第四十二話 相談しましたが……。
「どうしたんですか、この散らかりようは……?」
先ほどまで考え事をしながら歩いていた私は、フーちゃんの突撃によって我に返った後、エルトさんに声をかけられたことで一旦エルトさんの家にお邪魔しました。
私が悩みに心を傾けていたせいでエルトさんは寝坊してしまい、お仕事に遅刻してしまったのです。
いつもならば起こして差し上げて、仕事に送り出すのが私のお仕事のはずなのですが、それをしなかったのです。
そのことを謝罪するべく、お邪魔したのですが……。
リビングが、物で溢れかえっていました。
「お掃除、しましたよね?」
一瞬、私がお掃除すら放棄したのかと思いました。
ですが、元々エルトさんはずぼらを自称していますが最低限の整理整頓はしていたので、失礼な言い方ですがそこまで汚いお家ではありませんでした。
なので、ここまで物が溢れているということは、エルトさんが散らかしたということでしょうか?
「いやー、そろそろ収穫祭の時期だからなー。その時に必要なやつをだそうとしたら見つかんなくて」
苦笑しながらエルトさんがビンのジュースを用意しつつテーブルへと誘いました。
言ってくれればお茶をいれますのに。
「んで、さ」
「はい」
「なんか、悩んでんだろ?」
……やっぱり、分かり易いのでしょうね。
「そう、見えますか?」
「まーな。ってか、ディクスランパートが去り際になんか言ってから、上の空っつーかぼんやりっつーか、様子がおかしくなったみてーだし」
やはり、内容までは聞こえなかったようです。
「あいつに何言われたか知らねぇ。けど、それがお前の負担になってるみてぇだから……嫌な事言われたんか?」
嫌な事……嫌な事?
これは、嫌な事なのでしょうか?
「ん~、と。言い方が悪かったか? 嫌っつーかあんまり進んで関わりあいたくないっつーか? なんていえばいいか……」
進んで関わりあいたくない。
ええ、そういわれると、そうですね。
「まぁ、なんだ。あんまり自分だけで抱え込んで、答えが出ないんなら周りに相談しちまえよ」
……。
「相談……しても、いいのでしょうか」
分かりません。
私には分からないのです。
友人に対して、どのくらいの範囲でなら相談していいのか。
「しちまってもいいんじゃね? キャナルとかなら意外と重い話だったり小難しい話でもそれなりに対応できるし、アトルシャンとかもいけるか? ミティアーネはやめとけ? あいつ悩むくらいならスルーするってタイプだから」
やっぱり、キャナルになら、してもいいのでしょうか。
彼女なら私とは違って高度な政治的案件も処理できそうですし。
でも……。
「まぁ、何かその表情を見る限りだと、かなりヤバい案件なのか?」
エルトさんは、頬杖をつきながら、まるで何でもない様にそう問いかけてきました。
ヤバい。そうですね。ヤバいです。
「……」
でも、その質問を肯定することも否定することも、私は出来ませんでした。
どう反応すればいいのか、どうするのが正解なのか、分からないのです。
「あ~」
私が反応しないからか、エルトさんが溜息を吐きながら頭をかいてしまいました。
その行動に、驚いて体を震わせてしまいました。
「んん。すまんな、怖がらせるつもりはねぇんだが……」
「……いえ」
「何をそんなに恐れてるんだ?」
声音が、変わりました。
思わず顔を上げれば、真面目な顔のエルトさんが。
「勘違いじゃなければ、お前は言われた事よりもそれを漏らす事、漏れた後に起こる騒動の事を怖がってるように思えるんだが、どうだ?」
その通りです。
「……まさか、それで俺らに、【獅子の咆哮】に迷惑がかるとか、思ってないよな?」
……その通りです。
「……ばっかだなぁ」
ひどい言われようです。
「いや、言葉は悪いがな? 今更? って感じなんだよ俺からしてみれば」
「今更、ですか?」
「うん。まぁ、な。つか、分かってると思ったんだがなぁ」
分かってる、ですか?
私は、何か見落としているんでしょうか?
「……お前、王妃教育って受けてたんだろ?」
「はい」
「そこには、国にとって外に漏らされたらまずい内容も含まれてるだろ? 政治的なこともそうだし、城の内部構造やら警備体制やら」
「あ……」
そうです。
罪人にされたあの一件が強烈すぎて、すっかり頭から抜け落ちていました。
実際、教育を受けている最中にも何度も言われていました。
王族やその伴侶は歩く国家機密ともいうべき存在であり、その情報の一片ですら漏れてしまえば国家存亡に直結する危険性があると。
「まぁ、他の連中だって似たようなもんだ。色々とバラしちゃいけねぇような機密を抱えてる。でもな、だからこそ情報の取り扱いの重要性は身に染みて分かってる」
そう、ですよね。
「最初に、言いふらしちゃいけないとでも言っとけばいいさ。そうすりゃ皆分かってくれる。まぁ、今回の場合、ディクスランパートが関わってるから余計にな」
それですと、皆さんの負担になるのではないでしょうか?
