第二話 密談 エルトリート
エルトリート視点
暖かい太陽の下で、一度は離れ離れになった家族が涙の再会を果たしている。
その姿は尊く、美しい。
「うぐ……ひっく、ずび」
「よかった……よかったでござるなぁエリスゥ」
「お前ら、いい加減にせぬか」
ええい、人がせっかく感動の涙を流しているというのに!
俺ことエルトリートは今、庭園の入り口にある小屋にいる。
もちろん、家族の感動の再会シーンを邪魔しないためだ。
「なぜ不服そうなのだ?」
「そう、じゃない。不服そのものだ」
ちなみに、会話している事からお分かりのように、俺のほかにもう二人ここに同席している。
先程から文句を言っているのは、涼やかな銀髪に切れ長の目、さらに長い足に高身長と、いわゆる勝ち組イケメン野郎。
その名もディクスランパート・オルダ・フリニスク。フリニスク帝国皇位継承権第一位にして皇太子殿下様だ。
もう一人は、熊としか言いようがない巨体を丸め、俺と同じように感動の涙を流している男。
エンドバルト・モールグリー。皇太子の専属護衛騎士にして、腹心の部下だ。
さて、なぜ傭兵団のリーダーとはいえ、平民の俺と皇太子さんが一緒にいるかというと、簡単な話だ。
以前、俺がディクスランパートの命を偶然救っただけのことだ。まぁそれからも色々あったが、今では気安い友人といった立ち位置に落ち着いている。
そんでもって、これまた偶然であるが、マリアルイーゼのお姉ちゃんであるエリスティナ嬢が嫁いだのがこの国で、しかも旦那はそこで泣いている熊である。
最初に見たときはビビったぜ。身長二メートルの熊の嫁が小柄な深窓の令嬢なんだから。美少女と野獣だぜ?
まあそれはともかく。
俺たちは依頼を受けてマリアルイーゼとその家族を保護した。その後、親父さんや兄貴たちが結構頑張っていたのでご褒美ってわけじゃないけど、せっかくだから再会の手配をすることにしたんだ。
さっそく転移魔法でディクスランパートの執務室にサイレントエントリー。
紅茶を吹き出す皇太子。剣を抜いて斬りかかってくるが、どこか精彩を欠く熊。高笑いしながらバリアを張る俺。
そんなカオスな一コマを経て話を切り出すと、皇太子は即座にオーケーを出した。
何故なら、ディクスランパートの護衛の熊、もといエンドバルトがここ最近使い物にならなくて困っていたのだとぶっちゃけた。
このエンドバルトという男、実は侯爵家の次男で、皇太子の信頼厚く、さらに文武両道の優良物件なのだ。
けれど、婚約者なし。見合いも全滅。なぜなら見た目が完全に熊で、貴族の令嬢たちは権力は欲しいが、やっぱり外見が……などとふざけた理由でスルーされてきた。イケメンに限るってか。くそが。
外見は熊でも、目はつぶらだし、教養もあって人を思いやれる誠実な男だ。話せばユーモアもあるし、戦闘訓練もこなしているから胆力もある。
いい奴なんだよ、ほんと。
ま、それもオルソフォスの親父さんが解決してくれた。
あの親父さん、娘のために自国内どころか周辺国まで範囲を広げて、かなり綿密に濃厚に調査していたことが判明。そこで白羽の矢が命中したのがエンドバルトだった。
見合いして、文通して、緩やかに想いを育んだ末に婚姻したという純愛っぷり。聞いてて胸キュンしちまったぜ。
そんなおしどり夫婦だったが、嫁さんの妹が突然犯罪者になり、家族は権限を剥奪されて文字通り隅に追いやられてしまったことで、嫁さんが心労で倒れてしまった。
嫁さん一筋のエンドバルトも護衛任務に身が入らなくなってしまったんだ。
これは後から聞いたことだが、マリアルイーゼたちのいたリュオメン王国はエリスティナ嬢、いやモールグリー夫人を引き渡すよう通告してきたという。
