第四話 女子会(ランチ)
日常パートです。
新キャラもでます。
拠点、【ネグラ】は朝から皆元気に動き出しますが、時間がたつにつれより一層活気づきます。
太陽が中天にくる時刻になれば、商店街はもうお祭りのようです。
非番の団員の方々はもとより、拠点の中で働く方に主婦の方、それに外から来た商人さんたちに質のいい武具を求めに来た他の傭兵の方など、多種多様な人々が街を歩き、時間が時間ですから食事処や屋台などはおいしそうな匂いを周囲に広げつつ客引きに余念がありません。
これだけ雑多な人々がいると、普通ならばスリなどの被害、肩が当たった当たらないなどの騒動が当たり前の世の中ですが、ここ【ネグラ】では圧倒的に件数が少ないとのこと。
なぜなら、ここには治安維持を目的とした警察的な部隊、【拠点防衛戦士団】があります。
ちょっと仰々しい名前には理由がありました。彼らは日頃は拠点内の治安維持をしていますが、もしこの拠点が他国の軍隊などに侵略されそうになった時には命をかけて戦えない方を守ってくださるのです。
そのためか、構成員には実力もそうですが高い品格や矜持を求められ、団員の子供たちが将来なりたい職業で堂々の第一位だそうです。
その信頼と実績が広く知れ渡っているためか、外から来た人たちは皆ここでは騒動を起こさないようにしているのだとか。
とてもありがたいことです。
そのおかげで、昼間とはいえ私のような小娘が一人で街を歩いていてもトラブルに巻き込まれないのですから。
「えっと……ここ、ですかね?」
今日はランチに招待されています。
まだここに来て日の浅い私のために、少人数の交流会のようなものを催して下さるとのことです。
内心、期待と不安が入り交じっています。
なぜなら、私は元々、前世では人との交流が苦手な人間でした。
ですがマリアルイーゼとして日々を家族とともに過ごしてきたお陰で、コミュニケーション能力は人並みには高まったと思っております。もう会うことは叶わないと思いますが、友人も作れたのですから。
それでも、これから仲良くできるのか。きちんと会話できるのか。苛立たせたりしないかと心臓がドキドキしています。
私が辿り着いたのは、一軒の喫茶店。
リリアーデカフェというそのお店は、メインストリートから小道に入って少しした所にありました。
外観はごく一般的な家屋で、看板は表札のように小さくて一目でお店とは分からない造りです。
いわゆる、隠れ家的なお店というものでしょうか。
「こ、こんにちは」
オープンの看板が掲げられているドアを開いて、店内へ恐る恐る入ります。もし間違っていたら大変申し訳ないですし。
そんな私の目に飛び込んできたのは、落ち着いた雰囲気の店内でした。
木を使った内装は和室のようにどこか懐かしく、店内はランプで柔らかいオレンジ色に照らされ、五席ほどのカウンター席と店の奥にテーブル席が見えます。
ああ、こういう時にテレビのレポーターみたいに上手な紹介が出来ればいいいのですけれど、私には無理なようです。はぁ。
「いらっしゃいませ」
「あ、はい」
呆けていた私は、店員さんの声で我に帰りました。
肩にかかるくらいの髪に、ちょっとたれ目がちな大人の女性でした。彼女は白いシャツの上からエプロンをしていて、カウンターの向こうから私に微笑みかけてくれました。
「あの、こちらにミティアーネさんが……」
「ミティ? ああ、あなたがマリアルイーゼさんですか? これは失礼し……」
「マリア来たーっ!」
私と店員さんの会話を大声が遮りました。
声は奥のテーブル席からで、
「もー、遅いよー。ささ、はやくはやくー!」
「え、あの、ちょ。ミティアーネさん、引っ張らないで~」
素早く私の下へ来たかと思えば、力強くテーブル席の方へと引っ張っていこうとするのはミティアーネさん。
男の子のように短い髪に日に焼けた肌、活力に満ちたその姿は、前世では運動系の部活で活躍していた先輩を思い出しました。
