裏手には工房もあって、オーダーメイドにも対応しているとのこと。
でも、小物類はともかく家具の注文は今のところ考えられませんね。
今使わせていただいている家に最初から置いてある家具は一通り揃っていまして、普段使いには十分すぎるほどですから。
でも、いつかはオーダーメイドというものをしてみたいですね。
次に向かったのは、本屋さんでした。
本当に色々あるんですねぇ。
こちらの世界で本と言えば活字です。たまに挿し絵もありますが、基本は文字だけですね。絵が多用されるのは幼児向けの絵本くらいですね。
棚を見ますと、カテゴリーごとに本が並んでいます。絵本から始まり、大衆向けの冒険もの、恋愛ものなどがあって、学術書に様々な職業の入門書などなど、学校の図書室や王都の本屋でもみかけたことのあるものから、他国のもの、さらには見たことのない文字で書かれたものもあります。
これだけの量をどうやって集めたんでしょうか? やっぱり商人さんたちに協力していただいたんですかね?
「そうね。色々と声をかけて集めたみたいよ。でも、あまり売れてないみたい」
「じゅよー、と、きょにゅー?」
「需要と、供給ですか?」
「そう」
「も~、はやくいこーよー。アタシ本嫌い~」
店内には人が二人くらいしかおらず、かなり小声で喋っていても聞こえてしまいそうです。
エムリンさん、言い間違えてますよ。
ミティアーネさんはあれでしょうか、本を見ると寝てしまうタイプの方ですか?
ああ、そういえばここ数年、妃教育で忙しくて物語を読んでいませんでした。
また、鼓動が激しく。
「そういえば、マリアルイーゼさんはどういう本がお好み?」
「……え? あ、私は、そうですね。あまり過激ではない、冒険ものなどでしょうか」
「なら、このあたりのものは読んだことある? あと、これなどオススメね。イェンダリア語は読める?」
キャナルさんが指し示したのは、まだ私が読んだことのないものでした。小さな少年の、ささやかな冒険譚。小さな女の子が魔法使いと出会って成長していくもの。不思議な動物と行く珍道中。どれもが心穏やかに読めるような内容でした。
イェンダリア語は、読めませんね。翻訳したものは、さすがにありませんよね。
「ありがとうございます。そうですね……これなどおもしろそうですね」
「ああ、それいいわね。ならこの作家の他の本を私が持っているから、これが気に入ったなら貸すわよ?」
「いいんですか?」
「もちろん」
また、誰かと本のことで話せたり、貸し借りができることになるとは。キャナルさんには感謝です。
「エムリ~ン、本なんかよんで楽しいの~?」
「たのしいのもあれば、そうじゃないのもある。でも、きょーよーのないおとなにはなりたくないから、よむ」
「アタシを見て言ってる?」
「…………」
「なんとか言ってよ~!?」
暇そうにしていたお二人の掛け合いが面白かったのですが、店主さんから睨まれてしまいました。
気まずくなってしまったので慌ててお店から出ました。だって、店主さんは外国のラグビー選手みたいに大きな体で怖かったんです。
お店から少し離れた所で皆して一斉に息を吐き出しました。それがなんだか可笑しくて、四人でクスクスと笑ってしまいました。
後日、キャナルさんが持っている本を貸してくれることになり、お家に遊びに行く約束ができました。
四人で連れだって、今度は装飾品屋さんに来ました。
ここ【ネグラ】は今日見て回っただけでも女性向けのお店や商品、サービスなどが多くありましたが、ここもその内の一つですね。
店の軒先にはシンプルな造りのネックレスや指輪などが並べられていまして、そういったアクセサリーを見て楽しそうにはしゃぐ女性たちで賑わっています。
「ここのお店は質がよくてデザインも中々のものが揃っているのよ。さすがに宝石の類いは使っていないけど、その分お手軽なの」
キャナルさんの言うように、並んでいる商品は貴族向けでも通用するような物が多い割に値段が安く、種類も豊富です。
指輪に腕輪、髪飾り、ネックレスとみにつけるものから、櫛や手鏡といった小物まであります。
あ、これかわいいですね。
「マリアルイーゼさんの髪、長くてとても綺麗だから櫛は必須よね」
「頭洗うの大変そ~」
「ん、たいへん」
私の髪は腰ほどまで伸ばしています。
私のいた国では女性は髪が長いもの、という風潮でして、お母様もそうですが皆が髪を長く伸ばしていました。
何故だか理由はしりません。前世でも髪は長かったのでそういうものだと思っていましたから。
ただ美容院に行くのが苦手だっただけですが。あのキラキラした店内は、私のような人間にはハードルが高くて。
私の髪の長さを言及したキャナルさんは肩ほどまでの長さで、ミティアーネさんは男の子の様に短く、エムリンさんは二人の中間くらいで、拠点にいる女性人も短めな方が多いですね。
日常的に体を動かすので、長すぎる髪は鬱陶しい。そういう実用的な理由だそうです。
「結い上げたりしないの?」
「そうですねぇ。お料理したりするときは紐でくくりますけど、それ以外ではこのままです。もうずっとこれで通してきましたから」
エルトさんから手触りのいいリボンをいただいて、朝食の支度をしているときはうなじの所で結んでいます。
そういえば、あの材質は何なんでしょうね。あとで聞いてみましょう。
「かみどめ、にあいそうだけど、ちょっともったいない」
「なにが~?」
「やすいのつけると、まける」
「まけちゃうんですか!?」
い、いつのまに勝負になっていたんでしょうか。
「ふふ、髪が綺麗だから、デザイン含めて質の高いものでもないと、アクセサリーのほうが見劣りしちゃうってことでしょ?」
「ん」
そ、そうでしょうか。
私よりもエムリンさんの方がきめ細やかで綺麗だと思うのですが?
