第六話 休憩
めっちゃ短いです。
太陽が中天を過ぎて、ちょうど小腹が空く時間になり、私たちはメインストリートにある喫茶店へ立ち寄りました。
店内はお客さんで賑わっておりましたが、ちょうど四人で座れる席が空いていましてそこに落ち着きます。
「ふぅ」
席に座った途端思わず息を吐いて脱力してしまいました。
服を着るのって、結構重労働なんですね……。
「アハハ、マリア疲れちゃった?」
「ごめんなさいね。思った以上にマリアルイーゼさんがどれも似合うから、つい」
「ごくろうさまでした」
キャナルさんとミティアーネさんはすごく笑顔です。
あれからジェシカさんも含めて三人からあれもこれもと着せ替えられました。お三方とも、ちょっと目が怖くて断れる雰囲気ではなくて。
エムリンさんは終始同情的でした。どうしてかと言うと、私と同じような経験があったのだそうです。
今こうして休憩できるのは彼女のお陰です。エムリンさんの「おなかへった」の一言でファッションショーはお開きになったのです。
ファッションショーは疲れましたが、とてもいい買い物ができたので嬉しい限りです。
今や貴族ではない平民な私たちには、今までのように使用人の方々に色々と手伝ってもらえる環境ではありません。とはいえ、いきなりあれもこれもできるはずはなく、私たちのような元貴族の団員のためにサポートしていただける人たちもいます。
元はとある貴族の使用人だったのですが、団員としてスカウトされたそうです。
家ではお父様を筆頭に男性陣はあまり気にしていませんが、生粋の貴族であるお母様のことが最初は心配でした。なにせ自分で炊事洗濯をしたことがありませんし、今まで当たり前だったことが必要最低限の手助けのみで、自分だけでやらなければならないのですから。
杞憂でしたけど。
だって、魔道具という名の白物家電がそろっているんですから。
台所にはクッキングヒーターやミキサーなどがあって、洗濯機は乾燥機能までついてますし、ドライヤーまであるんですよ!
ドライヤーだけでも広めていて欲しかったというのは、言ってはいけないことでしょうか……。
それはそれとして、魔道具の扱い方を説明書片手に実践するお母様は、
「マリア、洗濯をしてみたのだけど見てちょうだい!」
「マリア、包丁とはこう扱うの?」
「あら、こうすると汚れがおちるのね!」
毎日、新しいことに挑戦していて、とても溌剌としています。
同じ境遇の先輩たちもとてもよくしてくれます。自分達も最初は困ったものだ、と言って色々とアドバイスをしてくれたり、丁寧に指導してくれたりと。
あと、私の夢の一つである母と一緒に家事をする、というのも叶いましたね。
そんな新生活でしたが、ここに来てまた夢というよりも願望が叶いました。
軽くて丈夫で着やすい服が手に入りました。いえ、それも重要なのですが、その、前世と同じような下着も買えるとは思ってもいませんでしたので。
こちらでは水着のような一体型で、伸縮性があまりなく、着心地という点ではあまりよくありませんでした。
ゴムって偉大だったんですね。
ただ、製作はジェシカさんたち服飾を専門とした方々だったのですが、発案者がエルトさんと聞いて、こちらとしてはありがたいのですが、少々複雑な気持ちでした。下着コーナーには透けた生地のものもありましたから……殿方はやっぱりああいうのがいいのでしょうか?
ま、まぁそれはともかく。
歓迎祝いとして割引していただいて、買った品物は家に宅配していただけるというのでお願いしました。なので今は手ぶらです。
「つかれたときはあまいもの」
「そーそー、ここっておいしーのが揃ってるから、ささ、メニューみて」
あ、すごいですね。ホットケーキに、ショートケーキを始めとしたフルーツ系のケーキ類。シュークリームもあるんですね。あとは、え? 大福? 小豆あるんですか? どら焼きも? アイスまで……。
「ここの商品は団長がかなり厳しく監督しているの。それだけあってとてもおいしいの」
「あの人も訳が分からないよね~。普通、傭兵団のリーダーがあまいものに必死になる~?」
「おいしいの、すき」
「同感だけれど、あの人のやることだからね」
「そ~だね、団長だからねぇ~」
「ん、それでかいけつ」
エルトさん……。
な、なんというか、自由に生きていますね。その恩恵を受けている私が言ってはいけないのでしょうけれど。
「マリアはなににする~? アタシのオススメはこれと~、これと~、あとこれかな~」
「それ、あなたが食べたいだけでしょ?」
「エヘヘ~」
ミティアーネさんがそういうのもわかりますね。これだけ種類が豊富だと目移りしてしまいます。特に甘味は。
砂糖も蜂蜜もあるのですが、お菓子に使われる量は少ないのです。
普段はそうでもないのですが、やはり時たまホイップクリームやこし餡などが無性に食べたくなってしまいます。
ああ、こんなにたくさん。
洋菓子もいいのですが、和菓子も捨てがたいですね。
「マリアルイーゼさん、すごい真剣に悩んでるわね」
「全部おいし~んだから、そりゃそうだよ~」
「わたしこれ」
シュークリーム、カスタードクリームとホイップクリームがありますね。あ、両方入ってるのも! ワッフル、これもいいですね。クレープまであるんですか! あ、すごい、羊羮もある。さすがに抹茶味はありませんよね。葛饅頭、それもいいですね。
「ああ、迷ってしまいます」
「やっぱりそーなるよねー」
「ふふっ、じゃあ皆で別々のものを頼んで、シェアしましょう。そうすれば色々と楽しめるわ」
「わたしきまった。はやく」
急かされてしまいました。
どれもこれも魅力的で食べたいのですが、また来店すればいいということで早速注文です。
エムリンさんは最近お気に入りのつぶ餡のジャンボどら焼き。
ミティアーネさんは二種類のクリームのシュークリーム。
キャナルさんはホイップクリームのワッフル。
私は悩んだ末、苺に似た果物を使ったフルセ大福にしました。
楽しくお喋りしながら、もはや懐かしいともいえる甘味を食べて、ちょっと濃い目のお茶で喉を潤します。
今、私は夢を見ているのでしょうか?
これは、私が望みつつも決して叶うことがなかった光景です。
前世では高校の同級生たちが華やかな、それこそドラマの登場人物のように放課後を楽しんでいました。
友人同士で教室でお喋りに興じたり、帰り道でどこに寄っていこうかと相談したり、アルバイトのために急いで帰ったり。
学校から出て、喫茶店に入ったり、ゲームセンターに行ったり、友人の家に遊びに行ったり。
事務的なことならともかく、人とコミュニケーションをとることがうまくできなかった私はいつも一人で、勉強漬けの毎日を送っていました。帰り道で学生たちが遊んでいる光景を遠くから眺めるだけで、決して自分から踏み込むことができない臆病な自分。
話せば相手を不快にさせてしまう。ネクラ、ガリ勉、キモ子。そう呼ばれているのは知っていました。そんな自分が嫌いで、でも変えようともしないし思わない卑怯な子。
そんな私が、こうして穏やかなティータイムを楽しんでいるのは、いけないことでしょうか?
「マリア~これもおいしいよ~。食べてみて~」
「こっちのほうがマリアルイーゼさんの好みじゃないかしら? 甘さ控えめでおいしいわ」
「つぶあんこそしこう」
エムリンさん、こし餡こそが最強なんですよ。