第四十七話 女子会に拉致られたんだが② バレン
「はーい、二名様ごらいて~ん」
酒場で酒を飲んでいたら拉致られた。
どういうことだ!?
何がどうなっている!?
「お邪魔しますよ」
「あら、御爺様?」
「一杯楽しんでいたら急に人さらいが現れましてね。なにかあったら困りますから一緒に来ました」
「そうだったんですね」
おいゴラァ! なに家族の団欒してやがんだ! 助けろ!
助祭の嬢ちゃんも笑顔でジジィの席用意してんじゃねぇ!
俺の席はどこだ!? ってか縄を解け! 猿轡を外せ! 俺は無実だ!?
「とっつぁんうるさいよ~」
「大人しくすりゃ片腕だけですむさね」
「それとも焼く、煮る、焦げるの三点盛り合わせがいいですか?」
怖い! ここの女ども怖い!
ジジィ助けろぉっ!
「それで? なぜこんな事をしたのですか?」
「はい司祭様、お酒とツマミです」
「おお、ありがとう」
和んでんじゃねぇ! 俺を解放しろ! そんでその旨そうな酒とツマミを食わせろ!
ふぅ、えらい目にあったぜ。
ようやく解放された俺は、ようやく現状把握ができた。
酒場で調子よく飲んでいたら、酔って昔の事をベラベラ喋っちまって、ジジィに詳細を聞かれて酔いが醒め、そうしたらミティアーネ、ベラ、フェデリアの三人に拉致られて女衆の溜まり場のリリアーデカフェにまで運ばれた。
ご丁寧に関節をキメられて縄で簀巻きにされた挙句、猿轡までされてなぁっ!
ここの治安はどうなってやがる!?
「あら、何やら睨まれているような気がするのは何故かしら?」
終わった。
治安を守る連中のトップの連れ合いが関わっている時点で終わってる。
「んで? なんで俺が拉致られたんだ?」
大人しく俺とジジィ用に作られた席に座って景気づけに酒でもと思ったが、女衆が好むようなジュース感覚の弱い酒しかないことに絶望した。
店主のリリアーデの嬢ちゃんを見れば、
「なにか?」
威圧される始末だ。
なんでここの女衆は圧がすげぇんだ?
とりあえず酒は諦めて……さっさと切り上げて飲みなおした方がよさそうだ。
「何度も聞くが、こりゃどういった訳で、誰が俺を拉致った? なにがしたいんだ?」
見渡せば、戦闘員から非戦闘員に至るまで多種多様。
仲が良いねぇ。
「んん。さて、では本題に入りましょうか」
立ち上がって話を進めようとするのは副長の連れ合いか。
なんで上の方の関係者が揃ってやがんだ。
「バレン、率直に聞きますが、マレアさんという方の名に、聞き覚えは?」
……どうなってやがる?
なんでこいつらがマレアの嬢ちゃんを知ってやがる?
誰から漏れた?
「おい、どうしてそんな事を聞く?」
「質問に質問で──」
「重要な事だ。何故知っている? 誰から聞いた?」
副長の連れ合いが澄ました顔で何やら言いかけたが、そんな事はどうでもいい。
これは重要なことだ。
思わず出た俺の怒りの気配を敏感に感じ取って戦闘を生業にする女衆が構える。
普段の俺なら尻込みするが、こればっかりは話が違う。
「答えろ。まずはそれからだ」
女衆を睨みつければ、青筋を浮かべて短剣やら何やら、持ち運びに便利な武器を抜き放つ女衆。
俺は【獅子の咆哮】でも下っ端だし、何より舐められている存在。そんな格下に睨まれて女衆が怒るのも分かるが、これだけは譲れない。
「……あの、わ、私が」
一触即発の店内に、聞きなれない小さい声が聞こえる。
「すいません。私が、その、マレアさんという方の、えっと、名前の書かれた手帳を、ですね」
見れば、貴族みてぇな綺麗な姉ちゃんが半泣きで、片手を上げて喋っていた。
こいつは……。
「アンタ、確かエルトんとこで、あの泥みたいなののスープ作ってるやつか」
「ど、どろ……お味噌です」
「何でもいいって」
エルトのあのゲテモノ好きはどうもなぁ。
んなこたぁどうでもいい。
「どういうことだ嬢ちゃん」
「バレン、あまり粗相をするなら」
ああったく!