「ありがと」
エ、エムリンさんの笑顔が可愛い!
あ、ど、どうしましょう。カ、カメラはありませんか!
「マリア、落ち着いて~!」
あ、店内の視線が……。
すいません。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、もうそろそろ帰宅しなくてはなりません。
時刻は夕方、日が沈む頃。
街は夕焼けに染まっています。
夕方に帰宅しないといけない、と聞くとまるで子供のようですが、バカにしてはいけません。
この世界では、朝は日が昇る頃に起きるのが普通です。そのため、就寝も早いのです。日付が変わるくらいまで起きているなど言語道断。
「じゃ~、アタシ、エムリン送ってくるね~」
「またね」
ミティアーネさんがエムリンさんと手を繋いで帰宅していきます。
エムリンさんが手を振ったので、私も手を振って答えます。
彼女たちと私たちは住む区画が違います。お二人とも商業区画、つまり商店街ですね。
メインストリートから脇道に入ると住宅街があります。大きなお店の経営者はそちらに自宅を構え、中小のお店を営んでいる方は一階がお店で二階が住居といった建物に住んでいます。
ミティアーネさんも、リリアーデカフェの二階に姉妹で住んでいるそうで。エムリンさんはと言えば、お祖父さんが小さな鍛冶屋さんを営んでいて、一緒に住んでいるそうです。
お二人を見送り、私とキャナルさんは一緒に歩き出します。
向かうのは住宅街がある居住区のちょっと奥、元貴族の方々が集まる区画です。
私もそうですが、キャナルさんも元貴族で、実はご近所さんでした。
「マリアルイーゼさん、今日は楽しかった?」
「はい、とっても。今日はありがとうございました」
「いいのよ別に。私もいい気分転換になったし。最近ちょっと忙しかったから」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ」
二人で他愛もない話をしながら街を歩きます。
数時間前はお祭りのように人で溢れていた街は徐々に活気を失いつつあります。終業間際の売り尽くし半額セール合戦も終わり、どのお店も閉店作業を始めていますし、商人さんや他の場所から来た方々も宿屋に入っていきます。
少し、寂しいですね。
「そういえば、マリアルイーゼさんは魔法を扱えるって話を聞いたけど」
「そう、ですね。ただ、色々と忙しくなってしまって練習も中途半端なままで……」
王妃教育が始まってからは本当に忙しくて、覚えることが多くて大変でした。
そんな生活の中で魔法の練習ができるような器用さはありませんでした。
「もし勉強しなおしたいと思うのなら、団長に相談した方がいいわ。あの人、そういったお願いは軽く請け負ってくれるし、きちんと対応してくれるから」
「でも、いいんでしょうか? 命を救っていただいただけでも……」
「はい、それ、ダメ」
「え?」
私の言葉を遮ったキャナルさんの表情は、ダメと言ったにも関わらず、柔らかい笑顔でした。
「あなたが助けてもらったことに恩を感じるのはいいの。でもね、それを重く見すぎてもいけないの」
どういうことでしょうか。
命の恩人に対して、失礼になりませんか?
「マリアルイーゼさんは一つの事柄を大きく、重く捉えているように私は感じられるの」
「大きく……重く」
「そう。こう言ってはなんだけど、団長が動いたのは結局の所、依頼が持ち込まれたからよ。あの人は理不尽な扱いを受ける人には対応が甘いの。あなたと、あなたの家族の救助をしたのは、団長のそういった気質と合致したから」
依頼が、あったから。
それでも、こうして家族と一緒に過ごせるように手配してもらえたのに。
それに対して、感謝するのは、いけないことですか?
「程度の問題ってこと。団長からしてみれば、そうやって各地で色々な人を手助けするのはただ好き勝手した結果で、悪く言えば自己満足に過ぎないわ」
好き勝手。自己満足。
「ごめんなさい、言葉が悪すぎたわ。うちの団長はね、皆で仲良く、馬鹿話しながら笑って暮らしたいってよく言うのよ。だから、私を含めて関わった人には穏やかで平和な暮らしをしてほしいと思ってるの」
平和な、暮らし。
それは、誰もが思うことです。誰だって、悲しくて、痛くて、辛い思いはしたくないですし。
「だから、あなたが恩を少しでも返したいと思うなら、ここで一人の人間として、幸せになるのが一番なのよ」
一人の、人間として。
ただの、マリアルイーゼとして、幸せになるのが、恩返しに?
「だからね、マリアルイーゼさん」
キャナルさんは私を、優しく抱き締めてくれました。
「もっと肩の力を抜いていいの。すぐに生き方を変えるのは難しいし、どうしていいか分からないと思う。でもね、ここには私たちがいる。あなたと同じように理不尽な出来事で以前の生活を捨てた人間が。
だから、何かあったら気軽に相談して? 友達なんだから」
ね? とキャナルさん。
「あ、ありがとう、ございます……」
「ふふ、友達なら、もうちょっと砕けた言葉でいいわ。私も、そうしたいから。ね、マリア」
「あり、がとう。キャナル……さん」
顔が熱いのが自分でもわかります。
だって、こんな口調で話すのなんて、初めてなんですから。
「ふふ、そう、その調子! ゆっくり、少しずつやっていきましょう」
「は……うん」
キャナル……さん、は嬉しそうに笑ってくれました。
その後、私たちは手を繋いだまま、家路に着きました。