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第十三話 街の中にて

 テスト期間は午前中のみ、というのは懐かしく思います。

 王都の学校ではそもそもテストがありませんし、授業も前世のものと比べると大分内容が薄いものです。その分、貴族としてのマナーなどがありますが。

 拠点にある学校は毎日午前中のみで、午後は子供達は自分の家の手伝いなどに従事しています。

 こちらではそこまで詰め込み教育を行う必要はありません。基礎的な読み書き計算から始まって、年齢が上がるのに比例して拠点の外の地理や歴史など範囲が広くなっていきますが、あくまでもさわり程度です。

 専門的な事柄に関しては、家業のお手伝いだったり、弟子入りした場所だったり、そこで習得していくのだそうです。

 徒弟制度というものは朝から晩まで、師匠の技を見て盗む過酷なものだと思っていましたが、ここ【獅子の咆哮(レオス・ロア)】としては誰もが身内で、連携と言いますか、仲間同士の繋がりを大切にするため、若い内から集団行動に慣れさせたりするため、又は基礎学力があるのとないのでは物事の覚えの早さが格段に違ったりとしたために、学校制度は受け入れられているそうです。

 ともあれ、学校が午前中で終わるということは、教師陣も午後はある程度フリーになります。

 担任を任されている先生は明日の授業の準備だったり、今回はテストの採点だったりやることがありますが、それでも御自身の趣味だったり、研究に使う時間が確保できるのだそうです。

 パートの事務員であり新人の私はというと、特にやることがありません。

 テストの採点は担当の先生がいますし、授業の準備も粗方予定が組まれていましたから先行して終わっていますし、細々とした書類整理や事務処理関係も終わってしまいました。


「マリアルイーゼ先生、そんなに張り切らなくても大丈夫ですから。リラックスリラックス」


 そう言われてしまいました。

 なので学校からお先に失礼させていただき、今はリリアーデカフェへとエムリンさんとともに向かっています。

 いつもはエルトさんの家で朝食と一緒にお弁当を作って学校でいただき、それから雑務をこなして帰宅なのですが、今日は特にやることがありません。

 自宅の家事はお母様と派遣のお手伝いさんたちが張り切っていまして私の出番が無く、エルトさん家もあらかたお掃除もお洗濯もしてしまって……暇です。

 どうしようかと悩んでいたら、ちょうどエムリンさんからお誘いがあったのでついでにランチでも、と相成ったのです。


「でも、いいんでしょうか。お店でお弁当を広げるなんて」

「リリィ姉はきにしないよ?」

「う~ん、そういう問題でしょうか」

「マリア姉はしんぱいしょう。ミティ姉はかってきたパンをふつうにたべる」


 いざランチとなって問題が一つ。

 私はお弁当を持参しています。

 一人であったなら天気もいいのでどこかのベンチでいただくか、帰宅してからの二択になります。

 でもせっかくお誘いがあったので、勿体なく思いますがお店で注文しようとしました。さすがに喫茶店でお弁当を食べるなんて出来ませんから。

 そうしたらなんと、特に気にしなくていいと言われてしまいました。

 エムリンさん曰く、リリアーデさんのお店はそういう事に寛容で、近所の方々も持参した食べ物をお店で食べているそうなのです。


「しんぱいならリリィ姉にきく?」

「そうですね。失礼でしょうが、それで許可が出るならありがたいですね。せっかく作ったお弁当ですから、食べないのはさすがにもったいなくて」

「もったいない……だんちょーもよくいう」


 エムリンさんがこちらを見上げてきました。その目は何かを期待しているような、そんな光を宿しているようで。

 先日開催されたランチから、私がエルトさんと同じようなことを言うとこうした反応を見せます。


「だんちょーと、マリア姉、おにあい」

「お、おにあい……」


 顔が、熱くなるのが分かります。

 私は、男性との、その、男女のお付き合いというものをしたことがありません。

 前世では学生時代は勉強三昧で、クラスの男子と話す場合は必要最低限、事務的な内容ばかり。社会人になってもそれは変わらず、仕事が終わったら即帰宅する毎日。

 普通の人なら、声を掛け合って、仲良くなって、そして告白して、恋人になるのでしょう。その機会などいくらでもあって、行動できる勇気も持ち合わせているのですから。

 なんの因果か、マリアルイーゼとして生まれ変わった今の私は、愛する家族のおかげで人並みのコミュニケーション能力は得られました。しかしながら、貴族令嬢は家族と婚約者以外の異性と仲良くなるのははしたない、という風潮がありましたし。

 中学に進学してから王子の婚約者に抜擢されてしまいましたが、その期間の殆どはお妃教育に費やされ、王子と会うのもお茶会くらいでした。


 ──全部、演技だった。


 どくり。

 胸が、苦しい。


「マリア姉、マリア姉!」


 あ、私ったら、何を? 