茶々入れんな!
「まぁまぁ皆落ち着いて。まずは冷静に」
苛立つ俺の方に手を置いて、場を宥めるのは司祭のジジィ。
「まず、私にも分かるよう、最初から順を追って説明してもらえますかな?」
さすがに司祭のジジィ相手には喧嘩腰にならないらしく、女衆が武器を収めつつ座りなおす。
俺も剣呑な雰囲気を収めて座りなおし、汗が噴き出す。
怖ぇぇぇぇぇ! 普通武器を抜くか!?
心臓が早鐘みたいにうるさい俺を差し置いて、ひとまず泥水嬢ちゃんからの事情説明が始まる。
なるほど。
マレアの嬢ちゃんの手帳がねぇ。
あの馬鹿あんな大事なモンをそこらにほっぽりだしてんじゃねぇよ!
形見だろうが!
「……なるほど。つまり団長に好意を抱くマレア嬢のことが皆気になって、知っていそうな人間がバレンだと当たりをつけて連れてきたと」
言い方ぁっ!
拉致だろ!
「私もそのマレア嬢を知りません。ただ、先ほどの酒場でちょうどバレンからマレア嬢の名を聞きましたから、知ってはいるのでしょう」
そうジジィが締めくくれば、全員の視線が俺に来た。
思い切り溜息を吐き出す。
まさかマレア嬢ちゃんがなぁ……。
いや、まぁ、そうだと知ってはいたがなぁ。
まさかこんな事になるなんてなぁ。
「で、バレン。そのマレアさんの情報は?」
副長の連れ合いがそう聞いてくるが……。
「一つ、ここに居る全員に言っておくぞ。こいつはそう気軽に話せるモンじゃねぇ」
「ふざけてるの?」
「……ふざけてねぇよ」
くそが。
事情を知らねぇ奴らが好き勝手言いやがって。
「マレアの嬢ちゃんのことは、下手すればエルトの怒りに触れるぞ」
「団長の?」
「ああ。迂闊に漏れて、下手な扱いをすればアイツを本気で敵に回すぞ。冗談だとか脅しじゃねぇ。エルトにとってマレア嬢ちゃんの事は……とにかく! エルトを怒らせたくなけりゃ忘れろ! お前らだって命は惜しいだろ? はい解散!」
誰も動かねぇ!
「バレン、ここまで来て黙秘はなしですわ」
戦士長の連れ合いか。
宝石みたいな紅い眼が、俺をジッと見つめていやがる。
「話しなさい」
「無理だね。下手すりゃ俺が殺される」
「そんなことなら話しなさい」
こいつら……っ!
「お願いします。教えて下さい」
泥水嬢ちゃんも可愛い顔して俺の事なんざどうでもいいってか?
「責任は私がとります」
副長の連れ合いはなんでそんな自信たっぷりなんだよ。
はぁ……。
どんなに言っても解放する気はなさそうだしなぁ。
エルトよぉ。
お前さんのミスだからな。
しっかり管理しとけばこんな事にはならなかったんだからな。
恨むなよぉ……。
「分かったよ。言うよ言えば良いんだろ。ただし、それでエルトから制裁が来ても恨むなよ? それだけ覚悟しとけ」
折れれば、女衆は満足げに頷いたりしてやがる。
知らないってことは怖いねぇ。
ひとまず話を始める前に強い酒を頼む。
素面で話せるかよ、こんな話。




