第二十話 ピクニック①
「ひゃっはー! 絶好のお出かけ日和だぜー!」
「だぜー!」
「だぜー」
「アフッ!」
「皆元気ねぇ」
「そうですね」
おはようございます。
マリアルイーゼです。
ただ今、朝も早い時間なのですが、皆さんのテンションは絶好調のようです。
今、私たちは【獅子の咆哮】の拠点にある女神教神殿の門前広場に集まっています。
何故かと言いますと、先日エルトさんにピクニックに行こうと誘われました。
寝込んでいた私は目が覚めて、お母様とお話をしてから、一週間ほどのお休みを頂きました。しっかりと調子を整えろとの事でした。
その間、私は家族としっかりと話し合いました。今までもコミュニケーションはとっていたと思っていましたが、より深く、そう『腹を割って』話をしました。
たくさんの事を話して、思いを知って……私の中にあった重苦しい気持ちが、軽くなりました。
こう言ってはなんですが、何か一区切りついたような、そんな感覚を覚えました。
お兄様たちが言うには、私は一つの事柄を重く受け止め過ぎているのだと。もうちょっと肩の力を抜いて、気にしないように心がけるのがいいと。
確かに、私は他人からすればそんなことと言われる事を気にしてしまう傾向がありました。
言われなければ気付かないなんて。
いけません。こういうのがいけないのです。もうちょっと楽観的にいかなければ!
そうして、今まで以上に家族との距離が縮まった私は、よく食べ、よく話し、よく動き、たっぷりと寝ました。
お陰様で気分も体もより軽くなりました。
それで先日、お見舞いと言いますか、様子を見に来たエルトさんからピクニックに行こうと言われた次第です。
名目は、気分転換ということです。
メンバーは私、エルトさん、ミティとエムリンちゃん、キャナルに、エルトさんの弟子のフェデリア、神官のアトルシャン、そしてフーちゃんと次兄のツヴァイスお兄様の八人と一匹の大所帯となっております。
「今日はよろしくお願いします、アトルシャン」
「よろしくお願いしますね、マリア」
挨拶をして、二人で笑いあいます。
アトルシャンは褐色の肌の南国出身の神官さんです。背筋がピンとしていて、とても大人っぽい雰囲気をしています。
拠点にある唯一の女神教神殿には、多くの人が毎日訪れていまして、私もその一人です。その際に何度かお話をさせていただいております。
穏やかで、話しやすくて、素敵な方です。
そうそう。
ついに……ついに私も友人の名前を呼び捨てする時が来たのです!
皆さんがお見舞いに来てくださった時にそうしてほしいと言われました。最初、キャナルに呼び捨てでいいと言われた時は、嬉しいのと同時に初めてのことで心臓がドキドキしていましたが、今回は何故かすんなりと受け入れられました。
エムリンちゃんは……呼び捨てだとしっくりこないのでちゃん付けを許してもらいましたが。
呼び方一つ変えただけでこうも距離が縮まるのですね。
ちょっと感動してしまいました。
「よーしみんな揃ったなー。んじゃ、馬車に乗ってピクニックに行くぞー。御者はマリアルイーゼのアニキに頼むなー」
「おい、まさかこのために俺を呼んだんじゃねぇだろうな!?」
「あ? 妹が心配だっつってやかましいから連れて来てやったんだ。このくらいやれや」
「ちっ、クソガキが。わかったよ!」
お兄様ったらもう。
次兄のツヴァイスお兄様は、少々ヤンチャで、言葉遣いが荒々しいのです。
以前は王都の治安を守る衛兵隊に所属して、日夜犯罪と戦っていました。酔っぱらいや街の不良、果ては犯罪組織まで相手にする職場ではどうしても口調も行動も荒々しいものになってしまうのだと教えてくださいました。
そこは仕方がないと思います。
ですが、エルトさんへの対応の悪さは改善していただきたいのです。
顔を合わせた瞬間から、まるで喧嘩するかのような言い合いの連続で。
どうにも、年若いエルトさんが傭兵団の団長をしているのが信じられないのと、私がエルトさんと親しくしているのが気に入らないようなのです。
エルトさんが団長さんなのは事実で、皆さんが認めていらっしゃいます。
私がエルトさんと親しくしているのは、命の恩人であり、前世の日本人としての記憶を持っている共通点がありますから。あと、私の作ったお料理をすごく美味しそうに食べてくれますし、朝起こすときにちょっとぐずるのがとても可愛くて、あと、ちょっと意地悪ですが笑ったときの笑顔を見るとこちらも暖かい気持ちになれて──。
「マリア~、行くよ~」
「あ、はーい」
いけません。
折角のお出かけなのですから、団体行動を守らなければ。
◇◇◇◇◇
拠点を出発して、私たちはゆったりとした馬車の旅を楽しんでいます。
私、実は馬車が苦手です。
馬車のタイヤは木の輪っかだけで、振動が直に伝わって来るのです。クッションなどを敷き詰めれば石畳の上ならば耐えられましたが、舗装されていない土の上では意味がなくてお尻が痛くなってしまうのです。
ですがこの馬車は快適です!
