第三十三話 神殿にて①
本日はお姉さまのご希望ということで拠点にある女神教の神殿へとやって参りました。
神殿は冠婚葬祭を取り仕切っていまして、世界各地、人の住んでいる集落には必ずあると言われる程です。
それほど普及(?)している女神教の神殿は日々お祈りを捧げに来たり、治癒魔法に長けた神官さんたちに怪我を治療してもらいに来たり、ただ井戸端会議の場所にしたりと多くの人が訪れています。
私が今までいたリュオメン王国の王都にある神殿はとても大きく、まるでお城のように大きなものでした。
それと比べれば拠点にある神殿は小ぢんまりとしていて……神殿というよりも教会ですね。
小さな館のような外観ですが中には共用ペースがありまして、その奥には女神様の像が奉られていて、説法やお祈りをする広間があります。
さらにその奥には神官さんたちの住む場所があります。
「ここの神殿はこういう造りなのね」
「やっぱり場所によっては違うんですか?」
「ええ。リュオメンの神殿は採光窓が多くて金や銀の飾り細工に日の光を当ててきらびやかさを際立たせる、言ってしまえば成金趣味のようなものが主流だったけれど、フリニスク帝国のものは建物自体ががっしりしていて、そのままでは暗いけれどランプや光水晶の灯りがすごく柔らかく室内を照らしているから、とても落ち着くの」
確かに、王都の神殿はどこもキラキラというよりギラギラしていて、落ち着ける場所ではありませんでしたね。雨や曇りの日ですと光源があまりなくて今度は逆にみすぼらしく感じる極端さ。
しかも採光窓と言っても壁をくりぬいているだけで塞ぐものもなく、雨の日はそこから雨漏りしていて掃除が大変だと神官さんたちが愚痴を溢していました。
帝国の神殿はどっしりがっしり、重厚な造りで、あまり飾りがないそうです。でも内部は落ち着いた内装で、とても居心地がいいそうです。
しかも有事の際には多くの都民たちを収容して、堅牢な建物をシェルターとして使えるように設計されているそうです。
「……そんなに違うんですね」
「仕方がないわ。お国柄、というものよ」
お姉さまと二人で苦笑し合います。
今更ながら色々と考えさせられますが、考えたところでどうにもなりません。
これも地域色ということで。
「さ、用事を済ませてしまいましょう」
「はい」
こんな人通りの多い所でボーッとしていては、他の人に迷惑がかかってしまいますからね。
私たちは気を取り直して、解放されている大扉を潜り抜けて奥へと向かいます。
奥には礼拝堂があります。
説法の時に皆が座るための長椅子が何列も並んでいて、その奥には白亜の石か何かで出来た女神様の像が。
女神様の像はゆったりとした布を何重にも巻き付けて作ったような、独特のデザインのドレスを着た女性の姿を象っています。
波打つ髪と白魚のような手を緩やかに広げ、微笑みを浮かべた表情は慈愛に満ちていて、その姿は駆け寄ってくる愛しい子を迎え入れる母のような印象を与えてくれます。
女神様の像の後ろの壁にはステンドグラスが嵌め込まれ、それ自体が女神様の逸話を描いています。その色とりどりのガラスによって色のついた陽射しが女神様の像をより神秘的に照らしていて、一歩礼拝堂に足を踏み入れると、とても不思議な気持ちになります。
どことなく空気も変わっているような気がします。
「……女神様、我らが全ての母よ。家族と再び巡り会えました。あなたのお慈悲に感謝いたします」
お姉さまは女神様の像の前に膝をつき、感謝の言葉を紡ぎました。
私も隣に膝をつき、女神様へと祈りを捧げます。
「女神様、ありがとうございます」
私は信心深い訳ではありません。
心の中では神様の存在に懐疑的──いえ、はっきり言って神様なんていないと思っていました。
でも、困ったときの神頼みというように、私は女神様にすがることがありました。
信じていないのにすがる。
とても身勝手な行いです。
「あ? 俺も信じてねぇぞ? つーかいたとしてもなぁ、女神一人に人間何億っていんだぞ? 面倒見切れねぇって。結局対応できねぇなら、いねぇのと一緒だって」
夕食を一緒にいただいている時に女神様の話題になり、ふとエルトさんに女神様を信じているのかとお訊きしたら、笑いながらそう仰られていました。
私だけじゃないと分かって安心しました。
エルトさんの言葉にも一理あります。
女神様は一人、いえ一柱というんでしたか?
それに対して人間は大勢います。
神話の本を読んだことがありますが、女神様は全知全能という訳ではないのです。女神様にも出来ないことが多々あり、時に悩み、悔やみ、悲しみ、怒り、そして喜ぶのです。
それはまるで、一人の人間のよう。
人を超越した遥か高みにいる存在ではなく、出来ることが多いだけの普通の女性。
そんな印象を、私は女神様に抱きました。
関係者に言ったら絶対に怒られるでしょうから、誰にも言ったことはありませんが。
「さ、行きましょう」
「はい、お姉さま」
お祈りを済ませた私たちは次の人たちに場所を譲って、礼拝堂から出ていきます。
「おやマリアルイーゼさんではありませんか」
「あ、司祭様、こんにちは」
「はいこんにちは」
礼拝堂から出たら声をかけられました。
声のした方を見れば、ここの神殿を統括する司祭様がいらっしゃいました。
いつも柔らかく微笑んでいて、優しいおじいちゃんのような方です。
実際、子供たちからは「おじいちゃん」と呼ばれて慕われています。
「おや、そちらの方は?」
「あ、こちらは私のお姉さまです。お姉さま、こちらはモンド司祭様です」
私の仲介を経てお姉さまと司祭様がにこやかに挨拶し合いました。
「良かった。ご家族と再会できたのですね」
「はい、エルトさんのお陰です」
「ほほう、団長が……」
帝国と拠点がある場所は遠く離れすぎていて、気楽に会いに行くことなど出来ません。
自動車や電車などないこの世界、移動手段はもっぱら徒歩か馬(馬車)です。
遠くの国には大きな鳥や爬虫類を乗り物にしている地域もあると聞きましたが……鳥はともかく、爬虫類はちょっと……。
それはともかく、ただでだえ隣国への移動ですら日数に護衛に宿泊を含めた経路選択と大変なのです。
じゃないと野宿になってしまいますからね。
馬車で何十日もかけないと会えないというのは、とても厳しいものです。
貴族ならまだしも、もう平民の私たちでは。
「ふふ、仲が良いようで何よりですな」
「はい!」
「アクセサリーもお揃いで」
「昨日買ったんです。桜の花びらが綺麗で」
「おお、確かに綺麗ですね。サクラ……」
お姉さまとお揃いのアクセサリーを司祭様にお見せすると、司祭様はぼそぼそと何かを呟きました。
小さすぎて何を言ったのかは分かりませんが。
聞き返そうと口を開いたのですが、司祭様の方が早く、
「マリアルイーゼさんは、団長と同じイントネーションを使うのですね」
「え?」
「以前、団長から聞いた事があります。ピンク系統の色をした花を咲かせる、すぐに散ってしまう儚い木の話を」
「そうなんですか?」
探していましたから、いろいろな人に聞いたのですね。
「……しかし、私はそのような木を知りません」
「エルトさんも言っていましたね。知っている方がいないと」
「そうでしょう。なのに──」
「──何故あなたはその花を知っているんです?」
え?




