第四十三話 衝撃的な出来事
『エルト、大好きだよ』
それは、久しく見ていなかった、日本語でした。
恐らく女性のもののようで、可愛らしい感じのする丸みのある文字です。
手帳を手に取れば、それは一枚のなめした革に何枚かのわら半紙のような荒い手触りの紙を載せて二つ折りし、糸で無理やり本の形にしたもので。
所々傷があったり、欠けていたり、随分と使いこまれています。
私が表紙だと思っていたのはどうやら裏表紙だったようで、その文字が書かれていたのは最後のページでした。
表紙の方を見れば、やはり日本語でこう書かれていました。
『マレアさんの知識チートメモ18』
知識……チート?
チートとはなんでしょうか?
確か、たいまつのような……それはトーチでしたか。
これを書いたのは、マレアさん? 女性でしょうか?
何故、エルトさんの家にこのようなものがあるのでしょう? これがマレアさんという人が書いたものならば、マレアさんが持っているのが普通のはずです。
こんな、こ、告白を記しているのに、その本人に見せるなんて、恥ずかしいです。
マレアさんは、エルトさんのことが好き。
不意に、息がしづらくなります。
エルトさんの隣に、見ず知らずの女性がいて、仲睦まじいように……まるで恋人のように寄り添う姿が思い浮かべたら、なんでしょう? なんで、こんな気持ちに……?
気持ち?
今、私は、どんな気持ちだと言うのでしょう?
エルトさんが、他の女性と一緒にいることを想像して……っ!
……苦しい。
なんで、こんなに、胸が苦しいの?
なんで、こんなに、悲しいの?
エルトさんくらい素敵な人なら、恋人がいても……。
いても……っ!
何故? どうして?
エルトさんが……エルトさんが?
私は、エルトさんが他の人と一緒にいるのが嫌?
どういうこと?
じゃあ、私がエルトさんの隣にいたら?
エルトさんが、隣にいてくれて。
一緒にいてくれて。
朝、私が起こして上げて、朝御飯を一緒に食べて、お仕事に送り出して……。
心臓がドキドキしてくる。
でも、嫌じゃない。
暖かい。いえ、熱い。顔が、すごく熱い。
「お~い、マリアルイーゼ」
「ひゃ」
いきなり声をかけられて驚いたのと、頬を押さえていたせいで変な声が出てしまいました。
「へ、へうおはう」
「あ? どしたいきなり。ん? 顔が赤いぞ」
「────!?」
そんなに顔が赤いのでしょうか?
確かに熱いですが。
ジュースをテーブルに置いたエルトさんが私を見つめつつ側へと近寄って来て──。
さらに顔が熱くなって──。
「その手帳は」
「あ……」
血の気が、引いていきました。
あれだけ熱かったのに、冷たい風にさらされたように冷えていきます。
この、今持っている手帳は、エルトさんの──いえ、マレアさんの私物です。
何故エルトさんが持っているのか理由は分かりませんが、他人の私が許可も得ずに軽々しく手にとっていいものではありません。ましてや、勝手に内容を閲覧するなんて。
──嫌われた。
そう思った瞬間、私は駆け出してしまいました。
「ご、ごめんなさい!」
反射的に謝って、それでも足は止まることなく、散らかったものを蹴散らして、痛みも無視して、私は逃げ出したのです。
「おい!? マリアルイーゼ!」
エルトさんの声を背に受けても、止まることなく。




