第十八話 見舞いと治癒 エルトリート
ツッコミ所満載。
本日二話目。
「そんなこんなでおはようございます! 添乗員のエルトです!」
「乗客そのいち! ミティでーす!」
「そのに。エムリン」
「何故か呼ばれましたフェデリアです」
「…………」
うっへっへっへっへ。
お嬢ちゃん驚いたかい? いい顔してるじゃねぇか。
痛っ! 痛いってフェデリア! 悪かった悪かった、だから圧縮空気弾(小)を連射すんな!
ふう。
さて、俺は今、臥せっているマリアルイーゼの部屋にいる。
名目は見舞いである。
いつもなら朝に来てくれるはずのマリアルイーゼが来ない。それで久々にフォートレスたちから寝坊の件で文句を言われた。さらに、朝からどうにもしっくり来ないのだ。
さすがに自分勝手好き勝手に生きている俺でも気付く。
俺って、結構マリアルイーゼに頼りきってたんだなって。
それを聞いたキャナル以下女性陣から烈火の如く怒られた。
朝起こしてもらって、飯も作ってもらって、家の掃除もしてもらって、洗濯までしてもらって、何を言ってやがると。さすがの俺もボコられざるをえない。
一先ず俺の用事をさっさとすまし、こうして見舞いにやってきたのだ。でも、いくらなんでも女の子の部屋に男一人で訪れる訳にもいかない。
ミティアーネやエムリン、ちょいと手が離せないので歯ぎしりしていたキャナルを置いて暇してたフェデリアを誘って、マリアルイーゼのおとんに見舞いの許可を貰った。
その際に殺気全開で、
「可笑しな真似をするなよ」
なんてドスの効いた声で脅された。
あのおっちゃんマジぱねぇな。
そんなこんなで皆を引き連れて来たわけだが、部屋の中から返答はない。
マリアルイーゼのおかんが言うには飯もあまり食べず、日に日に衰弱しているようで心配でたまらないと。
なのでミティたちを先頭に部屋へ突入した次第だ。
「…………」
いつもならこんなふざけた事をされたら、どう反応していいのか分からずに困り顔であわあわしてくれるのだが、ベッドの上で丸まっているマリアルイーゼは無反応。
当然か。
精神的にまいっている人間に、そんな余裕はない。
ましてや数日も時間があればいい感じに熟成されてしまっているだろう。イメージ的に繭の中にいる感じ。もう少し時間が立てば鉄製になって、最終的には要塞クラスにまでなる。
そうなりゃ、復帰なんてもう二度とできない。何もする気力が起きず、ただ寝転ぶだけの、人の形をした置物の出来上がりだ。
「だんちょう」
エムリンが不安そうに見上げてくる。
ミティも、フェデリアも、どうしていいか分からずにいる。
そりゃそうか。
そもそもの話、こういうのは専門のカウンセラーに任せるもんだ。
でもな、この世界にそんなモンはいない。こっちの世界の人間は元から精神的にもタフだ。それでも心が弱まり、引きこもりになってしまえば、治療など考えずに平民は口減らしに捨てられるし、貴族なら病死としてさっさと処分されるだろう。
だからこういう場合の対処法は知らない。知る必要性を感じない。
こうして見ると、改めてこの世界は過酷だと思い知らされる。
あ、俺? 俺はもう狂ってるからなぁ。意識が戻ったら焼け野原に死体の山。さらに自分も死にかけで生きるために野性動物仕留めて、旅の途中に何人も虐殺してきたんだ。
正気だとは言えないだろ?