今までにない程の大きな馬車で、椅子が背もたれつきですごくふかふかしています。内装も豪華で、旅行の時に乗ったバスを思い出しました。あの後部座席がUの字に配置されているタイプの。
タイヤも木の輪っかだけではなくゴムに覆われていて、トラックのように太くて大きいのが左右に六個もついています。
さらに客室を牽引する馬もよく見る種よりも全身が太くて逞しいのが四頭もいるのです。
「ふわぁ、こんな馬車があるんですねぇ」
「マリアは初めて乗るのかしら」
「はい、こんなに広くて、乗り心地のいいものは初めてです」
「ねー。アタシも最初は驚いたよ~。揺れないっ!」
「ミティ、やめるのです。埃が舞いますから!」
「皆、お茶飲むかしら?」
「のむ」
今、私はすごく心が踊っています。
小さいですがしっかりとしたテーブルにはお菓子。魔道具のポットにお湯が用意されていて、各種ティーバッグも揃っていて、さらにはビンのジュースの入った冷蔵庫もあって至れり尽くせり。
客室内には女の子しかいないので、ちょっとしたお茶会状態です。ただ、貴族のそれとは違って、お気楽で自由なもの。
まだ出会って少ししか経っていませんが、お互いにそこまで肩肘張る必要がない友人たちと一緒に、他愛のない会話に花を咲かせる。
こんな素敵な場所にいられるなんて、まるで夢のようです。
「そういえば、今日の予定ってな~に?」
「ミティ、あなた聞いてなかったの?」
あ、私も聞いていません。というより、ピクニックに行くこと自体が楽しみで目的地すら……。
「今日のピクニックの目的は、もうすぐ夏が終わるし、豊穣祭の前だし、マリアの気分転換と快気祝いも兼ねて騒ごうってことね」
「あ、ありがとうございます。快気祝いなんてしてもらえるとは……」
「いいのよ、気にしなくても」
「そうですよ。こういう時は騒ぐのがウチの流儀です。というより、何かにつけて騒ぎたいのですから」
「今日のお昼はバーベキューですって」
「やった」
キャナルが苦笑しながらお茶のカップを手渡してくれて、フェデリアは困ったようにため息を吐いてお菓子を頬張り、アトルシャンが衝撃的なことをサラリと言ってエムリンちゃんが両手を上げて喜びました。
「バーベキューですか?」
それは、屋外で行うあれでしょうか? 鉄の串にお肉や野菜を刺して、大きなグリルで焼いて、大勢で楽しむ、あれでしょうか?
まさか自分が実際に体験できるなんて。
友人もいない、インドアな私には縁遠いイベントでしたが……いけません。嬉しくて頬が。
「お肉おいしいよね~。マリアもお肉好きなんだね~」
「え? あ、その」
「何を言ってるんですかミティ。お肉が嫌いな女の子はいません! そこにマヨも揃えばまさに無敵!」
フェデリア、マヨネーズ好きなんですか? あまりに食べる量が多いと太ってしまいますよ? それともカロリー半分とかですか?
「あれ? でも調理器具が……?」
ピクニックなのでそこまで荷物は多くありません。
出発前にもそこまで大きな荷物を運び込んではいなかったような?
「あ、そこは大丈夫。団長が用意してるから」
「エルトさんが?」
「あ~、マリアさんは知らないんでしたっけ。師匠は亜空間収納なんてものを持ってるんですよ」
あくうかん、しゅうのう?
「簡単に言えば、色々な物を仕舞ったり取り出したりできる、見えないバッグを持っているようなものです。本来これは失われし魔法で文献に──」
「私にも覚えられますか?」
馬車の中が、一気に静かになってしまいました。
「ん、ん~」
「マリアって、魔法使えたの?」
「ええ。基本的な訓練は受けたことがあります。ただ、人を傷つけるようなものはちょっと。生活魔法や擦り傷を治すくらいの治癒と、小さな板状の障壁を作れるくらいですが」
最後に魔法を使ったのはいつでしたか。
中学に入ってからは目が回る忙しさでした。覚えるべき事やこなさないといけない課題が目白押しだったせいで魔法のことに割く余力もなくて。
そうです。
これからは魔法の勉強を再開することもできるんですよね。
「エルトさんにお願いすれば、私も弟子にしてもらえますかね?」
「やめた方がいいわ!」
「早まっちゃダメー!」
「たんりょ、いくない」
「あんまりオススメはしないわねぇ」
「私、私が教えますから! 一緒に真っ当な魔法使いを目指しましょう!」
皆さん、何故そんなに必死なんですか!?
「クワァ……アフッ!」
あ、フーちゃん起きましたか?
よしよし。おやつのジャーキー食べる?
「何かマリアが逞しくなってる!?」
「逞しさとは違うと思う~」
◇◇◇◇◇
「なんぞディスられてる気がする」
「あ? 何を言ってんだ」
「気にすんな。それよりもっときちんと運転しろや。チンタラしてっと日が暮れちまう」
「うるせえな。こんなガタイのいい馬を御したことなんかねぇんだから仕方ねぇだろ」
「ま、そんな経験ないだろうな。だってこいつら魔獣だし」
「はぁ!?」
「大丈夫だ。きちんと調教してあるし、そこらの魔獣なら逆に蹴散らせる」
「いや……そういう問題じゃねぇんだが……まぁいいや。それで、さっきからお前はなにしてんだ。あっちこっちに向けて指を変な風に弾いて」
「ああ、何か羽虫がいてな」
「虫だぁ?」
「ああ」
「ブンブン五月蝿い、でかい虫が、な」




