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第十五話 兄と妹

 お兄様の笑顔を見て、大きな手で撫でられて、全身から力が抜けていくのが分かります。

 怖かった。

 子供たちを守りたいって思っていたのに。

 年長者だから。大人だから。

 なのに、男の人の大声が。

 近寄ってきて。

 子供たちを。


「う」


 駄目。泣いては。わたし。おとなで。


「怖かったな。よくがんばった。えらいぞ」


 おにいさま。こわかった。

 こわかったよぉ。


 ◇◇◇◇◇


 人目も憚らず泣いてしまった私に釣られて、子供たちも大声で泣き出してしまいました。

 私に子供たちを気にする余裕もなく、お兄様に抱きついて泣くのを止められず、結局泣き止むまでしばらくかかってしまいました。

 泣き止んで、また少しして、ようやく現状把握が済んだ時、公園内の光景は一変していました。

 私のすぐ側にはお兄様がいて、周囲にいたはずの子供たちは少し離れた場所で女の人たちに抱きしめられていました。あれは、皆のお母様たちですね。

 それで、目の前には大勢の人たちが集まっていました。

 皆さん、エプロンをしていたり、作業着だったり普段の格好をしていています。でもシャツから出ている腕は筋肉がはっきりとついているのが分かります。男女ともに。

 そんな皆さんが人垣を作っていて、私の前だけ開かれていて、あれだけ怖かった三人がロープでグルグル巻きにされて転がっていました。

 口に何かを入れられていて、うーうー呻いていて、ロープで縛られているので釣り上げられたお魚のように跳ねています。

 こちらを睨み付けてきていますが、涙目で、周囲から爪先でツンツンされているせいか、先程までの怖さはありません。


「んー! んんー!」

「オラオラ、なに言ってんかわっかんねーぞー?」

「ったく、ふてぇ野郎共だぜ」

「まったくだ。チビどもを脅かすなんてよ」

「同じ女として許せないね。こんな可愛い嬢ちゃん相手に三人でなんて」

「しかも俺らの縄張り(シマ)で、な」

「ここのルール知らねぇとはいわせねぇぞ?」

「死にてぇようだな」

「んー!?」


 皆さん、殺気だっています!?

 だ、駄目ですよ? 大勢で暴行は駄目です。手をポキポキ鳴らしたり、足でグリグリしているのもやめた方が。


「おいおい、皆さん。こういう場合は我々拠点防衛戦士団の管轄ですよ?」


 そうです!

 お兄様は拠点内の警察官とも言うべきお仕事に就いています。

 解決は専門家に……。


「俺の妹に不埒な真似しようとしたんだ。覚悟は出来てるんだろうなぁ!」

「お、お兄様!? 暴力はいけませんよ!」

「ハッハッハ! これは暴力ではなく、教育的指導だよ? 間違ってはいけない」

「ぐ、具体的な内容は?」

「まず拳骨」

「はい」

「次に拳骨」

「はい?」

「その次はまた拳骨」

「え?」

「さらに拳骨」

「拳骨ばかりじゃないですか!」

「ハッハッハ!」


 あれ? お兄様? なんで爽やかに笑っているんですか?


「いいかい、マリア。お前は荒事を嫌う。それは俺にも分かっている。だがな、こいつらはこの拠点内のルールを破った」

「ルール、ですか?」

「そうだ。外から来た者は拠点内での団員、その関係者全員へ脅迫や暴力、その他のイザコザを起こさないと誓って初めて拠点へ入ることを許されている」


 お兄様は拠点防衛戦士団には入ったばかりですが、以前は王国騎士団に所属していました。

 学生時代から体を鍛え、勉学も主席を維持していまして、文武両道とはこういうことなのだと知りました。

 騎士団でも数人単位の小隊のリーダーとしてお仕事を頑張っていたのです。

 そんな経験から、即戦力として転職できて毎日が充実していると仰っています。

 ……実はお兄様は騎士団にいた頃はかなりパワハラを受けていたようで。何かするにしても邪魔をされ、どんなに国のため、民のためになるような事でも上から圧力がかかっていたというのです。

 それから解放されたお兄様は、その能力を遺憾なく発揮して今では新人でありながらベテラン並みの知識量と権限を持っています。


「ルールを破った者に対して、拠点防衛戦士団はその者を拘束、処罰する権限を有している。そしてこれも拠点内に入る時の誓約書に書かれている」


 ……それは分かりました。

 でも、だからと言って。


「武装した上に複数で女子供を恫喝する。さらに武器まで抜く。これは誰がどう見てもやりすぎだ。こやつらは処罰する」


 そう、ですね。

 私や子供たち相手に、あんな大人げないことする人たちです。悪いことをしたら、捕まるのは、当然で、脅迫は、罪で、罪には、罰が、当然で。


 ──家を没落させたのは?


 ──家族を苦しめたのは?


