第三十四話 神殿にて②
ようやく涼しくなりましたね。
皆さん如何御過ごしですか?
自分は熱中症を軽く見てました(後悔)。
「私はこれでも、若い頃は各地を巡る巡回神官として様々な土地へ足を運んだわけですが……ついぞそのサクラなる木のことなぞ聞いたこともなくてですな。名も珍しく、団長に聞いたのですよ。どこにあったのか? どこで知ったのか? と」
「彼はこう言いました。ここからはどうやっても行けない場所で、と」
「そんな場所の木ですから、おそらく誰も知らないと思っていました。そのアクセサリーなどは団長が口を出して造らせたもので、職人たちも困惑していましたよ。何せ見たことも聞いたこともない物を造らせようとしたのですから」
結局造りましたがね。
司祭様は朗らかに笑ってらっしゃいます。
「そんな代物ですから、誰も団長と同じイントネーションで喋れないのですよ。でも、あなたは流暢に、団長と同じように口にしますね?」
「何故、あなたが知っているのですか?」
司祭様はじっと私を見つめてきました。
私はちょっと気まずくなります。
エルトさんと私は前世の記憶を持っています。
けれど、それを話すのは躊躇われます。
あ、そうです。
何故こんなことを知っているか、なんて言われた時にはこうすればいいってエルトさんに教わったんです。
えっと、左手を腰に当てて、ちょっと前屈みになって、人差し指を立てて、
「秘密です♪」
ウインクは無理でした。
「……ふふ、そうですか。秘密でしたか。いやこれは失礼。気分を害してしまわれましたか?」
「いえ、そんなことは」
おお、エルトさんの言った通りです。
誤魔化せました!
一頻り頷いた司祭様は次いで、私を見据えました。
「団長の影響ですな?」
「え? 何でわかったんですか?」
もしかして司祭様は心が読めたり?
「……マリアルイーゼさん、あなたはそのような事を嬉々としてやらないでしょうに」
あ、はい。
実はちょっと恥ずかしかったりします。
笑顔で、と言われたのでにこやかにやったのですが、あれですか? 似合わなかったんですかね?
「……もうちょっと団長の言うことを疑ったりした方がいいですぞ?」
「はい……」
先ほどとは打って変わって、こちらを心配するような声音です。
「まぁ、出来るなら、これからも団長とは仲良くして頂きたいものですな」
「え? それはもう」
「そして……あのようになってもらいたいものです」
そう言って司祭様は視線を別方向へ。
つられてそちらを見れば、観葉植物に隠れるようにしているお姉さまの姿が。
何をしているんですか!?
慌てて駆け寄れば、
「あ、お話は終わったの?」
「何をしているんですか?」
どうやらお姉さまはお話の邪魔をしてはいけないとちょっと離れた際に見逃せない場面に出くわしたそうです。
だからって隠れるのはどうかと……。
「それで、何があったんですか?」
「あれよ、あれ」
お姉さまが指差す方向には、アトルシャンと……ファルガーお兄さま!?
あらあらまぁまぁ!
ファルガーお兄さまのあんなお顔、初めて見ました!
嬉しそうにニコニコして、だけどちょっと恥ずかしそうな……。
「あれは……確実に恋していらっしゃるわ」
「恋……」
あれが、恋をしている人の表情……。
「ふふ、家族が増えるのはいいことだわ。何せお兄様たちは婚約者に恵まれずに未だに独身。もう貴族ではないのだから身分など些細なこと。これを機に進展してくれれば御の字ね!」
お兄さまとアトルシャンが、夫婦に?
お兄さまは格好いいですし、優しいです。
アトルシャンも、芯のしっかりとした女性で、私は密かに姉のように思っていたりします。
二人が結婚して家族になる。
それはとても、素敵な事です。
──心変わりはしませんよね?
一瞬、そんな考えが浮かんでしまって慌てて否定します。
お兄さまはそんな事するはずがありません。お兄さまに限って、あんな酷いことをするはずがありません!