でもマリアルイーゼは違う。
彼女は肉体はこの世界のものであっても、心は日本人のものだ。高位の貴族の娘として何不自由なく、穏やかに暮らしている分にはいい。何せ上げ膳下げ膳、使用人の万全サポートがあるんだから、旅館に泊まっているようなもんだ。
でも、そんな状態からいきなり犯罪者にされ、裁判もなしに一方的に罪人にされた。それだけでも精神的ダメージは大きいはずだ。
さらには盗賊に襲われた。日本人的感性で言えば奴等は見ただけでヤバい。しかも自分を狙ってきているのだから、非力な人間からすればもう泣き喚いてしまっても不思議じゃない。
でも、マリアルイーゼは泣かなかった。救出後も俺らと普通に会話していた。その後、家族と再会してから思う存分泣いた。
だから今までは、事態がよく飲み込めずに呆然としていたんだな、と思っていた。
冷静になって振り返れば、自分がどれだけの危機に晒されていたか理解する、という事を失念していた。
人間は何でもそうだが、その状況の渦中にいる時よりも後になってからの方が色々と頭が働く。その当時よりもいい案が浮かんだり、ああしていればと後悔したり。
これが能天気な人間なら深く考えずに「ま、いっか」で済んだだろう。マリアルイーゼのように内向的で考え込んでしまう人間なら、どうなるか。
考えて、理解して、さらには余計な想像力も働いてしまう。そうなると、ただでさえダメージを負っていた心に追加ダメージが入る。
見えない自傷行為だ。
止めりゃいいんだけど、想像や妄想なんてそう簡単には止められない。
表面上は普通に見える。笑顔も浮かべて、仕事も頑張って、買い物を楽しんで、友人たちとも家族とも良好。
そんな人間を見てれば、誰だって傷ついているなんて思わねぇさ。
そう。俺だって楽観視してた。
だから、彼女がここまでの状態になるなんて思ってもいなかった。
言い訳でしかねぇがな。
布団を被っている姿はまるで貝だ。外界を拒絶して、自分の内面世界に閉じ籠る、柔らかいけれど迂闊に触れない厄介な貝だ。
しかし、今ここでは敢えて触れてみよう。
「マリアルイーゼ」
ベッドに近づき、枕元すぐそばで声をかける。
反応なし。
「ちょいと顔見せてくれ」
布団が蠢いたかと思えば、より一層出たくないとばかりに丸まってしまった。
これは思ったより重症だ。
この状態をどうこうするには長い時間がかかるだろう。
通常なら、な。
悪いがこの状態のままいさせる訳にはいかない。彼女のためにも。周囲のためにも。
彼女には知ってもらわないといけない。この世界は怖いものばかりではないことを。ここには味方がいるということを。
もっと他人を頼ってもいい、甘えてもいいんだと言うことを。
「フェデリア、鎮静結界」
「了解です」
「ミティアーネ、エムリン」
「はいな」
「ん」
打ち合わせ通りに指示をすれば、即座に動いてくれる。
フェデリアが詠唱を開始し、その名の通り心と体を落ち着かせる効果のある結界を展開する。
ミティアーネとエムリンはベッドの両脇へそれぞれ立ち、待機。
「マリアルイーゼ。ちょいと魔法使うぜ」
結界の効果で穏やかな気持ちになった俺は、とある魔法を使う。
それは、精神魔法。
様々な種類の魔法があるが、その中でも禁呪指定されているものだ。その名が示す通り、人の精神に直接作用するもので、かつてはこれを悪用した者によって多くの人間が操り人形となってしまったこともある、曰く付きの魔法だ。
そんな魔法を使ってどうするか。
悪いが俺には女を人形にする趣味はない。
俺がするのは精神の修復だ。
前世では心のカウンセリングなんて地道で時間がかかるし、効果なんて見えないものだった。結局は上っ面だけの薄っぺらい言葉で、何も分かっていない奴が頓珍漢な事を言って鬱病と診断し効くかも分からない薬を出すだけだ。
効きゃしなかったわ! むしろ悪化したわ!
だが今は違う。
この魔法を使えば、精神体に直接治癒魔法が使えるんだ。
人には肉体の他に精神体がある。両者は密接に作用しているから、どちらかが不調な場合はもう一方にも影響が出る。
ちなみに言うが、俺が知覚できる精神体ってのは、ワイヤーフレームで出来た人の輪郭を象ったものだ。最初にこの魔法を使ったときには驚いたものだ。
「こいつは……」
浮かび上がったマリアルイーゼの精神体は、まるで重症患者のようにズタボロな状態だった。全身にひび割れのような裂傷があり、内部にもまるで植物の根のように傷があった。さらには心臓のある部分にはポッカリと穴が空き、よく見れば四肢の末端、手足の指先が僅かに消えかかっている。
「フェデリア、治癒結界も展開しろ! ミティアーネ、エムリン、声をかけてやれ! マリアルイーゼをこっちに呼び戻せ!」
チィッ!
ここまでヤバイことになってたとはな! 治癒魔法の内、精神治癒だけじゃ手におえねぇ! 活力譲渡、生命力譲渡、魔力譲渡も発動! これで肉体面の落ちた体力をサポートしつつ、魔力による精神体の自己治癒能力も底上げする。
「マリア姉、ごめんね。そんなにつかれてるのにきづかなくて、ごめんなさい」
「マリア、不満があるなら聞くよ! 愚痴も聞くよ! 文句だって! 全部、全部聞くから、起きて、私に全部言って! お願い!」
今のマリアルイーゼに、「頑張れ」だの「しっかりしろ」なんかはNGワードだ。頑張りに頑張った結果がこの状態なんだから、これ以上はより傷口を抉ることになる。
かといって、「頑張らなくてもいいんだよ」、「休んでいい」というのも駄目だ。そのまま精神が、心が死に向かってしまう。
現状の声かけは、外部から刺激を与えてマリアルイーゼの意識をほんの少しでもこちらに向ける程度のことしかできない。
それでも、ちょっとでいいから刺激に反応してくれれば……!
──もうやだ
反応した!