 傍らを見れば、エムリンさんが焦った表情ですがり付いて……。


「だいじょうぶ? すごく、やなかんじだった」

「ご、ごめんなさい、大丈夫、大丈夫ですから」


 いけない。こんな小さな子に心配をかけてしまうなんて。年長者としてしっかりしないといけません。

 今は人通りの少ない脇道ですからよかったものの、道の真ん中で立ち止まってしまっては迷惑です。


「ご免なさい。もう大丈夫ですから、行きましょう」

「うん」


 エムリンさんとしっかりと手を繋いで、お弁当などが入っている手提げ袋も落とさないように気をつけて。

 私たちは大通りへと出ます。

 ここを横断すればすぐにリリアーデカフェが見えてくるのですが、生憎、大通りは人が大勢行き交っています。横断歩道なんてものはないので人の流れを掻き分けていかなければなりません。

 これがいまだに慣れません。歩く速度は遅い方なのでどんなに急いでも誰かとぶつかりそうになったりします。


「いける?」

「行きましょう」


 ここで立ち止まっていても仕方ありません。

 私一人でしたら遠回りをしてでも行きやすいルートを選びますが、この街に慣れているエムリンさんと一緒にいてそんなことは言っていられません。

 一日でも早く、私もここに慣れないといけないのですから。


 そう、気合いを入れたのですが……。


「おう、あぶねぇぞ」

「すいません!」

「おっとっと!」

「ごめんなさい!」

「お姉さん今暇?」

「取り込み中です!」

「いいケツしと──」

「ヒャッハー! 犯罪は撲滅だー!」


 人の波を掻き分け、ぶつかりそうになるたびに謝罪してなんとか通りを横断していきます。

 途中、変なのがいくつかありましたし、何やら拠点防衛戦士団の方が誰か連れていった気がしますが、無事に辿り着くことが出来ました。

 エムリンさんと一緒に一息つきます。


「ついた……」

「つきましたね……」


 さすがに無謀でしたか。

 すごく疲れてしまいました。

 横断歩道が切実に欲しいのですが……あ、馬車よりも人の方が多いので、歩行者天国ですよねこれ。横断歩道なんて意味ないですね。

 我儘を言ってはいけませんね。


「はやくいこ」

「そうですね」


 もう目的地は目前です。

 お腹も空きましたし、ゆっくり休憩しましょう。

 こちらの道は大通りと比べれば本当に空いています。ゆっくりとお店へ向かいます。

 元々、私は急いで行動するというのが苦手です。常に可能な限り余裕をもって行動することで何とかしてきました。その分、予定が狂うとすぐに破綻してしまいますが。

 だからトロ子と呼ばれ、嘲笑の対象でした。

 運動をがんばろうとした時期もありましたが、仕事に追われ、家事に追われて結局出来ずじまい。三日坊主とは正にこのこと。

 貴族令嬢の生活ではむしろこのトロさが優雅さへ変換されていたので安堵したのと同時に、居心地の悪さを感じていました。

 すいません。そんな上等なものではないんです。私の優雅さを見習うなんて言わないで下さいただトロいだけなんです。

 今はただの平民ですし、これからこの街で生活していくのですからもっとキビキビとした行動を心がけなければ。

 明日からランニングしましょう。

 そう決意を新たにした瞬間でした。


「おわっ!」

「え……」


 向こうから歩いてきた人がバランスを崩して倒れそうになりました。木箱を三つも前に抱えている上に、縛って固定もしていないためにズレてしまったのでしょう。それを立て直そうとしてフラフラして、足をもつれさせ、


「うわっとあ!」

「あ」


 大きな音を立てて木箱が地面に落下。中に入っていた緩衝材の木屑と、装飾のされた、様々な大きさの箱形のものが散らばりました。

 なんでしょう? どこかで見たことがあるような?


