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第十九話 母との会話

 おはようございます。

 マリアルイーゼです。

 なんでしょう。今まで体がすごくだるくて、何もする気力も起きなかったのですが、今朝はすごく爽快です。

 眠気も、だるさもなく、呼吸も楽で、頭もスッキリしていて、体もスムーズに動かせます。

 ……よく寝たおかげでしょうか。

 寝すぎると逆に疲れると聞いたことがありますが。

 う~ん。


「マリア、起きていますか?」


 ノックとともにお母様がドアを開けてきました。

 ちょっと、恐る恐るな感じがするのは気のせいでしょうか?


「あ、お母様。おはようございます」

「あ、ああ、マリア! 起きたのね! 大丈夫なのね!?」

「は、はい。ご迷惑おかけ」

「あなた! 皆! マリアが! マリアが目を覚ましたわ! 覚ましたのよぉ!」


 私の言葉を遮ってお母様は叫ぶと、部屋を走り去ってしまいました。

 何が何だか分からないでいましたら、お父様やお兄様たちが大慌てでやって来ました。

 皆、私の顔を見て一様に安心したらしく、笑顔を浮かべています。

 その後、皆にいっぱい撫でられて、抱き締められました。


 ◇◇◇◇◇


 私が暴漢に詰め寄られた日から、何と一週間ほど経っていたそうで、ビックリしました。

 それから、慌ててしまいました。

 一週間も無断欠勤を!

 ベッドから起き上がろうとすると、


「まだ寝ていなさい!」


 お母様に叱られてしまいます。


「学校にはきちんと連絡を入れてありますから心配することはありません。あなたはしっかりと体を休めなさい」


 そう言って、布団を掛けられます。

 お母様はベッドサイドに用意した椅子に座り、籠に入った林檎を剥いてくれました。

 まだこの拠点に来てから少ししか経っていませんが、お母様は包丁の扱いがかなり上達しております。

 最初はおっかなびっくりな様子で、手を切らないようにしていましたが、たゆまぬ努力で習得し、今では皮剥きも……私もそこまで上手ではありませんが……こなしております。


「食べられる?」

「はい」


 林檎がウサギさんになりました。

 目が覚めてから胸に何かつっかえているような不快感もなくなったのですが、数日間ろくに食べていない状態でしたので食事の種類は制限されます。

 まるで風邪をひいた時のようです。


「……ふふっ」


 瑞々しい林檎をゆっくりと食べていましたら、お母様が微笑しました。

 どうしたんでしょう?


「ごめんなさい。いえね、今までは家族が寝込んでも使用人が面倒をみていたでしょう? だから、こうして自分で家族のために何か出来るのが嬉しくて」


 貴族はあまり自身の手で家のことは出来ません。

 することがあれば使用人の方々に指示を出してやってもらうのが当たり前でした。

 日々の炊事洗濯も掃除も、庭のお手入れも、育児も。


「わたくしも貴族の娘として教育されてきました。女は結婚して家を存続させるために子を産むのが役目だと」


 貴族は家を途絶えさせることを何よりも忌避するものだと教わりました。

 男は外で仕事をして、女は家の中のことを取り仕切る、ということも。


「旦那様と出会い、実際に子を産み、いざ育てようとした時、使用人たちに止められたわ。子の面倒を見るのは我々の仕事だと」


 お母様は少し寂しそうに笑って、


「思い返せば、わたくしの子供の時も主に乳母や使用人たちが面倒を見てくれていましたから、貴族社会では当たり前のことなのです。ですが、こうも思いました」


 そっと、手を握ってくれました。


「例え苦労しようとも、悩もうとも、愛しい我が子を自らの手で育ててあげたい。美味しい手料理を食べさせてあげたい。こうして調子の優れない時は看病してあげたい」


 とても贅沢な願いだわ。

 でも、今日、願いが叶った。

 お母様はそう言って抱き締めてくれました。


「マリア、可愛いマリア。あなたは今までよく頑張りました。淑女教育もそうですが、学校の勉強も一番で、中学校からは王妃教育までこなして……」


 ああ、そうでした。

 こうして振り返ってみると、第二の人生もやることが多過ぎでしたね。当時はあまり気にせず、というか目前の事柄をとにかくこなさなければいけなかったので気にする余裕もない、というのが実情でしたが。


「マリアのその頑張り屋な所は好ましい所ではあります。でも、こう言ってはなんですが、わたくしたちはもう貴族ではありません」


 はい。

 私がもっと……。


「マリアが気に病む必要はありません。寧ろ、あなたは気にしすぎなのです。わたくしたちはこうして生きています」


 でも……。


「マリア、顔をあげなさい! いいですか。今回の事は人一人がどうこう出来る問題ではないのです。王国の中でも権力のあった我が家は多くの者から嫉妬され、憎まれていました」