──こわいの、いや
──もう、つかれたよ
──がんばりたくない
「マリア姉!」
「マリア!」
「マリアルイーゼさん!」
──もう、ゆるして
あ、クソッ! 指先から崩れ始めやがった! させねぇ! させねぇぞ! 俺の目の前でそんなことはもうさせねぇ!
「マリアルイーゼ!」
お前は絶対に助ける!
「また味噌汁作ってくれよ! あれがないと調子が出ねぇんだ!」
ああ、すっかり習慣になっちまったよ。
ありがてぇよ。
「お前がこんなに苦しんでたのを知らずにいた俺が、こんなこと言える立場じゃねぇことは分かってる!」
笑顔を見せてたから、心配いらないと決め付けてた。
この過酷な世界じゃ、繊細な心の持ち主は生き辛いと知っていたのに。
「もっと頼ってくれ! ワガママ言ってくれ! 全部自分の中に溜め込むなよ!」
人間はそこまで強くはないんだ。
「俺だって皆に頼ってんだぜ? むしろ頼りっぱなしだ! マリアルイーゼ、お前にだって頼りきってる! だからお前も俺らを頼ってくれよ!」
チートがあっても出来ないことは山ほどあるんだ。
「マリア! 私たち友達でしょ! 何かあったら力になるよ!」
「マリア姉! またいっしょにあそぼ!」
「マリアルイーゼさん! ムカつく人がいるなら言ってください! 吹き飛ばしますから!」
弟子がデンジャラス!
だが同意見だ!
「甘えるなとか、社会人だからしっかりしろとか、俺も言われたよ。だから頑張って、結局は倒れた経験がある。だから言わせてもらうぜ」
あのクソ老害どもめ! バ管理職どもめ!
「甘えていいんだ。頼っていいんだ。ここはそういう場所なんだ。そのために俺らで作ったんだ。でも、怖い思いさせて悪かった」
布団の上から、手を添える。
「俺にはマリアルイーゼが必要なんだ。お前に怖い思いをさせる奴は俺がぶっ飛ばしてやる。こんなことしか言えねぇ俺だけども、よ」
全部のリソースを治癒魔法にブチ込む。
「マリアルイーゼと一緒にいたいって心の底から思う。だから、また一緒に飯食おうぜ」
──いっしょ?
「ああ」
──がんばらなくていい?
「ほどほどでいい」
──あまえていい?
「どんとこい!」
──こわいのいや
「そこは要改善だ。すまん」
──ごはん、たべてくれる?
「おう!」
──ねむい
「おう。ぐっすり眠れ」
──…………
マリアルイーゼの意識が、静かに、穏やかになっていく。
それに比例するように、精神体の傷が修復されていく。指先も、復元していく。
もうちょっとだ。
もうちょっとで修復が終わる。
だから、持てよ俺。
莫大な量の魔力を持っている俺だが、さすがにヤバイ。精神魔法も治癒魔法もそもそもコストがバカにならん。
あと衰弱したマリアルイーゼの体に俺の生命力を分け与えてるから足がガクガクしていやがる。
「ちょ、師匠!?」
「だぁってろい!」
仕上げの最中だ。
集中途切れさす訳にゃいかん。
もうちょい。もうちょい。もうちょい。
ジリジリと、精神体の裂傷や心臓の部分の穴が塞がっていく。
ふんぬぁぁぁぁぁぁっ!
体感で結構な時間が過ぎて、ようやく傷が塞がった。
よっしゃ! ビバ魔法!
「終わったぁ……」
そこで、俺の力が尽きた。
◇◇◇◇◇
「わ、団長が真下に崩れた!」
「だんちょうだいじょうぶ!?」
「もう、師匠はまた無茶して!」
「マリア姉は?」
「師匠が終わったって言ってたから、大丈夫だと思う」
「良かったぁー」
「とりあえず、部屋から出ましょう。マリアルイーゼさんを起こしてはいけないし」
「ん」
「んー、団長重いー」
「あ、ミティさん気をつけて!」
「あ」
「いいおとした」
「頑丈だから大丈夫大丈夫」
「それは柱が? それとも師匠の頭が?」
「ん、はしらはだいじょぶ」
「ならおっけ」
「酷い話です」
「そう言えば、団長のあれって、告白だよねー」
「え?」
「いっしょにいたいってゆってた」
「……そう言われて見れば」
「あの団長がねー」
「やっと?」
「ですね」
「口じゃモテたいって言ってるのに、壁作って踏み込ませないようにしてたしー?」
「逆に私たちは、壁の向こうに何があるのか怖がってしまっていましたけど」
「ねー」
「だいじょぶ」
「どうして?」
「だんちょう、マリア姉のことだいじにしてる」
「まぁ、そうでないと師匠がここまで頑張るはずがないですし」
「どうせなら、くっついてほしいよねー」
「ん」
 