 ──王子に、嫌われて。


 ──追放された私は?


 どく、どく、どく。

 心臓が、すごく、いたいほど、つよく。

 おとが、おとが、おとが。


「……ア、マリア! マリアルイーゼ!」

「え? あ、え?」


 あれ? 私、今何をして?

 わ、汗がすごい。


「マリア、すまない。すぐに場所を移そう。おいレギン、そいつら任せていいな?」

「いやいや先輩、妹さんが大事なのは分かりますが公私混同しないで下さいよ!」


 お兄様が私に謝って下さり、同僚の方に声をかけます。

 私、何かしましたでしょうか?

 あ、そういえば拠点防衛戦士団の人たちは最低でも二人組で巡回をするのが義務付けられていますので、当然お兄様と一緒に回っている方がいらっしゃいました。

 私と同い年くらいの若い方で、レギンさんと仰るそうです。

 レギンさんは縛られた三人の側にいましたが、お兄様の言葉に不満の声をあげています。


「バカ、そんな奴等より妹の方が大事だ」

「職務放棄しないでくれます!?」

「していないぞ? 純粋に優先順位をつけているだけだ」

「いやいや。応援呼びますから先輩はこいつらを頼みますよ。逃げられないでしょうけど、一応僕たちが場の責任者なんですから」


 確かにこの状態では逃げられませんよね。

 縛られて身動きがとれないのに周囲には拠点で暮らす方々が取り囲んでいますし。

 話によると周囲を囲んでいる方々はほとんどの人が荒事に慣れているそうです。なんと怪我をしたり結婚を期に引退したりした元傭兵だそうで。

 だから皆さん、筋肉が凄いんですね。


「では応援を頼む」

「だから、こいつら見ていて下さいって」


 お仕事の邪魔をしてはいけませんね。

 お兄様に私は大丈夫だと告げ、お仕事に集中してもらいます。

 少し悩んでいるようでしたので、大丈夫だと念押しするとお兄様は縛られた三人の所へ歩いていきました。

 レギンさんが安心したように息を吐いて、笑顔で一礼した後走って公園を出ていきました。

 ……そういえば無線みたいなもの、無いんですかね?

 警察官ですと無線で連絡ですけど、あ、でも今まで電話みたいなものは見たことありませんね。

 基本、こちらでは何かを報せる時は口頭だったりお手紙です。前世の記憶があるので電話や電子メールといったものも知っていますが、特に不便な思いをしたことはありません。

 そもそも電話や電子メールなんて仕事でしか使わず、プライベートではほぼ必要としていない生活でした。

 ふと思いましたが、携帯端末を常に操作していた方々がいましたけど、もしそんな方々がこのようなことになった場合、どうなるんでしょうか?

 あ、エルトさんはどうなんでしょうか? 

 ……私、エルトさんと前世のことについてあまり話したこと、ありません。

 前世の記憶があるという共通点がある、ということは知っています。私が自炊できたりすることや、エルトさんがあまり生活能力がなかったりと日々の生活の中での情報はありますが、どこの出身でどのような場所で生活して来たか等はまったく知りませんし、私も話してはいません。

 こういうのは、話しておくべきでしょうか? それとも、話さなくてもいいのでしょうか?


「あーっと、マリアルイーゼさん?」


 こういうのは個人情報? いえ、でも今まで他の人たちの会話を思い出してみると皆さん自分のことを話していましたし。


「あれ? マリアルイーゼさーん?」


 学生の頃は出身校のこととかを切っ掛けに共通の話題を見つけていたような。私には出来ませんでしたが。


「聞こえてますか? 大丈夫ですか?」


 でも、それは女の子同士で、男の子はあまり気にしていなかったような気がします。

 エルトさんもあまり気にしないのでしょうか。


「ちょ、先輩! 妹さんが!」

「ふぅむ。どれ」

「ひぁっ!」


 突然、体が浮かんで驚きの声を上げてしまいます。

 見ればお兄様が私の腰を掴んで持ち上げていました。これはまるで、幼い頃によくしてくれた高い高いのようです。


「ハッハッハ! どうだマリア、元気になったか?」

「もう! お兄様ったら。もう子供ではないのですから……」

「幾つになってもお前は可愛い俺の妹だ」


 暖かい笑顔でそう仰られるお兄様。

 とても、とてもうれしくて。


「ありがとうございます。お兄様」

「何を言う。可愛い妹を助けるのは兄として当然のことだ」

「それでも、です。ありがとうございます」


 私の言葉に、お兄様は照れ臭そうに笑って、ようやく私を降ろして下さいました。




「あの~、兄妹の仲の良さは分かったんで、仕事に戻ってもらえます~?」


 レギンさんの声にちょっと驚いてしまいました。

 かなり呆れているご様子で。

 それに、いつの間にか増えていた拠点防衛戦士団の方々の視線が。

 お仕事の邪魔をしてすいません!




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