もちろんここでは部活など行われておりません。
日頃の訓練で鍛えているのです。
「キャナル~、エムリン~、マリア来たよ~!」
ミティアーネさんに引っ張られて着いた奥のテーブル席には今回のお茶会の参加者が座っていました。
「お待ちしておりました、マリアルイーゼさん。さ、座ってくださいな」
「こんにちは、マリアルイーゼさま」
今日の参加者の一人、キャナルさんは優雅に立ち上がるとにこやかに一礼されました。
もう一人の参加者のエルリンさんも同じく礼をされたので、私も返礼してから着席します。
あ、ミティアーネさんは案内が終わったらもう着席していました。
「もう、ミティも挨拶はきちんとするものよ?」
「したってば~」
「ミティ姉はしてない。いつもそう」
「エムリンが厳しいっ!」
その軽やかな掛け合いは、まさに友人同士だからこその気楽さがあります。
私も友人がいましたが、それは貴族令嬢としての繋がりでした。彼女たちと過ごした日々は大切な思い出ではありますが、目の前のやり取りを見ていると、今までの友人関係はどこかよそよそしさがあったのでは、と思ってしまいます。
参加者の一人、キャナルさんは緩くウェーブのかかった光沢のある茶色に近い金髪に、切れ長の目をした女性です。私の二つ歳上で、副長のフォートレスさんの奥方です。
どこか前世でお世話になった仕事のできる先輩に似ています。
あれ、どうしてでしょう。少々息がし辛くなりました。
そ、それはともかく。
もう一人の参加者、エムリンさんは白い絹のような滑らかな髪に赤い瞳が綺麗な十歳の女の子です。表情があまり動かないのでどこかお人形のように思えますが、しっかりと自分の意見を述べられる人です。
そして先ほど紹介しましたがミティアーネさん。
今回のランチは私を含めたこの四人で楽しもうという訳です。
「さ、じゃんじゃん食べて楽しくおしゃべりしよー」
「あなたは食事の方が大事でしょ?」
「もちろん!」
「ミティねぇはゆるがない」
「それがアタシさ!」
彼女たちの掛け合いは軽快で、聞いているだけでも楽しいものです。
「あ、マリアが笑った~」
「え?」
思わず、頬を手で押さえます。
私、笑ってました? ど、どうしましょう。不快に思われて……。
「やっぱり笑うとキレイだよね~。」
「え?」
「ええ、見ているだけで穏やかになれる笑顔ね」
「え? え?」
「わらってたほうがいい」
「ええ!?」
突然のお褒めの言葉に、何がなんだか、理解が追い付きません。
「マリアルイーゼさん。そんなに緊張されなくても大丈夫よ?」
キャナルさんのその言葉に、私は自分でも気づかないくらい緊張していたようで、ゆっくりと息を吐きながら肩の力を抜きます。
あぁ、肩と首がすごく痛みます。
「ご、ごめんなさい。あ、あまりこういった席には慣れてませんので……」
「構わないわ。と、いうよりも。ミティみたいなのがいると、最初はどう対応していいか困る人の方が多いので」
「どーゆーことさー」
「ミティみたいな娘は貴族令嬢にはあまりいないのよ」
失礼ながら、その通りです。
令嬢の教育は淑やかさ、優雅さなどが優先されます。なので全体的に見れば貴族令嬢はインドア派なのです。だからこそ私も令嬢というものを続けていられたと言っても過言ではありません。
かといって、全員がそうではありませんが。
あまりいない、という言葉の示すように、一定の数は明るく社交的で、活動的な方もいらっしゃいます。
でも、さすがにミティアーネさんのように開けっ広げというのは……。
ドクリ、と鼓動が強く。
「だってアタシ貴族じゃないしー」
「そうね」
「というより、ここきぞくいない」
「そだね~」
「あ、あはは」
そうです。ここには元貴族はいらっしゃいますが、現役の貴族はいらっしゃらないのです。