……あんなことを、する人は、そうそういません。
「マリア? どうしたの?」
「いえ! なんでもありませんよ!?」
「あ、シーッ! お兄様たちに気付かれ……」
「ほう、可愛い妹たちよ。何の話かな?」
やってしまいました……。
隠れていたのをすっかり忘れて大声をあげてしまい、お姉さまに注意されて慌てて口を閉じましたが後の祭り。
大股で歩いてきたお兄さまが腕を組んでニコニコ笑いながらそう問いかけてきました。
お姉さまをちらりと見れば、視線が合って、同じ気持ちであることが分かりました。
「で?」
「「ごめんなさい!」」
素直に謝ります。
「……はぁ、まさか妹たちに覗きの趣味があるとはな」
「ちょっとお兄様!? これでも帝国貴族の立派な夫人ですのよ!?」
「そんなんじゃありません! 結果的にそうなってしまっただけで!」
「あぁ、わかってるよ、ちょっとした冗談だ。そう怒るな」
はっはっはっ、と笑うお兄さま。
もう。
「で? で? お兄様とあの方はどのようなご関係で?」
「……私も気になります。アトルシャンとはいつお知り合いに?」
「あ、いや、それはだな……」
まぁお兄さまったら。
お顔が真っ赤です。
「ふふ、そんなに気になるのかしら?」
「あ、アトルシャン。それはそうですよ! お兄さまといつお知り合いになったんですか?」
にこやかにアトルシャンもこちらにやって来ました。
神殿に来た時などはいつもお話をしていましたけれど、彼女からはお兄さまの事を聞いた事がありません。
「初めまして。マリアの姉のエリスティナです」
「初めまして。こちらで助祭を務めておりますアトルシャンと申します」
あ、そうでした。
お姉さまとアトルシャンは初対面でした。
挨拶は大事ですよね。
「それでお兄さま、いつアトルシャンとお知り合いに?」
「うむ……まぁ話すと長くなるのでな。後で、そう、後でな!」
お兄さまが逃げました。
耳まで真っ赤になってます。
これは後でアトルシャンにお聞きしなければなりませんね!
「ああ、そうだ! 巡回をしなければならないんだったぁ! アトルシャン殿、本日はありがとうございました! ではまた!」
棒読み……いえ、棒喋りというのでしょうか?
わざとらしい喋り方で捲し立てたお兄さまが走り去ってしまいました。
ですが、さすがお兄さまです。
これだけの人がいるのに誰一人ぶつかることなく、鮮やかにすり抜けて行きました。私だったら絶対に多くの方に迷惑をかけてしまいます。
「ごめんなさい、アトルシャン。お兄さまとの時間を邪魔してしまいましたね」
「ふふ、いいのよ。時間はたっぷりあるのだし……それに、会おうと思えばいつだってあえるのだから」
そう言って笑うアトルシャンの笑顔は、どこかいつもと違って輝いているように見えます。
「アトルシャンは、恋をしているのですか?」
「え!?」
「恋をすると、笑顔がとても輝くと聞きまして、今、アトルシャンの笑顔は本当に輝いて見えます。だから、アトルシャンは恋をしているのかと……」
あまり直接的に質問をするのはどうかと思っていたのですが、ごく自然に聞いてしまいました。
一度出てしまえば後は止められず。
「私は……私も、恋をすることができるのでしょうか」
前世では恋など無縁で、気にすることもなく生きていました。
今世では突然婚約者ができて、交流を重ねましたが義務感が強く、今から思えば仕事に臨むような感覚でしたね。
結局、恋愛とは無縁で。
憎まれて、罪人にされて。
私が連れていかれるのを、嬉しそうに笑うあの男の顔が、今でも忘れられません。
「……いや、あの、ね? マリア」
「う~ん、自覚症状が無かったのね……」
私が悩んでいたら、お姉さまとアトルシャンが何やら困っていました。
どうしたんでしょう。
「……ね、マリア。あなたもね、とっても輝く笑顔を浮かべる時があるのよ?」
「え?」
「そうよ? 昨日も、今朝も、とっても魅力的で、本当に輝いてる笑顔を見せていたわ」
「本当ですか? 私が?」
アトルシャンとお姉さまが信じられないことを仰います。
それはまるで、私が恋をしているかのような……。
「いつですか?」
「団長のことを話すとき」
「団長さんのことを話すとき」
ふぇっ!?
えっ? えっ!? ええ!!
「ど、どういうことですか!?」
「どうもこうも?」
「そういうことよ?」
何で二人ともそんなに息が合っているんですか!?
「だって、ねぇ?」
「ええ。言葉通りの意味だし」
「そ、そんなこと……」
そうなんですか?
私、エルトさんに……?
「おやおや~、マリアったら~」
「どうしたのかしら~?」
「もう! お姉さま! アトルシャンも!」
こちらをからかいたいのが目に見えていたので抗議しましたが、二人とも生ぬるい笑顔を止めてくれません。
「ホッホッホ、若いとはいいものですなぁ」
「司祭様!?」
司祭様まで生ぬるい笑顔です。
「いいことです。恋とは人生を色鮮やかにしてくれる。今のうちに色々と経験する事をお薦めしますぞ?」
ホッホッホ、と笑いながら司祭様が立ち去ってしまいました。
言い逃げですか!?
ずるいですよそれは!
「それで~? マリアは団長さんのことをどう思っているのかしら~?」
「そうねぇ。気になるわね」
「え? 何で私!?」
いつの間にか標的が私になっていました。
しかも逃げられないように左右から押しくらまんじゅうされてます。
「ほらほら、お姉ちゃんに言ってみなさい?」
「お姉さんにも教えてほしいなぁ~」
「本当に仲良すぎませんか!?」
何でこんなに息ぴったりなんでしょうこの二人!?
「ようやく見つけたぞモールグリー夫人!」
今度は誰ですか?
今は忙しいんです!
「あら? 殿下なにしてるんですかこんな所で」
え? 皇太子殿下?