犯罪者の家族が国外でのうのうと生きていてはダメなんだと。
答えは否。皇太子直々に手紙を破り捨て、使者を追い出したそうだ。
「モールグリー夫人は最早我が国の民だ。それを差し出せなどと。ふざけるな!」
一喝され、逃げ帰った使者。
その光景により一層の忠誠を誓う熊。
けど、夫人は寝込んだままで、回復の見込みなし。元気になるためには家族に会わせるのが一番だけど、流石の帝国でも難しい。
何がそうさせるのか、厳重な監視つきで軟禁された貴族一家。辺境とはいえ石造りの修道院に送られた令嬢。どちらも一筋縄ではいかないし、たった一人のために部隊を他国へ派遣するわけにもいかない。
さてどうしたものか、と悩んでいたら俺、参上。
あれよあれよと言う間に話は進み、ディクスランパートの好意で庭園を使わせてもらって、俺が皆を転移魔法で連れてきた。
夫人は話をしたらベッドから跳ね起きて、今までの弱々しさはなんんだったのかと思えるほど元気に身支度を整えていたそうな。
えがったえがった。
「しかし解せんな」
「何がだよ?」
「いやなに。エンドバルトは奥方が元気を取り戻したから嬉しく思うのは理解はできる。しかし、何故お前まで涙を流すのだ?」
ディクスランパートは心底不思議な顔で聞いてきやがった。
「敵は高笑いしながら蹂躙し、組織だった復讐を考えていたらそれらもろとも吹き飛ばしてしまうような男だろう、お前は」
すっげぇ失礼なことを真顔でいうなや。
俺が容赦なく敵を殲滅するのは、それしか選択肢がないからだ。
この世界は、前世と比べたらそれはもう命の価値が軽すぎて泣きが入る。
旅をしていた時、盗賊や奴隷商は結託して人身売買など積極的に行うし、見回りと称した人狩りで鬱憤を晴らす兵士、国の名前を免罪符にした盗賊と大差ない騎士、果てはちょっとでも金目の物を持ってたら、優しい振りをして歓迎した上で殺し、金目の物を奪う村人たち。
最初、俺は対話を試みたさ。前世じゃ喧嘩も碌にしたことがなかったからさ。
でも、駄目だった。相手はこちらを獲物としか見ていない。同じ人間として認識していない。
どんなにこちらが戦いたくなくても、あちらは殺しにくる。
躊躇すれば、殺される。自分自身も、守りたいと思った人でさえも。
俺がステータスと呼んでいる摩訶不思議な能力。チートとも呼ばれる能力があればなんでも出来ると思ってた。
それが間違いだと知った時には、大きすぎる犠牲を払った後だった。
だから、俺は敵には容赦しない。
失う悲しみも、後悔から来る焼けつくような怒りも、何もかもどうでもよくなる虚無感も、二度と味わいたくないから。
だけど。
「世の中な、敵になる奴らだけじゃねぇだろ?」
理不尽な扱いをされ、何を言っても無駄な迫害を受けた者たちがいる。
守りたいと願って行動した結果、悪意によってねじ曲げられた扇動を受けて追放された者たちがいる。
そして、愛した者に裏切られた者たちがいる。
俺は、どうしてもそういった奴らにはあまくなっちまう。
一人手助けして、さらに一人、また一人と行動した結果が今の【獅子の咆哮】だ。
悪い奴がいれば、いい奴もいる。
「こんな命の軽い世の中だけどよ……だからこそ、人を愛するってことは素晴らしいんじゃねぇか……グズッ、見ろよあの光景をよぉ。ズビッ、家族愛ってホント、いいよなぁエンドバルトォ」
「ズビビッ! はい、もう、それがしは、それがしは妻のあの笑顔をまた見られただけで……感無量でござるぅ」
俺たちはとても尊く美しい光景に再び涙を流す。
「ええい、いい加減涙を拭け! 鼻をかめ! 暑苦しい!」
小屋の中に皇太子の小さな怒声が木霊する。
感動の再会を邪魔しないように小声で叫ぶって、かなり器用だよな。
次回はマリアルイーゼ視点