 高位貴族で、一国の財務を取り仕切る大臣職に就いていたお父様。

 人は、自分が持っていないものを持っている他人に嫉妬する生き物です。私も他人を羨んで嫉妬していましたから。

 お父様の持っていた権力は国の中でもトップクラスだったそうです。多くの部署が追加予算を申請してもお父様が頷かなければ却下されてしまいますし、領地も豊かで災害がなければ数十年は安泰だと言われていたそうです。

 そのおかげで、私たち家族は、領民たちは暮らしてこれたのです。

 それが気にくわない人間が、王国でも多くいたということです。

 仕事をしていれば、お金の問題はいつまでも付いて回ります。いえ、生きている上で切っても切れないことです。

 例えば紙。書類を作るのに絶対に無くてはならないものですが、お金で買うものです。ペンやインクもそう。消耗品は無くなればお金を出して買って補充する。

 そのためのお金は年間予算として部署ごとに決められた金額が割り振られていて、それをどう使っていくかは部署のリーダーに一任されているのです。

 でも、お金はいくらあっても足りないのが現実です。

 限られた予算の中でなんとかやりくりしていても突然の出費なんてよくあることで。

 現場はもっとお金が欲しい。しかしお金を管理する財務からすればお金を湯水のように使われても困りますし、節約を促します。

 聞き覚えのある状況に、ちょっと懐かしさが込み上げます。

 王国ではそれが長年続いた結果、財務の人間がかなり恨まれるようになったと言うのです。


「今だから言いますが、私たちは常に狙われておりました。私たちを害せば旦那様に対しても打撃を与えられます。もちろん旦那様自身も狙われていました」


 そんな……。


「だから、あなたが責任を感じる必要はないのです。むしろ、被害者と、言っても……ごめんなさい。ごめんなさいマリア」


 お母様。泣かないで。


「あなたには苦労をかけて」

「苦労だなんて、思っておりません。私は、お母様の娘に生まれて良かった」

「……ありがとう」


 再び、お母様が抱き締めてくれました。

 私も、お母様を抱き締め返します。

 暖かい。


「マリア、もういいのです。理由はどうであれ、もうあなたは貴族の令嬢ではないのです。だから、もっと肩の力を抜いて、穏やかに暮らしていいのです。困ったら誰かを頼っていいのです。誰かに甘えてもいいのです。だから思い詰めないで。もっと、家族を頼って……」


 前世では、自分で出来ることは自分でやらなければなりませんでした。社会に出てからは何かあっても他人に頼ることは悪いことで。甘えるなと。

 貴族教育では、常に冷静であれと教わりました。人の上に立つ者は、弱さを見せるな、とも。


 私は……私は。


「きちんとしなきゃって……頑張らなきゃって」

「あなたは十分、立派に役目をこなしてきた。頑張って来たわ」

「侯爵家だから、貴族だから……」

「令嬢の鑑って呼ばれていたのよあなたは。それだけの事を成したのです。自信を持ちなさい」

「でも、でも、でんかが……」

「あんな腐れ外道のことは忘れなさい!」


 お母様の大声に、体がビクリと震えてしまいました。


「ああ、御免なさい。いい? もう貴族だとか、そういう柵は忘れていいの。あなたはただのマリアルイーゼとして、一人の女の子として生きていいの。小難しい事は我が家の男衆に任せてしまっていいの」


 一人の、女の子として……?

 私が……?


「そう。今まで出来なかった事をしたり、行ったことのない場所にいったり……後は、素敵な殿方と結婚ね」


 ──腐れ外道は滅びればいい。


 お母様?


「あらいけない。わたくしったら」


 ホホホ、と笑うお母様。


「いい? あなたはもう未来だけ見ていればいいの。生まれ変わったのだと思いなさい。そして、幸せになるの。素敵な人生を歩むの。あなたが笑っていてくれれば、それでいいのよ」

「お母様……ありがとう、ございます」


 ああ、私は、なんて馬鹿なんだろう。

 自分の事だけしか、考えてなかった。

 あれだけ、家族が大事だと思っていたのに、こんなにもお母様を悲しませるなんて。


「お母様」

「なぁに?」

「私、前を向こうと思います。だけど……うまく出来るか分かりません。ですから……あの、どうか、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」


 勢いよく頭を下げました。

 それから、自分は何を言っているのか、自分の言いたいことが相手に伝わっているのか、といた思考が頭の中に渦巻いてしまいました。

 へ、変な事を言いましたか?


「マリア、顔を上げなさい」


 そう言われて、ゆっくりと身を起こします。

 お母様は……笑っていました。


「それでいいの。分からないなら、不安なら、誰かに相談して、皆で解決すればいいの。もちろん、答えは是よ。娘のために、母は労力を惜しみませんから、ね」


 お母様に抱きついて、一杯泣いてしまいました。

 嬉しくて、胸がいっぱいで。

 小さいときのように頭を撫でてくれて、それがまた嬉しくて。心が、暖かくて。

 一杯、泣きました。


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