「あ、ああ~! しょ、商品がぁ~」

「だ、大丈夫ですか……?」

「マリア姉、あんまりだいじょうぶじゃなさそう」


 エムリンさん、分かっています。分かっているんですが、こういう時にはこういう言葉しか咄嗟に出てこないんです。


「あ、あ! お、お嬢さん方、怪我はない!? 大丈夫? 痛い所ない?」

「だ、大丈夫です。私たちには被害はありませんから。ね? エムリンさん」

「ん」


 荷物を落としてしまった若い男性は、最初は荷物を、次に私たちを気にかけてくれましたが、特に私たちには被害はありません。

 距離がありましたしね。


「よ、よか──商品がぁ~」

「あ」


 商品、という事は売り物なのでしょうか。

 落としたことにショックを受け、パニックに陥ってしまっている男性。

 分かります。こういう時、どうしていいか分からなくなりますよね。私も何度か経験があります。


「あの、まずは落ち着いて。散らばった物を回収しましょう?」

「え、あ、うん」


 オロオロしていた男性に声をかけ、意識を別の方向へ向けさせます。

 エムリンさんも含めて散らばった物を回収します。

 手にとって見ると、それが何故見覚えがあったのかハッキリしました。

 これ、書類などを整理する時に重宝する入れ物です。前世では一個百円で買えるプラスチック製品でしたが、手に取ったこれは木でできています。外観は工芸品のように細かな装飾が施されていて、ただの箱ではなく格子状に木の棒で組まれていたりしていますが、間違いなく見慣れていた物です。


「ん~、細かい傷があります」

「でも、こわれてない」


 確かに壊れていませんが、石畳の上に散らばった物には擦り傷や角の凹みが出来てしまってます。

 さすがにこれでは商品にならないのでは?


「あ、ありがとうお嬢さん方。助かったよ」

「いえ。それよりも商品に傷が」

「あー、うん。大丈夫だ。このくらいなら心配いらないね。これでも綺麗な方だよ」


 え、いいんですか?

 ダメですよね?


「え、いや綺麗でしょ? 他の街とかだともっと汚かったり、壊れてたりするものが多いよ?」


 いえ、それ売り物としてどうなんでしょうか?

 男性が言うには、私はとても高望みしているそうです。ショックです。

 店に出される商品の品質には見た目も含まれているのが、私にとっての常識です。新品を買うのであれば傷のないものを選ぶのが当然でした。中には例外として、見た目が悪いのが理由で格安で売られている物がありました。

 それが、こちらでは落とした傷があっても定価で普通に売られているというのです。


「アハハ、ここで手に入る物は特上だからね。お嬢さんがそう思っちゃうのも当然かな? でもね、普通の庶民はちょっとした傷とかへこみなんて気にしないよ。使えればいいんだから」


 朗らかに笑った男性は、それに、と続け、


「そんなことを気にするのは、御貴族様くらいだよ。庶民から金をむしりとって、自分じゃ何一つ出来ないくせに威張るだけの、ね」


 笑顔で、そう言いました。

 彼は何かに気づいたのか、表情を強ばらせて、


「いけない、これを運ばなきゃ! お嬢さん方、ありがとうね~!」


 荷物を抱えて足早に去っていきました。


 ──そんなことを気にするのは、御貴族様くらいだよ。


 ──庶民から金をむしりとって、自分じゃ何一つ出来ないくせに威張るだけの、ね。


 そんなこと、思われて、いたんですか?

 貴族とは、それ以外の人にとって、憎む対象、なのですか?

 なら、わたしは──?


「どーん」

「!!!」


 唐突に、お腹に衝撃が。

 考え事にのめり込んでいた私を我に返したのは、エムリンさんでした。

 彼女は私のお腹に顔を押し付け、上目遣いでこちらをじっと見つめています。


「マリア姉、はやくごはんたべる」

「……え?」

「ごはんたべてまんぞく。しあわせ。わるいこと、わすれる」


 喋るたびに振動がお腹に伝わってきて、ちょっとくすぐったいですよ。


「ごめんなさい。それと、ありがとう」

「ん」


 私の悪い癖、ですね。考え事に夢中になって周囲が見えなくなってしまうのは。

 エムリンさんにお礼を言って、今度こそ私たちはリリアーデカフェへと入店しました。


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