帝国が関わっているのですから。
「んなもの今更ってやつだ。ここにいるやつらは世界中から集まってるんだ。帝国だけじゃなくて、教国に睨まれてる奴もいれば、皇国とか軍事国家とか、いろんな場所を追い出された奴らが集まってる。お前さんらの一家だけじゃねぇ。皆、同じような身の上なんだ」
……教国、ですか。
女神教の総本山で、教皇が国主として治めているという国ですね。
軍事国家というのも、帝国とはまた別の意味で他国を侵略して領土を拡大しているという国で、皇国とは王が絶対的な権力を誇る絶対君主制を敷いている国ですね。
帝国以外は遠い国なので概要くらいしか知識としてはありません。
帝国の向こう側の国ですし。
「ま、そんなことだから、あんまり悩むな。むしろ、情報共有ってやつだと思えばいい。あんまり悩んでるとお肌に悪いぞ?」
そうは言っても、そんな気軽に話せる話題とは思えませんでしたから。
確かに、皆さんも追われたりなんだりと様々な事情があってここにいると聞いていましたが。
「あ~、まぁな。そこまで突っ込んだ話はまだだったな。まぁ、そんな事情があるからあんまり一人で悩むな。赤信号、皆で渡れば怖くない。俺たちゃ一蓮托生。だから怖がるな。それに」
それに?
「ディクスランパートが嫌いならそう言え。俺はアイツの弱みをいくつも知ってるからな。迷惑なら帝国中に広めてアイツを表舞台から完全に失脚させてやるぜ?」
え!? いけませんそんなこと!
「え? そう? まぁ本気で嫌なら言えよ?」
うう、そこまでの事態になるなら気軽に言えるわけないじゃないですか。
「……ちっとはマシになったか?」
「え?」
いつの間にか伏せていた顔を上げれば、いつになく真剣なエルトさんが私を見つめていて、驚きました。
「ここはさ、追い出されたり、理不尽な事されたりした奴らが笑って暮らせる場所にしたいって考えで造られた。だから、俺はそういった奴らを受け入れる。選定基準はあるけどな。受け入れた人間には、できるだけ自分の意志で自由に生きていてほしい訳だ。マリアルイーゼ、お前もだ」
私が、自分の意志で、自由に。
「言うのは簡単だけど、これが結構難しい訳だ。完全な自由ってーのは言わば選択肢が無数にあるってことだから、人間、多すぎる選択肢が目の前にあればどれを選んでいいか分からなくなって、身動きが取れなくなっちまう」
あれ? そうしますと本当の意味で自由とは言えないのでは?
「それを言われると言い返せねぇけどよ? ま、ここで新しい自分の生き方を探してくれればいいかなって」
自分の、新しい、生き方。
「もう結構な場所から勧誘が来てるようじゃねぇか。それを選ぶも良し、また新しい場所を選ぶも良し、一度選んだ場所で働いて別の場所に行くも良し。就職とか転職と一緒だな。ブラックな環境はないからそこは安心しとけ?」
就職、転職。
ああ、そういわれると分かり易いですね。
ブラック企業というのもありましたね。
拠点の皆さんは優しくて、そんな事今まですっかり忘れていました。
「……一度、キャナルや皆に相談してみようかと思います」
「ん、それがいい」
皆に相談してもいいのだと、そう分かると心が軽くなったようで、先ほどまでの倦怠感がウソのようになくなっていました。
「この後の予定は?」
「あ、えーと、夕方からキャナル主催の女子会が」
「好きだねあいつも……」
キャナルも以前は高位貴族の令嬢としての責任がありましたし、気軽にお友達と騒ぐという事が出来ませんでしたから、何も気負わずに同性とお喋りできる集まりが楽しいのだと思います。
「んじゃ、多少は気分が軽くなったようだし……」
「お掃除しますね!」
「どうしてそうなった……?」
だって、気になるんですもん。
整理整頓は大事ですよ?
「まだ必要な物を見つけてないからいいよ」
「じゃあ、一緒に探しましょうか?」
「ん~、ま、いいか。じゃその前に飲み物でも飲むか? 果樹園から新作のジュースが出来て届いたんだ」
果樹園の新作ジュースですか。
きっとおいしいのでしょうね。
エルトさんが席を立ったので、その間にちょっとだけでもこの散らかり放題な物を整理しておきましょうか。
立ち上がると、フーちゃんが床に積まれた本の一番上にある、何やら手帳のようなものの匂いを懸命に嗅いでいました。
「フーちゃん、めっ」
手帳は革らしく、フーちゃんが噛んだり舐めたりしたらふやけてしまいます。
あ~ん、と口を開けたフーちゃんを慌てて確保して抱き上げましたが、ちょっと遅かったようで、手帳にどこか当たった時に持ち上げてしまったらしく表紙がめくれてしまいました。
あ、と思い視線を下にやり、そこに書かれていた文字が目に入り、
「え……」
息が、止まりました。
そこには、日本語で、大きく、
『エルト、大好きだよ』
そう、書かれていました。