貴族とは国王陛下や皇帝陛下といった為政者が広大な国土を治めるために任じるもの。要は中間管理職のようなものだと私的には考えています。
ここは傭兵団の拠点。自治都市です。リーダーとしてエルトさんがいらっしゃいますが、あの方は王さまではありません。
都市の内政は副長のフォートレスさんを筆頭に多くの文官の方々が執務をこなしていまして、エルトさんの出番はほとんどないと聞いています。
あと、ここで暮らす元貴族の方々は例外なく生まれた国や家を追われ、貴族位を捨てたために平民です。私や家族も。
また、鼓動が強く。
「そういうわけで、マリアルイーゼさんもリラックスしてくださいな」
「は、はい。ありがとうございます、キャナルさん、エムリンさん、ミティアーネさんも」
もう一度、大きく深呼吸して、目の前のお三方にお礼を申し上げます。
彼女たちは微笑んで頷いてくれました。
「はい、お料理おまちどおさま」
「おー!」
「まってました」
会話が一段落した絶妙のタイミングでお料理がやって来ました。
持ってきたのは、先ほどの店員さん。
「今日のランチメニューはトロトロビーフシチューと新鮮野菜のサラダ、パン屋のオニキスさんの新作バゲットです。デザートもありますから」
流れるようにカートからお料理を取り出し、テーブルに並べていく店員さん。その姿は淑女教育の先生を思い出させるほどに綺麗です。
「えー、野菜じゃなくてお肉がいいー」
「もうこの子ったら。わがまま言わないの」
ミティアーネさんは野菜が苦手なようで、サラダの皿を何とも言えない表情で眺めています。
あら? 店員さん?
「ふふっ、驚かせてしまったかしら?
ごめんなさい。私はここの店主のリリアーデというの。よろしくね。それと、このミティアーネの姉なの」
「お姉ちゃんに頼んで場所を確保したのさー! あんまりお客がこないからぁー!」
「あらあら、失礼なこというお口はこれかしら~?」
「ほへ~ひゃうほふぇうふぇふぁ~」
わぁ、ほっぺってあんなにのびるんですねぇ~。
それはともかく、店員さんではなく店長さんでしたか。あと、こうして並ぶとお二人が実の姉妹だとよくよく分かりますね。笑顔がそっくりです。
「ささ、冷めないうちに召し上がって?」
「あ、はい。いただきます」
私が思わず手を合わせながら言った言葉に、皆さんが一瞬だけ反応して、次いでクスクスと笑いだします。
あらいけない。
「それ、だんちょうがよくやるやつ?」
「ああ~、マリアにも感染しちゃったんだ~」
「毎回ですからね、団長は」
「そうねぇ」
ついやってしまいました。
私のした仕草は前世でのもの。
この世界では食事前は女神様にお祈りを捧げるのが一般的です。
前世では色々な宗教がありましたが、こちらでは女神様のみを信仰しております。女神教会という組織があって、冠婚葬祭を取り仕切っています。ほぼ全ての人間は女神教の信者ですし、もちろんここ【ネグラ】にも教会があって、司祭様たちが運営しております。
私は信心深い人間ではありませんでしたが、こちらで生活し始めて十年以上経ちますし、淑女教育の中にはそういった宗教的なものも含まれていたので今まではお祈りをして来ました。
ただ、エルトさんと朝食をご一緒するようになってから「いただきます」をする回数が増えましたし、食事もエルトさんが関わっているために日本人の部分がよくでるようになりましたね。
まぁ、女神教会の教義はとても緩やかでして、女神様に祈っていれば言葉や仕草が違ってもいいのです。住んでいる地域によっても違いが多々ありますから。
「つまり~、マリアってばそこまで団長に影響されちゃってるんだぁ~?」
「ふぇ?」
「団長の色に染め上げられつつあるのね?」
「え?」
「そのはなし、よりくわしく」
「はい!?」
「お姉さんも聞きたいわ」
「ちょ、ちょっと、それは……」
「「「「さ、どうぞ」」」」
「ええ~!」
なんでこんなことになってるんですかぁ~!?